自己免疫性脳炎の診断アプローチ Autoimmune encephalitis
目次
はじめに
・急性脳炎(Acute encephalitis)は、急速に進行する脳症(通常6週間以内に進行)として発症する、衰弱性の神経疾患であり、脳の炎症によって引き起こされる。
・先進国における脳炎の推定発症率は年間人口10万人あたり約5~10例であり、全年齢層に発症しうる疾患であるため、患者、家族、社会に対して大きな負担となる。
・脳炎の原因として最も頻繁に認識されるのは感染性であり、そのため現行の診断基準やコンセンサスガイドラインは感染症を前提として作成されている。しかし、過去10年間で感染性ではない、主に自己免疫性の脳炎の症例が多数報告されるようになり、これらの新たに同定された自己免疫性脳炎の中には、既存の診断基準を満たさないものもある。これらの自己免疫性脳炎の多くは、神経細胞膜やシナプス蛋白に対する抗体と関連しており、感染性脳炎に類似する主要症状のほか、発熱や髄液細胞増多を伴わずに神経症状や精神症状のみで発症することもある。
初期アセスメント: 想定するべき自己免疫性脳炎
・新たに発症した脳炎疑いの患者において、以下の”パネル1”に示す診断基準を満たす場合、「可能性のある自己免疫性脳炎(possible autoimmune encephalitis)」と考える。
・これらの基準は、従来の脳炎(原因不問、特発性含む)診断基準(例:意識障害、発熱、髄液細胞増多、EEG異常などが必要とされる)とは異なる。自己免疫性脳炎では、発熱や意識障害を伴わずに記憶障害や行動異常のみで発症することもあり、脳MRIや髄液検査が正常な場合もあるため、こうした特性を反映して基準が改訂された。
・ここでいう「記憶障害」とは、海馬機能障害による新しい長期記憶の形成不全や、作業記憶(情報を一時的に保持・操作する機能)の障害を指す。
・脳炎患者は発症初期に頭部MRI撮像を受ける。所見は正常または非特異的なこともあるが、時に自己免疫性を示唆する画像異常がみられる。一方で、EEG所見は特異性に乏しいが、特定の自己免疫性脳炎(例:抗NMDA受容体脳炎における「extreme delta brush」)、他疾患(クロイツフェルト・ヤコブ病など)の鑑別、非痙攣性てんかん重積(NCSE)や潜在性発作の検出には有用である。
・さらに、自己免疫性脳炎と類似の症状を呈する他疾患を慎重に除外する必要がある。多くの場合、詳細な病歴聴取、神経学的診察、血液・髄液検査、拡散強調像を含む脳MRIによって鑑別可能である。最も頻度の高い鑑別疾患はヘルペス脳炎(HSV脳炎)や他の中枢神経感染症である。なお、ヘルペス脳炎では髄液PCRが発症早期(例:24時間以内)では陰性となる場合があり、臨床的疑いが高い場合は繰り返し検査を行うべきである。
・自己免疫性脳炎の患者の多くは、明確に定義された症候群に該当しないこともある。このような患者では、年齢、合併症(例:下痢、卵巣奇形、顔面・上肢のジストニアなど)が診断の手がかりとなる場合がある(例:抗DPPX抗体、抗NMDA受容体抗体、抗LGI1抗体による脳炎)。しかし、これらの特徴は特異的ではなく、認められない症例も存在する。そのため、このような場合の「definite autoimmune encephalitis」の診断は、自己抗体検査の結果に大きく依存する。
・一方で、臨床症候やMRI所見から、自己抗体検査の結果が出る前に「推定的(probable)」あるいは「確定的(definite)」自己免疫性脳炎と診断可能な症候群も存在する。これらには、以下が含まれる。
- 辺縁系脳炎(limbic encephalitis)
- 急性散在性脳脊髄炎(acute disseminated encephalomyelitis, ADEM)および白質優位のMRI所見を伴う他の症候群
- 抗NMDA受容体抗体脳炎
- ビッカースタッフ脳幹脳炎(Bickerstaff’s brainstem encephalitis)
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<パネル1:”possible autoimmune encephalitis”の診断基準>
以下の3項目すべてを満たす場合に診断可能である:
- 発症から3か月以内に急速に進行する以下のいずれかの症状
