Storylines of family medicine Ⅵ:診察室における患者とのあり方

患者中心のケア-深い傾聴の技術の育成

・患者中心のケアとは傾聴(listening)に集約される。

・ここでいう「聴く」とは、注意深く耳を傾けるということに加えて、患者の訴えを巧みに受け取る「受信者」としての技術を、自ら訓練していくことを意味する。

・注意を向けるには時間が必要だが、実際にはそれほど長くかからないことも多い。一方、優れた聞き手になるための訓練は、医師としての生涯をかけて取り組むものである。そこには、好奇心を利用し、ケアが行われる文脈(context)を理解し、自身のバイアスに気づくという姿勢が求められる。

・家庭医にとって傾聴が重要である理由は、患者の病歴(history)が正確な診断の鍵であること、そして健康の決定要因(determinants of health)が疾患のリスク、治療の選択肢、全体的な予後に影響を及ぼすためである。

・具体的な実践例は以下のとおりである。

  ・意図をもって臨む:診察室に入る前に、深呼吸を三回して雑念を手放し、目の前の患者に開かれた状態で臨む。

  ・予定を立てておく:フォローアップが必要な問題や、予防的な介入に注意を払う。

  ・柔軟な構えをもつ:事前に考えていた予定をすべて変更・放棄できる準備をしておく。特に、重度のうつ、家庭内暴力の兆候、労作時の胸部圧迫感など、患者の安全にかかわる場合は、患者のアジェンダを優先する。

  ・開かれた質問から始める

  ・協働でアジェンダを立てる:「話したいことを一緒にリストアップしませんか?」という姿勢で臨む。話題の一部を次回にまわすことも、質の高い傾聴の時間を確保する助けになる。

  ・説明を求める:「そのご心配について、もう少し詳しく教えていただけますか?」。患者が自由に話せるように促す。たいていの場合、患者は3分以内に話し終える。

  ・バランスを取る:診察室では医師のアジェンダと患者のアジェンダという、ふたつの優先順位が存在している。

  ・「顔を合わせる」時間を取る:コンピューター画面ではなく、患者の顔をしっかり見る。これにより、敬意と開かれた姿勢、助けたいという意志が伝わる。患者の語る物語に関心をもっているというメッセージになる。

  ・違いを認識する:特権、権力、文化、言語、信頼、期待など、医師と患者のあいだに存在する違いを理解する。

  ・好奇心をもつ:病態だけでなく、その人の生活にも関心をもつ姿勢を示す。

  ・患者の物語と共に歩む:共に「ここにいる」姿勢をもち、感情を肯定し、患者の不安や強さの源に注意を向ける。

  ・立ち止まり、掘り下げる:患者の言葉を確認し、語られなかったことに目を向ける。

  ・注意深く観察する:聴診器の両側にいる者として、互いの反応に気づき、処理する。

  ・沈黙を許容する:不安、恐れ、希望が自然に表出する空間を提供する。

  ・理解しようとする:怒りの背景には、恐怖、無関心、孤独、抑うつ、不満、不確かさが潜んでいることがある。

  ・コントロールを手放す:真の癒しは、そのときに生まれる。

・これらの「受け取る」技術と「処理する」技術は、家庭医が患者に関心を示す上で重要であり、同時に自己認識(self-awareness)と関係性の認識(relational-awareness)を育むことにもつながる。

・そして、深く傾聴すること(deep listening)は、それ自体が治療行為となる

証人(witness)としての医師

・患者のそばにいて、寄り添い、支え、肯定する――これは家庭医が行うことの中でも、もっとも重要な行為のひとつである。

・家庭医は日常的に苦悩の現場に立ち会っている。さらには、病いという困難な道のりを歩む患者に、同行するよう求められることもある

・たとえ患者に対して抵抗を感じることがあってもそれでも家庭医は患者のそばにとどまる。

・臨床医はしばしば「成果(outcome)」に注目する。多くの場合、それはHbA1c、血圧、LDL値といった疾患の指標である。このような指標への過度な執着は、患者に寄り添うことの価値――すなわち、共にいること(companionship)、認知すること(validation)、安心感を与えること(reassurance)――を軽視することにつながる。

