Case report:急性経過の複視、めまい、上向き眼振を呈した小児のケース
ケース(一部割愛)
・喘息の既往歴を有する12歳女児が急性発症の複視、めまい、上向き眼振を訴えて受診した。彼女は、複視を「画像が左右に重なる」と表現した。片眼を閉じると複視は消失し、左方視で複視が悪化することを訴えた。めまいは主観的なもので、「目がぐるぐる回るようだ」と表現した。頭痛、眼球運動時の痛み、筋力低下、排便・排尿障害は否定した。発症前に病気や外傷はなかった。
・診察では、正面視において右眼の外斜視(exotropia)と上斜視(hypertropia)がみられた。左方共同注視時には右眼の内転障害があり、左眼の外転性眼振がみられた。右方共同注視では内転障害は認められなかった。右方共同注視および下方視では、微細な回旋性眼振が観察された。正面視では著明な左右対称性の上向き眼振(upbeat nystagmus)があり、上方視でさらに増強した。右眼の輻輳(convergence)も障害されていた。矯正視力は正常だった。それ以外の神経学的診察は正常だった。本症例の限界として、プリズムを用いて眼位の偏位を定量的に評価しなかった点がある。
局在診断はどうか/輻輳障害の臨床的意義は何か
・左方共同注視時にみられた右眼の内転障害と左眼の外転性眼振は、右側の核間性眼筋麻痺(internuclear ophthalmoplegia:INO)に一致する。
・通常、右側の内側縦束(medial longitudinal fasciculus:MLF)病変を示唆する。
・また、右眼の一貫した上斜視(斜偏視:skew deviation)と回旋性眼振は、眼傾斜反応(ocular tilt reaction:OTR)の構成要素であり、これらも右MLF障害で説明がつけられる。本症例の限界として、眼底検査で眼の回旋(cyclotorsion)を確認しなかった点がある。
・INOの患者では、輻輳が保たれる場合もあれば障害される場合もある。一般に、INOがあり、かつ輻輳が保たれている場合(Cogan posterior INO)はMLFのより尾側の病変を、輻輳が障害されている場合(Cogan anterior INO)はより頭側の病変の存在を示唆する。
・したがって、この病変は右側の中脳・橋背側部、具体的には中脳頭側〜橋尾側に存在する可能性が高い。輻輳障害がより頭側の病変を示唆している。
上向き眼振の臨床的意義はなにか
・正面視でみられる上向き眼振は、下向きの遅い相と上向きの速い相から構成される。
・この眼振は上方視で最も増強し、側方視ではあまり変化しない。
・下向き眼振と異なり、上向き眼振の局在はやや不明確とされている。多くの場合、上向き眼振は延髄尾側に局在するが、より頭側の脳幹病変でも報告がある。
・これまでの所見から、右MLFの障害によるINOと斜偏視は、右側頭側脳幹病変を示唆する。さらに、上向き眼振の存在は、病変が右側の橋上部〜中脳尾側接合部、背内側領域に存在することを支持する。
鑑別診断はなにか
・成人におけるINOの原因の多くは、脳幹虚血や多発性硬化症などの脱髄性疾患である。
・小児のINOは比較的記載が少なく、報告されている原因としては、脳幹腫瘍(神経膠腫、髄芽腫など)、外傷、出血がある。小児では虚血性脳卒中は稀だが、鎌状赤血球症、ループス、ファブリー病などではINOが報告されている。
・成人・小児を問わず、両側性の亜急性発症INOは、脱髄性疾患に最もよく関連している
・本患者の頭部MRIでは、右側の中脳内側〜橋接合部背側に小さな拡散制限領域が認められた。脱髄性疾患を示唆するその他の病変はなかった。
・頭蓋内外の血管画像検査で異常は認められず、凝固異常の検査も陰性だった。心エコーでは卵円孔開存(PFO)が認められた。アスピリン81mg/日が開始され、PFO閉鎖術が計画された。8週間後のフォローアップで症状は完全に消失した。
考察
・斜偏視はINOにしばしば合併し、垂直方向の眼位のズレの主たる原因となる。斜偏視はOTRの一部であり、耳石系からの信号がVOR(前庭眼反射)を経てMLFを通り、動眼・滑車神経核へ伝わる経路の障害による。
・MLFの頭側病変では患側眼が上方偏位する。
・したがって、INOと斜偏視が同時にある場合、多くは内転障害側の眼が健側眼より高い位置にある。
・INOの患者では、輻輳障害がある場合とない場合がある。輻輳が保たれる場合はMLF尾側病変、輻輳障害がある場合はMLF頭側または動眼神経核内の内直筋亜核や背側中脳の輻輳中枢の障害が考えられる。
・INO患者では多様な垂直性あるいは回旋性眼振が報告されており、ほとんどがOTRの要素を伴う。
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<参考文献>
・Chenji G, Figgie MP, Rondinelli M, Ticku H, Fotedar N. Clinical Reasoning: A 12-Year-Old Girl With Acute-Onset Diplopia, Dizziness, and Upbeat Nystagmus. Neurology. 2023 Feb 7;100(6):301-306. doi: 10.1212/WNL.0000000000201534. Epub 2022 Nov 8. PMID: 36347627; PMCID: PMC9946182.