急性脳炎の診断とマネジメント Acute encephalitis

はじめに

・急性脳炎(Acute encephalitis)は神経学的緊急疾患であり、重度の障害や死亡を引き起こす可能性があるが、早期に診断すれば治療が可能な場合も多い。

・厳密には、脳炎とは脳の炎症という病理学的状態を意味するが、臨床的には脳脊髄液(cerebrospinal fluid: CSF)の検査所見、画像検査、脳波(electroencephalogram: EEG)などの代用指標によって評価される。

・患者の全身状態を安定させると同時に、ヘルペスウイルス(HSV)1型脳炎(ヘルペス脳炎)のように早期死亡を招く病態を迅速に鑑別し、抗ウイルス治療を開始することが求められる。

・診断の中心は腰椎穿刺(lumbar puncture: LP)であるが、実際にはしばしば遅延することがある。

ウイルス性の治療可能な原因が除外された後には自己免疫性脳炎を考慮するが、これらの検査は時間を要する。徹底した検査を行っても、37〜62%の患者では原因が特定できないことが知られており、この群の管理は依然として困難である。

臨床評価/臨床検査

・意識障害は急性内科系病棟においてしばしば経験する症状であり、その鑑別診断は広範に及ぶ。

・臨床上の課題は、敗血症、代謝性、毒性など多様な脳症の原因と、脳炎によって特異的治療が必要な患者とを識別することである。

・初期の病歴聴取では、可能であれば家族や関係者からの情報(collateral history)も含め、問題の真の発症時期を把握する必要がある。

性格や行動の変化、傾眠傾向、痙攣(微細な場合もある)などの徴候を探索する。さらに、動物や淡水への接触、蚊やダニによる咬傷、地域で流行している感染症の曝露などを含む旅行歴も聴取する。免疫不全の既往やHIV感染のリスク要因も確認すべきである。

・身体診察では、意識レベル、局所神経学的異常、痙攣活動、運動障害の有無を評価する。

・中枢神経系(CNS)炎症の証拠を得る鍵は脳脊髄液(CSF)の分析である。腰椎穿刺(LP)はしばしば実施までに時間を要してしまうこともあるが、その主な理由は頭蓋内圧亢進を除外するための脳画像検査の実施である。しかし、すべての患者がLP前に画像検査を必要とするわけではなく、コンセンサス・ガイドラインでは画像検査が必要となる明確な適応が示されている。適応があれば、CT撮像あるいは理想的にはMRI撮像を緊急で施行する。画像で禁忌が確認されなければ、速やかにLPを実施すべきである。脳画像では、脳炎に特徴的な変化の検索、他疾患の除外、占拠性病変の有無の確認などといった目的がある。

急性脳炎の診断アルゴリズム

臨床的に脳炎が疑われる所見の確認

・記憶障害、精神状態の変化、精神症状など

腰椎穿刺(LP)前にCT撮像が必要か?(以下の適応を参照)

適応:

・局所神経症状の存在

・乳頭浮腫の存在(※眼底が確認できないだけでは禁忌とならない)

・持続的または制御困難な痙攣

・GCS≤12

CT撮像が必要な場合は緊急で施行

放射線学的にLPの禁忌がなければLPを実施

もしLPが6時間以上遅れる見込みなら経験的にアシクロビルを開始

CSFでHSV PCRを検査

・陽性であれば:

 アシクロビルを14日間投与後、再度LPを行いPCR確認

 → その後はPCR陰性化まで週1回LPを繰り返す

・他の微生物学的診断がつけば適切に治療する

・陰性かつ自己免疫性脳炎が疑われる場合は(特に3か月以内の亜急性進行であれば)自己免疫性脳炎を考慮し、神経内科と相談

・この時点でもアシクロビル投与は継続、24時間後に再度LPを検討

マネジメント上の重要なポイント

・ヘルペス脳炎において、アシクロビル(ACV)の静脈内投与は重要な治療法であり、死亡率を70%超から約10〜20%に低下させることが知られている。

・アシクロビルは比較的安全だが、結晶性腎症による腎障害のリスクがわずかに存在するため、腎機能のモニタリングが必要であり、既存の腎障害がある患者では用量調整を要する。

・理想的には中枢神経感染症が疑われる患者には直ちに腰椎穿刺(LP)を行い、その直後に経験的治療を開始すべきである。

・ただし、LPが6時間以上遅れる場合には、LP前であっても経験的にアシクロビルを開始する必要がある。

・ヘルペス脳炎の患者は治療開始後も数日間はCSFでPCR陽性となることが多いため、アシクロビルを開始していてもできるだけ早くLPを実施し、診断確定と治療期間決定に役立てるべきである。英国のガイドラインでは、アシクロビルによる治療は少なくとも2週間継続し、その時点でLPを再施行しHSV-PCRを確認することを推奨している。

2週間以降の時点でのPCRが依然として陽性であれば治療を継続し、以降は毎週LPを繰り返して陰性化を確認する。一方で、臨床的に完全に回復している場合には再度のLPを省略することができるという専門家の意見もある。

・自己免疫性脳炎に対する免疫療法は標準化されておらず、後ろ向き研究に基づいて治療が行われている。初期治療として、多くの神経内科医はステロイドを静注または経口で使用する。さらに、改善が得られない場合には、免疫グロブリン静注療法(IVIg)や血漿交換療法を併用することも多い。

