Storylines of family medicine Ⅲ:中核的原則-プライマリケア:システム:家族
目次
ケアの継続性(Continuity of care): 時間をかけて築く治療的関係性
・継続性(continuity)は、家庭医療における中核的価値の一つである。
・継続性には複数の側面があるが、最も特徴的なのは「生涯を通じて継続する医師―患者の対人関係」である。
・長期的な関係性こそが、家庭医が患者の人生に入り込むことを可能にする。家庭医は、年齢にかかわらず、個人として、また多世代にわたる家族の一員としての患者を長年にわたって診療する。
・「対人継続性(interpersonal continuity)」――個人的な信頼、専門的な親密さ、そして相互責任に基づく関係――は、教育現場では教えるのが難しい。医学部の臨床実習では患者を一度しか診ないことが多く、家庭医療のレジデントも外来診療から長期間離れることがある。しかし、多くの家庭医にとって、この継続的な関係こそが仕事における最大の満足である。
・継続的な診療は、医療費の削減、入院リスクの低減、患者および臨床医の満足度向上、そしてケアの質の改善につながる。継続性は、医師と患者が最初に出会った瞬間にまかれた「種」が、予期せぬかたちで成長し、癒しの関係へと育っていく土壌となる。
包括性(Comprehensiveness): 診療の幅と深度の統合
・家庭医は、患者の生涯にわたり、さまざまな疾患や病態に対処する能力を備えており、その診療の場も多岐にわたる。
・このような包括的(comprehensive)なケアこそが、医療の質の向上、医療費の削減、そして健康格差の是正に寄与する鍵となる。
・たとえば、ある朝の診療では、家庭医は以下のような患者を診ることができる:
・2歳児の健康診査
・高齢男性の糖尿病、高血圧、心不全の管理
・若年女性への婦人科健診(パップテスト)および避妊相談
・関節注射
・尿路感染症の治療
・分娩の対応
・家庭医は、あらゆる年齢層、性別、主訴に対応し、さまざまな医療状況において診療を提供するよう訓練されている。このような診療の「幅(breadth)」と「深さ(depth)」を併せ持つ実践が、包括性(comprehensiveness)と呼ばれる。
・包括性は、プライマリケアの基本原則の一つであり、家庭医は他のプライマリケア専門医と比較して、より広範な診療範囲を担っていることが多い。
・家庭医の実践には、入院・外来・地域でのケア、産科・小児・成人・高齢者のケア、さらには手技や小手術、公衆衛生活動も含まれる。
・では、なぜ家庭医と患者にとって包括的な診療が重要なのだろうか?
・包括性には多くの利点がある。
・その一つは効率性である。家庭医は多くの患者の医療ニーズを専門医の紹介なしに対応できるため、医療費を抑えながら、より良い健康成果をもたらすことができる。結果として、患者本人と医療システムの両方にとってコストが削減される。
・国家レベルの医療システムにおいても、包括的なプライマリケアに重きを置いている国は、専門分化中心の医療システムよりも低コストで優れたアウトカムを示している。また、包括的なケアは、入院率の低下や患者自身による健康評価の向上とも関連している。さらに重要なのは、包括的ケアが強調される医療システムでは、疾患の重症度における格差が縮小し、予防的介入の指標が向上するという点である。
・また、診療範囲の広い包括的実践は、家庭医におけるバーンアウト(燃え尽き症候群)の発生率を低下させることが示されており、これは米国および世界各地で進行しているプライマリケア医の不足問題においても重要な視点である。
・包括性は、ケアと健康成果の向上、治療費の削減、健康格差の縮小、そして医師のバーンアウト軽減において不可欠である。家庭医は、地理的な条件、患者背景、報酬体系を問わず、あらゆる診療科の中で最も包括的なケアを提供するよう訓練されている。合理的な医療システムであれば、このような包括的ケアを促進・支援すべきである。
ケアの調整(Coordination of care): 複数の現実をマネジメントする
・優れた総合診療医(generalist practitioners)は、「ケアの調整(coordination of care)」――すなわち医療システムを横断的に利用する過程における諸問題への対応――が、自らの診療責任において極めて重要であることを理解している。
・家庭医は、症状や身体所見を整理し、診断や治療計画へと導く。
・しかしそれと同じくらい重要なのが、医療システムとの複雑な関係性を整理・最適化し、効率的な介入と反応を組み立てていく作業である。これこそが「ケアの調整」である。
・ケアの調整は、すべての家庭医にとって中核的な業務である。他の臨床チームメンバーとともに、以下のような業務を担う:
・バイタルサインの測定
・診療記録の確認
・病歴聴取と身体診察の実施
・検査の指示と評価
・専門医紹介の手配
