オープンダイアローグアプローチ Open dialogue

序論

・精神医学的概念や治療形態の広がりに関与する多様なプロセスを説明する枠組みとして「精神化(psychiatrization)」の概念が提唱されている。

・精神化は、政治的あるいは精神医学的アクターによる「トップダウン」アプローチ、または市民や利用者自身による「ボトムアップ」アプローチによって促進される可能性があり、診断カテゴリの拡大、向精神薬の使用増加、または人生の課題の病理化など、さまざまな否定的な社会的影響を引き起こし得る。

・そのため、精神化のプロセスを抑制または防止することができる精神医学的概念や治療アプローチは特に重要。

・そこでオープンダイアローグ(Open Dialogue; OD)アプローチについて、その特徴がどのようにして精神化を抑制する可能性を持つのかを検討することが目的とされた。

・ODはフィンランドで開発され、その後、各国で実践されている。

・ODでは、支援対象者とその社会的ネットワークが治療計画および治療への関与に積極的に参加し、必要に応じて数年間にわたり、支援が続けられる。ODの中心的な要素はネットワーク会議(network meetings)であり、これによりサービス利用者とその社会的あるいは専門的環境との間で、危機の理解を深め、ネットワークの創造性や資源を活用し、共同で今後の対応方針を決定することが可能となる。

・また、個別の心理療法、薬物療法、看護、ソーシャルワークなどの他の治療要素も必要に応じて統合される。入院が必要な場合でも、同一のチームが支援対象者およびネットワーク全体と引き続き連携する。

・ODは、参加者全員が平等に自己表現できる場を提供し、相互の尊重、自律性、自己決定を強化することを目指している。

・これにより、世界的に求められる精神保健システムの改革に貢献する可能性があると考えられている(Bartlett and Schulze, 2018; WHO, 2021)。

オープンダイアローグの有効性

・オープンダイアローグ(Open Dialogue, OD)は初回精神病エピソードに関する5つのコホート研究で検討されてきた。これらのコホート研究は、ODが精神化を抑制する可能性に関しても有望な結果を示している。

・具体的には、入院日数および再入院率の有意な低下、さらには全コホートにおける再発率の低下が報告されている。また、参加者の84%が仕事や教育に再統合され、初期(28-50%)および介入期間中(11-29%)の抗精神病薬の使用率も非常に低いことが示された。

・個々のコホートを比較した場合でも、より短く軽度の精神病エピソードや残存症状が劇的に減少(最大82%)することが確認されており、精神医療サービスやネットワーク会議の頻度も減少している。

・これらの結果は、従来の精神病治療と異なる、薬物治療に強く依存する治療モデルに比べて、経済的負担の軽減といった大きな利点を示唆している。

・さらに、これらの研究は、精神化を進めるプロセスを抑制または防止する可能性を示している。

・具体的には、以下のような特徴が挙げられる。

  ・抗精神病薬の使用の抑制

  ・精神疾患の発症率の低下

  ・診断カテゴリーの利用の抑制)

  ・全体的な精神医療サービスの利用の減少

・ただし、これらの成果は、フィンランドの参加地域における包括的な構造改革がなければ達成できなかったものである点にも注意が必要。

・ODの精神化抑制効果がどのように発揮されるのか、その具体的な要素やメカニズムについては今後の検討が必要。

Languageの使用

・オープンダイアローグ(Open Dialogue; OD)のネットワーク会議における主要な目標の1つは、参加者間で多声的(polyphonic)な対話を促進することである。

・この対話は、個々の参加者の多様な視点や経験を引き出すことを目的としており、その実現のために特定の言葉の使い方が重視される。

・具体的には、ODの支援は日常的な言葉や非精神医学的な用語に基づいており、診断や分類といった医療的枠組みに基づく言語ではなく、ネットワークの参加者が重要と感じる表現やテーマに耳を傾ける姿勢が求められる。

・このようなアプローチにおいては、診断に基づいた質問をするのではなく、参加者の言葉や物語に注意を払い、それらの中から重要と感じられる表現やテーマを拾い上げ、さらに展開することが求められる(例:発言をそのまま繰り返す、意図的な要約や解釈を避ける)。

長い沈黙を許容し、特定のキーワードに対する好奇心を持つことも一般的。

・こうした過程を通じて、特定の言葉やフレーズは、ネットワーク参加者間のコミュニケーションにおいて中心的な概念となり、今後の支援の計画に役立つ「行動指針」としての役割を果たすことがある。

