肥満症 Obesity disease
疫学
・肥満症(obesity disease)は一般的な疾患であり、米国でBMI≧30に相当する方は42.4%にのぼる。
・慢性疾患であり、他の多くの臓器系に影響を及ぼし得る。主な合併症としては代謝性疾患(2型糖尿病など)、高血圧症、アテローム硬化性心血管疾患(ASCVD)、変形性膝関節症、胃食道逆流症、閉塞性睡眠時無呼吸症候群、心理社会的な影響(うつ病, 過体重に対するスティグマなど)が挙げられる。
・減量開始時の体重から5~10%程度の減量により、心血管疾患(CVD)リスク因子の改善(主に血糖, 血圧, 脂質関連項目)、健康関連QOLの改善、医療費削減に効果があることが示されている。また、他に閉塞性睡眠時無呼吸症候群やMASLDを改善し、死亡率を改善するためにはより大きな減量(10~15%)が必要となる。
・肥満の原因が”意志”の問題とする従来的な見方は誤っていることが明らかとなっている。肥満の原因は遺伝的要因、環境的要因(例: 心理的ストレス)、代謝的要因、行動的要因(食事, 身体活動, 睡眠パターンなど)など、多岐に渡り、多因子的である。また、BMI変動の40~75%は遺伝的影響とされている。
スクリーニングと予防
・USPSTFはすべての成人を対象に肥満のスクリーニングを行うことを推奨している。ガイドラインではBMIを最低でも年1回はスクリーニングすることとしている。
・肥満症の予防のためには体重増加のリスク因子を修正することが重要である。
・体重増加に関連する薬剤(可能であれば他剤に変更):
・ステロイド
・糖尿病治療薬(インスリン, SU薬, チアゾリジン, グリニド薬)
・向精神病薬(クロザピン, オランザピン, クエチアピン, リスペリドン, リチウム, バルプロ酸)
・抗痙攣薬/慢性疼痛治療薬(カルバマゼピン, ガバペンチン, プレガバリン)
・抗うつ薬/不眠薬(例: パロキセチン, ミルタザピン, TCA, ドキセピン)
・経口避妊薬(メドロキシプロゲステロン)
・第一世代抗ヒスタミン薬(ジフェンヒドラミン, シプロヘプタジン)
・複数のRCT(n=743)を対象にしたメタ解析では抗精神病薬による体重増加に対してメトホルミンを使用することで体重増加の予防に有効であることが示されている(平均 −3.27kg)。
・ライフスタイルに関する指導のポイント:
・高食物繊維/高タンパク/低飽和脂肪の食事(全粒穀物, 果物, 野菜)を推奨
・果糖飲料, 炭水化物、外食、加工肉/赤身肉、アルコール摂取を控える
・7~9時間の睡眠をとる(睡眠不足は過食と高脂肪食品の摂取の原因となる)
・身体活動に関する推奨:
・150分/週以上の中~高強度の有酸素運動
・2回/週以上の筋力トレーニング
・長期的な健康維持のためには300分/週以上の運動を要する場合がある
病歴
・病歴聴取では以下の内容が重要:
・小児期の肥満歴, 成人後の体重変化, 減量経験の有無
・現在の食習慣, 身体活動, 睡眠, ストレスや感情的摂食の有無
・内服薬
・閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)のスクリーニング(STOP-BANGなど)
・社会的背景の評価:サポート体制, スティグマ(weight stigma)の有無
二次性肥満の原因
・薬剤性(前述のような薬剤がリスクとなる)
・精神疾患/ストレス/睡眠不足
・内分泌疾患(甲状腺機能低下症, 性腺機能低下症, クッシング症候群)
・視床下部疾患(脳外傷, 頭蓋咽頭腫など)
・遺伝性疾患:
・症候性肥満(例: Prader-Willi、Bardet-Biedl症候群)は発育遅延や精神発達遅滞を伴う
・モノジェニック肥満(例: POMC, LEPR, MC4R, PCSK1変異)は幼児期発症が特徴
※遺伝子検査はルーチンで行うことが推奨されていない
臨床検査
・ルーチンでの検査:
・血糖関連検査(空腹時血糖, HbA1cなど)
・空腹時検体での脂質プロファイル
・肝機能(MASLDの可能性などの評価)
・必要に応じて実施:
・甲状腺機能異常症の評価(TSHなど)