・情報の統合、治療計画の立案、処方、フォローアップの調整
・一般的なイメージでは、家庭医はこうした業務を診療所内ですべて完結させるものとされている。たとえば、健康な小学2年生が喉の痛みを主訴に受診するというような場面。診察により、38.9℃の発熱、扁桃の発赤と膿、頸部リンパ節の腫脹を確認し、診断と説明、抗菌薬の処方を行い、会計を済ませて薬局へ向かう。こうした「診断直行型」の診療は、今なお存在する。
・しかし、実際の多くの診療ははるかに複雑である。以下のような要素が絡むことが多い:
・複数の情報源から成る診療記録の確認。必要な情報がまだ手元にないことも多い。
・検査や画像の実施に関する判断は、検査の可用性、コスト、保険適用、実施までの時間に左右される。また、指示を適切かつ迅速に伝える必要がある。
・健康の社会的決定要因(SDH: social determinants of health)を含む患者の状況。たとえば、通院の可否、治療計画への関与や実行可能性に影響を与える要因の有無。
・専門医紹介における思慮深い判断と、物流面での調整スキル。
・より複雑なケースを想定してみる。家庭医が腹痛で受診した患者の再診にあたっている。診察と病歴からは鑑別診断が広がる。最近の救急受診時の画像検査結果は手元にあるが、血液検査結果や救急医の所見は不明である。また、過去に似たような症状で精密検査を受けたことがあるが、記録は曖昧である。
・このとき家庭医は多くの問いを抱える:
・過去の検査結果を迅速に取り寄せることは可能か?
・新たな検査や専門医紹介は、どの程度の費用・リスク・精神的負担を伴うか?
・患者は検査や紹介が完了するまでの間に、家族の重要な行事に参加できるか?
・診療チームは、これらの要素を統合して患者の医療的旅路を支援できるか?
・ケアの調整を成功させるには、情報の往復を管理できる洗練されたシステムと、高機能なチームが必要である。そのためには、戦略的な計画、丁寧なコミュニケーション、継続的な作業姿勢、そして患者の体験を理解し、将来を見据え、日々レジリエンスを保ち続ける人材が求められる。
・これがケアの調整である。これをうまく実施できなければ、患者は苦しむ。うまく機能すれば、医療システムのすべてのスタッフにとって良い体験となる。
ケアへのアクセス/近接性(Access to care)
・医療へのアクセスは、最適な健康を実現するために不可欠である。家庭医は、地域密着型で継続性のある医療サービスを提供することにより、個人の価値観や家族・地域社会の文脈に配慮した形で、医療アクセスの向上に貢献している。
・医療アクセスとは、「医療ニーズを認識し、医療を求め、資源に到達し、医療サービスを利用し、必要に応じた適切なサービスを提供される可能性」のことである。
・理想的には、臨床医、医療システム、地域社会の資源が患者のニーズに応じ、患者の能力と一致する形で提供される必要がある。
・最適なアクセスには、健康リテラシー、患者と医療者の間の相互的な信頼、個人的・文化的価値観への敬意と統合、地理的な近接性、支援的なインフラ、そして手の届く費用が必要である。
・まず重要なのは、人々が「自分を診てくれる医師が、自分のニーズや視点を理解し、自分の最善の利益のために尽力してくれる」と信頼できることである。
・家庭医は、医療アクセスにおける多因子的・交差的・個人的・制度的な障壁に取り組むうえで、重要な役割を果たしている。家庭医は、地域社会の住民の社会的・文化的ニーズに対応する能力を持っている。
・家庭医療の中核には、全人的ケア(whole-person care)を提供するという志がある。個別化、関係構築、継続性は家庭医療の基本的価値である。
・家庭医が長年にわたって築く関係性は、患者の生物学的、心理社会的、文化的、政治的な健康決定要因に対する深い洞察を提供する。このような広範な理解は、家庭医がケアを調整し、チームの一員として患者のニーズを代弁するうえで役立つ。
・個々の患者の健康状態は、ある程度までは高品質な医療へのアクセスに依存している。家庭医は、他の地域密着型の総合診療医とともに、このアクセスを保障する役割を担っている。医療アクセスの向上は、地域全体の健康の改善にとって不可欠であり、家庭医はその最前線に立っている。
システム理論:患者中心の医療の中核的価値
・システム理論(systems theory)は、相互に関連する個別要素の複雑な相互作用が、さまざまな領域における結果を左右するという考え方である。家庭医療はこのシステム理論を専門領域の中核に据えることで、患者中心ケア(patient-centred care)に対する新たな理解をもたらしてきた。
・初期の医学教育は、生物医学的疾患モデルの習得に重きを置き、現在もその影響が残っている。この還元主義的モデルは、「疾患や病いは生物学的過程の破綻によって説明できる」とする考えに基づいており、複雑な問題を分解して測定可能な単位に還元することで全体を理解できるという立場をとっていた。しかし、次第にすべての診療分野において、この単純な生物医学モデルには限界があることが認識されるようになった。見落とされていたのは「文脈(context)」と、「患者の世界における複雑な相互作用への理解」だった。
