高齢者のDOAC内服
疫学
・高齢者(65歳以上)の約6人に1人がDOACを内服している。
・主な内服理由は心房細動(AF)と静脈血栓塞栓症(VTE)であり、これらでDOACによる治療の約90%を占める。
・AF患者の約85%、VTE患者の約2/3は65歳以上とされている。
・高齢者では脳卒中/全身性塞栓症(SSE: stroke/systemic embolism)の発生率が増加し、75歳以上で年間2.2件/100人の割合で発生する。
・65歳以上のAF患者ではDOACに関連した重大な出血(MB: major bleeding)のリスクが約1.4倍に増加し、80歳以上の患者では若年者に比して頭蓋内出血(ICH)のリスクが約2.0倍に増加する。
・AFの診断から12ヶ月以内にDOACが新規に開始される割合は2010年から2020年の間に20%から33%へ増加した。
加齢に伴う生理学的変化
・加齢に伴い、生理学的変化が生じ、DOACの薬物動態/薬力学に影響を及ぼすことがある。
・骨格筋量は総体重量に相関し、加齢に伴い減少する。筋肉量減少に伴い、DOACの血中濃度が上昇する可能性がある。
・体重減少に伴い、アピキサバン(エリキュース®)、エドキサバン(リクシアナ®)の血中濃度が上昇しやすいことが示唆されている。一方で、他のDOACの血中濃度の変化は臨床的に無視できる可能性も示唆されている。
・いずれのDOACも程度の差はあれど、腎で排泄される(ダビガトラン>80%、エドキサバン>50%、リバーロキサバン 33%、アピキサバン 25%)。したがって、腎機能障害例ではダビガトラン(プラザキサ®)、エドキサバン(リクシアナ®)、リバーロキサバン(イグザレルト®)、アピキサバン(エリキュース®)の順に影響を受けやすい。
・加齢に伴い、肝臓の大きさも縮小する。結果として初回通過効果、肝代謝能が低下する。中等度までの肝機能障害ではDOACに及ぼす影響は小さいと考えられる(なかでもリバーロキサバンは比較的影響を受けやすいかもしれない)。なお、肝障害によって、ワルファリンの肝クリアランスも加齢に伴い低下しやすい。
・アミロイドアンギオパチ―、脳萎縮の有病率は加齢とともに上昇するため、硬膜下血腫などのリスクは増大していく。
高齢者における抗凝固療法
・DOACはAFやVTEに対する第一選択薬として推奨されている。ただし、機械弁を有するAFや末期腎不全、抗リン脂質抗体症候群などにおいてはワルファリン(VKA)が選択される。
・DOACに関するTrialの多くで高齢者が除外されており、ガイドラインでの推奨内容は高齢者にも普遍的に適用可能なものとは限らないことに留意するべきである。特に高齢者においてはDOACによるMajor bleedingのリスクがより高くなると考えられる。
<心房細動(AF)>
・75歳以上のAF患者(440,281例)を対象としたメタ解析ではDOACはワルファリンと比較して、脳卒中/全身性塞栓症(SSE)(HR 0.79(95%CI: 0.70-0.89))、頭蓋内出血(ICH)(HR 0.46(0.38-0.58))のリスクが低くなることが示された。一方で、全脳卒中発症率については有意差が認められなかった(HR 0.94(0.85-1.05))。
・別のメタ解析ではDOACで治療された高齢のAF患者ではワルファリンで治療された群よりも死亡リスクがより低く可能性が示唆された(HR 0.89(0.77-1.02))。
・75歳以上のAF患者に関するネットワークメタアナリシスではSSE予防の観点でのDOACの薬剤間での有効性は同等であった。しかし、アピキサバンおよびエドキサバンは他のDOAC(ダビガトラン, リバーロキサバン)と比較してMajor bleedingリスクがより低いことが示された。
・80歳以上のAF患者984人を対象にエドキサバン15mg/日(低用量)投与の有効性を確認したELDERCARE-AF trialではエドキサバン低用量群ではSSEのリスクを統計学的に有意に66%低下させる一方で、Major bleedingのリスクを87%増加させることが報告された(ただしMajor bleedingについて統計学的有意差は示せず)。
