ツツガムシ病
疾患分布
・ツツガムシ病はオリエンティア・ツツガムシ(Orientia tsutsugamushi)によるリケッチア感染症(zoonotic rickettsial illness)であり、北は日本やロシア、南はオーストラリア北部、西はパキスタンに至る「ツツガムシ・トライアングル(Tsutsugamushi triangle)」と呼ばれる地域に風土病として存在する。
・感染は、草の生い茂った地域や土間の家屋などに生息するダニを介して伝播される。発症はインフルエンザ様症状で、発熱、頭痛、筋肉痛を伴い、1週間ほど持続する。中には多臓器不全(multi-organ dysfunction syndrome)に進行し、死亡に至る例もある。
病態生理
・ツツガムシ病の病態生理における主要な特徴は、全身性の血管炎(disseminated vasculitis)であり、これに伴う血管損傷が皮膚、肝臓、脳、腎臓、髄膜、肺など複数の臓器に影響を及ぼす。
・病原体は刺咬部位で増殖し、その部位に壊死を引き起こして痂皮(eschar)を形成し所属リンパ節腫脹(regional lymphadenopathy)をきたす。
・その後、数日以内にリケッチア血症(rickettsemia)が発生し、病原体が血管内皮細胞に感染して、複数臓器の血管損傷を引き起こす。
・この血管損傷は、播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation: DIC)、血小板消費、血管漏出、肺水腫、ショック、肝機能障害、および髄膜脳炎(meningoencephalitis)を惹起する。
臨床症状
・ツツガムシ病は急性経過の原因が判然としない発熱として経験される。
・潜伏期間は曝露から6〜21日間である。
・典型的な臨床像は急性経過の発熱、悪寒、頭痛、背部痛、筋肉痛、発汗、嘔吐、リンパ節腫脹を特徴とする。
・一部の患者では、ツツガムシに刺された部位に痂皮(eschar)が形成されることがある。
・痂皮は、腋窩、鼠径部、会陰部などの比較的柔らかい箇所に多く見られる。
・南アジアの患者では、東アジア人や白人に比べて痂皮の出現頻度が低いとされるが、インド南部の最近の研究では、55%の患者に痂皮が確認された。
・418人の痂皮を伴う確定診断例を用いた大規模な後ろ向き研究では、痂皮の分布に性差があることが明らかとなった。女性では胸部および腹部に多く(42.3%)、男性では腋窩、鼠径部、陰部に多かった(55.8%)。その他、頬、耳たぶ、足背などの非典型的な部位にも形成されることがある。
・発熱の5〜8日後、一部の患者では体幹部に紅斑性または紅斑性丘疹(macular or maculopapular)が出現し、その後、四肢に広がることがある。
・ツツガムシ病の合併症には以下が含まれる:
- 肺炎(pneumonia)
- 急性呼吸窮迫症候群(ARDS)
- 心筋炎(myocarditis)
- 脳炎(encephalitis)
- 肝炎(hepatitis)
- 播種性血管内凝固(DIC)
- 血球貪食症候群(hemophagocytic syndrome)
- 急性腎障害(acute kidney injury)
- 急性膵炎(acute pancreatitis)
- 一過性副腎不全(transient adrenal insufficiency)
- 亜急性甲状腺炎(subacute painful thyroiditis)
・神経学的合併症も多彩であり、特に一般的なのは髄膜炎、髄膜脳炎、脳炎である。
・その他に以下のような神経症状が報告されている:
- 脳静脈洞血栓症(cerebral venous thrombosis)
- ギラン・バレー症候群(Guillain-Barre syndrome)
- 一過性パーキンソニズムやミオクローヌス(transient Parkinsonism and myoclonus)
- オプソクローヌス(opsoclonus)
- 小脳炎(cerebellitis)
- 横断性脊髄炎(transverse myelitis)
- 多発ニューロパチー(polyneuropathy)
- 顔面神経麻痺(facial palsy)
- 外転神経麻痺(abducens nerve palsy)
- 両側視神経炎(bilateral optic neuritis)
・重症ツツガムシ病では多臓器不全がしばしば見られる。
・ICUに入院した116人の重症例では、平均APACHE IIスコアは19.6 ± 8.2であった。全体のうち91人(78%)が3臓器以上の機能障害を有し、16人(15%)は6臓器すべてに障害を認めた。呼吸器障害が最も頻度が高く(96.6%)、87.9%が人工呼吸管理を要した。循環器障害は61.7%、肝機能障害は63.8%に認められ、11.2%が透析を受けた。ICU内死亡率は24.1%であり、ロジスティック回帰分析により、APACHE IIスコアおよび発熱持続期間が独立して死亡率と関連していた。
