上腸間膜動脈症候群(SMA syndrome)

はじめに

・上腸間膜動脈症候群(SMA症候群)は、SMAと大動脈との間における外因性圧迫によって十二指腸が閉塞するという稀な原因である。

・本疾患は、1842年にvon Rokitanskyが自身の教科書内で症例提示とともに初めて記載した。その後、Wilkieが1927年に自身の75症例をもとに病理学的および診断学的所見を詳細に報告し、本疾患は「Wilkie症候群」とも呼ばれるようになった。他にも、「cast症候群」、「大動脈-腸間膜コンパス症候群(aorto-mesenteric compass syndrome)」、「腸間膜性十二指腸閉塞」などの名称も報告されている。

・初期の保存的治療がしばしば無効であり、そのような場合には外科的手術も検討される。

疫学と病因

・SMA症候群は、若年女性で好発する。

・ある報告によると、発症年齢の中央値は23歳であるが、実際にはあらゆる年齢層で発症しうる。また、高齢患者の報告数も増加傾向にある。

・発症年齢は、基礎疾患(たとえば小児期の先天性側弯症や化学療法による体重減少)に関連している可能性がある。

・SMA症候群の一般集団における発症率は0.013%〜0.78%と推定されている。ただし、報告によって大きく異なるため、あくまで参考程度である。

側弯症はリスク因子の一つと考えられている。

機能性ディスペプシア(FD)患者における発症率は10.8%と一般集団に比べてかなり高く、これは臨床現場での見落としが影響している可能性がある。

病態生理

・SMA症候群では、上腸間膜動脈と大動脈との間の角度(SMA-Ao angle)が減少することによって、十二指腸水平脚が圧迫される。この角度の減少は、先天性の場合もあれば後天的な場合もある。

・SMA症候群の主な原因は体重減少であり、それに伴ってSMAと大動脈の間にある腸間膜脂肪組織が失われることにより、血管間の角度が狭くなる。

・体重減少の要因には、摂食障害や吸収不良性疾患などの食事関連の状態、高代謝状態(薬物使用や熱傷)、悪液質を伴う疾患(結核や悪性腫瘍)などが含まれる。

・特に重症の外傷や熱傷では、仰臥位での長期臥床が十二指腸圧迫のリスクを高める。

・また、側弯症の治療(手術など)および側弯症そのものもよく知られた原因である。脊柱側弯症手術において脊柱が延伸されることが、SMA-Ao角の狭小化の原因となると考えられている。

腸管手術(大腸切除など)腸間膜の牽引により角度を減少させることがあり、それによりSMA症候群を発症することがある。

・小児においては、Treitz靱帯の先天的短縮や肥厚が主な原因となる。

臨床症状

・SMA症候群の患者はときに非特異的な症状を呈する。具体的には、悪心、嘔吐、心窩部痛、早期満腹感、食後の不快感、腹部膨満(鼓腸)、および体重減少などであり、これらは神経性食欲不振症(anorexia nervosa)や機能性ディスペプシア(functional dyspepsia)と類似した病像を呈し得る。

・心窩部痛や心窩部不快感は、仰臥位で悪化し、側臥位では軽減される傾向がある(特に胸膝位で改善する)。これは、これらの姿勢により小腸の腸間膜にかかる張力が軽減されるためである。

・特に急性期には、十二指腸の閉塞が高度なため、激しい症状や生命を脅かす胃の拡張を呈することがある。一方、慢性期には、繰り返す悪心と嘔吐により摂食量が不十分となり、著しい体重減少が進行し、それによりさらに症状が助長される。

合併症と併存疾患

・SMA症候群では、さまざまな合併症が報告されている。

・特に、診断されないまま重症化した症例では、若年者であっても循環血液量減少性ショック、誤嚥性肺炎などといった合併症に至ることがある。

・突然死をきたすこともある。突然死の正確なメカニズムは不明であるが、既報の症例や剖検例に基づいていくつかの仮説が提示されている。たとえば、重度の低カリウム血症による不整脈、拡張した十二指腸による下大静脈の強い圧迫、代謝性アルカローシスと腹腔内圧上昇による呼吸抑制などである。

・したがって、重症例では電解質異常と循環血液量を迅速に是正し、腸管内圧を早期に軽減することが求められる。

・最も頻度が高い合併症は、胃酸および胆汁の逆流や貯留によって引き起こされる消化管障害である。SMA症候群患者において、消化管粘膜障害の発生率は25%〜59%と報告されている。これらの障害が不十分に治療されるか慢性化した場合、気腫、壊死、門脈内ガス、腹膜気腫などに進行することがある。

