重度心身障害者の終末期ケアに関する医療従事者の視点と実践
目次
背景
・医療および社会福祉の進展により、人々の平均寿命は延びており、知的障害(Intellectual Disability:ID)を有する人々も例外ではない。
・IDは、知的機能および適応機能の双方における制限を特徴とする。
・IDの重症度や支援の必要度は、軽度から重度・最重度まで幅がある。
・重度心身障害(PIMD: Profound intellectual and multiple disability)を有する人々は、生涯にわたる複雑なコミュニケーションおよび身体的支援ニーズを有する傾向がある。さらに、脳性麻痺、てんかん、嚥下障害、呼吸器疾患などの医学的併存症を抱えることも多く、これまで彼らはしばしば家族介護者より先に亡くなるケースが多かった。
・寿命の延長により、PIMDを有する人々が家族介護者よりも長生きすることが増え、緩和ケアサービスの利用需要が高まっている。しかし、PIMDを有する人々は従来この種のサービスの利用対象とみなされてこなかったため、支援提供に課題が生じている。医療従事者はPIMDを有する人々への支援経験が少ないため、必要な技能を欠いている場合がある。さらに、医療従事者や社会全体の一部には、意思的・合理的行動や自己認識といった認知能力の欠如を理由に、PIMDを有する人々を「人格を有しない存在」とみなし、自己決定権の重要性を認めない見解も存在している。
・その結果、終末期における医療的決定は、本人の希望を考慮せずに代諾によってなされることが多い。また、将来のケアに関する目標や希望を定義し、話し合い、記録し、定期的に見直す「事前ケア計画(Advance Care Planning:ACP)」においても、特にPIMDを有する人々の希望が文書化されたり話し合われたりすることは少ない。
・死にゆく過程における意思決定の自律性は「良い死(good death)」をもたらす上で重要であると広く認識されている。しかし、PIMDを有する人々は意思決定に参加する能力を欠いていると考えられているのが現状である。
・こうした否定的な見解は、障害者の権利に関する国際連合条約(UNCRPD)の第12条と矛盾している。同条は、人生のあらゆる場面(終末期を含む)での自己決定権を保障することを締約国に義務付けている。
・Watsonは、PIMDを有する人々の支援における支援者の態度が、意思決定支援の実践に大きく影響することを示した。支援者が対象者の「人格」や自律的生活への肯定的認識を持つほど、その意志や選好の表明に応じやすいことが分かった。本研究は、PIMDを有する人々の終末期ケアに関する医療従事者の態度を探究するものである。すべての人にとって尊厳ある死を実現するためには、こうした見解が終末期意思決定とケア計画にどのように影響しているのかを理解することが重要である。
Method
・本研究の目的は、PIMDを有する人々に関する医療従事者の見解および実践、とくに終末期における意思決定およびケア計画に関するものを探究することである。
・2019年9月から12月にかけて、Skypeを用いて7件の詳細な半構造化面接が実施された。面接は、オープンエンド形式の複数の質問から成り、医療従事者がPIMDを有する人々とその終末期にどのように関わってきたかについての経験、認識、態度に関する情報を引き出すよう設計された。
・面接時間は40〜60分であった。
・すべての面接は録音され、外部の文字起こしサービスによって逐語録が作成された。参加者の個人情報は匿名化された。
・参加者は、Palliative Care Victoriaが会員向けに配信するオンラインニュースレターに掲載された募集広告を通じて募集された。7名の医療従事者が応募し、オーストラリアのメルボルン市内に所在する複数の病院および地域サービスに勤務していた。すべての参加者がオーストラリア人であり、うち1名が白人、2名がベトナム系およびキプロス系ギリシャ人の背景を有していた。年齢は36歳から52歳までで、平均年齢は45.6歳(1名は年齢非公表)。
・職種はソーシャルワーカー2名、看護師2名、薬剤師1名、作業療法士1名、理学療法士1名であった。参加基準は、英語が堪能であり、緩和ケアまたはPIMDを有する人々の支援における臨床経験を有していることとされた。各参加者の職種背景は表1に示されている。
【参加者の職歴と経験年数】
・Participant_01:医療専門職歴20年以上/知的障害支援経験20年以上
・Participant_02:医療専門職歴30年以上/知的障害支援経験5年未満
・Participant_03:医療専門職歴30年以上/知的障害支援経験30年以上
・Participant_04:医療専門職歴10年以上/知的障害支援経験10年未満
・Participant_05:医療専門職歴10年以上/知的障害支援経験10年以上