・作業記憶障害(短期記憶障害)
・意識障害または精神症状
- 以下のうち少なくとも1つを認める
・新たに出現した中枢神経局所徴候
・既知のてんかん疾患では説明できない痙攣発作
・髄液細胞増多(白血球数5/mm³超)
・自己免疫性脳炎を示唆するMRI所見
- 他の原因の合理的な除外
※MRI所見:T2強調FLAIR像で一側または両側の内側側頭葉(辺縁系脳炎)に限局する高信号、または灰白質・白質の多病巣性病変(脱髄・炎症を示唆)など。
※なお、ここでの意識障害は、意識レベルの低下・変容、傾眠、人格変化を含む。
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自己免疫性辺縁系脳炎(Autoimmune limbic encephalitis)
・自己免疫性辺縁系脳炎の診断基準はパネル2に示す。
・これまでの基準を修正し、T2強調FLAIR画像における両側内側側頭葉の異常所見を必須項目として組みこまれている。
・これらの新たな基準においては、免疫学的に辺縁系脳炎を自己免疫性と確定するために自己抗体の存在を必須とはしていない。
・なぜなら、自己抗体が検出されなくても自己免疫性の辺縁系脳炎が存在しうるからである。
・しかし、自己抗体の測定は以下の2つの理由で依然として重要である。
- 免疫学的サブタイプ(自己抗体の種類)によって併存疾患、腫瘍合併、予後が異なる可能性がある。
- 診断基準を満たさない症例でも自己抗体が検出されれば自己免疫性辺縁系脳炎と診断できる。
・辺縁系脳炎の臨床像は、意識混濁、作業記憶障害、気分変動、しばしばけいれんを急速に発症することが特徴である。
・短期記憶障害の亜急性進行は本症の中核症状とされるが、他症状の存在により見落とされることもある。
・髄液検査では、白血球数100/mm³未満の軽度~中等度のリンパ球性細胞増多が60~80%にみられ、IgGインデックス上昇やオリゴクローナルバンド陽性が約50%で認められる。一方、LGI1抗体関連症例では髄液異常(細胞増多41%、蛋白上昇47%、髄液内IgG産生ほとんどなし)の頻度が低く、非炎症性脳症を疑わせることがある。
・MRIでは両側内側側頭葉のFLAIR高信号がよく見られる。辺縁系脳炎は片側病変やMRI正常でも発症しうるが、抗体陰性の片側病変例は確定診断とせず、抗体検出が必要と考える。
・なぜなら、片側病変は痙攣、単純ヘルペス脳炎、神経膠腫など非自己免疫性疾患でもみられるためである。
・免疫不全患者のHHV-6脳炎でも辺縁系脳炎に酷似するが臨床背景が異なる。単純ヘルペス脳炎では辺縁系外への広がり、拡散制限、造影効果が特徴的である。
・臨床像や背景因子から免疫学的サブタイプを推測することは可能だが、最終的な分類は自己抗体の測定によって行われる。腫瘍随伴抗体(例:Hu、Ma2)は腫瘍(主に小細胞肺癌や精巣腫瘍)を伴う頻度が高く、細胞膜抗原抗体(例:LGI1、GABAB受容体、AMPA受容体)はより免疫療法反応性が高い。
・抗GAD抗体は、主に若年女性で発作主体・腫瘍なしの例に多く、50歳以上やGABAB受容体抗体併存例では腫瘍合併(小細胞肺癌・胸腺腫)のリスクが高まる。
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<パネル2:確定的自己免疫性辺縁系脳炎の診断基準>
・以下の4項目すべてを満たす場合に診断可能:
①発症から3か月以内に急速に進行する作業記憶障害、けいれん発作、または精神症状(辺縁系の関与を示唆)
②MRI(T2強調FLAIR画像)において、内側側頭葉に高度に限局した両側性病変
③以下のうち少なくとも1つ
・髄液細胞増多(白血球数>5/mm³)
・側頭葉を含むてんかん性または徐波活動を示すEEG異常
④他の原因の合理的な除外
※1~3のいずれかが満たされない場合でも、自己抗体が検出された場合には確定診断可能
※18F-FDG-PETはこの基準のMRI所見を補助可能。最近の研究では、正常に見える内側側頭葉でもFDG集積の上昇を示すことが報告されている。
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急性散在性脳脊髄炎(ADEM)および脱髄性病変を伴う他の症候群
・急性播種性脳脊髄炎(ADEM)は、主に小児や40歳未満の若年成人に発症する単相性の中枢神経系炎症性疾患である。
