多疾患併存の治療負担に関する質問紙表(日本版)の開発と外的妥当性

はじめに

・多疾患併存/マルチモビディティ(multimorbidity)は、2つ以上の慢性疾患を同時に有する状態であり、プライマリ・ケアの現場でますます一般的になっている。

・多疾患併存患者の治療には、複数の薬剤や診療科にまたがる通院、セルフマネジメント(食事制限、運動、血糖・血圧の測定など)など、複雑かつ時間的・心理的に大きな負担を伴うことが多い。

・これらの治療やケアを患者が日常生活の中でどのようにこなしているかを示す概念が「治療負担(treatment burden)」である。

・治療負担の増大は、アドヒアランスの低下や治療中断を引き起こすリスクがあり、結果として健康アウトカムの悪化や医療費の増加につながる。

・したがって、治療負担の評価と軽減は多疾患併存患者のケアにおいて重要な課題である。

・近年、治療負担を定量的に評価するための質問票が開発されてきたが、日本語で利用可能な信頼性と妥当性のある尺度は限られている。

・この研究ではイギリスで開発されたMultimorbidity Treatment Burden Questionnaire(MTBQ)に注目された。MTBQは13項目からなり、患者の治療負担を幅広く簡便に評価できる自己記入式の質問票である。英語版のMTBQは妥当性・信頼性ともに十分であり、他言語版の開発も進められている。

・本研究の目的は、MTBQの日本語版(J-MTBQ)を作成し、構成概念妥当性・信頼性を含む外的妥当性を検討することである。

Method

・原著者の許可を得た上で、MTBQの日本語版(J-MTBQ)を作成した。

・2022年2月に、日本の成人に対し、郵送による質問紙調査を実施した。

・調査票とともに、MTBQ日本語版および併存疾患、薬剤、健康関連QOLなどに関する項目を同封し、回答を求めた。

・対象は、自己申告により2つ以上の長期疾患(例:高血圧、糖尿病、心疾患、うつ病など)を有すると回答した人である。回収された回答のうち、必要項目に欠損のない383名分のデータを分析に用いた。

・J-MTBQ(13項目、5段階評価)。「あてはまらない」「非常に困難」の5段階で各項目を評価し、スコアは0~100の範囲で算出される。

・EQ-5D-5L(EuroQol 5-Dimension 5-Level):健康関連QOLの測定尺度も利用。

・自己評価健康状態(self-rated health):1(非常に良い)~5(非常に悪い)の5段階で評価。

・併存疾患数と処方薬数(自己申告による)を評価。

Outcome

・分析対象となった383名のうち、平均年齢は64.3歳、女性が56.4%を占めた。

・回答者の多くが高血圧(63.4%)、脂質異常症(45.7%)、糖尿病(26.1%)などの慢性疾患を有していた。

・併存疾患数の中央値は3、処方薬数の中央値は3であった。

・J-MTBQの平均スコアは22.4点(標準偏差19.2)であり、中央値は19.2点であった。

・スコアの範囲は0~100で、0点(治療負担なし)は全体の9.1%、76点以上(高い治療負担)は全体の5.5%であった。

・スコアの分布は軽度の負担に偏っていたが、一定割合が中等度以上の負担を報告していた。

・J-MTBQスコアとEQ-5D-5Lスコアとの相関係数は−0.40(p<0.001)であり、健康関連QOLが低いほど治療負担が高い傾向が認められた。

・自己評価健康状態との相関係数は0.38(p<0.001)であり、健康状態が悪いと感じているほど、治療負担は高くなる傾向があった。

・併存疾患数が多いほど、J-MTBQスコアは有意に高くなった(p<0.001)

・処方薬数が多いほど、J-MTBQスコアは有意に高くなった(p<0.001)

・これらの結果は、J-MTBQが治療負担を適切に捉えていることを示唆している。

Disucussion

・本研究では、イギリスで開発されたMultimorbidity Treatment Burden Questionnaire(MTBQ)を日本語に翻訳し、文化的に適応させたJ-MTBQを作成した。

・そして、全国の多疾患併存患者を対象にその外的妥当性および信頼性を検討した。

・結果として、J-MTBQは良好な外的妥当性を有するスケールであることが確認された。

・特に、J-MTBQスコアは健康関連QOLおよび自己評価健康状態と有意な相関を示しており、治療負担が高いほど健康状態が低いという先行研究と一致する結果が得られた。

・また、併存疾患数や処方薬数が多いほど治療負担スコアが高い傾向も認められた

・本研究の意義としては、以下の点が挙げられる。

  1. J-MTBQは、日本の多疾患併存患者を対象にしても有効に治療負担を測定できる
  2. 13項目と簡便でありながら、治療の複雑さや心理的・時間的負担を網羅的に捉えている
  3. プライマリ・ケアをはじめとする臨床現場で、介入対象者の特定や支援効果の評価に活用できる可能性がある

治療負担の軽減は、アドヒアランスやアウトカム改善の鍵であり、患者中心のケアにおいても重要な要素である。J-MTBQを活用することで、負担の大きい治療やケアの見直し、個別化された支援の計画につながることが期待できる。

・本研究のLimitationとしては以下が挙げられる。

  1. 疾患や薬剤情報はすべて自己申告であるため、バイアスが存在する可能性がある
  2. 縦断的な変化や介入による治療負担の改善については検討していない

J-MTBQ

①多くの薬剤を服薬する

②いつどのように内服するかを覚えておく

③処方薬、OTC医薬品、器具に関する支払い

④処方薬の回収

⑤病状のセルフモニタリング(例: 血圧, 血糖値, 症状推移など)

⑥医療者とのアポイントメントの確保

⑦様々な医療者にかかること

⑧医療者とのアポイントメントに関する調整をする(例: 仕事を休む, 交通手段を手配する)

⑨夜間や週末の健康管理

⑩地域のサービス(例: 理学療法など)の支援を受けること

⑪病状に関する明確かつ最新の情報の入手

⑫推奨されるライフスタイルへの変更(例: 食事, 運動)

⑬家族や友人の助けを借りること

――――――――――――――――――――――――――――――

<参考文献>

・Aoki, T., Okada, T., Masumoto, S. et al. Development and validation of a Japanese version of the multimorbidity treatment burden questionnaire. Sci Rep 15, 25991 (2025).

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です