患者のEnablementを構成する2つの要素-CopingとIndependence
概要
・「患者のイネイブルメント(patient enablement)」とは、患者が自らの病気を理解し対処する能力を指す概念である。
・慢性疾患を持つ患者にとって、enablementを高めることは医療面接の重要な目標とされている。
・その評価のため、英国では受診後に患者が記入する「Patient Enablement Instrument(PEI)」が開発された。しかし、日本ではこれを測定する評価尺度が存在していなかった。そこで本研究では、日本語版PEIを開発し、その妥当性と信頼性を検討するとともに、日本人患者における「enablement」の概念の構成要素を明らかにすることを目的とした。
・翻訳はWHOの手順に従って行われた。
・対象は、東北地方の地域病院で慢性疾患により定期通院している256名(男性157名、女性99名、平均年齢62.9±11.8歳)であった。
・妥当性の検討では、PEIとMedical Interview Satisfaction Scale(MISS)との相関係数は0.55(P < 0.01)であった。
・解析の結果、PEIは「病気への対処と健康維持(Coping)」「自己信頼と自立性(Independence)」の2因子から構成されることが示された。
・日本語版PEIは妥当性・信頼性ともに良好であり、医療面接の評価ツールとして有用であることが示された。
はじめに
・医療面接は医療の基本的な要素であり、その質の評価は医療の質向上に不可欠である。これまで、独立した医師や第三者、患者自身によって面接の質が評価されてきた。なかでも、患者中心の医療を目指す上で、患者の視点は重要である。
・医療面接の質の評価には、患者満足度がよく用いられてきたが、それは治療が期待にどの程度応えたかを測る指標に過ぎず、面接の質を直接反映するものではない。
・さらに、患者満足度が生活習慣の改善や病気の回復と直接結びついているかも明らかではない。
・このような背景から、Howieらは「患者のイネイブルメント(patient enablement)」という概念を提案した。
・これは、患者が自身の病気を理解し、対処できると感じる能力を指すものであり、慢性疾患や障害のある患者にとって重要なアウトカムとされた。これを測定するために、PEIが英国で開発され、6つの質問項目から構成されている。これは、満足度とは異なり、よりenablementに注目した評価指標である。PEIは各国で翻訳・使用されており、患者の主訴やQOLの改善と関連することが報告されている。しかし、日本語版は存在せず、その開発と妥当性・信頼性の検証が求められていた。
目的
・本研究の目的は以下の3点である。
- WHOの手順に従って日本語版PEIを開発すること。
- その妥当性および信頼性を検証すること。
- 日本人患者における「enablement」の概念の構成を明らかにすること
Method
・対象:東北地方の地域病院の循環器内科、呼吸器内科、内分泌・代謝内科に外来通院する慢性疾患(高血圧、COPD、糖尿病など)の患者。急性疾患や同意困難例は除外。
・診察前に研究の説明と同意取得を行い、診察後にアンケート記入。
・調査期間は2010年2月~5月。施設倫理審査委員会の承認を得た。
・日本語版PEIの開発:原著を翻訳→複数研究者で検討→逆翻訳→原著者Howieと内容調整→最終版完成。質問は6項目、各項目0〜2点で評価。合計0〜12点。
・他の評価スケールとの比較:患者満足度を測定するMISS(Medical Interview Satisfaction Scale)日本語版と併用し、妥当性を評価。
Results
・292名に配布し、284名が回答(回収率97.3%)、うちPEI全項目に回答したのは256名、PEIとMISSの両方に回答したのは187名。
・PEIスコアは0〜12に分布、平均6.1±3.2、中央値6点。
・年齢別では65歳以上の方が有意にスコアが高かった(P < 0.01)、性別では有意差なし。
・PEIとMISSの相関係数は0.55(P < 0.01)、認知領域0.53、感情0.50、行動0.48と、すべて有意。
・因子分析では2つの因子が抽出された。1つ目の因子は「illnessとhealth maintenanceに関するコーピング能力(coping with illness and health maintenance)」、2つ目の因子は「自己の信頼と自立性(confidence in oneself and independence)」と解釈された。
Disucussion
・日本語版PEIは原著と同様に信頼性・妥当性が高く、医療面接の質の評価に有用である。
・MISSとの相関は中程度で、満足度とは異なる側面を測定していることが示された。
・原著では因子分析はされていないが、本研究では2因子が明確に抽出され、Howieらが提示した項目間の相関と整合的であった。
・Limitation:MISSの回答率がやや低く、一部バイアスが存在している可能性がある。MISSは設問数が多く、将来的には短縮版も検討されるべきである。
・また、本研究は二次医療機関における調査であるが、日本の医療制度では一次医療に近い環境であるため、一次医療への外挿も可能と考えられる。
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<参考文献>
・Kurosawa S, Matsushima M, Fujinuma Y, Hayashi D, Noro I, Kanaya T, Watanabe T, Tominaga T, Nagata T, Kawasaki A, Hosoya T, Yanagisawa H. Two principal components, coping and independence, comprise patient enablement in Japan: cross sectional study in Tohoku area. Tohoku J Exp Med. 2012 Jun;227(2):97-104. doi: 10.1620/tjem.227.97. PMID: 22688526.