・本疾患は、全身性感染症やワクチン接種に続発して発症することがある。
・ADEMの診断には、変動する程度の脳症(意識障害)が必須であり、他に脳神経麻痺、小脳失調、片麻痺、脊髄障害、視神経炎など様々な神経症状を伴うことがある。
・髄液所見では、通常50/mm³未満の軽度リンパ球性細胞増多を認めるが、オリゴクローナルバンドは稀(全症例の7%未満)である。MRIでは、T2強調FLAIR像において、2cm以上の大型の病変が多発し、大脳白質、基底核、脳幹、小脳、脊髄に分布する。造影効果を伴う場合もある。現時点では、ADEMに特異的なバイオマーカーはなく、小児を対象とした診断基準(パネル3)が提案されている。
・最近の研究では、小児ADEM患者の約50%にミエリンオリゴデンドロサイト糖蛋白(MOG)抗体が一過性に出現することが報告されている。しかし、現時点でMOG抗体は診断基準に含まれていない。その理由は以下の通りである。
- MOG抗体は、MRIでADEMの特徴がない脱髄疾患や脳症を伴わない脱髄疾患でも検出される場合がある。
- MOG抗体検査は多くの施設で未実施である。
・Susac’s syndromeは、自己免疫性小血管障害により、脳、網膜、内耳の小血管閉塞をきたす疾患であり、自己免疫性脳炎の鑑別診断として重要である。
・Susac’s syndromeでは、網膜蛍光眼底造影で分枝網膜動脈閉塞を認め、MRIでは脳梁中央部の「スノーボール様病変」や側脳室周囲白質病変を呈する。これらのMRI所見はADEMとは異なり、脳症を伴う場合にはSusac’s syndromeを強く示唆する。
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<パネル3:確定的急性播種性脳脊髄炎の診断基準>
以下の5項目すべてを満たす場合に診断可能:
①炎症性脱髄を疑う多病巣性中枢神経系症状の初発イベント
②発熱以外で説明できない脳症(意識障害)
③脳MRI異常
・白質優位の広範かつ不明瞭な境界を有する2cm以上の病変
・まれに白質のT1低信号病変
・深部灰白質(視床・基底核)病変を伴うことがある
④発症3か月以降に新たな臨床症状やMRI異常が出現しない
⑤他の原因の合理的な除外
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抗NMDA受容体抗体脳炎(Anti-NMDA receptor encephalitis)
・抗NMDA受容体抗体脳炎は臨床的に認識しやすく、NMDA受容体GluN1サブユニットに対するIgG抗体と関連する。この抗体は高い特異性を有している。
・577例の多施設観察研究では、本疾患は若年者に多く発症し(95%が45歳未満、37%が18歳未満)、女性に多い(男女比4:1)。ただし12歳未満の小児や45歳以上の成人では性差は小さい。腫瘍の有無は年齢・性別で異なり、12歳未満では腫瘍合併は0–5%、18歳以上の女性では58%に腫瘍(多くは卵巣奇形腫)を認める。45歳以上では腫瘍頻度は23%と低下する。
・思春期・成人では精神症状(精神病、妄想、幻覚、興奮、攻撃性、緊張病様症状、不眠)、その後に言語障害、ジスキネジア、記憶障害、自律神経不安定、意識低下が出現する。けいれん発作はどの時期でも生じ得るが、男性では早期に多い。小児では異常運動・けいれんで発症することが多い。
・発症3〜4週間で臨床像は多くの症例で類似し、発症1か月以内に87%が以下の症状カテゴリーのうち4つ以上を呈していた:
- 精神症状・認知障害
- 言語障害(速語、言語減少、緘黙)
- けいれん
- 運動障害、ジスキネジア、筋強剛・異常姿勢
- 意識低下
- 自律神経障害または中枢性低換気
・小児では片麻痺や小脳失調を伴うこともあるが、成人では頻度は低い。これらを踏まえ、自己抗体検査結果を待つ間も「推定的抗NMDA受容体抗体脳炎」として診断可能な基準(パネル4)を提案されている。
・診断がつけば速やかに免疫療法や腫瘍検索(性別・年齢に応じて)を開始すべきである。
・自己抗体検査は必ず髄液を含めるべきであり、血清単独では偽陽性・偽陰性の可能性がある。複数研究で血清のみの検査では診断精度が不十分であることが示されている。
