甲状腺クリーゼ thyroid storm
甲状腺クリーゼとは
・”クリーゼ”とはドイツ語であり、意味として英語の”crisis(危機)”に相当する単語である。
・甲状腺クリーゼは甲状腺機能亢進症を背景にして、ときに緊急性が高い内分泌疾患である。
・甲状腺クリーゼの定義として「甲状腺中毒症の原因となる未治療ないしコントロール不良の甲状腺基礎疾患が存在し、これに何らかの強いストレスが加わったときに、甲状腺ホルモン作用過剰に対する生体の代償機構の破綻により複数臓器が機能不全に陥った結果、清明の危機に直面した緊急治療を要する病態」と示されている。
疫学
・日本においては1年間で約250人の発症例がある(約100万人に2人程度)。
・致死率は10%以上に及ぶ。
・甲状腺中毒症、特にバセドウ病(Basedow病)を基礎疾患として有する場合に、全身性のストレスがかかるような誘引が生じることで発症する場合がある。また、機能性甲状腺結節や無痛性甲状腺炎などの他疾患も基礎疾患として存在する場合がある。
・なお、甲状腺クリーゼが診断されるまでに、基礎疾患としての甲状腺機能亢進症が認識されていないケースも存在する。
甲状腺クリーゼの誘因
・最も多い誘因は抗甲状腺薬の不適切な内服や中断であり、感染症が次点で挙げられる。そのほか、心筋梗塞や糖尿病性ケトアシドーシス、手術、薬剤性(サリチル酸塩、アミオダロンなど)、妊娠、精神的ストレスなどが関与する場合もある。
・なお、30~40%程度は誘因が明らかでない。
病歴と身体所見
・主な自覚症状としては診断基準に含まれるような事項が挙げられる。内分泌代謝性であるため、バイタルサインの異常を伴い、なおかつ症状の局在が比較的不明瞭である際にクリーゼの可能性を挙げることは重要と思われる。
・身体所見としては皮膚所見、神経筋所見、眼所見などがときに有用。
・皮膚所見としては湿潤しているのが甲状腺機能亢進症らしく、交感神経亢進状態による皮膚血流増加を反映している。
・神経筋所見としては振戦、アキレス腱反射の亢進がみられる場合がある。アキレス腱反射の亢進については認められる頻度は低く、25%以下の症例でしかみられないという報告もあり、参考所見に留まるかもしれない。また易疲労感もみられることがあり、蛋白異化亢進による筋力低下などが原因と考えられている。
・眼所見としては主に3つ、von Graefe徴候(眼瞼遅延)、Dalrymple徴候(眼瞼後退)、Graves眼症が知られている。
・Von Graefe徴候は患者が下方注視した際に上眼瞼と角膜輪の間に存在する白色強膜が観察される所見を示している。
・Dalrymple徴候は眼裂が開大することにより、両眼がまるで凝視をしているようにみえる所見を示している。一説として上眼瞼の過収縮が一因と考えられている。
・Graves眼症はバセドウ病患者の25~50%でみられることがあり、主に眼瞼浮腫、眼球運動制限、眼球突出などにより特徴づけられる所見である。眼窩脂肪組織、結合組織へのリンパ球浸潤により誘発されると考えられている。
臨床検査/Clinical prediction rule
・甲状腺機能亢進状態(FT4 and/or FT3高値、TSH低値)が認められた場合はTRAbの確認を行う。破壊性甲状腺炎(亜急性甲状腺炎など)では原則としてTRAbは陰性である。また、甲状腺エコー検査も基礎疾患の識別に有用な場合がある。
・甲状腺クリーゼの誘因のうち、感染症(肺炎など)が疑わしいと思われるケースでは個別性に応じて誘因同定を行う(胸部X線撮影、尿検査など)。
・不整脈のみられるケースでは心電図検査、心エコー検査などを検討する場合もある。
・Clinical prediction ruleとしては”Bruch-Wartofsky Point Scale”が知られている。45点以上は甲状腺クリーゼを強く示唆し、25点未満であればその可能性は低く、25~44点では特に総合的判断が重要である。このClinical prediction ruleのみで考えるということはないと思われるが、あくまでいち指標として利用することは良いかもしれない。
診断基準
<必須項目>
・甲状腺中毒症の存在(FT3およびFT4の少なくともいずれかが高値)
<症状>
- 中枢神経症状(不穏, せん妄, 精神異常, 傾眠, 痙攣, 昏睡, JCSⅠ-1以上 or GCS14点以下)
- 発熱(38度以上)
- 頻脈(130回/分以上)
- 心不全症状(肺水腫, 肺野の50%以上のラ音, 心原性ショックなど)
- 消化器症状(悪心/嘔吐, 下痢, 黄疸(血中T-Bil>3mg/dL)
<確実例>
・” 必須項目”および以下を満たす(※高齢者は典型的症状を来さないことがある点に留意)
- 中枢神経症状+他の症状項目1つ以上
または
b. 中枢神経症状以外の症状項目3つ以上
<疑い例>
- 必須項目+中枢神経症状以外の症状項目2つ
または
b. 必須項目を確認できないが, 甲状腺疾患の既往/眼球突出/甲状腺腫の存在があって, 確実例条件のaまたはbを満たす場合
マネジメント
・ICU管理とすることが原則であり、甲状腺機能亢進症の是正が根本的な治療となる。
・基礎疾患がバセドウ病であれば、抗甲状腺薬の投与により、甲状腺ホルモンの合成阻害を図る。また、甲状腺からの放出抑制の効果が期待できる無機ヨウ素の投与を検討する。なお、抗甲状腺薬としてはMMI(メルカゾール)とPTU(プロピルチオウラシル)とが存在するが、全国疫学調査ではMMIとPTUとの間に予後改善効果の差は示されていない。
・T4からT3への変換を抑制する効果のあるステロイド治療を併用する場合もあり、診断後には速やかな投与が検討される。
・抗甲状腺薬の投与例としてはMMI 30mg/日 点滴静注またはMMI 60mg/日 内服またはPTU 600mg/日 内服などが挙げられる。
・無機ヨウ素薬の投与例としてはヨウ化カリウム200mg/日 内服などが挙げられる。なお、無機ヨウ素薬は抗甲状腺薬の投与から1時間後以降に行うべきという見方もある。
・副腎皮質ステロイドの投与例としてはヒドロコルチゾン 300mgを静注し、その後からヒドロコルチゾン 100mg 1日3回 点滴静注を行うなどが挙げられる。
・頻脈に対してはβ遮断薬が第一に選択されることが多く、ランジオロール、プロプラノロールが選択される。
・また支持療法の一つとして高体温に対して冷却治療を行うことも検討する。アセトアミノフェンの使用も推奨されている。サリチル酸塩(NSAIDsなど)はFT4濃度を上昇させる可能性が指摘されていて、可能な限り避けることが無難かもしれない。
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<参考文献。
・Ross DS, Burch HB, Cooper DS, Greenlee MC, Laurberg P, Maia AL, Rivkees SA, Samuels M, Sosa JA, Stan MN, Walter MA. 2016 American Thyroid Association Guidelines for Diagnosis and Management of Hyperthyroidism and Other Causes of Thyrotoxicosis. Thyroid. 2016 Oct;26(10):1343-1421. doi: 10.1089/thy.2016.0229. Erratum in: Thyroid. 2017 Nov;27(11):1462. PMID: 27521067.
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