・このようにして、”曖昧さ(ambiguity)”が積極的に奨励され、多様な意味や心理社会的危機に対する異なる説明モデルが共存し、それがネットワーク参加者間の関係の理解に不可欠であると認識される。

・ODの支援においては、行動や相互作用を診断や分類に基づいて説明するのではなく、それらをストレスフルな人生の状況への適応反応として文脈化して理解することが重視される。

・その結果、参加者間の相互理解が深まり、共に解決策を見つけることが可能となる。

・各参加者が自分自身の視点を持ち、独自の言葉や概念を見つけるプロセスが支援されるのである。

・この文脈では、精神医学的または心理学的な説明は、必要に応じて提供されることもあるが、それはあくまで多数の選択肢の1つにすぎず、専門家の考えも仮説的なものとして慎重に提示される。

・精神医学的な言葉の解釈に対する主導権を破ることは、ODの精神化抑制効果において重要な要素であると考えられる。

・ODの実践では、標準化された治療法や特定の診断に基づく説明を避け、ネットワーク自体が自身の生活状況に基づいた理解や解決策を見つけることが重視される。

・これは長期的には、ネットワーク内で使用される言葉が日常生活に根ざしたものとなり、それが結果として精神化を抑制する効果をもたらす可能性がある。

・さらに、ODは多様な現実に適応した言語の多様性を育むことにより、自己エンパワーメントの機会を提供することも目指している。この点については、最近の研究においても支持されている。

意味創出のプロセス

・オープンダイアローグ(Open Dialogue, OD)は、1960年代から1980年代にかけてフィンランドのトゥルクで開発された「ニーズ適応型治療(Need-Adapted Treatment)」から進化したアプローチである。

・この治療モデルは、フィンランドの国民的統合失調症プロジェクトの一環として、初回精神病患者に対する包括的な治療方法として開発され、家族療法、ネットワーク療法、精神分析的概念に基づいて構築された。

・この背景には、精神病的なエピソードを「病的なもの」として捉えるのではなく、困難な人生の出来事に対する「自然な」反応として理解するという考え方がある。

・危機は個人の人生の文脈において常に意味のあるものとして捉えられ、注意深く耳を傾け、慎重に質問することでその意味が明らかになると考えられている。

・ネットワーク会議の中で、チームは各参加者の反応が持つ意味を探ることに重点を置く。

・これにより、ある行動や反応が単に「間違っている」や「異常である」と解釈されるのではなく、それがどのような背景で起こり得たのかが理解されることを目指す。

・これは、ネットワークの参加者が共に新たな意味を見出す過程であり、特定のキーワードを見つけ、それについて対話を重ねることが重要とされる。

・このような単語やフレーズは、危機の理解を深め、新たな行動や考え方を促す契機となる。

・ODの実践において、ネットワーク会議は「外的多声性(horizontal polyphony)」「内的多声性(vertical polyphony)」の2つの異なる方法で意味を共有する場として機能する。

・外的多声性は、ネットワークのメンバーそれぞれが自らの視点を表明し、それが互いに認められ、共鳴する場を提供するものである。

・一方、内的多声性は、ネットワークの参加者や実践者が自身の内面的な声に注意を払い、それを共有することを指す。

・このような多声的な対話により、ODは専門家と非専門家の両方の視点が尊重され、精神化の抑制に寄与する可能性がある。

・また、ネットワークの参加者が危機を生物学的または医学的な問題として理解しようとする場合もある。

・そのような場合、対話的な関わりの中で異なる説明や意味形成の試みが行われることがある。

・これに対する失望や困惑が生じることもあるが、これはODが既存の精神医学的枠組みに対する再検討の機会を提供する一例と言える。

プロフェッショナリズムの概念

・オープンダイアローグ(Open Dialogue, OD)における非精神医学的な言語の使用、対話の促進、およびその関連する態度は、実践者の専門性に対して大きな影響を与える。

・これは特に精神科医にとって重要な課題であり、ネットワーク会議の良好な実施に必要な専門知識や能力がどのようなものであるべきかについて、ODコミュニティ内でも議論が続いている。