・Participant_06:医療専門職歴25年以上/知的障害支援経験25年以上
・Participant_07:医療専門職歴15年以上/知的障害支援経験5年未満
Results
・質的データの分析により、医療従事者がPIMDを有する人々の終末期ケア計画に関して抱く多様な経験と意見が明らかになった。
・分析の結果、4つの主要テーマと複数の下位テーマが抽出された。
・主要テーマは「限定的な参加(Limited participation)」、「(非)意図的な偏見((Un)Intentional bias)」、「尊厳(Dignity)」、「死の質(Quality of death)」の4つであった。
限定的な参加(Limited participation)
・PIMDを有する人々は、終末期ケア計画およびケアにおける意思決定から排除されていることが報告された。
・医療従事者はその理由として、PIMDを有する人々が「他の一般的な人々とは異なる」とみなされる点を挙げた。
・ある医療従事者は以下のように述べている。「終末期ケアにおける意思決定に関して、認知障害がある人の場合は、完全な意思決定能力を有する人とは全く異なるのです。」(Practitioner_01)
(非)意図的な偏見((Un)intentional bias)
・参加者は、PIMDを有する人々の終末期ケアにおける意思決定に関連して、個人的・職業的な意図的および非意図的な偏見の存在について語った。
・専門職による偏見は、以下のような形で表出していた。「話しかけているとは言っても、彼ら“に向かって”話しているのであって、“彼らと一緒に”話しているわけではない。」(Practitioner_04)
・医療従事者や医師は、当事者についての知識や関わりが限られ、短時間しか接することがないため、終末期の意思決定に関わるのは不適切だとする意見もあった。「外部の専門職が関与すべきではないと私は思っています。医療モデルでは、しばしば前提に基づいて情報が与えられてしまいます。」(Practitioner_04)
・また、医療従事者が短絡的な判断を下し、障害のある本人や家族の希望を軽視する傾向があると指摘された。「医療従事者は、病状の悪い時の状態しか見ていないのです。本人が元気な時の姿を知らず、それをもって大きな判断を下してしまいます。」(Practitioner_05)
・さらに、終末期に関する希望や選好を話し合うこと自体を困難に感じ、避ける医師も多いと報告された。「医師は家族と一緒に座って話し合い、決断を下すことを避けたがります。医師にとって、これは対処が難しく、衝突する話題だからです。だから、単に指示された処置だけを実施し、あとは関与したくないのです。(中略)医師は仕事を終わらせて次に進みたいのです。そこが看護師との違いです。看護師は時に患者の代弁者の役割を果たそうとします。」(Practitioner_06)
・職業的偏見に加えて、家族や個人の偏見も課題とされた。PIMDを有する本人が意思を表明できたとしても、家族がそれを否定して介入するケースが多いと報告された。「たとえ本人が『それは望まない』という趣旨を伝えても、親がそれを無視して本人の代わりに決定してしまうことがよくあります。」(Practitioner_04)
・家族が代弁者として介入する背景には、長年の介護経験ゆえに「自分が決めるものだ」という習慣があると指摘された。「本来は、終末期を迎えている本人が中心となるべきです。その人の能力がどうであれ、決定に関与できるよう支援すべきです。しかし、知的障害のある成人がしばしば子ども扱いされる現実があり、親や家族が保護者意識を持ち続け、最終決定を下してしまうのです。」(Practitioner_04)
・終末期は家族にとっても精神的負担が大きく、合理的判断ができなくなる場合もあるとされた。「愛する人が去る準備ができていないために、家族は時に合理的な決定ができなくなります。」(Practitioner_03)
・また、家族にケアの選択肢を提案しても、受け入れられるまでに長い時間がかかることもある。「我々ができるのは助言や提案だけですが、なかなか受け入れられません。医師やチームが長年にわたって家族に提案し続けて、ようやく受け入れられるケースもあります。」(Practitioner_07)
尊厳(Dignity)
・尊厳について、医療従事者は、PIMDを有する本人が自らの人生をコントロールし、望む死を迎えることが重要だと語った。
・PIMDを有する人々は、終末期のケアプランにおいて中心的存在となるべきである。「尊厳とは、プロセスへの参加であり、本人がどのような位置にいるのかを理解しようと努めることに他ならない。」(Practitioner_01)
・ただし、PIMDを有する人々の終末期の希望や選好を把握するのは容易ではなく、葬儀や遺体の提供、その他関連する事項に関する意思を確認することも難しいとされた(Practitioner_01)。
