横断性脊髄炎 transverse myelitis

横断性脊髄炎とは

・横断性脊髄炎(transverse myelitis)とは急性あるいは亜急性経過で障害レベルの疼痛、異常感覚から始まることが多く、その後、対麻痺、障害レベル以下の全感覚低下、膀胱直腸障害などを伴うことのある疾患である。

・横断性脊髄炎は種々の原因により生じ、例えば感染症罹患後ワクチン接種後の自己免疫学的機序で発症することもあれば(小児例の60%を占める)、脊髄における直接的な感染症や、多発性硬化症(MS)や視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)などの後天性脱髄疾患などが原因となることもある。しかし、精査を経たうえで、横断性脊髄炎の15~30%は特発性と考えられることもある。

・特発性あるいは感染後の横断席脊髄炎の年間発症率は100万人あたり1.3~8例程度と推定されている。また、どの年齢でも発症し得るが、特に10~19歳と、30~39歳とで二峰性に発症率のピークが存在する。

・性別、地理的分布、家族性などに関して明確な傾向は示されていない。

脊髄ショック(著明な脱力、筋トーヌス低下、腱反射消失)が唯一の予後不良因子であった。

診断

運動機能低下(麻痺など)、感覚障害(異常感覚、知覚低下など)、膀胱直腸障害の病歴などがあれば、脊髄症と臨床診断される。

・横断性脊髄炎の症状や所見は通常、数時間から数日の経過で進行し、典型的には両側性の所見を伴う。ただし、片側性の所見を伴うこともある点には留意しておく。横断性脊髄炎ではときに急性経過で腱反射消失を伴う重度の対麻痺、四肢麻痺がみられ、上行性の筋力低下の病歴を特徴とするギラン・バレー症候群などと鑑別が困難なケースもある。

脱髄性疾患(MSやNMOSDなど)が原因の場合にはLhermitte徴候(頚部の屈曲に伴い、脊椎に沿った、あるいは四肢に広がる知覚異常を呈する所見)がみられることがあり、また疼痛を伴って四肢/体幹の筋が突っ張るような感覚がみられ、一定時間動かしづらくなるような所見(有痛性強直性けいれん)がみられることもある。

・尿失禁、尿閉、便秘、便失禁、性腺機能不全を合併することもある。

・脊髄症が疑われれば、その病因として圧迫性、代謝性、血管性、腫瘍性、その他に大別して区別することとなるが、その際には脊髄の基本的な解剖学的知識(血管解剖を含む)に関する知識などが重要となる。

・まずは緊急性の高い脳外科的介入を要する疾患を除外するためにMRI撮像は妥当である。頚部病変により胸部の異常感覚を呈することもあり、局在診断を明確化させるためにも脊髄全体を撮像することが望ましい。脊髄炎では脊髄内部に炎症が生じており、急性期においてはこの病変はガドリニウム造影で造影増強効果を示す。特発性横断性脊髄炎に伴う病変はMRI撮像により通常2椎体以上にまたがる。MRI撮像の結果に異常がなければ、脊髄症の診断を再考し、中枢神経系あるいは末梢神経系の他の疾患の可能性の検討を優先させる。

・横断性脊髄炎の鑑別は多岐にわたり、病歴、生活歴、旅行歴、身体所見から、感染性、腫瘍性、全身性疾患(SLE、シェーグレン症候群、サルコイドーシスなど)などの可能性を見積もることが大切。横断性脊髄炎の原因として、リウマチ性疾患(SLEなど)を考えるには全身性疾患らしい根拠が必要であり、血清学的検査(抗核抗体やds-DNA抗体をはじめとした特異的抗体など)の存在のみに基づいて診断するべきでない。

・横断性脊髄炎は中枢神経系の後天性脱髄性疾患の一般的な症状/所見といえる。小児発症例では急性散在性脳脊髄炎(ADEM)がよくみられ、感染症発症後やワクチン接種後に発症して、MRI撮像で所見が得られることがある。多発性硬化症(MS)は主に白質を侵し、脊髄においては2椎体未満の短い病変を伴い、頭部MRI撮像で脱髄所見が示唆されることがある(MSの場合、NMOSDと異なり、”部分的”な横断性脊髄炎なこともある)。視神経脊髄炎スペクトラム疾患(NMOSD)はMRIで3椎体以上にまたがる病変により定義され、横断性脊髄炎とも強く関連する疾患である。NMOSDでは通常、左右対称に病変がみられ、脊髄のみならず脳幹にまで病変が及ぶことがあり、悪心/嘔吐、吃逆を起こすこともある。NMOSDはAQP4を標的とする自己抗体(NMO-IgG)と特異的に関連する。

