日本のプライマリケア外来における高血圧症患者の自律性

はじめに

・日本では長年にわたり、医師による父権主義的な医療が一般的であり、医師と患者の関係は明確に非対称なものであった。

・つまり、患者は専門家である医師の診断や決定を基本的に受け入れ、議論することなく従うのが当然とされてきた。しかし近年、日本の患者像は変化しつつある。

・以前は抑制されていた医療過誤に関する報道がメディアで頻繁に取り上げられるようになり、それに伴い医療訴訟も西欧諸国同様に増加傾向を示している。医師側の説明責任の欠如は、信頼に基づく医師-患者関係の構築を難しくしている。

・医師-患者関係は臨床転帰の改善において極めて重要であることが知られており、米国や欧州では、診察場面における患者の積極的な関与を促す要因に関する研究が多数行われている。

・これらの研究は、女性、若年層、高学歴の患者が自己決定をより好む傾向にあることを示している。ただし、これらの知見は文化的・倫理的背景の異なる多様な集団を対象としているため、結果の解釈には注意が必要である。

・近年の日本人一般集団を対象とした研究では、健康に対する信念も自己決定の希望に関連すると報告されている。また、医師の性別や年齢が患者の選好に影響し、父権的な関係性を助長しうることも報告されている。

・たとえば、日本では伝統的に家族の意思決定を担っていたのは年長の男性であったため、主治医が男性かつ高齢である場合、患者は医療上の決定を医師に委ねやすいと考えられる。

・本研究の目的は、日本のプライマリ・ケアの現場において、患者がどの程度、自ら医療情報を求めたり、意思決定に関わりたいと考えているのかを明らかにし、そのような希望に影響する要因(患者の特徴、健康信念、医師の特徴)を明らかにすることである。

研究対象と方法

・この横断的研究は、2005年2月から5月の間に、東京都にある「Northern Tokyo Center for Family Medicine」関連の病院で実施された。研究目的および研究プロトコルは、同センターの倫理委員会により承認を受けた。

・その後、臨床研究責任者が病院勤務の内科医20名に参加を依頼し、そのうち10名(女性6名、男性4名、平均年齢31.5歳)が同意して研究に参加した。参加しなかった場合の主な理由は、特に年長の医師に多かったが、診療スケジュールが過密であることだった。

・参加医師らは、外来通院中の高血圧患者に対して、自己記入式の質問紙への回答を無作為に依頼した。患者は、質問紙を持ち帰って記入し、匿名で回答できるようになっており、研究期間中はいつでも病院に設置された専用の回収箱に投函することが可能であった。

・配布された質問紙150部のうち、92部が回収された(回収率61.3%)。回答者の年齢は20歳から86歳にわたり、中央値は62歳であった。回答者のうち、59%が男性であった。

・本研究では、高血圧外来患者を対象としたが、その理由は、高血圧が高頻度にみられる慢性疾患であり、患者が定期的に医師の診察を受けていることから、比較的容易にサンプリングができたためである。

・使用した心理測定スケールは2つあり、それぞれ以下の通りである:

 ①Autonomy Preference Index(API):

患者の自己決定に関する嗜好性(decision-making preferences)と情報収集に関する嗜好性(information-seeking preferences)を測定する信頼性の高い尺度である。

APIは2つのスケールから構成されており、一般的な項目と具体的な症例提示(vignettes)を用いて自己決定の好みを評価し、情報収集に関する希望も同様に測定される。

症例提示は高血圧に限定することで、意思決定に関する情報の信頼性を高めている。

 ②Multidimensional Health Locus of Control(MHLC)

健康に関する統制感(locus of control)を測定するための尺度であり、特定の疾患に特化したバージョンを用いた。

MHLCは、以下の3領域で構成される:

  ・「internality(内在性)」:患者が自分自身の健康に責任があると信じる程度

  ・「chance(偶然性)」:健康が運や偶然によって左右されると信じる程度

  ・「powerful-other externality(強力な他者の影響)」:健康が他者(医師など)の影響によって決定されると信じる程度

Results

・対象者は中年の方で、既婚者が多く、学歴は比較的低い傾向があった。

・患者は医師の特徴について、0点(最も重要でない)から5点(最も重要)までのスケールで評価するよう求められた。

・その結果、以下のような順で評価が高かった:

  ・臨床経験(中央値:5点)

  ・コミュニケーション能力(中央値:4.75点)

  ・資格(中央値:4点)

  ・学歴(中央値:3点)

  ・男性であること(中央値:1点)

・また、回答者の49%は、主治医として最も安心感がある年齢層として「40~49歳」を挙げた。この理由として、「その年齢層の医師は成熟しており、信頼できる」との声が寄せられた。

・回答者の61%は、「プライマリ・ケアにおいて患者の自己決定は重要である」と考えていた。意思決定の希望を示すスコア(0点=非常に希望しない、100点=非常に希望する)は、中央値51.3点で、全体の範囲は25.0〜73.3点であった。

・症例提示(vignette)を用いた設問では、複数回答可としたところ、以下のような傾向が見られた:

  ・能動的な役割(患者が決定):15%

  ・協働的な役割(患者と医師が一緒に決定):88%

  ・受動的な役割(医師が決定):54%

    (※複数回答可であるため合計は100%を超える)

・情報提供に関する希望は、0点(全く望まない)から100点(強く望む)のスケールで評価され、範囲は70~100点、中央値は95点と非常に高かった。

・健康統制感(MHLC)の各スケールにおけるスコアの中央値(および範囲)は以下の通りであった:

  ・内在性(internality):77.8点(36.1~100点)

  ・偶然性(chance):58.9点(19.4~100点)

  ・強力な他者の影響(powerful-other externality):72.9点(38.9~100点)