・1mgデキサメタゾン抑制試験 or 24時間尿中コルチゾール(Cushing症候群を想定)
・性ホルモン(PCOSや性腺機能低下症の評価)
・PSG, 心エコー, X線撮影(膝関節など)
診断
・WHOおよび米国国立衛生研究所(NIH)はBMIを用いた診断基準を提示している。
・BMIに基づく分類:
・過体重:25以上(アジア人では23以上)
・肥満:30以上(アジア人では27.5以上)
・肥満1度:30~34.9, 肥満2度:35~39.9, 肥満3度:40以上
※これらの閾値は白人集団に対して開発されたもので、アジア人には有効でない
可能性がある。
・ウエスト周囲径(WC)は心血管/代謝性疾患のリスクの指標として補助的に利用可能。リスク上昇に関連する閾値としては男性≧94cm(アジア人≧85cm)、女性≧80cm(アジア人≧74~80cm)が知られる。WCは胸郭下縁と下腹部との中間を測定する。特にBMI<35の患者ではWCを用いてリスクをさらに層別化することが推奨されている。
・BMIは完全な測定法ではないため、BMIが不明確であったり信頼性に欠けたりするケースでは脂肪率の測定(内臓脂肪, 体脂肪指数, 体組成など)を用いることが推奨される。
・本邦では肥満と判定されたもの(BMI≧25)のうち、①肥満に起因ないし関連し、減量を要する健康障害を有するもの, または②健康障害を伴いやすい高リスク肥満(ウエスト周囲径によるスクリーニングで内臓脂肪蓄積が疑われ腹部CT検査によって確定診断された内蔵脂肪型肥満)のいずれかの条件を満たせば肥満症(obesity disease)と診断が可能。なお、ここでの健康障害には耐糖能障害(2型糖尿病, 耐糖能異常など)、脂質異常症、高血圧症、高尿酸血症・痛風、冠動脈疾患、脳梗塞・TIA、非アルコール性脂肪性肝疾患、月経異常・女性不妊、運動機能疾患(変形性関節症(膝/股/手指関節), 変形性脊椎症)、肥満関連腎臓病の11疾患が該当する。
BMIの利点と限界>
<利点>
・簡便に測定できる
・全身脂肪量との相関性が高い
・死亡率、心血管疾患リスクの予測因子として実用的
<限界>
・筋肉量の多寡、脂肪分布(内臓脂肪 or 皮下脂肪)を反映しない
・サルコペニアやリポジストロフィー(脂肪分布異常)では過小評価や過大評価する恐れがある
・高齢者ではBMI 25~35の範囲が”正常”の場合よりも死亡率が低いことがある
・BMI 23~35の範囲にある場合、人種や年齢、体組成に応じた個別評価が必要となる
治療の基本的方針
・肥満症は慢性疾患であるため、長期的なマネジメントが重要。
・治療の目的は体重減少を通して、糖尿病(T2DM)、ASCVD、悪性腫瘍などの関連疾患の発症を予防することである。実際、5~10%の減量でもCVDリスク因子の改善や生活の質の改善が得られる。
・医療者の話し方や態度が患者の治療参加意欲や成果に大きく影響することが知られている。生活習慣の改善を一方的に一度に押し付けず、段階的な介入と支援が重要である。
・肥満症は再発しやすい慢性疾患であるため、初期介入のみでなく、長期的なフォローアップと支援体制を要する。
・治療方法は以下の3つが選択肢:
・高強度の生活習慣介入(ILI)
・抗肥満薬(AOM)
・代謝/減量手術(MBS)
・治療にあたっては医療従事者自身が肥満に対する偏見/バイアスを自覚することが大切。Weight stigmaは医療回避、抑うつ、不適切な食行動に関連しやすく、治療の障壁となりやすい。
・コミュニケーションにおける原則:
・「肥満患者(obese patient)」でなく、「肥満症を有する患者(person with obesity)」とする
・ObesityよりもUnhealthy weightやWeight managementという表現が受け入れやすい
・生活スタイルや意志に対して決めつけをせず、構造的原因やコンテクストを重視する
・Bad newsというよりは希望を持てるような語り口により行動変容を促す
※5A’s model(Ask, Assess, Advise, Agree, Assist)が有効なカウンセリングフレーム。
目標設定