・しかし、これらの困難さを理由に、家族や専門職が当事者の意思を無視することは正当化されないとされた。むしろ、たとえわずかな可能性でも本人との対話を試み、その意思やニーズを理解しようと努力することが重要であると強調された。「どんな形でも、試みること自体が重要なのです。期待されるような明確な反応が得られなくても構いません。大切なのは、彼らが終末期のあらゆる側面に少しでも参加できるよう努めることです。」(Practitioner_04)
・医療従事者が事前ケア計画を行う上での障壁として、加齢や疾患の進行による心身機能の低下が挙げられた。そのため、早期からの話し合いが勧められている。「本人が悪化する前に早期に紹介してもらえるとよいのです。まだ元気で、多少の能力があり、関与できるうちに関わり始めることが重要だと私たちは常に考えています。」(Practitioner_02)
・早期の計画によって、終末期が近づいた際にもすでに決定がなされており、家族は感情的負担を抱えずに当面の時間に集中できる。「本人の健康が悪化して質の高い生活が送れなくなる前に計画を立てることで、危機や深い悲しみの中で即断を迫られる事態を避けられます。」(Practitioner_07)
・宗教的・精神的尊厳もまた、終末期ケアの重要な要素として挙げられた。PIMDを有する人々にはしばしば、社会的・感情的・精神的側面が十分に考慮されない現実がある。「彼らには他の人生的側面があることを忘れがちです。社会的、感情的、精神的次元も存在しています。」(Practitioner_02)
・医療現場ではチャプレン(牧師)などの牧会的支援が行われているが、障害者支援の視点が不足しているとの指摘もあった。「病院では牧会的ケア(Pastoral care)が提供されていますが、緩和ケア施設に偏在しており、障害者を支援する方法は理解されていません。」(Practitioner_04)
死の質(Quality of death)
・医療従事者たちは、PIMDを有する人々に対して「死の質(quality of death)」を高めることが極めて重要だと述べた。死の質は、単なる死の瞬間そのものだけでなく、終末期の計画、評価、ケア、支援、援助すべてを含んでいる。ここでは主に以下の3つの側面が強調された。
【①身体的および精神的快適さ(Physical and mental comfort)】
・死の質において最も頻繁に言及されたのは、身体的苦痛の緩和、情動的苦痛の軽減、快適さの維持であった。「肉体的に快適な状態を保つことが最も重視されるべきです。」(Practitioner_07)
・医療従事者たちは、たとえ医療処置や入院が検討されたとしても、最終的には本人の生活の質を優先する必要があると強調した。「結局のところ、生活の質が最も重要でした。彼女の生活の質が改善しないことが明らかであり、入院は苦痛と混乱を伴い、悪化を招き、感染のリスクも高まる状況でした。」(Practitioner_03)
・また、医療従事者は、入院環境がPIMDを有する人々にとって特に負担となり得ることも指摘している。「病院は誰にとっても特殊な環境ですが、重度の障害をもつ人にはなおさら負担が大きいのです。」(Practitioner_02)
【②分離されたケア(Segregated care)】
・終末期に向けて、PIMDを有する人々が日常の生活環境(シェアハウスや友人、馴染みの介護者)から切り離され、慣れない施設に移される現状が報告された。これはさらなるストレスや不安を引き起こす原因となっている。「私たちは彼らを慣れ親しんだ環境から連れ出してしまいます。友人や家族と会えなくなり、訪問者も減ります。スタッフ不足を理由に介護施設へ移された結果、最後には孤立した状態で過ごすことになります。」(Practitioner_01)
・さらに、本人だけでなく、その周囲の友人・仲間にとっても影響は大きい。別れの機会を持てず、悲嘆のプロセスを踏むことすらできないことが、深い損失感につながる。「知的障害のある人々を死から隠してしまう現状が心配です。以前勤めていた施設でも、誰かが亡くなっても、住人たちは葬儀に参列することすらできませんでした。死と死別についての会話も非常に限られており、悲嘆や喪失の尊厳が奪われているのです。」(Practitioner_01)
【③馴染みのある親密な関係(Familiar and close relationships)】
・終末期ケアの質は、馴染みのある人々とのつながりによっても左右される。慣れた環境と人々に囲まれることは、安心感をもたらす。「本人をよく知る人々に囲まれた、慣れた環境にいる方がずっと良い結果になります。不安も少なくなります。」(Practitioner_03)