・横断性脊髄炎の原因を特定することは、将来的な臨床経過を予測しやすくしたり、将来的な神経学的異常の予防を行うかどうかの決定に役立ったりする。

・臨床経過として、感染後、ワクチン接種後、特発性の横断席脊髄炎は時間的に単相性の経過を辿るが、MSNMOSD再発性の疾患であり、いわゆる時間的多発性が特徴。

鑑別

<感染性疾患の可能性>

・血液検査(PCRを含む)、髄液培養、胸部X線撮影など

<自己免疫疾患あるいは炎症性疾患の可能性>

・身体所見、血清学的検査、胸部および関節のX線撮影、病歴および身体所見から必要と考えられる検査

 

<腫瘍性疾患の可能性>

・胸部X線撮影/CT撮像、PET-CT、血清あるいは髄液の抗体検査

<後天性の中枢神経系脱髄性疾患(MS、NMOSD)の可能性>

・頭部造影MRI撮像、髄液一般検査/オリゴクローナルバンド検査/IgG index、血清NMO-IgG抗体など

<感染後 or ワクチン接種後の影響の可能性>

・病歴聴取、直近の感染に関する血清学的検査での確認、他疾患の除外

マネジメント

<初期の免疫療法>

・横断性脊髄炎の急性期の治療の目標は炎症性脊髄病変の進行を止め、改善させることである。そのために、副腎皮質ステロイドは標準的な第一選択薬とされている。コンセンサスの得られたレジメンは存在しないが、高用量での静脈投与による治療が推奨される(例:mPSL 1,000mg 1日1回 3~5日間)。内服治療は入院を必要としないような比較的軽症のケースにおいては検討される場合もある。

・様々な原因による横断席脊髄炎の患者122人を対象とした後方視的研究では副腎皮質ステロイド治療に反応性が不良であった患者56人に対して、血漿交換療法、シクロホスファミド療法、またはその両者が行われていた。血漿交換療法は症状のピーク時において感覚機能、運動機能がある程度残存していた患者で効果が認められていた。しかし、一方で機能が完全に失われていた患者では血漿交換療法とシクロホスファミド療法の両者が行われた患者のみにおいて効果が認められるという結果であった。

・脱髄性疾患が存在する患者では長期的な免疫抑制療法が将来的なリスクを減少させることが示唆されている。

<呼吸機能および口腔咽頭機能の補助>

・横断性脊髄炎では上部頸髄と脳幹を侵すことで、呼吸不全をきたす可能性があるため、定期的に呼吸機能および口腔咽頭機能の評価を行う必要がある。特に呼吸困難、呼吸補助筋の使用、喀出力が低い場合はさらなる評価を進める必要性が高い。

・患者によっては人工呼吸のための気管挿管が必要である。

・構音障害、嚥下障害、咽頭反射の低下などがみられる場合には経管栄養の必要性を検討する。

<運動機能低下>

・DVT予防のための低分子ヘパリン投与は体動ができない患者において必要性が高い。

・早期から集学的な神経リハビリテーションを開始できるようなサポートを行う。

<筋緊張の異常>

・重度の脊髄炎では急性期(脊髄ショックの間)には筋緊張の低下を伴うことがあるが、典型的には筋緊張は亢進して痙縮が出現する。痙縮が過度であったり、疼痛を伴ったりする場合には理学療法や薬物療法を検討する。

・中枢神経障害に伴う痙縮患者に対して、バクロフェン、チザニジン、ベンゾジアゼピン系薬剤の有効性が支持されている。

<疼痛>

・疼痛は脊髄炎でしばしば合併して、直接的な神経損傷(神経障害性疼痛)と、整形外科的要因(例:姿勢の乱れなど)、痙縮などの複合的要因により生じ得る。

・神経障害性疼痛は抗けいれん薬、抗うつ薬(三環系抗うつ薬、SNRIなど)、NSAIDs、オピオイドによる治療に反応する場合がある。

<易疲労感>

・脊髄炎発症後の易疲労感は運動能力の低下、薬剤、疼痛などの要因が関係している可能性があり、その原因を評価することがまず大切である。

・MSに伴う易疲労感に対してアマンタジンの有効性を示すRCTが存在する。

・メチルフェニデートなどの中枢神経刺激薬が脊髄炎発症後の易疲労感の治療に用いられる場合があるが、その有用性は少なくともRCTでは検証されていない。

<膀胱直腸障害>

・横断性脊髄炎の急性期には尿閉が生じる場合があり、尿カテ留置が通常は必要である。急性を脱すると、一般的には頻尿、尿意切迫感などを伴う。

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<参考文献>

・Frohman EM, Wingerchuk DM. Clinical practice. Transverse myelitis. N Engl J Med. 2010 Aug 5;363(6):564-72. doi: 10.1056/NEJMcp1001112. PMID: 20818891.

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