・一定の割合で傍腫瘍症候群(Paraneoplastic syndrome)が含まれるため、悪性腫瘍の検索も重要である。

・現時点のエビデンスでは、早期治療が予後を改善し、第一選択治療が無効であればより強力な第二選択治療が有効であると示唆されている。

・脳炎患者の50〜60%は急性期に痙攣を呈するが、臨床的に微細な場合もあるため、痙攣管理は重要な治療項目である。

・脳炎患者のケアは看護師にとって大きな課題となる。身体的、神経心理学的、コミュニケーション面での障害を伴うことが多く、周囲との関わりや家族との交流も困難になる。

・多くの患者では何らかの神経心理学的障害が残存し、注意力、行動、感情の障害が診断から3年後でも高率に認められる。

・記憶障害や心理的変化に対する神経心理学的支援は極めて有用である。患者や家族は脳炎について診断時に初めて情報を得ることが多く、信頼できる情報源へのアクセスを提供することは大きな助けとなる。

・CSFで行うべき検査所見についてでらうが、ウイルス性脳炎では通常、CSFに白血球増多(>5個/μL、主にリンパ球)が認められるが、初期には好中球優位のこともあり、まれに白血球数が正常な場合もある。髄液中タンパク質は正常〜中等度上昇し、グルコースは正常である。主要ウイルスに対するPCR検査では通常24〜48時間以内に結果が得られる。特にHSVに対するCSF-PCRは、免疫能正常成人で感度・特異度とも95%以上とされる

・ただし、病初期に採取したCSFでは偽陰性となる可能性があり、臨床的にHSVが疑われる場合は再度LPを行うと陽性となることが多い(アシクロビル投与中でも)。

MRIは脳炎診断における画像検査のゴールドスタンダードであり、ヘルペス脳炎では90%以上の症例で異常を認めるが、自己免疫性脳炎では正常もしくはわずかな異常所見にとどまることがある。傍腫瘍症候群が疑われる場合には、超音波検査、全身CT、陽電子放射断層撮影(PET-CT)などの追加画像検査が必要となることがある(例:若年女性における卵巣奇形腫を伴うNMDA受容体抗体脳炎)。

脳波検査は異常放電の確認やモニタリングに有用だが、非特異的であり、他の脳症でも異常を呈し得る。

・全ての中枢神経感染疑いの患者にはHIV検査を施行すべきである。HIVもセロコンバージョン期には髄膜脳炎を発症しうる。セロコンバージョンの初期ではHIV抗体が陰性のことがあるため、疑わしい場合にはHIV RNA測定も検討する。

・感染性の脳炎が否定される、あるいは初診時より自己免疫性脳炎が疑われる場合には自己抗体検査を考慮する。脳炎関連抗体は急速に種類が増えているが、NMDA受容体抗体脳炎LGI-1抗体脳炎(電位依存性カリウムチャネルのサブユニット)の表現型がよく知られている。どの検査を依頼するかは神経内科専門医と相談の上決定するのが望ましい。

・PCR検査が普及する以前は脳生検も診断手段の一つであったが、現在では初期評価においては実施されない。ただし、十分な検査を行っても診断が得られず、画像上の局所異常が存在する場合には脳生検が適応となることがある。

用語の定義

 <脳症(encephalopathy)>

・24時間以上つづく意識変容(傾眠, 易刺激性, 性格/行動変化を含む)

 <脳炎(encephalitis)>

・脳症に加えて、中枢神経系の炎症を示唆する以下の所見が少なくとも2項目以上認められること。

  1. 発熱
  2. けいれん、または脳実質に起因する局所神経学的異常
  3. 脳脊髄液(CSF)中の白血球増多
  4. 脳波(EEG)で脳炎を示唆する所見
  5. 画像検査(CT撮像, MRI撮像)で脳炎を示唆する所見

免疫正常成人における脳炎の主な原因とmimicker

<①ウイルス性>

・ヘルペスウイルス(HSV)1型および2型、水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)、エンテロウイルス、アデノウイルス、パレコウイルス、麻疹ウイルス、HIV

<②自己免疫性(主な傍腫瘍症候群を括弧内に記載)>

・神経細胞表面抗原に対する抗体:抗NMDA受容体抗体脳炎(卵巣奇形腫)、LGI-1抗体脳炎(胸腺腫)

・細胞内抗原に対する抗体:抗Hu抗体(小細胞肺癌)、抗Ma抗体(精巣腫瘍)、抗GAD抗体

・急性散在性脳脊髄炎(ADEM)

・ビッカースタッフ脳炎

<③ミミッカー(鑑別すべき疾患)>

感染性:

全身性敗血症による脳症、細菌性髄膜炎、結核(TB)、免疫不全患者の日和見感染(例:クリプトコッカス、トキソプラズマ、サイトメガロウイルス)

炎症性:

血管炎、全身性エリテマトーデス(SLE)の中枢神経病変、ベーチェット病、神経サルコイドーシス

代謝性:

低血糖、低ナトリウム血症、肝性脳症、薬物・アルコールによる中毒

腫瘍性:

原発性脳腫瘍(特に低悪性度神経膠腫など中枢神経炎症を模倣するもの)、転移性腫瘍

その他:

他の原因によるてんかん重積状態、出血性・虚血性脳卒中、精神疾患

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<参考文献>

・Ellul M, Solomon T. Acute encephalitis - diagnosis and management. Clin Med (Lond). 2018 Mar;18(2):155-159. doi: 10.7861/clinmedicine.18-2-155. PMID: 29626021; PMCID: PMC6303463.

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