・しかし、たとえ私たちが患者に対して「すること(doing)」が、ただ話を聞き、理解しようと努めることだけだったとしても、患者はまた戻ってくる。もしかしたら、私たちがその経験の「証人(witness)」として存在すること自体が、患者にとって意味のあることであるのかもしれない。

・多くの患者にとって、家庭医は自分のことを最も気にかけてくれる存在である。私たちは患者を責めたり、操作したりすることはない。

彼らの悩みに耳を傾け、傷に触れ、評価を控え、そして決して見捨てないという誓いを立てる。

・しばしば私たちは、不倫、職場での問題、家庭内の虐待、自殺願望といった「初めて語られる秘密」を耳にすることもある。患者は助言を求めて来院するというよりも、自分がどのような存在であるかを認め、受け入れてもらうために診察室を訪れているのだ。

言葉の重要性

・医師は、患者との関係を深め、その体験をより良いものにするために、うまく言葉を使わなければならない。

・効果的に意思疎通し、治療的関係を築くためには、家庭医は自らが発する言葉の「力」と、それが患者にどのように受け取られているかに十分な注意を払う必要がある。

・文化的背景は、人々の思考や信念の基盤となっており、それは使用する言葉にも深く影響している。

・医師は医学教育を通じて専門用語を身につけているため、患者との語彙には隔たりが生じやすい。

・また、家庭医はしばしば、自身の文化とは異なる背景をもつ患者と診察室で出会う。

・このような場合、文化的文脈に強く依存しない、明確で簡潔な言葉を選ぶことが望ましい。そうすることで、患者は医師の言葉の意味をより容易に理解できるようになる。

客観的で中立的な言葉づかいを用いることで、文化的背景の違いを超えて、患者が意図されたメッセージを理解しやすくなる。

・ポジティブな言葉(たとえば「落ち着き」「癒し」「快適さ」)を使うことは、患者の不安を軽減し、痛みのスコアを改善させ、術後の嘔気を減少させるなどの効果をもたらすことがある。これは「プラセボ効果(placebo effect)」の一種である。

・逆に、ネガティブな言葉(「刺す」「焼ける」「痛い」など)は、否定的な結果を引き起こす「ノセボ効果(nocebo effect)」を招きうる。

他者とのコミュニケーション:時間の有効利用

・ケアプランを患者と共有することにより、臨床の場はより効果的かつ効率的になる。

・家庭医のもとを訪れる患者は、医学的問題だけでなく、それに付随する複雑な感情的課題も抱えている。

・しかし、そうした重要な話題がすべて明らかになるとは限らない。

・患者と協働する方法を学ぶことは、これらの問題にうまく対処し、診療の質を高め、患者と医師双方の体験をより良いものにする助けとなる。

・医師にとって、時間の制約はもっとも大きな課題の一つである。

・優先すべき話題を特定し、それに対応するのはしばしば困難であり、「今日は何を最優先にすべきか」が曖昧なまま診療が進んでしまうことも多い。だが、巧みなコミュニケーションスキルは、このような課題の乗り越えに大いに役立つ。

・診察の初めにアジェンダを協働で設定することにより、診察の流れが整理され、診察の終盤になって突如「そういえば……」と重要な問題が持ち出される事態も回避しやすくなる。

・患者の懸念を引き出す際には、好奇心を持って耳を傾け、何が最も重要なのかを患者自身に優先順位をつけてもらうこともときに有効。最初に挙げられた問題が最も重要であるとは限らず、すべてを一度に取り上げる必要もない

・場合によっては、背後にある物語を聞くのをいったん保留し、まずどの問題に焦点を当てるかを一緒に決めることが必要になる。

・患者が求めているのは、問題解決の手段であることもあれば、単に自身の体験を誰かに見届けてもらい、理解してもらうことかもしれない。

・いずれの場合でも、患者が抱えている全ての関心事を列挙できるようにすることで信頼関係が築かれ、その一覧から潜在的な問題(たとえば、がんへの不安、家庭内不和、慢性疾患の自己管理困難、経済的ストレスなど)が浮かび上がることもある。