・具体的な事例として、59歳のメキシコ系移民2世であるロサのケースがある。彼女は新たに糖尿病と高血圧と診断されたが、適切な専門医紹介や教育介入を受けたにもかかわらず、コントロールは不良だった。彼女は退職金や保険を失うことを恐れて、やりがいのない長時間勤務のデスクワークを辞めることができなかった。彼女の勤務時間を健康のために調整できないかと尋ねたところ、彼女の家庭状況がその調整を不可能にしていたことが判明した。夫は健康上の問題で働けず、25歳の末子は就職できず、長男はパートナーと2人の子どもを連れて同居していた。さらに次男は妻と別居中で、ある日酩酊状態で車を運転中に事故を起こし、孫の一人を亡くしてしまった。次男は過失致死で有罪となり、8年の服役が決定。次男の別居中の妻と生存した子どもも家に戻ってきた。
・このような状況において、糖尿病や高血圧は単なる生物学的問題ではなく、社会的・文化的要因にも深く影響されていた。生物医学モデルだけでは、ロサの状況をとらえることはできなかった。
・家庭医療は、患者を家族やコミュニティの文脈で診るという原則のもとに発展してきた分野である。したがって、より広い視野に立った「システム基盤型のケア(systems-based care)」の必要性が、比較的早期に認識された。家庭医療の先導者たちは、生物学を否定するのではなく、それまで軽視されてきた非生物学的な現象を診療に取り入れる方向へと進んだ。このアプローチは、後に「ホリスティック・ケア(holistic care)」と呼ばれる考え方を先取りしたものであり、「生物心理社会モデル(biopsychosocial model)」に基づいていた。すなわち、人間の病理は単に生物学的な経路の破綻だけでなく、心理的・社会的・環境的な要因によっても形成されるという考えである。
・このような多様な要素に対する理解を診療に応用することで、患者にとってより明確な健康への道筋が提供されるだけでなく、医師自身もExpectationsへの管理がしやすくなり、他の医療専門職との協働も可能となり、真に患者中心の医療を実践できるようになるのである。
家族志向のケア: 患者の健康と福祉を支える
・家族志向の診療(family-oriented practice)とは、システム理論を「家族」という単位に応用することであり、重要な他者同士の相互作用、共有された信念、それらが互いの健康と行動に与える影響に注目する実践である。
・では、「家族」とは何か?どのような特徴を持つのか?私たちは、家族を「長期的な絆により形成された多様な関係性」と定義する。すなわち「過去と未来を共有する親密な関係の集合体」である。
・家族の一般的な特徴として、次のような点が挙げられる:
・家族は画一的ではない
・独立生活、子育て、親族関係に関する文化的期待に影響される
・結婚や離別などによって形成と再形成を繰り返す
・先行世代の影響を受け、人間のライフサイクル(誕生から死まで)に伴って変化する
・患者の癒しにおける家族の影響を理解している医師は、患者の家族についても関心を向ける。
・家庭医は、以下の5つの問いをもとに、患者の症状を説明しうる家族の信念や行動様式を評価し、それに基づいて治療資源を見いだそうとする。このような評価は、家族構成図(ジェノグラム:genogram)によって補助されることもある。
【家族志向の診療における5つの基本的問い】
- ご家族の中に、あなたと同じ問題を抱えている人はいますか?
「家系にある」と分かることは、疾患の理解や受容に影響を与える。
たとえば、「叔父が糖尿病で足を失った」というエピソードは、患者が合併症予防にどの程度関心をもっているかを把握する手がかりとなる。
2. ご家族は、あなたの症状の原因についてどのように考えていますか?
家族の健康信念は、病気の原因や治療法に関する共有理解である。
たとえば、風邪に対する対応は家庭によって異なる。ある家族は鶏スープを作るが、別の家庭ではすぐに医師にかかる。
3. あなたの問題について、一番心配しているのは誰ですか?
患者自身が無関心に見えても、実は配偶者や遠方の子どもが強い不安を抱えていることがある。このような情報は、受診の本当の理由を把握する手がかりになる。
4. 今回の症状に関連して、家族内で他の変化やストレスがありましたか?
新生児の誕生、引越し、離婚、失職、死別など、文脈的要因が患者の受診動機に関与していることがある。
たとえば慢性腎不全が進行しているモリソン氏が、「庭仕事をめぐって妻といつも口論になる」と言うが、妻は「自分の能力を否定されている」と感じており、夫は「自分が死んだ後のために妻に準備してほしい」と願っている。このような誤解はよくある。
5. あなたの健康問題について、誰が手助けしてくれそうですか?
