細菌性髄膜炎 bacterial menigitis
細菌性髄膜炎とその疫学
・細菌性髄膜炎は高所得国においては年間10万人あたり約0.9人の発症率と報告されている。一方で、低所得国では年間10万人あたり約80人に相当する。
・毎年、世界中で約31万8,000人が細菌性髄膜炎によって亡くなっている。
・死亡率は高所得国では約10%、低所得国では約58%と差がある。
・オランダの研究では16歳以上の細菌性髄膜炎では肺炎球菌(S.pneumoniae)が全症例の72%を占め、髄膜炎菌(N.meningitidis)が11%を占めるという報告がなされた。新生児ではB群連鎖球菌(GBS(S.agalactiae))、大腸菌(E.coli)、リステリア菌(L.monocytogenes)が一般的な起因菌となる。
・細菌性髄膜炎の全体的な予後は以前よりも特に高所得国において改善していて、その主な原因は補助的なデキサメタゾンの使用によると考えられている。
・本邦では妊娠35~37週のすべての妊婦に対して膣と直腸のGBS検査を行い、陽性であれば、新生児のGBS感染による髄膜炎などを予防する目的でペニシリン系抗菌薬の予防的投与がなされる。
臨床症状/臨床経過
・髄膜炎の3徴として、発熱、項部硬直、意識障害が知られる。細菌性髄膜炎の696人の患者を対象にした研究では60歳以上の患者の58%、60歳未満の患者の36%で3徴が認められたと報告されている。
・一般的な初期症状としては頭痛(84%)、発熱(74%)、項部硬直(74%)、意識障害、悪心(62%)が知られる。そのほか、失語/片麻痺/不全麻痺(22%)、昏睡(13%)、脳神経麻痺(9%)、皮疹(8%)がみられることもある。
・併発する感染症としては副鼻腔炎あるいは中耳炎(34%)、肺炎(9%)、感染性心内膜炎(1%)が知られる。
・髄膜刺激徴候としては項部硬直、Kernig徴候、Brudzinski徴候、Jolt accentuationが知られる。特にKernig徴候とBrudzinski徴候はもともと重症の晩期細菌性髄膜炎患者および結核性髄膜炎患者を対象に開発および検証された診察法である。項部硬直は仰臥位で頭部を前屈させて確かめる。Brudzinski徴候は仰臥位で頸部を他動的に屈曲させた際に自然と股関節と膝関節とが屈曲する所見を確認する診察法である。Kernig徴候は仰臥位で股関節と膝関節とを90度に屈曲させた状態で、他動的に膝関節を伸展させた際に症状が生じるかどうかを確認する。
・髄膜刺激徴候の感度はいずれも高いとはいえず、Kernig徴候およびBrudzinski徴候は約5%、項部硬直は約30%とされている。
頭部画像検査
・腰椎穿刺を実施する前に脳ヘルニアのリスクとなる頭蓋内圧亢進を示唆する所見がないかどうかを確認する目的で頭部CT撮像を行うことも珍しくない。
・免疫不全状態にあるケース、脳腫瘍や脳卒中などの既往があるケース、新規に出現した発作(seizures)、乳頭浮腫が存在するケース、意識障害を伴うケース、巣症状を伴うケース、60歳以上のケースなどでは腰椎穿刺を行う前に頭部CT撮像を行うべきとするガイドラインも存在する。ただし、日本では画像検査へのハードルが低いため、髄膜炎を疑う患者では頭部CT撮像を実施したうえで腰椎穿刺を行うことが少なくないと思われる。
細菌性髄膜炎と無菌性髄膜炎の鑑別
・無菌性髄膜炎は成人および小児の髄膜炎症例の約72%を占め、細菌性および真菌性髄膜炎はそれぞれ約8%ずつ占める。
・無菌性髄膜炎はウイルス性(例: エンテロウイルス, VZVなど)が多いが、そのほかに薬剤性、髄膜癌腫症、自己免疫性なども存在する。
・細菌性髄膜炎における典型的なCSF所見としてはWBC増多(通常1,000/μL以上)、多核球増加(通常50%以上を多核球が占める)、蛋白増加(通常100mg/dL以上)、糖低値(通常30mg/dL以下あるいは血糖×1/2以下)が挙げられる。ただし、細菌性髄膜炎患者の最大2%で髄液中WBC<5/μLとなることが知られている。
・髄液中のWBC数に関わらず、髄膜炎を疑う全ての患者において、髄液のグラム染色/培養検査を実施するべきである。
・髄膜炎を発症した成人患者のうち、細菌性髄膜炎は約8%を占めるが、それでも抗菌薬による経験的治療がなされることが多い。実際、治療当初は区別が難しいことも多いため、細菌性髄膜炎のリスクが高いケースでは速やかに抗菌薬治療を開始し、血液培養および髄液培養の結果が判明するまで継続するべきである。
・細菌性髄膜炎と無菌性髄膜炎を区別することに関連したClinical prediction ruleとして、小児では”the bacterial meningitis score”が知られ、2点以上であれば細菌性髄膜炎が示唆される(感度 99.3%, 特異度 62.1%, 陰性的中率 99.7%)。
・2016年の英国のガイドラインでは髄膜炎を疑う患者に関して、一般的な起因菌、ウイルス(例: エンテロウイルス, HSV, VZV, S.pneumoniaeなど)の検出を目的に髄液PCR検査を行うことが推奨されている。Multiplex PCRでウイルス性髄膜炎の診断が確定することは入院期間がより短縮するなどと報告されている。
マネジメント
・細菌性髄膜炎を疑う患者では、実際には”血液培養2セット提出”、”抗菌薬投与+デキサメタゾン投与”、”頭部CT撮像”、”腰椎穿刺(細胞数, 生化学, 髄液塗抹/培養/抗酸菌培養, 墨汁染色)”の順に診療を進めることが多いと思われる。
