健診における生活習慣病の告知が心理面に与える影響

背景

・2008年、日本では生活習慣病のスクリーニングを目的とした「特定健診」と呼ばれる新たな健診制度が開始された。

・この制度では、健診費用は自治体によって負担される。

・一般的に、健診の主目的は、疾患を早期に発見し、治療効果を高めることにある。しかし、Krogsbøllらによる2012年のメタアナリシスによれば、一般健診は死亡率および罹患率の低下にはつながらないことが示されており、その有効性については依然として検証が求められている。

・個人に対する心理的影響という観点では、上記のメタアナリシスでは心理的苦痛を測定する尺度を用いた研究は2件のみであり、有意な影響は観察されなかった。しかし、これらの研究はいずれも長期(1〜5年)にわたる心理的影響を検討しており、短期的な影響については不明であった。また、Krogsbøllらは過剰診断が患者の不安をさらに高める可能性についても指摘している。

・加えて、これまでの長期的研究は、すでに医療機関で継続的な診療を受けている患者を対象としており、すなわち診療所や病院ベースの研究であった。これに対して、日本における地域住民向けの新たな一般健診制度では、医療機関に定期的にかかっていない多くの住民も対象となっている。これらの人々は健康であると感じていたり、自発的に医療を求めることがない場合も多い。

・さらに、がんのように短期的な生命予後に影響を与える疾患の告知に関する研究は多数あるものの、一般健診で見つかる大半の疾患は、脂質異常症や糖尿病といった長期予後に関わる生活習慣病である。生活習慣病の中では、高血圧というラベルを付けられることの長期的影響のみが評価されており、そこでは高血圧の診断を受けた人々が、そうでない人々に比べてうつ症状を有意に多く訴えるという報告がある。しかし、その他の生活習慣病の告知が与える心理的影響については明らかになっていない。

・本研究の主目的は、地域住民向けの一般健診において生活習慣病が告知された際に、告知前後での不安状態(状態不安および特性不安)を測定することである。また、異常値の通知および病名の告知が、その後の行動変容にどのように影響するかも評価した。

方法/研究デザイン

・本研究は、健診前後における心理状態を時間経過とともに評価する前向きコホート研究であった。

・評価には自己記入式アンケートを用いた。

・研究は以下の2施設で実施された:

・プライマリ・ケアを担う家庭医教育クリニック

・150床を有する入院施設付きの家庭医教育病院

・いずれも東京都北区に位置し、同地域は高齢者の多い地域で、東京都心から北に約15kmの距離にある。

・健診は2011年6月から10月にかけて集中的に行われた。アンケートは以下の3時点で実施された:

・健診結果の説明前

・説明後すぐ

・健診から1か月後

・本研究は介入研究ではなく観察研究として設計された。これは、「通知なし」あるいは「病名非告知」といった割り当てを行うことは倫理的に困難であり、また本研究は参加者の視点から心理的影響を評価することを主眼としているためである。

・日本における生活習慣病のスクリーニング目的の一般健診制度(特定健診)は以下のように運用されている。

・40歳以上の公的医療保険加入者には、居住自治体から生活習慣病健診の受診券が郵送され、対象者は自治体内にある指定医療機関で健診を受ける。健診内容は、血圧測定、血液検査、胸部X線、心電図、尿検査であり、自己負担なく受診可能である。

・血液検査においては、事前に設定された基準値から外れる値が自動的にコンピュータにより検出され、結果用紙に印刷される。医師はその結果用紙をもとに、受診者に対して説明および指導を行う。

・研究対象者は、2011年6月から10月の間に上記2施設のいずれかで健診を受けた40歳以上75歳未満の住民のうち、定期的に医療機関を受診しておらず、本研究への参加に同意した者である。

・視力低下などでアンケート記入が困難な者、認知症と診断されている者は除外された。

・本研究で対象とした生活習慣病は以下の4つである:

・糖尿病(Diabetes)

・脂質異常症(Dyslipidemia)

・高血圧症(Hypertension)

・高尿酸血症(Hyperuricemia)

・本研究は王子生協病院の倫理審査委員会によって承認されており(承認番号:41)、診察室前に掲示板を設置して研究について情報提供を行い、すべての参加者から口頭でインフォームド・コンセントを取得した。

評価方法

・被験者の不安状態は、自己記入式の質問票「状態-特性不安尺度(State–Trait Anxiety Inventory:STAI)」を用いて、医師による健診結果の説明前後に評価した。

・さらに、被験者の生活習慣に関しては、Prochaskaらが提唱した行動変容ステージモデルに基づいて評価を行った。参加者は以下の5つのいずれかのステージに分類された:

  ・無関心期(Pre-contemplation)

  ・関心期(Contemplation)

  ・準備期(Preparation)

  ・実行期(Action)

  ・維持期(Maintenance)

・各ステージには以下のように点数を付与し、1か月後の変化を比較した:

  ・無関心期:4点

  ・関心期:3点

  ・準備期:2点

  ・実行期:1点

  ・維持期:0点

・具体的な質問内容は以下のとおりである:

  ・食生活:あなたは、食生活の改善についてどのように考えていますか?

