自己決定型学習者 Self-Directed Learners
目次
自己決定型学習(Self-Directed Learning)
・自己決定型学習(SDL; Self-Directed Learning)とは学習者が学習のプロセスを自分たちで決めていくようになることを目指して取り組む学習と定義される。例えば、未知の疾患を抱えた患者が現れたとき、学生が自分で資料を探して学ぶ場合である。
・SDLに必要なスキルは、カリキュラムの講義パートで導入・育成されるべきであり、これにより学生が徐々にスキルを身につける、いわゆる「スキャフォールディング(支援付きの段階的学習)」が可能になる。
・SDLの核心は、学習者が外部から与えられる以上に積極的に学習する責任を負うことである。伝統的な教育(Traditional Learning)では、教員が学習目標、評価、教材などを与えるが、SDLでは学習者自身が目標設定、評価の方法、教材選定を自ら行う。これにより、教員は学習の促進者、動機付け者、学習状況の設計者、さらには共に学ぶ学習者としての役割を担うようになる。SDLは、学習者の自律性、熟達感、教育過程への目的意識を促進する。
・SDLは「自己ペース学習」や「自己調整型学習」とは異なる。自己ペース学習では学習時間を自分で決められるが、学習目標や教材は教員が決める。一方、自己調整型学習は心理学に基づき、学習者が感情・認知・行動を自己調整しながら目標を達成することに重点を置く。SDLはより広範な概念であり、目標設定から環境設計まで学習者主導で行われる点が特徴である。
自己決定型学習者の育成戦略
・SDLの教育活動を設計する前に、教員はまずSDLとは何か、そしてそのプロセスの主要な構成要素が何かを理解する必要がある。
・SDLは以下の6つのステップからなるプロセスとして説明される:
- 学習目標の設定
- 目標達成の評価方法の設計
- 活動の構造と順序の定義
- 各活動の完了までのタイムラインの策定
- 目標達成に必要なリソースの特定
- フィードバックを提供する指導者(メンター)の設定
・SDLの育成には、スキャフォールディング(scaffolding; 段階的支援)アプローチが必要である。初期段階では、自己または教師主導の活動から始め、学生が自己調整型(self-regulated)能力を高めたうえで、自己決定型(self-directed)な行動ができるようになることを目指す。講義中心の学習から実習環境へ移行するに従って、学習環境のコントロールを教員から学生へと段階的に移すことが望ましい。
・以下のような教育手法は、SDLの育成に役立つとされている:
- 反転授業(flipped classroom)
- 学習契約(learning contracts)
- 最小限ガイダンスによる指導(minimal-guidance instruction)
反転授業(Flipped classrooms)
・反転授業(Flipped classrooms)とは、学生が授業前に基礎知識を自学習で身につけ、授業時間をその応用に充てる学習モデルである。例として、チーム基盤型学習(Team-Based Learning, TBL)が挙げられる。
・このモデルでは、以下のようなSDLスキルの発展が期待される:
・自己調整スキル(何に時間をかけるか、どの戦略を用いるか)
・自己ペース学習(いつ、どれくらい学ぶかを自分で決める)
・たとえば高血圧症の授業前に、学生にガイド付きの質問を配布し、それを用いて最新のガイドラインを自主的に調べさせる。授業ではその知識を応用し、最後には「さらに探究したい問い」や「自学習プラン」を作成させる。これにより、学生はSDLの6ステップすべてを経験することになる。
学習契約(Learning contracts)
・学習契約(Learning contarcts)とは、学生と教員との間で結ばれる合意で、一定期間に学生が行う学習内容を明示するものである。
・構成要素は以下の5つ:
- 学習目標
- 使用する教材・戦略
- 学習完了の期限
- アウトカムのエビデンス
- 評価基準
・この手法は、学習の整理、期待の明確化、コミュニケーションの促進に役立つ。
・精神看護の実習で学習契約を導入した研究では、学生の自律性や学習に対する動機づけが高まったと報告された。一方で、時間的制約、指導者の不安、非現実的な目標設定などの課題も明らかとなった。
最小限ガイダンスの指導(Minimally Guided Instruction)
・これは問題基盤型学習(Problem-Based Learning, PBL)や探究型学習(Inquiry-Based Learning, IBL)といった、教員からの指導を最小限に抑える教育法である。
・PBLはSDLの育成に資するという報告がある一方で、その有効性は条件により左右される。
・特に、学生や教員がSDLについての理解を十分に持っているかどうか、グループサイズなどが影響する。
・また、最小限のガイダンスは、学習者が十分な前提知識を持っている場合に限って効果的であるという指摘もある。
自己決定型学習のアセスメント
・教員はどのようにして、学生が自己決定型学習者(SDL)として成長しているかを評価すればよいのだろうか?
・SDLの結果(すなわちスキルや知識の獲得)を評価することは可能だが、SDLとなるためのプロセスそのものを評価するのは容易ではない。
・残念ながら、SDLスキルを客観的に評価する方法についての文献は限られている。というのも、SDLに関連する領域は、問題解決、協働、コミュニケーション、自己認識、革新性、専門職意識といった情動的領域(affective domain)に属するためである。
・SDLの評価には、自己報告式の尺度が主に用いられている。代表的なものには以下がある:
・自己決定型学習準備尺度(Self-Directed Learning Readiness Scale)
・Oddi継続学習尺度(Oddi Continuing Learning Inventory)
・これらのツールは、学習成果というよりは、自己決定型学習に取り組む準備性を評価するのに適しているとされる。
・一方で、SDLの成果評価には、意味の構築や情動的スキルの個人的発達に焦点を当てた、より質的なアプローチが採用される傾向がある。こうした手法には以下が含まれる:
・省察(reflection)
・インタビュー
・行動観察(observation of behavior)
自己決定型学習アプローチを用いる際に生じる課題
・SDLを導入する際、教員は様々な課題に直面することがある。これらの課題は、次のようなカテゴリーに分類できる:
・時間:SDLは直接指導に比べて「非効率的」に感じられる場合がある
・変化の受容:従来の教育法からの転換に対する抵抗
・学習成果の評価:SDLにおける成果の客観的評価の困難
・動機づけ:学生が内発的に学習を進められるかどうか
・学習者の専門知識不足:初心者には自己主導での目標設定や情報検索が困難である
・伝統的な指導法が支持される一因として、教員が初心者に必要な知識・スキルを予測でき、適切に導くことができるという点がある。
・しかし、将来的に総合的な能力をもつ医療提供者へと育成するには、SDLの基礎となる経験を講義カリキュラムに戦略的に組み込む必要がある。加えて、学生の成熟度や自信の差によって、SDLに対する準備度も異なる。そのため、SDLのプロセス全体を通して、教員や指導者による明確で的を絞ったフィードバックが不可欠となる。
自己決定型学習者の陥りがちなピットフォール
①学習者の方向性がずれやすい
→SMART(Specific, Measurable, Achievable, Relevant, Time-bound)な目標設定を行うことを意識する
②継続性の維持が困難(内発的動機づけを保ちにくく, 孤立感も高まりやすい)
③客観的なフィードバックの不足(過剰な自信や過度な自己否定に陥りやすい)
④時間管理が困難
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<参考文献>
・Robinson JD, Persky AM. Developing Self-Directed Learners. Am J Pharm Educ. 2020 Mar;84(3):847512. doi: 10.5688/ajpe847512. PMID: 32313284; PMCID: PMC7159015.