・ネットワークメタアナリシスでは80歳以上のAF患者においてはアピキサバン(エリキュース®)、エドキサバン(リクシアナ®)が安全性は比較的高いことが示唆された。
・最近実施されたFRAIL-AF trialではAF、フレイルを伴う高齢患者においてはワルファリンからDOACへの切替えは塞栓性イベントを減少させることなく(HR 1.26(0.60-2.61))、より臨床的に関連性の高い出血(HR 1.69(1.23-2.32))をきたすことが示された。したがって、長期にわたりワルファリンによる治療を受けていて、特にPT-INRが良好にコントロールできていて、有害作用も認められないケースではワルファリンの継続を検討することも無難である可能性がある。
<静脈血栓塞栓症(VTE)>
・急性VTEの高齢患者においてDOACとワルファリン、あるいは特定のDOACを直接比較するRCTは存在せず、エビデンスはサブグループ解析の結果に依存している。
・75歳以上のVTE患者においてDOACで治療された群はワルファリンで治療された場合よりもVTE再発リスクが低い可能性が示されている(HR 0.56(0.38-0.82))。ただし、この結果は75歳未満の患者では示されなかった。また、Major bleedingはワルファリンよりもDOAC治療群においてより低いことが示されていて(RR 0.49(0.25-0.96))、これは75歳未満の患者でも同様の結果が示されている。
・がん関連VTEの高齢患者がDOAC治療による利益を享受できるかどうかは不透明である。
・ネットワークメタアナリシスでは、急性VTEを発症した75歳以上の患者において、いずれのDOACも有効性を示した。ただし、エドキサバン(リクシアナ®)はリバーロキサバンとアピキサバンよりも臨床的に関連性が強いと考えられる出血のリスクが高いことが示された。
<多疾患併存(Multimorbidity)>
・多疾患併存はAFやVTEの発症リスクとなる。
・多疾患併存状態にある高齢AF患者では非多疾患併存患者と比べて、脳卒中/全身性塞栓症(SSE)およびMajor bleedingのリスクが約2.5倍、死亡リスクが約2倍高いこと示されている。
・アピキサバン(エリキュース®)、リバーロキサバン(イグザレルト®)はワルファリンと比較してSSEのリスクが低いことが示唆されている。また、アピキサバン(エリキュース®)とダビガトラン(プラザキサ®)はMajor bleedingのリスクも比較的低いことが示唆された。
転倒リスクとDOAC服用
・65歳以上のAF/VTE患者の約半数は転倒リスクが高いとされ、AFそのものが転倒リスクを高める可能性がある。
・転倒および転倒後の出血という懸念はDOAC処方を控える理由となることがある。
・しかし、抗凝固療法を受けている高齢患者において転倒(or軽微な頭部外傷)が脳内出血のリスクを高めるかどうかについてはコントラバーシャルであり、実際、転倒に関する出血の絶対リスク増加はわずかとされる。
・全体でみれば転倒リスクの高いAF患者ではDOACによるメリットは出血リスクを上回ると考えられている。転倒それ自体はDOAC服用の禁忌事項には必ずしも相当しない。
・転倒リスクを有するAF患者に関するメタ解析ではDOACはワルファリンよりも脳卒中/全身性塞栓症(SSE)の予防に有意に有効であることが示されていて、脳内出血に関してはより安全性が高いことが示されている。なお、出血リスクはDOACとワルファリンとで同等という結果がある。
・なお、アピキサバン(エリキュース®)は他のDOACよりもMajor bleedingのリスクが比較的低いことが示されている。
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<参考文献>
・Stuby J, Haschke M, Tritschler T, Aujesky D. Oral anticoagulant therapy in older adults. Thromb Res. 2024 Jun;238:1-10. doi: 10.1016/j.thromres.2024.04.009. Epub 2024 Apr 14. PMID: 38636204.