・ODの実践において、中心的な専門性は精神保健専門家からの一方向的な知識の伝達ではなく、対話の促進と視点の平等な交換にある。

・治療の指示や問題の定義は、精神保健の専門家から一方的に提示されるものではなく、ネットワーク会議の参加者間の対話の中から生まれるべきものであるとされている。

・ネットワークのメンバーは、支援の内容や焦点、頻度を決定する自由を持ち、必要であれば支援を拒否することもできる。

・一方で、専門家はこれらの決定に対して助言を提供することはあるが、彼らの主な役割は対話的プロセスを円滑に進めることにある。

・治療プロセス全体にわたってネットワークのニーズに対応できる柔軟性と連続性を提供することが重要。

・さらに、ネットワーク会議において、実践者は個人的および専門的な経験を共有することが求められるが、その知識はあくまで選択肢の1つとして提供され、絶対的なものとして押し付けられるべきではない。

・この点で、ODにおける専門家の役割は、従来の「専門家による知識の提供者」から、対話を通じた相互理解の促進者へと再定義される必要がある

・また、ODの実践者は「無知の立場(not-knowing position)」を取ることが推奨されており、これはネットワークの各メンバーが独自の視点や理解を持っていることを前提としている。

・ある状況に対する個々の経験や理解は必ずしも理解が容易でなく、それを十分に理解するには対話を通じた探索が必要。

・特に危機の状況においては、迅速な解決や結論を求めることは避けるべきであり、ネットワークの参加者が新たな視点や説明を発見できるような場を提供することが求められる。

・このようなアプローチにおいては、透明で開かれたコミュニケーションが重要であり、実践者が自らの考えや感情をネットワークに対して開示することが求められる。

・トラウマや無力感といった経験が心理社会的危機の背景にある場合、実践者の透明性は安心感や安全感を醸成する効果がある。

・ODの実践者は、単に「上からの立場」で危機に対応するのではなく、その危機の中心に立ち、ネットワークの一員として対話に参加することが求められる。

・このように、ODにおける専門性は、従来の精神医学的な専門性とは異なり、ネットワークのメンバーが自らの状況を理解し、解決する力を持つことを支援する役割にシフトしている。

・これにより、ODは精神化の抑制に貢献する可能性がある。

・専門家は、単なる知識の提供者ではなく、対話のファシリテーターとして、ネットワークの中で新たな意味や理解が生まれることを支援する役割を果たす。

ダイアローグ(対話)の促進

・オープンダイアローグ(Open Dialogue, OD)の中心には、ネットワーク会議における対話の促進があり、その目的は個々の視点や感情を共有することにある。

