医学教育における"固定された規範"と"関係応答性"との構築

はじめに

・今日の複雑な世界において、一人前の医師を育てるためには、どのような訓練が必要なのだろうか?

・この問いに答えることは、ますます難しくなってきている。ミレニアル世代やZ世代の学習者はしばしば、効率的に専門性を身につける道を求め、スピード、熟達、自立を重視する成功観を内面化することがある。

・競争的で階層的な医学の環境では、学習者は将来の医師としての自立性を証明するため、同僚に打ち勝つことを目指すかもしれない。

・医学教育は主に、観察可能な行動と自己主導型学習を重視する能力基盤型アプローチや、Entrustable Professional Activities(EPAs:信頼に足るプロフェッショナルな活動)などの枠組みによって対応してきた。

専門職アイデンティティ形成(PIF; professional identity formation)はしばしば、自立に向かう直線的な進行として概念化されている。

・しかし、自立性を「独立」と「達成」に根ざしたものとして捉えるこのような枠組みは、完璧主義的傾向を助長し、燃え尽き(burnout)、自己不信、感情的消耗といった事態を引き起こす要因となり得る。

・さらに言えば、この直線的モデルは、専門的成長を説明する唯一の正当な方法ではない。

・現代の臨床実践が抱える不確実性、複雑性、曖昧さは、アイデンティティ形成が適応的で予測不能なものであることを強調している。

・多くの文化、特にアジアの文化において、自己性(selfhood)は独立によって定義されるのではなく、関係性の中で立ち現れる。

・これは、MarkusとKitayamaによる「独立的自己観(independent construals of the self)」「相互依存的自己観(interdependent construals of the self)」の区別と共鳴しており、自律性が「分離」ではなく「応答性(responsiveness)」を通じて文化的に実現される可能性を示している。

・したがって、自律性とは自立して行動することではなく、相互責任のネットワークの中で内面化された統合性をもって行動することである。

・私たちは、専門職アイデンティティ形成を考える際、自律性を「独立性(independence)」と「関係応答性(relational responsiveness)」という2つの視点で捉え直す必要があると主張する。

・両者の統合と融合には程度の差はあるが、「構造化された規範(structured standards)」「関係的学習(relational learning)」を通じた相互作用によって、その接点が現れる。

・このような統合は、より関係的で、適応的で、文化的に包摂的な専門職アイデンティティ形成のモデルを育む可能性がある。

Fixed norm(固定された規範)とRelational responsiveness(関係応答性)

<「固定された規範(fixed norms)」を通じた形成>

外的な基準と明確な目標に基づいている

・自己は評価基準を満たすように形成される

・学習経験は特定の基準に向けて計画・構成される傾向がある

・他者は比較や競争のためのベンチマークである

<関係応答性(relational responsiveness)を通じた形成>

・共有された経験と対話から生まれる

・自己は流動的で、共同的に構築される

・学習経験は偶然性と特異性を通じて形成される

・他者は評価者ではなく対話のパートナーである

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「固定された規範」は、多くの医学校のカリキュラムにおいて依然として支配的である。

・学生たちは理想化された役割――「私はリーダータイプではない」とか「私は外科に向いている」といった――を内面化し、それに応じて自己を分類する傾向がある。

・この傾向は、キャリア展望を狭め、固定化されたアイデンティティ・スキーマを強化するリスクを孕んでいる。

・一方、「関係応答性」は、対話に富んだ学習環境――少人数のグループディスカッション、縦断的なメンターシップ、実際の患者ケアなど――を必要とする。こうした環境は、学習者が比較ではなく相互依存を通じて専門職としてのアイデンティティを形成するのを助ける。

・「関係応答性」において、「他者」は通常、人間の対話相手――同僚、他の専門職者、患者、メンター――として捉えられる。

・しかしながら、自然やテクノロジーといった非人間的な主体との関係もまた、専門職アイデンティティを形成し得る。

・たとえば、医師は、農村地域の生活のリズムや関係性のパターン、あるいは診断支援を提供するAIツールの影響を受ける可能性がある。

・専門職形成における非人間的「他者」を考慮する際、テクノロジーは単なる効率のための道具ではなく、関係性の経験を再構成しうる媒体である。

・Polsが遠隔医療の分析で述べたように、テクノロジーは「新しい形での共にあること(a new way of being together)」を提供し、異質でありながら意味ある応答性の形態を可能にする。この観点からすれば、AIやその他の新たなツールは、距離や抽象性を超えて関係性の実践を維持する助けとなりうる。

両者の統合(integration of both modes)

・この両モードの統合は、初期研修以後の段階や生涯を通じた専門職としての発達(継続的専門職能力開発)において、ますます重要性を増す。

・キャリア初期の医師たちは、アイデンティティの混乱と成長のあいだで揺れ動くことが多く、その過程は、失敗の認識、メンタリングの経験、チームでの協働など、感情的に意味のある出来事によって形成される。

・また、上級医師もまた、変化し続ける役割や社会的期待に適応し続けなければならず、一度確立された専門職アイデンティティを見直し、再構成することが求められる。

・しかし、人間的または非人間的な関係性の文脈に完全に溶け込み、内的基準を持たないままでいると、ひとつのリスクが生じる。すなわち、首尾一貫感覚の喪失(the erosion of a coherent sense of self) である。そのような場合、アイデンティティは過度に拡散し、意思決定が不安定になる可能性がある。

・逆説的に言えば、「関係応答性」が過剰に拡張され、「固定された規範」によって裏打ちされていない場合、それは成熟ではなく、むしろ明確さ、判断力、説明責任の喪失へとつながりかねない――そして、結果として不適切な実践や、極端には「似非医学(quackery)」とみなされる行動に至るおそれがある。

・したがって、教育者は、学習者が「開かれていること(openness)」と「地に足のついたこと(groundedness)」、そして「応答性(responsiveness)」と「内在化された専門職基準(internalized professional standards)」とのあいだのバランスを育む能力を涵養できるよう支援しなければならない。

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<参考文献>

・Haruta, J., Miyachi, J., Kato, K., Kuwabara, T., Imae, A., & Sase, Y. (2025). Integrating fixed norms and relational responsiveness in medical education: Redefining autonomy. Medical Teacher, 1–3. https://doi.org/10.1080/0142159X.2025.2533406

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