・診察の冒頭で訪問の目標を共有しておくと、時間の使い方に対して有効な計画が立てられる。

・その結果、診察の終盤に、患者の価値観や利用可能な資源に基づいた具体的な計画を立てる時間を確保できる。特に、健康リテラシーが限られている患者にとって、診察の内容を理解し記憶するのは困難である。

・こうした共同作業による時間の設計は、言葉を行動に変える手助けとなる。

患者と時間を協働で設計するという行為は、習得可能なスキルである。その責任を一人で背負うのではなく、患者と共有する勇気を持つべきである。

患者の生活背景に目を向けて理解を深めること。それが、診察室における短期的・長期的な成果に良い影響をもたらしてくれるはずである。

ルーチン, セレモニー, あるいはドラマ?

・家庭医は、ケアへのアクセスの確保、患者との関係性、時間の制約、自身のセルフケアなど、複数の要求を同時に対応する。

・そのなかで自らの中心を保ちつづけるには、各診察を「日常(routine)」「セレモニー(ceremony)」「ドラマ(drama)」のいずれとして捉えるべきかを判断する必要がある

・家庭医療における核心的な価値の一つに、「ホスピタリティ(hospitality)」がある。すなわち、すべての人に対して、ケアという招待を開かれたかたちで差し出すという姿勢である。

・しかし、多くの人を診療するという現実と、個別の患者に対して継続的な関係性を維持するという責任とのあいだには、しばしば緊張が生まれる。

・この緊張を和らげる助けになるのが、診察の初期段階で「この出会いは日常か、儀式か、ドラマか」を見極めるという視点である(参考文献のFigure 7)。

・この判断は、患者との協働によってアジェンダを交渉するなかで自然に明らかになる。

 <①ルーチン(Routine)>

・これはシンプルなメロディのような診察である。

・症状はひとつで、単純で、通常は2週間以内の経過――たとえば単純な足首の捻挫などが該当する。

・視診・聴診・触診・患者の話の内容などが、すべて調和している。

・患者の期待は「早く元に戻りたい」というものであり、医師はその期待に応えて、予定通りの時間で信頼を積み重ねていくことが求められる。

 <②(維持期)セレモニー(Ceremony)>

これは規則正しく響く太鼓のリズムのようなもの。

・たとえば慢性疾患における「メンテナンス」は、状態が安定している患者との定期的なフォローであり、小さな改善を積み重ねていく。

・また、「ライフサイクル儀式」として、乳幼児健診、健康診断、スポーツ参加前の診察、妊婦健診なども含まれる。

・これらは、診療ガイドラインやプロトコールに則って行われるものであり、協働的なケアと患者の自己管理を重視する。

・やはり時間通りの診察と信頼の維持が重要である。

 <②‘移行期セレモニー(Transition ceremonies)>

これは不協和音のような騒々しい状態を伴う。

・複数の問題が複雑に絡み合い、何が主訴なのか判別が難しい状況である。

・医師の内面では「警報」が鳴るような状態であり、コミュニケーションは困難を極める。

・このようなときは、ドラマに巻き込まれるのではなく、「信頼口座」から少し引き出すつもりで、冷静に対応することが求められる。

・こうした場面では、将来的な「ドラマの予約」を提案することで、以下の目的が果たされる:

  ・時間の節約

  ・患者へのダメージの軽減

  ・不安の緩和

・そのための実践として「LATE」がある:

  ・Listen thoughtfully(思慮深く聴く)―患者の物語を肯定する

  ・Address anxiety(不安に焦点を当てる)―何に最も恐れや苦痛を感じているのかを確認する

  ・Touch(接触する)―恐れや苦痛に身体的・比喩的に触れる。たとえば、手に触れたり、聴診器などの儀式的な道具を用いたりする。

  ・Express hope(希望を表明する)―次回の診察に向けて、患者の強みに基づいた行動計画を協働で立てる

 <③ドラマ(Drama)>

これはオペラのような診察である。

・新たに慢性疾患の診断を受けた人や、ホームレス、依存症、心的外傷、家庭内問題、人種差別といった複雑な問題を抱える人との、計画的な面談がこれにあたる。

・こうした診察では、時間をかけて患者一人ひとりの症状・病い・家族の物語を理解し、患者自身が健康的な生活を構築できるよう、他者と協働しながら支援していく

・その「他者」とは、医師チーム、コンサルタント、訪問看護、家族、友人、地域の支援者などである。

・家庭医の一日は、複数の「維持期セレモニー」と、いくつかの「継続中のドラマ」少数の「ルーチン」、それに数件の「移行期セレモニー」によって構成されている。

・専門職としてより健康的に働くためには、目の前の診察がどのカテゴリに属するのかを見極め、その分類に応じて、柔軟性、想像力、思いやり、喜びをもって対応することが大切である。

ライフコース

・ライフコース・パラダイム(life course paradigm)は、人間の存在を動的な視点で捉える世界観である。これは家族単位を越え、個人が置かれている社会的・環境的な背景を重視し、患者をその人生の文脈のなかで理解する手がかりとなる。

・ライフコースの原則は、以下の5つの視点に要約される:

 <①生涯発達と加齢(Lifelong development and ageing)>

人生の初期における影響と、それ以降の出来事や結果との連関に着目する、縦断的かつしばしば世代を越えた視点。

 <②能動性(Agency)>

人は皆、それぞれの状況のなかで、自らの選択と行動によって人生を構築していく主体的な存在である。

その選択には、個人の幸福を促進または妨げるような機会と障壁が関係している。

 <③歴史的時間と場所(Historical time and place)>

人は、それぞれ異なる時代や場所に根ざしており、その環境により形成され、影響を受けながら生きている。

 <④タイミング(Timing)>

人生における行動パターン、出来事、移行の発生タイミングが、その後の発達に与える影響に注目する。

 <⑤つながれた人生(Linked lives)>

個人は他者との関係性に包まれており、その関係の網は「家族」に限定されない。

・家庭医療は、他の多くの医療専門職とは異なり、このライフコースの視点を実践に取り入れている。

個々の診療を単発の出来事としてではなく、患者の長期的な健康と疾患の軌跡や転換点として捉える姿勢である。

・このような志向は、現代の実践を豊かにし、価値に基づくケア、集団の健康、社会的決定要因の統合にも貢献しうる。

・ライフコースに基づくサービスモデルは、以下を特徴とする:

  ・ケアの長期的な継続

  ・発達リスクの最小化と健康アウトカムの最適化

  ・医療と地域資源との連携の強化

・また、公衆衛生の観点からは、患者の健康・病気の変遷をマッピングすることにより、包括的な健康データの生成が可能となる。

・この枠組みでは、「場所の影響(place effects)」――すなわち、地域の社会的・物理的環境の特徴――を把握し、それが健康と医療にどう作用するかを理解することが求められる。

・ライフコース型の家庭医は、患者の文脈的知識を基盤に、ケアの選択肢を見出し、方向づける役割を担っている。

・ライフコース・パラダイムは、患者の伝記的世界と社会的現実の交差点に焦点を当てることで、家庭医療の実践を前進させる「整理の枠組み(organising framework)」を提供するのである(図8参照)。

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<参考文献>

・Ventres WB, Stone LA, LaVallee LA, Loxterkamp D, Brown JR, Waxman DM, Dorward PS, Cawse-Lucas J, Mauksch LB, Kieber-Emmons AM, Crabtree BF, Miller WL, Brohm VM, Daaleman TP, Bossenbroek Fedoriw K. Storylines of family medicine VI: ways of being-in the office with patients. Fam Med Community Health. 2024 Apr 12;12(Suppl 3):e002793. doi: 10.1136/fmch-2024-002793. PMID: 38609089; PMCID: PMC11029328.

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