・ヘルペス脳炎後に自己免疫性脳炎を疑う所見を呈した場合には髄液NMDA受容体抗体検査の実施が必須である。これらは抗NMDA受容体脳炎とほぼ同一の臨床像を示し、小児では舞踏アテトーゼ(運動異常)、成人・思春期では精神症状で発症する。稀にGABAA受容体抗体やドパミン受容体2型抗体を伴う例もある。
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<パネル4:抗NMDA受容体脳炎の診断基準>
【抗NMDA受容体脳炎(possible)】
以下すべてを満たす場合:
①発症3か月以内に以下の6カテゴリー中4つ以上の症状出現
・精神症状・認知障害
・言語障害(速語、言語減少、緘黙)
・けいれん
・運動障害、ジスキネジア、筋強剛・異常姿勢
・意識低下
・自律神経障害または中枢性低換気
②以下の検査所見のうち少なくとも1つ
・異常EEG(焦点性またはびまん性徐波、てんかん性活動、extreme delta brush)
・髄液細胞増多またはオリゴクローナルバンド陽性
③他疾患の合理的な除外
※上記カテゴリー3つに加え全身性奇形腫を伴う場合も診断可能。
【抗NMDA受容体脳炎(definite)】
以下を満たす場合に診断可能:
・上記6カテゴリーのいずれかの症状
・IgG抗GluN1抗体(抗NMDA受容体抗体)陽性(髄液検査を含む)
・他疾患の合理的な除外
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ビッカースタッフ脳幹脳炎(Bickerstaff’s brainstem encephalitis)
・ビッカースタッフ脳幹脳炎(Bickerstaff脳幹脳炎)は、発症から4週間以内に意識障害、運動失調、両側性の(多くは対称性の)眼球運動障害が進行性に出現することを特徴とする。
・この症候群はしばしば感染症が先行し、単相性で経過し、予後は良好である。
・加えて、散瞳や縮瞳などの瞳孔異常、両側顔面神経麻痺、バビンスキー徴候、球麻痺を伴うことが多い。四肢筋力低下を呈する場合もあり、ギラン・バレー症候群との重複がみられることもある。
・髄液細胞増多は45%の患者で認められる。
・脳MRIは通常正常だが、FLAIR画像で脳幹病変を認めるのは23%である。
・既存の多くの診断基準では、意識障害、両側外眼筋麻痺、運動失調の3徴を重視している(パネル5)。
・抗GQ1b抗体は本疾患および関連するミラー・フィッシャー症候群に特異性が高く、一部の専門家は両疾患を「GQ1b抗体症候群」と総称している。2014年提唱の診断基準では、抗体検査は必須項目としてはおらず、抗体陰性例が32%存在することが根拠となっている。
・抗GQ1b抗体の測定は、不全型や非典型例、または意識障害が強く運動失調の評価が困難な場合の診断補助として重要である。
・ビッカースタッフ脳幹脳炎の鑑別疾患には、以下が含まれる:
- リステリア脳幹脳炎
- 小児のEV71脳炎
- 腫瘍随伴・感染後脳幹脳炎
- CLIPPERS(慢性リンパ球性炎症性橋周囲病変ステロイド反応性症候群)
- 神経サルコイドーシス
- 中枢神経原発リンパ腫
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<パネル5:ビッカースタッフ脳幹脳炎の診断基準>
【ビッカースタッフ脳幹脳炎(possible)】
以下のすべてを満たす場合:
①発症4週間以内に以下の3症状が出現
・意識障害
・両側外眼筋麻痺
・運動失調
②他疾患の合理的な除外
【ビッカースタッフ脳幹脳炎(definite)】
以下の場合に診断可能:
・IgG抗GQ1b抗体陽性
・両側外眼筋麻痺の不完全例や運動失調評価不能例を含む
・発症12週以内に回復している場合
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自己抗体検査:臨床上の注意点
・自己抗体の検出は、自己免疫性脳炎の確定診断を裏付け、辺縁系脳炎の免疫学的サブタイプの同定や非典型例の鑑別に有用である。
・そのため、自己抗体測定は多くの自己免疫性脳炎で決定的な役割を果たすが、結果の解釈には慎重さが求められる。
・従来の腫瘍随伴抗体やGAD抗体に関する概念は、神経細胞膜抗体には必ずしも当てはまらない。腫瘍随伴抗体・GAD抗体は細胞内抗原を標的とし、血清・髄液の両方で検出可能であり、ELISA・ウエスタンブロット・免疫組織染色など多様な技術で測定できる。
