膿胸 pleural space infection
はじめに
・膿胸や胸膜炎は広く捉えると胸腔感染症(Pleural space infection)といえますが、初めて報告されたのは約4,000年前とされています。
・2,000年以上前に初めて胸腔ドレナージを試みたのはギリシアのヒポクラテスだったともされています。
・1940年代に抗菌薬治療が流布し、発症率は減少経過に転じた経緯があります。その後に、VATS(Video Assisted Thoracoscopic Surgery)や胸腔内線溶療法などの選択肢が広がっています。
胸水とドレナージの必要性
・いわゆる肺炎随伴性胸水は肺炎や肺化膿症(肺膿瘍)に伴って貯留する胸水のことで、こちらは原疾患である肺炎や肺化膿症が抗菌薬治療による軽快すれば、それに伴って胸水量も減少に転じることが多いです。私見ですが、病歴や画像所見などから総合的に肺炎随伴性胸水である可能性が高いと思われる場合は必ずしも診断のための胸水穿刺排液は行わず、まずは抗菌薬治療を優先させて、胸水に関する治療反応性をフォローするという方針をとることが多いです。
・ただし、ドレナージの必要性が比較的高いケースとしては①胸水pH<7.20 ②胸水糖<60mg/dL ③胸水LDH>1,000IU/L ④胸水中に細菌が存在する が示されています。
・なお、膿胸は①胸腔内に膿が存在する(白色混濁などは間接的な根拠になる) ②胸水中に細菌が存在する ことにより定義されます。
Lightの基準
・漏出性胸水と滲出性胸水の区別にはLightの基準を利用することがあり、①胸水/血清蛋白比>0.5 ②胸水/血清LDH>0.6 ③胸水LDH>血清LDHの基準値上限の3倍 のうちいずれか1つ以上を満たす場合には滲出性胸水を考えます。Lightの基準は感度97%、特異度85%とされています。
・なお、Lightの基準では留意するべき点があり、漏出性胸水の約25%は誤って滲出性胸水と判定されることがあるとされています。そして、この25%のなかには「慢性心不全が背景にあり、利尿薬を投与されている」ケースが比較的多く含まれています。このように、「Lightの基準で滲出性と判定されたものの、臨床的に漏出性胸水が疑われる」場合では①血清Alb-胸水Alb≦1.2(滲出性胸水に対して特異度 92%) ②血清TP-胸水TP≦3.1(滲出性胸水に対して特異度91%) という基準で確認することも有効な場合があります。
病態生理
・膿胸は一般的には細菌性肺炎が先行して発症し、その後に炎症を伴う胸膜において透過性が亢進し、本来無菌状態である胸膜腔へと細菌が移動することによって生じると考えられています。ただし胸部X線撮影では市中肺炎の50%強の割合で指摘されないことや、肺炎と膿胸などでは起因菌が異なる場合があることなどは興味深い点と思います。
・TNF-αなどの炎症性サイトカインが上昇すると、フィブリンが沈着して隔壁が形成されやすくなります。これらの部位において細菌の好中球による貪食が活性化されることにより胸水中のLDHが上昇していくことが想定されています。場合によってはその後、胸膜における線維芽細胞の増殖が進み、胸膜肥厚や閉塞を伴うことがあります。
起因菌
・最近のシステマティックレビューでは最も頻度が高い起因菌は黄色ブドウ球菌(20.7%)であり、それに緑色連鎖球菌(18.7%)、緑膿菌(17.6%)、腸内細菌科(11.9%)、肺炎球菌(10.8%)、クレブシエラ(10.7%)、アシネトバクター属(5%)、CNS(4.5%)という結果が示され、12.1%で嫌気性菌が関与していたようです。日本における疫学とは異なる場合がある点は注意ですが、参考にはなります。
・また13%に相当するケースでは複数の起因菌が関与していて、そのなかのさらに75%で嫌気性菌が関与していたことが示されています。
・胸水の培養結果が陰性であったケースでは連鎖球菌が関与していた可能性も指摘されています。
胸腔内感染症の臨床像
・肺炎で入院した患者の20~40%で肺炎随伴性胸水がみられ、そのうち5~10%が膿胸に進行し、そのさらに30%が機械的ドレナージを必要とすると考えられています。また、膿胸の死亡率は15%です。
・①肺炎や原因不明の敗血症を呈する患者 ②治療開始し数日以内に反応性が乏しい場合 では胸水が感染源である可能性を想定するべきです。
CT撮像と胸水検査
・ガイドラインで明確に記載されているわけではないようですが、胸部CTで2.0~2.5cmの厚みのある胸水では可能であれば診断を目的とした胸水穿刺排液を検討するべきとしています。そして、ドレナージの必要性については排液した胸水の肉眼所見や胸水の検査結果に基づいて決定するべきとしています。
・CTで確認されることのあるSplit pleural signは病態生理の部分で記載したように、フィブリン沈着とそれに伴う線維芽細胞の浸潤の結果としてみられる画像所見です。報告により差はあるようですが、造影CT撮像が行われた膿胸患者の98.7%でSplit pleural signがみられるという報告もあります。
予後予測
・恐らく外的妥当性は検証が完了しているといえない状況のようですが、最近はRahmanらにより、予後不良の患者層を特定するためのツールとしてRAPID scoreが考案されています。今後のエビデンスの蓄積に注目を要する点なのだと思います。
抗菌薬治療
・膿胸などに限りませんが、可能な限り迅速な抗菌薬治療の開始と状況によってはソースコントロールが重要です。
・地域のアンチバイオグラムや抗菌薬曝露歴などを総合的に加味して抗菌薬選択を行うことはもちろんですが、それに加えて胸膜腔への移行性も加味した判断が望ましいかもしれません。特にペニシリン系抗菌薬、CTRX、MNZ、CLDMは胸膜腔への移行性が良いと考えられています。
・経験的治療(empiric therapy)では第2世代 or 第3世代セファロスポリン系抗菌薬(CTM, CTX, CTRX)あるいはABPC/SBTが検討されることが多いです。また一般的には膿胸においては嫌気性菌のカバーが望ましいと考えられています。
・そのほか非定型肺炎のルーチンのカバーは推奨されていません。またアミノグリコシド系抗菌薬は胸膜への移行性が不良であり、有用性が低いとされています。
・また院内発症肺炎や手術に起因すると思われる膿胸では状況によってはMRSAや緑膿菌のカバーの必要性を検討すべきです。
・治療途中での内服治療へのスイッチは、特定された起因菌に感受性があり、ソースコントロールが達成されていて、臨床状況が改善傾向にある場合においては検討可能とされています。
・治療期間は少なくとも2~3週間が必要で、膿胸の場合は6週間程度を要するケースもあります。
・治療効果は最終的には自覚症状の改善、胸部X線所見の改善、CRPなどによる総合的に判断します。もちろん呼吸器特異的パラメータの改善(呼吸数、酸素需要など)も重要です。
胸腔内線溶療法
・t-PAを注入する、胸腔内線溶療法が膿胸のケースなどで実施されることがあります。
・胸腔内線溶療法の禁忌としては①凝固障害 ②抗凝固療法の併用 ③薬剤に対する過敏反応 ④気管支胸膜瘻 などです。
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<参考文献>
・Foley SPF, Parrish JS. Pleural Space Infections. Life (Basel). 2023 Jan 29;13(2):376. doi: 10.3390/life13020376. PMID: 36836732; PMCID: PMC9959801.
・Feller-Kopman D, Light R. Pleural Disease. N Engl J Med. 2018 Feb 22;378(8):740-751. doi: 10.1056/NEJMra1403503. PMID: 29466146.