・また、情報収集を特に強く希望する傾向にある患者の特徴としては以下のようなものが挙げられた。

  ・40歳代の医師を好む患者

  ・コミュニケーション能力が高い医師を好む患者

  ・臨床経験が豊富な医師を好む患者

・また、「自分の健康に責任がある」と信じている患者ほど、情報を求める傾向が強かった

・一方で、「男性医師を好む」患者では、情報収集の希望が低下する傾向が見られた。

・また、「女性患者の方が、医療上の意思決定への参加をより好むこと」、「『50歳以上の医師が最も安心できる」と答えた患者は、若い医師を好む患者と比べて、意思決定への希望が低いこと』も示された。

Discussion

・本研究では、日本のプライマリ・ケアを受診している高血圧外来患者を対象に、自己決定の希望について調査を行った。その結果、患者は医療に関する情報を強く求める一方で、意思決定への参加希望は中程度にとどまることが明らかになった。

意思決定の希望は、患者が女性である場合に高まり、担当医の年齢が高いほど低くなる傾向が見られた。情報収集の希望は、中年層(40代)の医師を好むこと、医師のコミュニケーション能力が高いこと、臨床経験が豊富であること、および「自分の健康には自分に責任がある」と信じていることと正の関連を示した。

・一方で、男性医師を好む患者では、情報収集の希望が低下する傾向があった。

・合理的意思決定理論(rational decision theories)では情報を求める傾向と意思決定への参加希望との間に正の相関があることを予測されている。しかし、多くの先行研究と同様に、本研究でもそのような明確な関連は見られなかった。実際、過去の研究では、多くの患者が「十分な情報を得たい」と考えつつも、最終的な意思決定は医師に委ねたいと感じていることが示されており、本研究の結果もそれに一致している。

・自己決定への希望に影響を与える要因に関するこれまでの研究では、男性、高齢、低学歴である患者は受動的な役割をより好む傾向があるとされてきた。これらの知見は、欧米やカナダなど、日本とは文化や倫理が大きく異なる国で得られたものであるが、本研究でも「女性であること」と「自己決定への希望」との間に正の関連が見られた。

・さらに、近年の研究では、女性の方が身体的・精神的症状を訴える傾向が強いことが指摘されており、そのような背景が臨床における意思決定への積極性と関係している可能性がある。

・一方で、本研究と過去の研究との間で、年齢や学歴に関する結果が一致しなかった点については、本研究対象の特性が影響していると考えられる。この研究が行われた病院では、会員制医療サービスや無料の健康相談、医療セミナー、定期健診などが提供されており、比較的健康意識が高く、教育を受けている患者が多く含まれていた。そのため、年齢や学歴と自己決定の希望との関連が小さくなった可能性がある。

・また、患者が「自分の健康に責任がある」と信じる傾向が強くみられた点も、先行研究では確認されておらず、本研究対象の健康教育を受けた特性が影響していると考えられる。したがって、本研究の結果は慎重に解釈する必要がある。

・本研究では、「もし医師が父権的な態度をとるのであれば、患者が高齢男性医師を好む場合には、自己決定の希望は低下するはずである」という仮説のもとで一部の解析が行われた。その結果、医師の年齢が高い場合、意思決定への希望は有意に低下し(p<0.05)、男性医師を好む傾向と意思決定の希望との間には有意な関連はなかったが、情報収集の希望については有意に低下する傾向が見られた(p<0.01)。この結果は、仮説の一部を支持するものと考えられる。

・一方で、過去の2つの研究では、医師の性別が患者の積極的関与を促進する要因となり得ることが示されており、特に女性医師は男性医師よりも患者の治療への関与を効果的に促す傾向があるとされている。したがって、「男性医師を好む患者ほど情報を求めない」という本研究の結果は、文化的文脈とジェンダーの観点の両面から解釈されるべきである。

・本研究にはいくつかのLimitationがあるため、結果の解釈には注意が必要である。

・第一に、過去の研究では、疾患の重症度が高いほど、自己決定の希望が低下する傾向があると報告されている。本研究では、高血圧患者を対象としたが、大半が無症候性で合併症のない患者であり、比較的健康状態が良好な人々が多かった。さらに、若手医師が主に本研究に参加しており、彼らは病院に長く勤務しておらず、合併症を伴う重症例の患者を担当していない可能性が高い。そのため、対象者の健康状態が比較的良好であったことが、自己決定の希望スコアが高かった一因と考えられる。もし重症患者を対象としていた場合、結果は異なっていたかもしれない。

・第二に、回収率が61.3%と比較的低かったことも、本研究のLimitationである。質問紙は14ページにわたり、65の設問を含む長大なものであり、報酬は設定されていなかった。そのため、高齢で身体的に不調を抱える患者は回答を避けた可能性がある。一方で、積極的に回答した患者は健康意識が高かった可能性があり、それが自己決定の希望を高める方向に作用した可能性もある。

・結論として、本研究は、プライマリ・ケアの現場における患者の自己決定の嗜好性に影響する要因として、以下が関連していることを示した:

  ・患者の性別(女性であること)

  ・健康に対する信念(自分で責任を持つ)

  ・医師の年齢および性別に対する患者の選好

  ・医師のコミュニケーション能力および臨床経験

・医師は、これらの知見を活かして、信頼に基づいた医師―患者関係を構築するために、患者の性別や医師の年齢・性別といった人口統計学的特徴を考慮しつつ、コミュニケーション能力の向上を目指すことが望まれる。

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<参考文献>

・Nomura K, Ohno M, Fujinuma Y, Ishikawa H. Patient autonomy preferences among hypertensive outpatients in a primary care setting in Japan. Intern Med. 2007;46(17):1403-8. doi: 10.2169/internalmedicine.46.0141. Epub 2007 Sep 3. PMID: 17827839.

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