・一方、神経細胞膜抗体はこれらとは異なる特性を有し、適切な検査法選択と解釈が必要となる。
・自己免疫性脳炎に関連する抗体はIgGであり、IgA・IgMは意義が不明確である。たとえば、抗GluN1 IgGは特異的だが、IgA・IgMは健常者の約10%でも検出される。
・髄液検査は感染性脳炎と同様、自己免疫性脳炎の診断においても重要である。
・髄液抗体検査の意義は以下の通り:
- 大多数の患者で髄液に自己抗体が存在し、一部は髄液のみ陽性となる(例:NMDA受容体抗体は約14%が髄液単独陽性)。
- 髄液と血清で抗体レパートリーが異なることがある。髄液中の抗体が臨床像を規定する場合が多い。
- 髄液抗体価は病勢とより良好に相関する(特にNMDA受容体抗体)。
- 血清のみの検査では偽陽性・偽陰性のリスクが高まるが、髄液ではまれである。
・以上より、髄液・血清両方の検査を推奨する。
・血清先行で髄液を後追いする検査戦略は診断を遅延させうる。血清陽性で髄液陰性、または臨床像と抗体が一致しない場合は、非特異的反応や偽陽性の可能性を考慮し、確認検査(脳切片免疫染色や培養神経細胞染色)を検討する。
・治療中の抗体価は必ずしも治療指標とならない。抗体価は臨床経過と相関するが不完全であり、臨床回復後も抗体が残存することが多い。
脱髄性疾患と抗NMDA受容体抗体脳炎との重複
・抗NMDA受容体脳炎患者のおよそ4%では、2種類の異なる症候群が個別あるいは同時に出現することがある。
・各症候群は独立した病態機序を持ち、たとえば、抗NMDA受容体脳炎とMOG抗体関連疾患、またはアクアポリン4(AQP4)抗体関連疾患が併存する。
・臨床の場では、以下のような重複を意識することが重要である:
- 脱髄性疾患が自己免疫性脳炎様に発症する場合
- 抗NMDA受容体脳炎が視神経炎やMRI上の脱髄病変を伴う場合
・こうした症例では、単一疾患スペクトラムとして扱わず、併存疾患の可能性を積極的に検討すべきである。
・このため、次の検査が推奨される:
- MOG抗体およびAQP4抗体は血清で検査(髄液での産生はまれである)
- NMDA受容体抗体は血清および髄液で検査
辺縁系脳炎などにおける抗GAD抗体
・抗GAD抗体は、以下のように様々な状況で検出される:
- 健常人の約1%
- 1型糖尿病患者の約80%
・神経疾患に関連するのは「高力価の血清GAD抗体」であり、辺縁系脳炎をはじめとした自己免疫性神経疾患と関連する。
・高力価の定義は検査法により異なるが、糖尿病で見られる値よりも100〜1000倍高いことが多い。
・辺縁系脳炎患者で高力価のGAD抗体を検出した場合、糖尿病や内分泌疾患の既往がないか注意深く確認する必要がある。髄液内でのGAD抗体産生やオリゴクローナルバンド陽性は神経疾患との関連を支持する。
明確な症候群や自己抗体を有さない患者へのアプローチ
・これまで述べた各種自己免疫性脳炎(自己抗体の有無を問わず)や確立された自己抗体に伴う疾患を除外した後にも、「possible autoimmune encephalitis」に該当する症例が残る(パネル1参照)。
・この群のうち、以下の基準を満たす場合は「probable autoimmune encephalitis」と考える。
・橋本脳症はステロイド反応性を根拠に自己免疫性と考えられているが、その病態は未解明である。広範な年齢層の女性に発症しやすく、甲状腺疾患(多くは甲状腺機能低下症)を伴うことが多い。典型的にはけいれん、ミオクローヌス、幻覚、脳卒中様症状がみられ、髄液・MRIは正常か非特異的異常にとどまる。ステロイドに反応する例が多い。
・甲状腺抗体は他疾患でも高頻度に認められるため、他の神経自己抗体を除外し、厳密な診断を行った場合のみ橋本脳症の診断とするべきである。本疾患は自己免疫性脳炎(possible)に分類される。
・その他の非特異的脳症候群でも、パネル7の基準を満たせば自己免疫性脳炎(possible)と考える。
・ただし以下の注意点が重要である:
- 髄液細胞増多の欠如は自己免疫性脳炎を否定しない(例:LGI1抗体例の59%は細胞増多なし)
- MRIは正常あるいは非典型的異常を示すことがある
- 小児では遺伝性代謝疾患や白質ジストロフィーなどが類似像を呈し、ステロイド反応性も示しうる
