日本の地方病院におけるACSC(ambulatory care-sensitive conditions):プライマリ・ケアにおける介入によって重症化による入院を回避できる可能性のある疾患
はじめに
・ambulatory care sensitive conditions(ACSCs)とは、プライマリ・ケアにおける介入によって重症化による入院を回避できる可能性のある疾患である。
・ACSCによる緊急入院はプライマリ・ケアの質を評価する主要な指標であり、イギリスやオーストラリア・ビクトリア州などいくつかの国では全国的に用いられている。
・医療システムは複雑であり、入院の原因となるすべての要素がプライマリ・ケア提供者の直接的な管理下にあるわけではないのも事実である。これらの要素の中にはプライマリ・ケアの質とはほとんど関係のないもの(例:文化的背景、患者の年齢)もあり、ACSC指標の限界ともなり得る。
・一方で、プライマリ・ケアへのアクセスに関わる要素(例:社会経済的状況、地理的要因)も含まれる。最近の研究では、プライマリ・ケアへのアクセスの改善が慢性ACSC、特に喘息や高血圧による入院の減少と関連していることが示されている。また、プライマリ・ケアの継続性が高いほどACSCによる入院が減少することも示されている。
・いずれにしても、ACSCはプライマリ・ケア研究における注目のテーマの一つであり、多くの論文がこのトピックに関連して発表されている。しかし、日本においてはACSCに関する報告はまだ少なく、報告があるものも特別な状況(地震の影響など)や、離島における少数の入院症例(38件)、あるいは症例報告に限られている。
・何事も測定には基準が必要である。本研究は、日本の典型的な地方病院におけるACSCの現状について、今後のプライマリ・ケアの質を議論するための出発点となるデータを提供することを目的としている。
Method
・本研究は、後ろ向き診療録レビューによる観察研究であり、他のデータベースは使用していない。
・研究は船橋二和病院(Funabashi Futawa Hospital: FFH)でなされた。千葉県船橋市にある急性期病院(299床)である。成人と小児の両方を対象とする救急・重症医療機関であり、2015年時点で船橋市の人口は約62万人である。
・2014年4月から2015年3月までにFFHに入院したすべての患者の入院記録を手作業でレビューして分析を行った。
・主要アウトカムの指標は、Bardsleyらによって定義された3つのACSCカテゴリー(急性型、慢性型、ワクチン予防可能型、計22疾患)が全入院に占める割合である。
・副次的アウトカム指標は、年齢、性別、入院の種類(救急または計画入院)、入院理由(主診断)である。
・調査期間中に複数回入院した患者は、各入院を個別の入院としてカウントした。救急入院が全入院に占める割合、および救急入院における各ACSC入院の割合を算出した。さらに、すべてのACSC入院を年齢別に3群(0-19歳、20-69歳、70歳以上)に分類し、それぞれのACSC入院の割合も算出した。全ての入院記録に自由にアクセスでき、不足データはなかった。
Results
・合計5380件の入院記録をレビューした。
・救急入院は3275件(全入院の61%)であった。ACSCによる救急入院は946件(救急入院全体の28.9%)であった。
・年齢群別では0~4歳の小児の救急入院が最も多く、542件(全体の16.5%)であった。20~44歳の女性では552件の救急入院があり、そのうち428件は妊娠・出産に関連していた。70歳以上の救急入院は1372件(全体の41.9%)であった。
・急性型ACSCで最も多かったのは尿路感染症であり、138件(救急入院全体の4.2%)であった。
・慢性型ACSCでは喘息が最多であり、139件(4.2%)であった。
・ワクチン予防可能型ACSCでは肺炎が最多であり、99件(3.0%)であった。
・他に目立った原因としては、急性型ACSCでは胃腸炎94件(2.9%、急性型ACSC第2位)、慢性型ACSCではうっ血性心不全121件(3.7%、慢性型ACSC第2位)、けいれん・てんかん79件(2.4%、慢性型ACSC第3位)があった。
・年齢別にACSCによる入院をみると、70歳以上が最多で409件(救急入院全体の12.5%、ACSC入院全体の43.2%)であった。次いで0~19歳が342件(10.4%、36.1%)、20~69歳が195件(5.9%、20.6%)であった。
Discussion
・要約すると、救急入院は全入院の61%を占めた。年齢群では0~4歳児の救急入院が最も多かった。ACSCによる救急入院は救急入院全体の28.9%であった。急性型ACSCでは尿路感染症が最も多く、慢性型ACSCでは喘息が最多、ワクチン予防可能型ACSCでは肺炎が最多であった。
・20~44歳女性の救急入院の大部分は妊娠・出産に関連しており、これが同年代の男性より女性の入院率が高かった理由と考えられる。
・Leonieらの先行研究では、ACSCによる入院のうち73%は実際には予防可能であると推定されている。FFHの病院経営データによれば、1回の入院あたりの平均医療費は60万6000円である。したがって、ACSCによる予防可能な入院の年間総コストは4億1800万円となる。
・本研究の強みは以下の4点である。
①日本において各ACSCカテゴリーおよび診断を詳細に分類した初めてかつ最大規模の研究である。症例数がより多い2つの先行研究は存在するが、詳細な診断内訳は示されていない。また、詳細な内訳を示した研究は1つあるが、ACSC入院がわずか38件である。
②日本において全入院および救急入院に占めるACSCの割合を示した初の研究である。これまでの3つの研究はいずれもこのような割合を報告していない。
③日本で20歳未満を含む年齢層を対象とした初の研究である。先行研究2件は20歳以上を、1件は65歳以上のみを対象としている。
④BardsleyのACSC定義を使用した唯一の日本の研究である。Bardsleyのリストはビクトリア州保健局によるリストをもとに開発され、さらに13の既存定義を統合・修正し、各国間で比較可能なACSC定義としたものである。BardsleyのリストはWHOヨーロッパでも評価に用いられており、カザフスタン、ラトビア、モルドバなどの国別評価にも使用されている。
・一方、本研究には以下の3つのLimitationがある。第一に、単一施設のデータのみを扱っている点である。ただし、FFHは地域で唯一の小児救急・重症医療機関の1つであり、地域特性をよく反映している可能性がある。第二に、1年間の分析であり、経年変化は示せていない点である。第三に、地域人口の特性を補正していないため、地域間比較の際には注意が必要である。
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<参考文献>
・Shinotsuka M, Matsumura S, Okada T. Emergency admissions of ambulatory care sensitive conditions at a Japanese local hospital: An observational study. J Gen Fam Med. 2020 Jun 25;21(6):235-241. doi: 10.1002/jgf2.352. PMID: 33304717; PMCID: PMC7689229.