ワクチン忌避への対処
はじめに
・ワクチン接種を受けるかどうかについて迷うことがあり、しばしば「ワクチン忌避(vaccine hesitancy)」と呼ばれており、近年、研究対象となっている。
・多くの国でワクチン忌避に対する懸念が高まる中、世界保健機関(WHO)の「専門家戦略諮問グループ(SAGE)」ワーキンググループ(WG)は、忌避に対処する戦略に焦点を当てたレビューの実施を求めた。
・このシステマティックレビューの目的は、世界のさまざまな状況で実施・評価された、ワクチン忌避に対応するための戦略を特定することである。本レビューは、以前のワクチン忌避の決定要因に関するレビューを基に、SAGE WGの提言作成を支援するために実施された。
Results
・査読付き文献の検索では、合計33,023件の文献が特定された。重複例の除外および適格基準によるスクリーニング後、全文レビューの対象として1,149件が選ばれた。そのうち、166件は介入と評価を行っていて、983件は介入を記述するのみで評価は行っていなかった。査読付き文献の評価研究のうち、115件は主要アウトカム(接種率の変化)、37件は副次アウトカム(知識・認識・態度の変化)、14件は両方を報告していた。
・全体の文献(1,208件)を通じて「hesitancy(忌避)」または「hesitant(ためらい)」という用語を使用していたものはわずか5件(0.4%)であり、すべて査読付き文献に含まれ、かつ2013年に出版されていた。このうち介入を評価していたのは1件のみで、米州(AMR)における小児ワクチンに対して教育的多成分戦略を用いた介入であった。多くの文献は「拒否(refusal)」「不信(distrust)」「受容(acceptance)」といった用語を用いてワクチン接種行動を論じており、「忌避」という用語自体は比較的新しい概念であることが示唆される。
・最も効果が高かった介入方法は複数の戦略を用いたものであった。
・接種率を25%以上向上させた介入は、以下の特徴を持つものだった:
(1) 未接種・低接種者を直接ターゲットとしたもの
(2) ワクチンに関する知識・認識の向上を目指したもの
(3) 接種の利便性・アクセスを改善したもの
(4) 特定集団(例:医療従事者)を対象としたもの
(5) 接種義務化、または未接種への制裁を課したもの
(6) 宗教指導者等の影響力あるリーダーを巻き込んだもの
・知識・認識・態度の向上(20%超)については、教育介入(特に病院の業務プロセスなどに組み込んだもの)が最も成功していた。いずれのアウトカムにおいても、対象集団や懸念に合わせた介入が最も効果的であった。
・接種率の向上が10%未満にとどまった介入法(有効性が低い介入法)には以下が含まれた:
- 診療所での品質改善(例:データ収集改善、診療時間延長)
- 受動的介入(例:ポスター、ウェブサイト)
- 条件付き・無条件の現金移転によるインセンティブ(一般の予防医療全般を対象とすることが多かった)
・リマインダーリコールシステムの有効性にはばらつきがあった。
介入の種類ごとの結果
PICOおよびGRADEで評価された13件中11件が対話型介入であった。
エビデンスの質や介入効果は、介入の種類・対象ワクチン・実施地域により大きく異なっていた。
<宗教・伝統指導者の関与>
・ポリオワクチンの接種率向上において、接種率が低い集団で宗教・伝統指導者を介入に含めることは大きな正の効果を示した(RR 4.12[3.99, 4.26]、ナイジェリア、エビデンスの質は「非常に低い」)。
・灰色文献でも西アフリカ、中部アフリカ、アフガニスタン、インド、ヨーロッパなど複数地域で有効性が示唆された。
<社会動員(Social mobilization)>
・社会動員(Social mobilization)とはコミュニティを巻き込み、複数のレベルでワクチン接種を促進させる活動全般を指す。具体的には政府、医療機関、地域住民、NGOなど様々な関係者が連携し、個人の意思決定を超えて、地域や社会としてワクチン接種を支持・促進する環境を作り出すプロセスを指す。
・たとえば「村の長、地域リーダーの協力要請」、「学校・保育所・企業・地域団体との連携」、「テレビ・ラジオ・地域広報などを通じた啓発活動」、「移動式の予防接種会場の設置」、「戸別訪問や地域説明会の開催」、「母親グループや住民組織を使った情報共有・説得活動」、「信頼できる「地元の人」からの声かけ」などである。
・なぜ社会動員が重要かというと、ワクチン忌避の多くは「個人の医学的知識不足」よりも「社会的影響」や「信頼関係の欠如」などに根ざしていることが多いためである。信頼できる第三者からの働きかけは政府や医療機関以上に力をもつ場合がある。
・低所得国の保護者を対象にした4件の研究では以下の通り有意な改善が確認された:
- 麻疹(RR 1.63[1.39, 1.91]、パキスタン、質:中等度)
- DTP3(RR 2.17[1.8, 2.61]、パキスタン、質:中等度)
- DTP1(RR 1.54[1.1, 2.15]、ナイジェリア、質:非常に低い)
- ポリオ(RR 1050.00[147.96, 7451.4]、パキスタン・インド、質:低い〜非常に低い)
・灰色文献でも社会動員の有効性が示されたが、定量評価は一貫していなかった。
<SNS(Social media)>
・SNSを用いた2件の研究では、MCV4/Tdap(RR 2.01[1.39, 2.93]、オーストラリア、質:低い)、季節性インフルエンザ(RR 2.38[1.23, 4.6]、オーストラリア、質:非常に低い)で有効性が確認された。
・スロベニアでの灰色文献でもSNSが使用されたが、利用率は低く逆に否定的な噂の拡散源にもなっていた。
<マスメディア(Mass media)
・保健サービスの認知が低い保護者を対象としたインドの研究では、定期予防接種全体で接種率が上昇した(RR 1.57[1.4, 1.75]、質:中等度)。
・灰色文献でもA(H1N1)、定期予防接種、ポリオなどでマスメディアの活用が報告された。