診断
・ツツガムシ病はしばしば不明熱の原因となる。
・熱源が特定できず、症状や所見も非特異的である場合、とくに熱帯地域では以下の疾患が鑑別に挙がる:
- ツツガムシ病(scrub typhus)
- マラリア(malaria)
- 腸チフス(enteric fever)
- デング熱(dengue)
- レプトスピラ症(leptospirosis)
- ハンタウイルス感染症(Hanta virus)
・したがって、このような臨床状況では、詳細な病歴聴取と身体診察を行い、適切な検査を選択して診断を確定することが重要である。
・痂皮(eschar)の存在はツツガムシ病を強く示唆するため、必ず確認すべき所見である。
・臨床的には血清学的検査が診断の中心となる。
・多くの施設では、IgM抗体を検出するELISA法が用いられている。
・IgM抗体の検出は急性感染を示唆し、IgG抗体の検出は既往感染を示唆する。とくに流行地ではIgG陽性のみでは診断確定とならない。
・IgM抗体による診断は、感度34.7〜96.7%、特異度93.3〜99.7%と報告されている。
・臨床的には、以下のいずれかでツツガムシ病と診断される:
- 急性経過で発熱をきたし、痂皮が存在し、かつIgM ELISAが陽性であり、他疾患が除外されている場合
- 痂皮がなくても、臨床的背景からIgM ELISA陽性が確認され、かつドキシサイクリン投与後48時間以内に解熱した場合
- 回復期血清におけるIgMの陽転または抗体価の4倍以上の上昇が確認され、他疾患が否定されている場合
支持療法
・軽症で臓器障害を伴わない発熱のみの患者では、解熱薬と抗菌薬による治療で十分である。
・臓器障害を伴う患者では、その程度と性質に応じて臓器サポートが必要となる。
・呼吸不全に対しては、重症度に応じて非侵襲的あるいは侵襲的人工呼吸管理が行われる。
・循環血液量減少性ショックに対しては、まず輸液蘇生を行い、血圧が改善しない場合は昇圧薬を使用する。
・急性腎障害を認めた場合には、腎代替療法(例:透析)が必要となることもある。
・播種性血管内凝固(DIC)によって出血を認める場合は、凝固障害の程度に応じて血液製剤の投与を行う。
抗菌薬治療
・ツツガムシ病に対する抗菌薬治療に関しては、過去にメタアナリシスにて評価されており、以下の6種の抗菌薬が報告されている:
- ドキシサイクリン(doxycycline)
- クロラムフェニコール(chloramphenicol)
- アジスロマイシン(azithromycin)
- リファンピシン(rifampicin)
- ロキシスロマイシン(roxithromycin)
・従来より、ツツガムシ病の治療にはテトラサイクリン系抗菌薬またはクロラムフェニコールが用いられてきた。しかし、これらの薬剤は妊娠中および小児には使用しづらいことがあるため、このような状況ではキノロンやマクロライド系抗菌薬が使用される。
・アジスロマイシン vs クロラムフェニコール:クロラムフェニコールの方が解熱が早く副作用も少なかった。
・ドキシサイクリン vs クロラムフェニコール:ドキシサイクリンの方が症状改善が早かった。
・その他の比較(アジスロマイシン、ロキシスロマイシン、リファンピシン、ミノサイクリン)は、有意差を示さないことが多い。
<推奨薬剤と用法>
・ドキシサイクリン(DOXY):第一選択薬。100 mgを1日2回、7日間投与。重症例ではBioavailabilityが低下する可能性がある。
・アジスロマイシン(AZM):妊娠中の第一選択。軽症例では単回500 mg、高度感染では500 mgを3〜5日間投与。
・リファンピシン(RFP):ドキシサイクリン耐性例で選択されるが、結核流行地では慎重に使用すべき。
・クロラムフェニコール(CP):第二選択薬。妊婦には禁忌、再生不良性貧血のリスクあり。
・テトラサイクリン:ドキシサイクリンとの有効性に大差なし。
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<参考文献>
・Peter JV, Sudarsan TI, Prakash JA, Varghese GM. Severe scrub typhus infection: Clinical features, diagnostic challenges and management. World J Crit Care Med. 2015 Aug 4;4(3):244-50. doi: 10.5492/wjccm.v4.i3.244. PMID: 26261776; PMCID: PMC4524821.