・これは従来の精神医学的なアプローチとは異なり、単なる問題解決や症状の管理にとどまらず、共に意味を見出すプロセスとして位置付けられる。

・ネットワーク会議における対話は、参加者間の信頼と共感を育むことを目指し、長期的な心理的支援の基盤を形成するものである。

<①対話的態度の基本要素>

・ODにおける対話の促進には、以下のような基本的な態度が求められる。

  ・積極的な傾聴

  ・判断を保留する姿勢

  ・相手の言葉に対する感謝と尊重

  ・個々の経験や感情に対する真摯な関心

  ・異なる視点の共存を許容する態度

・これらの態度は、ネットワークのメンバーが安心して自己表現できる環境を作り出し、対話の質を向上させるために不可欠。

・特に、複雑な心理社会的危機においては、単一の解決策や正解を求めるのではなく、多様な意味や解釈が共存することが重要とされる

<②身体的および感情的な存在>

・ODの対話は、単に言葉のやり取りにとどまらず、身体的および感情的な存在感も重要な要素として含まれる。

・実践者は、自らの感情や身体反応にも注意を払い、それをネットワーク内で共有することが推奨される。

・これは、単に言葉を交わすだけでなく、互いの存在そのものが対話の一部となることを意味する。

<③沈黙と間の重要性>

・対話においては、沈黙や間(pauses)の重要性も強調される。

・これらの間は、感情の統合や新たな視点の発見を可能にし、複雑な問題に対する深い理解を促す。

・沈黙が恐怖や不安を引き起こすこともあるが、それはまた、新たな洞察や気づきを生む契機ともなり得る。

<④言葉の選択と対話のリズム>

言葉の選択対話のリズムも、ネットワーク会議における対話の質に大きく影響する。

・短いフレーズや質問は、対話を活性化させる一方で、長い説明や専門用語は参加者の不安を高める可能性がある。

・したがって、シンプルで明確な言葉遣いが推奨される。

<⑤笑いやユーモア>

・対話の中で笑いやユーモアが持つ役割も重要。

・これらは緊張を和らげ、ネットワーク内の関係を強化する効果がある。

・ただし、ユーモアは慎重に扱うべきであり、誰かを傷つけたり、問題を軽視するような形で使用されてはならない。

・適切に用いることで、対話に新たなエネルギーをもたらし、関係の深化を促すことができる。

<⑥フィードバックと自己省察>

・ODにおいては、実践者が自らの言葉や態度に対するフィードバックを受け入れ、自己省察を続けることも重要。

・これは対話の質を向上させ、長期的な信頼関係を築くための重要な要素である。

・ネットワーク内での相互のフィードバックは、関係性の強化と心理的安全性の確保に寄与する。

文化的感受性(Cultural sensitivity)

・オープンダイアローグ(Open Dialogue, OD)の実践は、多様な文化的背景を持つ個人や家族に対しても適用可能であり、その際には特別な配慮が求められる。

・文化的感受性は、ネットワーク会議の質を高め、参加者が自分自身の視点や価値観を尊重されていると感じるための重要な要素である。

・異なる文化的背景を持つ参加者が集まる状況では、特に以下の点に留意することが求められる。


<①言語と翻訳の課題>

・異なる言語や方言を話す参加者がいる場合、正確な意思疎通が困難になることがある。

・単なる言葉の翻訳にとどまらず、文化的背景や価値観を反映した意味の理解が重要。

・通訳者の役割は単に言語を変換することではなく、文化的なニュアンスや背景を適切に反映することが求められる。

・これは、異なる文化的コードや価値観が対話に影響を与える可能性があるためであり、通訳者自身もネットワークの一員として認識されることが重要。

<②文化的価値と精神健康>

・文化によっては、精神健康に対する理解や態度が大きく異なる場合がある。

・たとえば、一部の文化では精神疾患に対するスティグマが強く、症状を隠す傾向がある一方で、他の文化では精神的な問題が家族やコミュニティ全体の問題として捉えられることがある。

・ODの実践者は、これらの文化的な違いを理解し、尊重する態度が求められる。

<③宗教的および精神的な信念>

・宗教や精神的な信念も、精神的な健康に大きな影響を与える要因である。

・特に、危機的状況においては、信仰や精神的な実践が重要な心理的支えとなる場合がある。

・ODにおけるネットワーク会議では、参加者の宗教的信念やスピリチュアルな価値観を尊重し、それらが対話のプロセスにどのように影響を与えるかについて理解することが必要。

<④家族構造とジェンダーの考慮>

・異なる文化においては、家族構造やジェンダーの役割に対する期待も大きく異なる。

・たとえば、一部の文化では家族が強い支援システムとして機能する一方で、他の文化では個人の自立が強く求められることがある。

・これに伴い、ネットワーク会議における意思決定やコミュニケーションのスタイルも異なる場合がある。

・ジェンダーに関する固定観念や役割分担が、対話にどのような影響を与えるかについても注意が必要。

<⑤文化的トラウマと歴史的背景>

・一部の文化やコミュニティは、歴史的なトラウマや差別、抑圧の経験を持つ場合がある。

・これらの経験がネットワーク会議にどのような影響を与えるかを理解することは、効果的な対話を促進するために不可欠。

・たとえば、先住民コミュニティや難民、移民の家族は、これらの経験が個人および集団の精神健康に与える影響を強く意識している場合がある。

<⑥多様な文化的視点を取り入れる>

・ODの実践者は、異なる文化的視点や価値観を取り入れ、それを尊重する態度が求められる。

・これは単に異文化を受け入れるだけでなく、それらの視点が対話の質や成果にどのように影響するかを理解することが重要。

・これにより、ネットワーク全体がより包括的で協力的な関係を築くことが可能となる。

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<参考文献>

・von Peter S, Bergstrøm T, Nenoff-Herchenbach I, Hopfenbeck MS, Pocobello R, Aderhold V, Alvarez-Monjaras M, Seikkula J, Heumann K. Dialogue as a Response to the Psychiatrization of Society? Potentials of the Open Dialogue Approach. Front Sociol. 2021 Dec 22;6:806437. doi: 10.3389/fsoc.2021.806437. PMID: 35004940; PMCID: PMC8727686.

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