・多くの患者は非現実的な体重目標をもっているため、医療者は現実的な目標設定を支援する必要性が高い。
・目安は以下のとおり:
・生活習慣変更のみ:5~10%減量
・薬物療法を併用:5~25%減量
・手術を併用:20~30%減量
食事療法
・DietよりもEating plan(食事プラン)という表現が好まれる(持続可能性を重視)。
・どの方法であっても摂取エネルギーを減らすことで減量は可能であり、継続が重要。
・代表的な食事療法が3つ:
・総カロリー制限(例: カロリーカウント, ミールリプレイスメント)
・マクロ栄養素制限(例: 低脂肪, 低炭水化物)
・間欠的エネルギー制限(例: 断続的断食)
・加工食品(ultra-processed food)を回避することは重要。
・地中海食、DASH食、低炭水化物食などは特に心血管疾患や2型糖尿病の予防および治療に有効であることが示されている。
運動療法
・運動は体重維持/健康改善に有効。
・血圧低下, 骨密度維持, 抑うつ予防, 除脂肪体重の維持
・体重減少への効果としては1~3kg程度であるが、長期的な維持には必須
・推奨される運動療法:
・150分/週異常の中~高強度運動+2日/週の筋力トレーニング
・体重維持に300分/週の運動を要する場合もある。
・高タンパク食+筋力トレーニングで筋肉量維持が可能
行動療法
・AHA(米国心臓協会)、肥満学会(TOS)などのガイドラインでは集中的な生活習慣介入(ILI)が推奨されている(最初の6ヶ月間に14回のセッション)。具体的には減量維持のために月1回の連絡を行い、訓練を受けた管理栄養士や心理士などがカウンセリングを行う。
・最も効果的なのは認知行動療法(CBT)であり、セルフモニタリングや目標設定、食事以外の報酬の設定、再発予防などが重要。
・動機づけ面接(MI)は効果がやや限定的とされている。
・米国の糖尿病予防プログラムでは7%の減量を目標としたILIにより3年後の2型糖尿病の発症率が58%減少したことがRCTで示された。また、その介入効果は最初の介入から最低でも15年間続いたことも明らかとなっている。
抗肥満薬(AOM)
・本邦では”高度肥満症で合併症(肥満症の診断に必要な健康障害)を1つ以上”、または”肥満症で内臓脂肪面積≧100cm2かつ合併症を2つ以上”有する症例で、薬物療法の適応がある。なお高度肥満とはBMI≧35の肥満を指す。
・重要なポイント:
・AOMはエネルギー摂取を抑えるが、消費は増やさない
・原則として長期使用が原則(中止により体重再増加するリスクが高まる)
・副作用と禁忌(妊婦, 授乳婦は禁忌)を考慮する
・2025年04月時点で肥満症に対して保険適用のある薬剤は以下のとおり:
- セマグルチド(ウゴービ®皮下注(GLP-1受容体作動薬))
- チルゼパチド(ゼップバウンド®皮下注(GLP-1/GIPデュアル受容体作動薬))
- マジンドール(サノレックス®(中枢神経食欲抑制薬))
・①, ②は厚労省が定める施設基準を満たす医療機関でのみ処方が可能とされている。
・リラグルチド、セマグルチド、チルゼパチドはいずれも肥満症の治療薬として効果が高く(−8~22%の減量)、心血管疾患リスクも改善することが示されている。特にセマグルチドは心不全や心筋梗塞、脳卒中の減少効果も報告されている。
・また2025年04月時点では経口セマグルチド(リベルサス®)、注射セマグルチド(オゼンピック®)、チルゼパチド(マンジャロ®)は2型糖尿病治療薬として保険適用を有するが、肥満症単独での使用は適用外となっている。
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<参考文献>
・Gilden AH, Catenacci VA, Taormina JM. Obesity. Ann Intern Med. 2024 May;177(5):ITC65-ITC80. doi: 10.7326/AITC202405210. Epub 2024 May 14. PMID: 38739920.
・肥満症診療ガイドライン2022(最終閲覧日: 2025年04月14日)