<医療従事者向け情報提供ツールの訓練(Communication tool-based training for HCW)>
・これは「医療従事者(HCW: health care worker)が患者や家族とより効果的にコミュニケーションをできるように訓練し、そのための情報提供ツール(教材, マニュアル, スクリプトなど)を活用するトレーニングプログラム」を指す。つまり、単なるワクチン知識の講義ではなく、患者との対話の仕方、忌避の背景要因の理解、懸念への適切な説明、信頼関係を構築するために対話技術などを身につけることが目的にある。背景には医療従事者への不信や説明不足などが存在していることがある。
・よく使用されるツールとしては、FAQ集(よくある質問集)、説明スクリプト、患者用パンフレット/図解、対話技法(動機づけ面接など)、ロールプレイ教材などが挙げられる。
・インド・パキスタンの研究ではEPIワクチン(RR 3.09[2.19, 4.36]、質:中等度)およびDTP3(RR 1.54[1.33, 1.79]、質:低い)で接種率の向上が確認された。
<医療従事者向け情報提供(Information-based training for HCW)>
・これは「医療従事者(HCW)に対して、ワクチンに関する医学的知識やガイドライン、スケジュール、安全性情報などの事実情報を提供する座学中心の訓練」を指す。
・つまり、知識が主目的で、ここには対話法やコミュニケーションスキルは含まれない。説明できる材料を与えることに重点が置かれている。
・トルコの研究ではワクチンによって効果がばらつき、DTP/OPV-1、DTP/OPV-2、BCG、麻疹については効果がなかったが、HepBやDTP/OPV-3では有意な向上が見られた。
・ただし、いずれもエビデンスの質は非常に低かった【10】。
<非金銭的インセンティブ(Non-financial incentives)>
・低所得国(インド)での親や地域社会への非金銭的インセンティブは、EPIワクチン接種率の大幅な向上に有効であった(RR 2.16[1.68, 2.77]、質:中等度)。
・なお、インドの事例では主に食料品が提供された。いずれにせよ生活上の具体的な利益につながるものがよいとされ、貧困層では効果的とされている。
<リマインダー・リコール介入(Reminder–recall interventions)>
・低所得国および低接種率集団に対する2件の研究が対象となった。
・リマインダー・リコール介入とはワクチン接種が必要であることを対象者に通知し、摂取期限を過ぎてしまった人には接種を促す仕組みである。
・パキスタンでのDTP3では、リマインダー・リコール介入が有効だった(RR 1.26[1.13, 1.42]、質:中等度
・低接種率地域(スイス)では小児定期接種全体で大幅な向上がみられた(RR 3.22[1.59, 6.53]、質:非常に低い)
Limitation
・本レビューには出版バイアスの可能性がある。すなわち、効果が乏しかった介入は査読付き文献でもグレー文献でも報告されにくい可能性がある。
・また、関連研究が少ない理由の一つとして、PICO質問が特定の単一要素の介入戦略を重視していたことが挙げられる。実際には、多くの評価された介入は単一要素では設計・報告されておらず、複合型介入として報告されている。そのため、個々の介入戦略ごとのアウトカムデータを抽出することが困難であった。
Conclusion
・本レビューの全体的な結論は以下の通りである:
(1) ワクチン忌避に明確に対応することを目的として設計された戦略は非常に少ない。
(2) さらに、それらの戦略のうち介入の影響を定量的に評価しているものはさらに少ない(査読付き文献の14%[166/1149件]、灰色文献の25%[15/59件])。
(3) 地理的な偏りも存在し、研究の多くは米州(AMR)およびヨーロッパ地域(EUR)に集中していた。
・忌避への対応の取り組みは断片的であり、介入の効果には研究間・地域間・対象集団間で大きなばらつきがあった。研究デザインやアウトカムの高度な異質性、さらに利用可能な研究数の少なさも加わり、戦略ごとの有効性について一般的な結論を導き出すことは困難であった。
・それでも、複合型または対話型アプローチに重点を置いた介入は、より良い成果を上げる傾向が認められた。こうした介入は複数の集団や社会的交流層を同時に対象とする包括的アプローチであり、効果を上げやすいことが示唆された。非金銭的インセンティブおよびリマインダー・リコール介入についても質の高い証拠が示されており、実践的側面に働きかける戦略として有望である。
・ワクチン忌避は複雑な問題であり、単一の戦略では十分に対応できない。接種率向上を介した一部有望な事例は存在するが、多くは不完全であり、また相互比較可能なものも少ない。介入の多くは仮定に基づいて設計されており、エビデンスに基づく介入が不足している。加えて、適切な評価も不十分である。
・一方で、ワクチン忌避の決定要因に関する研究は増加しており、現在使用されている有望なアプローチを今後さらに洗練させるための情報源となり得る。
・最後に、これまでの介入は主に個人レベルの知識・認識やワクチン・接種そのものに関する要素に焦点を当ててきたが、今後はコミュニティおよび社会的ネットワークレベルでの忌避への理解と対応がより重要となる。
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<参考文献>
・Jarrett C, Wilson R, O'Leary M, Eckersberger E, Larson HJ; SAGE Working Group on Vaccine Hesitancy. Strategies for addressing vaccine hesitancy - A systematic review. Vaccine. 2015 Aug 14;33(34):4180-90. doi: 10.1016/j.vaccine.2015.04.040. Epub 2015 Apr 18. PMID: 25896377.