  ・運動:週に2回以上、30分以上の運動をすることについて、どのように考えていますか?

  ・医療機関の受診:定期的に医療機関を受診することについて、どのように考えていますか?

  ・飲酒:適量の飲酒とは1日20g(日本酒で180ml)までとされ、週に2日は休肝日を設けることが推奨されています。これについてどのように考えていますか?

  ・喫煙:禁煙について、どのように考えていますか?

・なお、飲酒および喫煙に関しては依存的行動であるため、行動変容モデルにおける「維持期(6か月以上継続している状態)」は除外して評価した。

・また、性別・年齢・抑うつ傾向のスクリーニング(二項目)についても、追加の質問票にて評価を行った。

・医師による健診結果の説明が終了した直後に、STAIを用いて再度、不安状態を評価した。また、補足的な質問票にて「医師から異常値の通知があったか」「生活習慣病と診断されたか」「その診断名は何か」を尋ねた。

・異常値の基準は以下の通り:

  ・血圧:130/85 mmHg以上

  ・トリグリセリド:150 mg/dL以上

  ・HDLコレステロール:男性で40 mg/dL未満、女性で50 mg/dL未満

  ・空腹時血糖値:100 mg/dL以上

  ・尿酸:男女ともに7.0 mg/dL超(日本の一般的な基準)

  ・HbA1c(NGSP):6.5%以上を異常とした

・さらに、異常値の程度が医師の説明に影響を与える可能性を考慮し、「軽度異常群」の解析も行った。軽度異常とは、一般的に即時の治療は不要であるが、注意が必要とされる値と定義された。

・NCEP-ATP IIIおよびAHAガイドラインに準拠し、以下の基準が設定された:

  ・高血圧:収縮期140〜159 mmHg、拡張期90〜99 mmHg

  ・脂質異常症:トリグリセリド150〜199 mg/dL、LDL 150〜159 mg/dL

  ・糖尿病:HbA1c(NGSP)6.5〜7.0%

・なお、尿酸値の軽度異常については、診断が「痛風治療歴のある高尿酸血症」として記憶されることが多いため、本研究の軽度異常基準からは除外された。

・自己記入式質問票は、健診前後ともに医療室前でスタッフが見守る中で記入され、すべての参加者から回収された。

・生活習慣病の異常値が指摘された参加者には、1か月後に郵送にて再質問票を付した。回答内容は「異常値の通知を受けたか」「病名告知があったか」に応じて分類され、STAIの再評価および行動変容に関する各質問が含まれていた。説明文には以下のように記載された:「この質問票は、健診後に生活習慣が変化したかどうか、および健診前後で不安の変化があったかについて尋ねるものです。質問票は健診に関する内容のみを対象としており、通常の診療には影響しません。」

・郵送された質問票は、参加者自身が記入し、返送した。記入漏れや評価困難な回答は欠測データとして扱い、解析から除外された。

・なお、医師による通知や告知の有無については、参加者に直接確認した。これは、医師に対する調査を行うと診療スタイルに影響を与え、研究期間中のバイアスとなるおそれがあったためである。本研究はあくまで自然な医師–患者関係の中での心理的影響を評価することを目的としており、「通知しない/告知しない」といった行動を医師に割り当てることは倫理的に困難であった。よって、病名告知の影響はまず参加者側の認識に基づいて評価すべきと判断した。

・STAIの合計スコアは20〜80点の範囲を取り、10点ごとに「非常に高い」「高い」「普通」「低い」「非常に低い」の5段階に分類される。本研究では、臨床的に意味のある状態不安の変化として、スコアの増加が「5点以上」および「10点以上」である場合をアウトカムとしたロジスティック回帰モデルを2つ構築した。

Results

・本研究では、1施設目(診療所)から449名、2施設目(病院)から853名の受診者があり、うち診療所では242名、病院では337名が「定期的な通院歴がなく、かつ研究への参加に同意した対象者」として登録された。