治療計画の実行が難しい場合、家族の協力を得ることは極めて有効である。診察に家族を同伴してもらうことで、アドヒアランスの向上が期待できる。
・患者が一人で診察を受けに来たとしても、彼らは「症状の意味」「いつ医療を受けるべきか」「どのように治療するか」といった共有理解を持つ家族システムを背負っている。
・医師が家族について学ぶことで、患者がもともと持つ自然な支援システムを活用し、患者の健康と福祉の向上に寄与することができる。
家族メンバーとしての家庭医
・診察室における親密な医師―患者関係を通じて「癒しのケア(healing care)」を提供するという行為は、家庭医をある意味で「家族メンバー」と定義づけるものとなる。
・家庭医は医学的知識に基づいて診断と治療を行う。その知識の幅広さは、私たちが取り扱う患者の多様性と複雑さによって要求されるものだ。しかし、病気を診断し治療する技術を超えて、私たちの専門性を特徴づけるのは、「患者との長期的な関係性」である。
・家庭医は、多世代にわたる家族のケアを行い、「家族」という社会的構成を地域の中で理解するよう訓練されている。だが、「家庭医療」という名前が示すのは、「家族単位の診療」そのものではない。家庭医療教育を主導したリン・カーマイケル(Lynn Carmichael)は、家庭医療は「患者全体に対する親密な理解」に焦点を当てていると語った。これは、以下の4つの要素から成り立つ:
・親近感(affinity)
・継続性(continuity)
・親密性(intimacy)
・相互性(reciprocity)
・すべての人間関係と同様に、医師―患者関係にも浮き沈みや、喜怒哀楽がつきまとう。この「相互性」こそが、人間としての本質を表出させ、患者と家庭医の双方にとって関係性に価値を与える。私たちは、患者と共に成功を祝い、喪失を悼む。
・私たち家庭医は、患者の支えとなる。診断のために夜遅くまで学び、ケアを調整し、時に意見が対立し、時に過ちを認め、許し合い、傾聴する。そして私たちは、言葉では言い表せない「家族のような親密さ」を築いていく。それはまさに、「過去と未来を共有する親密な関係」の中にある。
診察室における家族の存在
・診察室における医師と患者の相互作用には、双方の家族経験が少なからず影響を及ぼしている。
・患者が家族を連れて診察室に入ることは、どのくらいあるだろうか?また、自身が家族を連れて診察を受けたことはあるだろうか? 前者には「ときどき」、後者には「ほとんどない」と答えるかもしれない。しかし、実のところ、その答えはどちらも「常に」である。
・すなわち、すべての患者はこれまでの経験や家族からの影響を抱えて診察室に来ており、同様に医師である私たちも、自らの価値観や視点を家族的・個人的な体験から形づくっている。
・家族志向のアプローチとは、患者の受診動機や医療への理解に影響を与える「家族の背景と文脈」に目を向けることである。この点は、決して過小評価されてはならない。
・たとえば、配偶者の関心によって受診に至るケースがある。しかし、当の患者本人は、さほど深刻に考えていないこともある。こうした不一致は、受診後の非アドヒアランス(治療方針への不従順)につながる可能性がある。
・一例として、ある患者が背中の皮膚病変を理由に妻に連れられて受診した。本人はそれを全く気にしていなかったが、病変の不整な形状から生検が必要と判断した。ところが患者は、生検の予定日に現れなかった。後日、妻(彼女も私の患者)が来院し、「夫の無関心さにイライラする」と訴えた。彼女の父親は悪性黒色腫で亡くなっており、そのトラウマから「検査によって安心したい」と強く願っていたのだ。この背景を知った家庭医は、夫との会話の仕方を変える。彼はその後、生検に同意し、幸いにも良性であることが確認された。
・家庭医として私たちは、臨床現場で過去の家族経験と重なる場面に出くわすことがある。こうした浮かび上がる個人的感情に注意を払い、”マインドフルな姿勢(mindfulness)”で対応することが、共感の深化や適切な境界設定につながる。
・強固な治療的関係(therapeutic relationship)を築くためには、家庭医が背景に存在する家族の影響を理解しようとする姿勢が不可欠である。
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<参考文献>
・Ventres WB, Stone LA, Joslin TA, Saultz JW, Aldulaimi S, Gordon PR, Lane JC, Lee ER, Prunuske J, Gildenblatt L, Friedman MH, Fogarty CT, McDaniel SH, Rohrberg T, Odom A. Storylines of family medicine III: core principles-primary care, systems and family. Fam Med Community Health. 2024 Apr 12;12(Suppl 3):e002790. doi: 10.1136/fmch-2024-002790. PMID: 38609081; PMCID: PMC11029207.