精神的脆弱性を有する若年者における実存的懸念 existential concerns
概要
・精神的脆弱性を有する若年成人は人生の早い段階で破滅的な経験(disrupting experiences)をし、実存的懸念に直面化することが多い。
・本研究ではヤーロム(Yalom)が定義する実存的懸念(Existential concerns)と、アイデンティティの確立、人生における意味や目的を見出すことといった青年期のテーマが精神医療の現場でどのように表出するのかを調査。
・17~31歳の精神的脆弱性を有する若年患者11名を対象に半構造化インタビューを実施し、テーマ別に分析。
背景
・Erik Eriksonの心理社会的発達理論によると、青年期はアイデンティティの確立と人生の意味を見出す重要な時期である。また、意味、親密さ、他者とのつながりを模索する時期でもある。
・青年期には語りとしてのナラティブアイデンティティとライフストーリーが一体性、首尾一貫感覚(sense of coherence)、意味感を生み出し、これらは精神衛生上で重要な概念である。例えば統合失調症は青年期にしばしば発症するが、アイデンティティ形成のプロセスに混乱を生じさせ、結果として一貫したライフストーリーの形成や経験に意味をもたせることが困難となってしまう。
・人生における意味(meaning in life)とは人生を変えるような経験(例: 精神病の発症)をした後に、自分にとっての人生の目的や価値を見出し、再構築するプロセスを必要とする。HuberのPositive Health理論ではmeaining in lifeは健康の6つの柱の一つとして位置づけられる。
・しかし、その時期に精神病を経験することで現実認識が変化し、アイデンティティ形成が妨害されることがある。
・Yalomの実存精神療法では人間が直面する4つの実存的懸念(死, 自由, 孤立, 無意味さ)が強調されていて、本研究ではこの4つのテーマに加えて”アイデンティティ”を挙げて分析した。
実存的懸念
・実存精神療法で知られる精神科医Irvin Yalomは人間が直面する実存的懸念(Existential concerns)として死、自由、孤立、無意味性を挙げている。死(death)とは死亡の不可避性を認識することであり、行きたいという願望との間に葛藤を伴わせる。自由(feedom)は自分の人生を選び、行動し、責任を引きうけながら、人生の不確実性にも対峙すること。孤立(isolation)は自分の根源にある孤独を自覚し、つながりを求めること。無意味性(meaninglessness)は自らの人生に意味を見出そうとすることである。
アイデンティティ
・Milnerらはアイデンティティ(Identity)は精神的健康の回復における主要な6つのテーマ(MISTICモデル)の1つであることを提唱した。
・Leamyらはアイデンティティの再構築が回復における重要な要素であることを提唱した(CHIMEモデル)。
・Yalomの指摘する実存的懸念の4テーマとアイデンティティは関連する。例えば自分の存在価値がわからなくなることで希死念慮が生じ(death)、「自分が誰かわからない」ことで人生の意味を見失うことにつながる(meaninglessness)。また、アイデンティティが揺らぐことで他者とのつながりを持ちにくくなる(isolation)。そして、「自分は本当に自分らしく生きているのか?」と疑問を抱く(freedom)などということが挙げられる。
方法
・質的研究に相当
・精神的脆弱性を有する11名(17~31歳)を対象に半構造化インタビューを実施
・研究対象者はオランダのPro Persona精神病院の早期精神病予防チームで診られている患者であった。
結果
詳細は割愛するものの、5つのテーマについて以下のように回答された。
・死(death):死の意味に関する疑問, 人生に価値を見いだせない感覚
・自由(freedom):精神病体験による将来に関する喪失感、将来への不安
・孤立(isolation):人間関係の喪失、他者とのつながりの困難さ
・無意味(meaninglessness):人生の目的の喪失、精神病体験の意味を見出す試み
・アイデンティティ(identity):自己の変化、自分が誰なのかわからない感覚
なお、これらのテーマは互いに密接に関連していたことが明らかとなった。
考察
・精神病を経験した若年成人においては実存的懸念への対応が回復プロセスをたどるうえで重要なことが示唆された。
・特に自己決定感(Freedomの回復)、人間関係の再構築(Isolationの回復)、人生の意味を見出すプロセス(Meaninglessnessへの対処)が治療の中心となる。
・Meaninglessnessへの対処とするためには回復志向の精神医療(recovery-oriented mental
health care)が重要である。そのためには①人生の意味(meaning in life)を見出す支援 ②対
話的質問(Dialogue questions of life(DQL))の活用 ③他者とのつながりを重視すること ④ナラティブを通じた自己理解の促進 が重要である。
・①については「自分の人生に意味がある」と感じさせられるようなサポートをカウセリングや精神療法を通して行うこととなる。
・②については例えば「あなたが本当に大切なものはなにか?」「あなたが自分らしくいられるとしたら、どんな自分になりたいか?」という質問を通じて、患者が自分の価値観や目標を明確化させられる手助けをすることが必要である。
・③については孤立を防ぐことがMeaninglessnessを軽減することに繋がると理解する。家族や友人などの関係性を強化する。
・④については、人生の意味は個人の物語、ライフストーリーのなかで形成される。患者自身が自分のライフストリームを語る機会をもつこで意味を見出しやすくなる。
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<参考文献>
・de Vries MLD, Janse P, Anbeek CW, Braam AW. Existential concerns among young adults with psychotic vulnerability in mental health care: a qualitative study in the Netherlands. BMC Psychiatry. 2025 Feb 5;25(1):103. doi: 10.1186/s12888-025-06551-7. PMID: 39910511; PMCID: PMC11800561.