・男女比は182対321であり、平均年齢は62歳(標準偏差±9)であった。多くの参加者は、ちょうど退職年齢にあたる60~65歳前後であった。

・生活習慣病の指標に異常値があった参加者は全体の約60%に上ったが、そのうち実際に病名を告知された者は半数未満であった。

・異常なし群、および異常通知のみ群では、説明後に状態不安が低下する傾向が見られた。一方で、病名告知群では不安が悪化した。

・統計的には、病名告知群における状態不安の上昇は、異常通知のみ群と比較して有意に大きかった(P < 0.007)。また、異常なし群と異常通知のみ群の比較、異常なし群と病名告知群の比較のいずれにおいても、異常あり群の2群では有意に不安の増加が観察された(P < 0.001)。

・STAIの状態不安スコア(最大80点)が5点以上増加した参加者の割合は、病名告知群で30%(33/111)、異常通知のみ群で17%(27/159)であり、リスク比は1.5(95%信頼区間:1.1–2.0)であった。

・性別・年齢・抑うつ傾向・特性不安・生活習慣病の種類を共変量として調整したロジスティック回帰分析では、病名告知による状態不安の5点以上の上昇に対するオッズ比は2.1(95%CI:1.1–4.0)、10点以上の上昇に対しては3.0(95%CI:1.2–7.0)であった。すなわち、もともとの性格に由来する不安傾向(特性不安)を考慮しても、病名告知は不安状態を悪化させることが示された。

・また、軽度異常群に限定した解析でも、病名告知群における状態不安5点以上の上昇のオッズ比は3.1(95%CI:1.2–8.0)であり、軽度の異常値であっても告知が不安増加に寄与することが示された。

・1か月後の郵送アンケートの回収率は42%(90/217)であった。この時点で、生活習慣病関連の異常値を通知された者、または病名告知を受けた者のいずれにおいても、直後と比較して状態不安は有意に低下していた(P < 0.015およびP < 0.006)。

・1か月後時点における病名告知群と異常通知のみ群との間での状態不安スコアの差は、有意ではなかった(P < 0.85)。

・また、1か月後のアンケートに回答した者と回答しなかった者を比較しても、健診前後の不安スコア変化に有意差は認められなかった(P < 0.11)。

・生活習慣の改善に関して、1か月後のアンケートで「改善があった」と回答した割合は、異常通知のみ群で40.0%、病名告知群で37.1%であり、群間に有意差はなかった。

・また、状態不安スコアの変化量と生活習慣の行動変容ステージの変化との間に有意な相関は認められなかった。

Disucussion

・本研究の結果から、健診における「異常値の通知」よりも、「病名というラベルの告知(診断の明示)」の方が、受診者の不安状態をより強く悪化させることが明らかとなった。

性格に起因する不安傾向(特性不安)や抑うつ傾向、あるいは生活習慣病の種類といった交絡因子の影響を除いても、同様の結果が得られた。

・さらに、異常値が軽度であっても、病名の告知は不安状態を引き起こすことが確認された。

・一方で、健診1か月後における生活習慣の行動変容は確認されず、異常値の通知や病名の告知がその後の生活改善に結びついていないことが示された。したがって、本研究は、重篤ではない生活習慣病であっても、一般住民を対象とした健診における病名の告知が、短期的には心理的に有害な影響をもたらす可能性を示している。

・不安状態は多因子に影響されると考えられるが、なかでも「性格に基づく不安傾向(特性不安)」は重要な交絡因子であり、これを調整することで病名告知による不安への独立した影響を検証した。結果として、性別・年齢・抑うつ気分・興味喪失・生活習慣病の種類などを統計的に調整した後でも、診断の告知は受診者の状態不安を有意に悪化させていた。

・ただし、本研究では、医師による説明の長さ、言葉の選び方、診断以外の説明内容など、「医師–患者関係」における他の要素は評価されておらず、これらが結果に影響した可能性はある。特に、異常値の程度が大きいほど、医師は病名を伝える傾向があるかもしれない点には留意が必要である。しかし、軽度の異常値のみを示す対象者を分析しても、診断の告知は状態不安を増大させていた。

・また、本研究は「住民健診」における結果であり、診療所に通院する患者とは異なる「健康であると信じている地域住民」が対象である。したがって、自らを「病気ではない」と認識していた人々にとって、病名の告知は心理的インパクトが大きく、その影響はがん診断によるラベリングに匹敵する可能性もある。このような影響について、医師側が十分に自覚していない可能性があることが示唆される。

・将来的には、生活習慣病であっても、その診断名を伝える際には、がん診断と同様に心理的影響を配慮した説明の方法が求められるだろう。

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<参考文献>

・Tominaga T, Matsushima M, Nagata T, Moriya A, Watanabe T, Nakano Y, Hirayama Y, Fujinuma Y. Psychological impact of lifestyle-related disease disclosure at general checkup: a prospective cohort study. BMC Fam Pract. 2015 May 14;16:60. doi: 10.1186/s12875-015-0272-3. PMID: 25971680; PMCID: PMC4437684.

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