・自己抗体が検出されない症例でも、髄液中に未知の神経細胞膜抗体が存在する場合は自己免疫性脳炎を強く支持する。
・血清単独の抗体は臨床的意義が不明瞭な場合が多い(例:血清GABAA受容体抗体など)。脳生検での炎症細胞浸潤は参考所見にとどまり、決定的根拠とはならない。
・これらの基準を満たさず、抗体も同定できない症例では自己免疫性の可能性は低下し、他疾患の再検討が必要となる。
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<パネル6:橋本脳症の診断基準>
以下すべてを満たす場合に診断可能:
- けいれん、ミオクローヌス、幻覚、脳卒中様エピソードを伴う脳症
- 潜在性または軽度の甲状腺疾患(多くは甲状腺機能低下症)
- 正常または非特異的な脳MRI所見
- 血清甲状腺抗体(抗TPO抗体、抗サイログロブリン抗体)の存在
- 血清・髄液に特徴的な神経自己抗体が存在しない
- 他の原因の合理的な除外
※甲状腺抗体は健常者の13%(高齢白人女性では27%)にも認められ、特異性は低い。
<パネル7:自己抗体陰性のprobable autoimmune encephalitisの診断基準>
以下すべてを満たす場合に診断可能:
- 発症3か月以内の作業記憶障害、意識障害または精神症状の急速進行
- 既知の自己免疫性脳炎症候群(例:典型的辺縁系脳炎、ビッカースタッフ脳幹脳炎、ADEM)を除外
- 血清・髄液に特徴的な自己抗体がなく、以下のうち2つ以上を満たす
・自己免疫性脳炎を示唆するMRI異常
・髄液細胞増多、オリゴクローナルバンド陽性またはIgGインデックス上昇
・炎症性浸潤を示す脳生検所見(腫瘍を除外できること)
4.他の原因の合理的な除外
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治療
・今回提示した診断アプローチにより、自己免疫性脳炎に対して論理的な鑑別診断を段階的に進めることが可能である。このアプローチは、従来の神経学的評価および標準検査(MRI、EEG、髄液検査)を活用しながら、「推定的(probable)」および「確定的(definite)」な診断に早期到達し、迅速な治療開始を可能とする。
・自己免疫性脳炎各型の治療法の詳細は本ガイドラインの範囲外であり、多くの疾患において依然としてエビデンスは限定的である。
・現在一般的に行われている免疫療法の段階的戦略は以下の通りである:
- 一次治療:ステロイド、IVIg(免疫グロブリン静注)、血漿交換
- 一次治療で無効の場合:二次治療(リツキシマブ、シクロホスファミド、その他)
・抗NMDA受容体脳炎や他の自己免疫性脳炎で広く用いられているが、最近ではリツキシマブを初期治療に用いる選択肢も増えている。ただし、すべての自己免疫性脳炎が同一の治療アプローチを要するわけではない。
・例えば、LGI1抗体関連辺縁系脳炎はステロイドへの反応が速く良好であるが、長期予後は抗NMDA受容体脳炎の方が良好とされる。
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<参考文献>
・Graus F, Titulaer MJ, Balu R, Benseler S, Bien CG, Cellucci T, Cortese I, Dale RC, Gelfand JM, Geschwind M, Glaser CA, Honnorat J, Höftberger R, Iizuka T, Irani SR, Lancaster E, Leypoldt F, Prüss H, Rae-Grant A, Reindl M, Rosenfeld MR, Rostásy K, Saiz A, Venkatesan A, Vincent A, Wandinger KP, Waters P, Dalmau J. A clinical approach to diagnosis of autoimmune encephalitis. Lancet Neurol. 2016 Apr;15(4):391-404. doi: 10.1016/S1474-4422(15)00401-9. Epub 2016 Feb 20. PMID: 26906964; PMCID: PMC5066574.