・また、十二指腸下行部(2nd portion)での内圧上昇は膵液の流れを妨げ、膵酵素の上昇や急性膵炎を引き起こすことがある。なお、嘔吐により唾液腺由来のアミラーゼが上昇することもあるため、膵由来のアミラーゼアイソザイムやリパーゼの測定が膵疾患の鑑別に有用である。

・嘔吐はさらに、誤嚥性肺炎、脱水、電解質異常、重度の栄養障害を引き起こす。

・加えて、SMA症候群は他の血管圧迫性疾患と併存することがある。なかでも、「ナッツクラッカー現象(Nutcracker phenomenon)」は、解剖学的にSMAの近傍にある左腎静脈が大動脈とSMAの間で圧迫されることで発症し、SMA症候群と類似の症状を呈するため、みられやすい併存疾患である。

診断

・SMA症候群は症状が非特異的であるため、臨床現場では見逃されることがある。

・診断は臨床症状に加えて、画像検査で十二指腸狭窄を示す所見によって確定される。

・近年では、バリウム検査に加えて、CT撮像、腹部エコー、内視鏡検査などもSMA症候群の診断に利用されている。

・診断の標準的な方法はCT撮像である。これは、SMA症候群の診断に加えて、SMAと大動脈との角度および距離の計測、さらには合併症(胃壊死、門脈ガス、急性膵炎など)の検出にも有用である。

正常なSMA-Ao角度は38〜65度、距離は10〜33mmとされる。

・Unalらの報告では、SMA-Ao角度が22度未満、距離が8mm未満をカットオフ値としていて、感度42.8%、特異度100%と報告されている。

・腹部超音波検査は、簡便で迅速、非侵襲的なツールとして診断に有用である。近年の画質向上により、十二指腸とSMA-Ao角度を明瞭に描出できるようになっている。

・内視鏡検査は、粘膜障害、出血などの消化管合併症を検出できる。また、十二指腸水平部における外因性圧迫(SMAによる)を直接観察可能である。

・血液検査はSMA症候群そのものに関しては診断的価値をもたないが、電解質異常や膵胆道系異常の評価に必要である。

摂食障害、機能性ディスペプシア、消化性潰瘍などの患者では、SMA症候群と類似の非特異的症状を呈する。また、十二指腸を巻き込む他の疾患も多数存在し、CTや腹部USなどで鑑別する必要がある。

治療

・初期治療としては通常、保存的加療が選択される。

・これは、姿勢の変更や経鼻胃管による吸引を通じて拡張した胃および十二指腸を減圧することである。具体的には、患者を左側臥位または座位にすることが有効とされている。ただし、近年の研究により、SMAの位置や可動性には個人差があることが示されており、最適な体位は患者ごとに異なる可能性がある。

胃管吸引に加えて、メトクロプラミドの投与は消化管運動を促進し、減圧に寄与するかもしれない。

・減圧後には、SMAと大動脈の間に脂肪組織を再生させるための体重増加が治療目標となる。経鼻胃管による経腸栄養は有効であるが、より適しているのは空腸チューブである。腸管栄養が困難な場合には、中心静脈栄養(TPN)も初期の栄養療法として有効である。

・これらの栄養管理により、SMA起始部の角度を広げるための脂肪組織の回復が期待される。

・しかし、保存的治療が失敗する場合には、特に以下のような背景を持つ高齢患者では外科的治療が推奨される:複数回の腹部手術歴、長期臥床、長期にわたるSMA症候群の既往、SMAの動脈硬化など。

・患者の状態が悪化して合併症を来す前に、早期に手術移行を検討すべきである。

・手術への切り替えの最適なタイミングは明確ではないが、Shinらは、保存的治療を少なくとも6週間行うことを推奨している。

・現在のところ、保存的治療と外科治療を比較した無作為化試験は存在しない。

・Leeらが報告した80例の大規模コホートでは、保存的治療の全体的な成功率は71.3%、再発率は15.8%であった。外科的治療を要したのは18.7%(15/80例)であり、他の近年の報告でも同様の傾向(11.5%〜22.2%)が示されている。

・外科的治療には複数の術式が存在するが、ここでは割愛する。

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<参考文献>

・Oka A, Awoniyi M, Hasegawa N, Yoshida Y, Tobita H, Ishimura N, Ishihara S. Superior mesenteric artery syndrome: Diagnosis and management. World J Clin Cases. 2023 May 26;11(15):3369-3384. doi: 10.12998/wjcc.v11.i15.3369. PMID: 37383896; PMCID: PMC10294176.

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