・このような親密な関係は、家族だけでなく、長年にわたり関わってきた介護者によっても築かれる。「特に長年関わってきた介護者は非常に大切な存在です。彼女が施設に入った当初から亡くなるまでずっと同じ介護者がケアに携わり、彼女のことを完全に理解していました。彼女の死後、その介護者やスタッフたちは彼女を深く恋しがっていました。」(Practitioner_03)
Discussion
・医療従事者たちは、PIMDを有する人々が本人の意思や選好に即した終末期を迎えるにあたり、様々な課題が存在することを共有した。複雑なコミュニケーションや支援ニーズのため、PIMDを有する人々はしばしば、意思や選好を表明できないとみなされ、終末期ケアにおける意思決定や計画への参加機会が制限されている。
・この現象は、終末期計画に限らず、人生のさまざまな場面で意思決定参加の機会が奪われる現象とも共通している。専門職がPIMDを有する人々の意志表明能力を低く評価すると、選択肢や社会参加の機会全般が減少してしまう。
・PIMDを有する人々に対する本人中心の終末期ケアには、支援者が本人を深く理解し、意志や選好の表現を認識・解釈しようとする姿勢、時間、努力が必要である。
・参加者の医療従事者たちは、障害の有無に関係なく、本人をできる限り意思決定に参加させるべきだと強調していた。「どんな努力でもするべきだ(Every effort should be made to be inclusive)」(Practitioner_01)
・一方で、PIMDを有する人々の終末期支援は非常に専門性を要し、「複雑なケースの一つだった(It was … one of those complicated cases)」との認識も示されていた(Practitioner_02)。
・医療従事者の多くは自らの技能不足を自覚しており、ファシリテーター、患者アドボケート、あるいはその他の専門支援役割の導入が必要だと提案した。
・医療従事者たちは、PIMDを有する人々との関わりや知識が限定的であると述べ、十分な支援を提供する自信を欠いていると認識していた。また、先行研究と同様、知的障害を有する人々との終末期について医療従事者が議論を避ける傾向も確認された。
・さらに、たとえ医師が対象者をよく知っている場合でも、患者の生活の質に関する自らの意見を述べることを避け、家族の意見に依存して意思決定を行う傾向があることも報告されている。
・偏見を回避し、本人の終末期の希望を正確に反映させるには、対象者をよく知る全ての人々を意思決定に参加させ、意志と選好を協働的に解釈・尊重する必要がある。
・PIMDを有する人々にとっては、馴染みのある環境と良好な人間関係が極めて重要である。
・しかし本研究では、PIMDを有する人々がしばしば共有住宅や馴染みの介護者、友人から切り離され、分離されたケア環境で最期を迎える現状が報告された。
・また、先行研究同様、PIMDを有する人々が緩和ケアや牧会的サービスなどの終末期支援にアクセスできない現状も浮き彫りとなった。
・加えて、PIMDを有する人々への終末期ケアは身体的ニーズに偏重し、社会的・情緒的・精神的なケアは十分に評価・議論されていないことも確認された。
・こうした心理社会的ニーズに焦点を当てたサービスへの関心とアクセスの向上は、PIMDを有する人々の終末期ケアの質を大きく高め得る。
・本研究のLimitationとして、以下の点が挙げられる。まず、メルボルン市内の病院や地域サービスに従事する比較的少数の医療従事者からのデータであるため、都市部以外の地域への一般化は慎重を要する。次に、研究協力を呼びかけた際に医師からの応募はなく、医師の見解は含まれていない。さらに、研究参加は任意であったため、終末期ケアに対して高い関心や肯定的態度を有する人々が多く含まれている可能性もある。
・これらの限界を踏まえつつも、本研究はPIMDを有する人々の終末期ケア計画に関する医療従事者の見解と実践に貴重な洞察を提供している。この領域は依然として研究・実践の双方で十分に取り上げられていない分野である。
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<参考文献>
・Voss H, Loxton A, Anderson J, Watson J. "It was one of those complicated cases": health practitioners' perspectives and practices of providing end-of-life care for people with profound intellectual and multiple disability. BMC Palliat Care. 2021 Nov 12;20(1):177. doi: 10.1186/s12904-021-00873-5. PMID: 34772382; PMCID: PMC8586595.