・抗菌薬治療開始のタイミングが6時間以上遅れると死亡率が6%から45%に上昇し、神経学的後遺症の発生率も10%から70%に上昇するといわれている。来院から1時間以内に抗菌薬投与を開始することが推奨され、腰椎穿刺よりも抗菌薬を優先することは少なくない。抗菌薬先行投与によって、髄液グラム染色/培養検査での検出率は下がると報告されている。しかし、髄液の一般検査、細胞数などに大きな変化はないと考えられていて、かつ血液培養の陽性率が比較的高く、そういったことを勘案し、総合的に抗菌薬投与を先行することの利益の方が勝ると考えられている。
・細菌性髄膜炎の治療はデキサメタゾンを抗菌薬投与前あるいは同時のタイミングで投与することが推奨されている(投与例: デキサメタゾン 0.15mg/kg 6時間ごと)。これは肺炎球菌性髄膜炎で神経学的予後を改善することが示されているためである。その後の培養検査で肺炎球菌以外の細菌が起因菌であると判明した場合にはデキサメタゾンを中止する。特にリステリア菌による髄膜炎ではデキサメタゾンはむしろ有害という結果に至っている。
・腰椎穿刺ではスピッツ4本以上(各2mL程度ずつ)採取し、採取順に"培養"、"細胞診"、" 一般検査+ADA+α"、"予備"としておくこともある。
<経験的治療(empiric therapy)>
・年齢などによって起因菌は異なることが知られている。
・リステリア菌(L.monocytogenes)は免疫不全患者、新生児、50歳以上の患者で関与する割合が高いため、経験的にABPCの投与を行うべきである。このとき髄液移行性が不良であるにも関わらず、GMをペニシリン系抗菌薬に併用することも考慮できる。これは併用によって死亡率低下を示唆する観察研究が存在することに由来している。なお、ペニシリン系抗菌薬をアレルギーなどの事情で使用できない場合でリステリア菌を治療対象とするならばST合剤の使用なども検討可能である。
・VCMは主にペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)、MRSAを想定して投与が検討される。
・抗菌薬の用量が他の感染症よりも多いことが一般的であるため、逐次、成書を参照することとなる。
・脳炎を疑う症状としては意識レベルが変動するケース、麻痺、感覚障害、異常行動、性格変化、失語症、異常運動が挙げられる。こういった症状や所見が認められるケースではヘルペス脳炎の可能性も想定し、アシクロビル(ACV)の投与を行うこととなる(投与例: ACV 10mg/kg 8時間ごと(生食250mLに溶解して1時間以上かけて投与))。なお、ヘルペス脳炎では発症早期においては髄液PCR検査で陰性となることがあるため、ヘルペス脳炎がやはり疑われるケースでは発症3~7日時点で髄液PCRの再検を行うことが必要である。
<生後1ヶ月未満の患者>
・主な起因菌:S.agalactiae, E.coli, L.monocytogenes
・検討される抗菌薬:”ABPC+CTX”, “ABPC+GM”など。
<生後1~23ヶ月の患者>
・主な起因菌:S.pneumoniae, H.influenzae, E.coli, L.monocytogenes, N.meningitids
・検討される抗菌薬:”第3世代セファロスポリン(CTRXなど)+VCM(+ABPC)”など
<2~50歳の患者>
・主な起因菌:S.pneumoniae, N.meningitidis
・検討される抗菌薬:”第3世代セファロスポリン(CTRXなど)+VCM”など
(投与例: CTRX 2g 12時間ごと+VCM 1g 12時間ごと+ABPC 3g 6時間ごと)
<50歳以上の患者>
・主な起因菌:S.pneumoniae, L.monocytogenes, N.menigitidis, E.coli
・検討される抗菌薬:”第3世代セファロスポリン(CTRXなど)+VCM+ABPC”など
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<参考文献>
・Hasbun R. Progress and Challenges in Bacterial Meningitis: A Review. JAMA. 2022 Dec 6;328(21):2147-2154. doi: 10.1001/jama.2022.20521. Erratum in: JAMA. 2023 Feb 14;329(6):515. doi: 10.1001/jama.2023.0570. PMID: 36472590.
・Tunkel AR, Hartman BJ, Kaplan SL, Kaufman BA, Roos KL, Scheld WM, Whitley RJ. Practice guidelines for the management of bacterial meningitis. Clin Infect Dis. 2004 Nov 1;39(9):1267-84. doi: 10.1086/425368. Epub 2004 Oct 6. PMID: 15494903.
・Tunkel AR, Glaser CA, Bloch KC, Sejvar JJ, Marra CM, Roos KL, Hartman BJ, Kaplan SL, Scheld WM, Whitley RJ; Infectious Diseases Society of America. The management of encephalitis: clinical practice guidelines by the Infectious Diseases Society of America. Clin Infect Dis. 2008 Aug 1;47(3):303-27. doi: 10.1086/589747. PMID: 18582201.