心原性脳塞栓症 cardioembolic stroke
目次
はじめに
・心原性塞栓症(Cardioembolic stroke)は虚血性脳卒中の少なくとも20%を占める原因である。心原性脳塞栓症は脳卒中のなかでも特に神経学的障害の程度が大きく、予後も不良である。
・心房細動(AF)がその最も一般的な原因であるが、カテーテル治療や左室収縮低下、急性心筋梗塞、感染性心内膜炎など、様々な心疾患が原因となり得る。
・原因不明の脳卒中の多くは塞栓性病態と考えられていて、適切な精査を実施しても原因が特定できないタイプの脳卒中をESUS(Embolic stroke of undetermined source)と呼ぶ。しかし、DOACはESUS患者の再発予防においてアスピリンよりも有効ではないことが複数のRCTで示され、ESUSという概念の再評価が促されている。
・さらにARCADIA trialではAFを伴わないものの心房病変を有する患者においてDOAC(
アピサバン)とアスピリンとの間で脳卒中再発率に有意差がみられなかった。
心原性脳塞栓症の特徴
・虚血性脳卒中ではしばしば基礎となる心疾患を有している。心不全や心臓手術中の末梢低灌流が原因となることもあるが、心原性脳塞栓症は全虚血性脳卒中の20%以上を占める。
・心原性脳塞栓症の半数以上が突然発症(sudden onset)の発症様式をとる。一方で、アテローム血栓性脳梗塞では約30%、ラクナ梗塞では約20%がそれぞれ突然発症する。また、段階的な症状の進行が認められにくいのも心原性脳塞栓症の特徴である。
・心原性脳塞栓症は大血管や皮質動脈を侵しやすい傾向にあるため、皮質症状(例: 失語, 半側空間無視, 失行, 失認)を伴いやすい。また、意識障害もきたしやすく、心原性脳塞栓症ではNIHSSのスコアがより高くなる傾向がある。
・神経学的障害は発症直後が最も大きく、一部のケースでは急速に改善することもある(“spectacular shrinking deficit”と呼ぶ)。ある研究ではこの現象が認められた14人の患者のうち13人が心原性脳塞栓症であったと報告された。
・画像所見としては広範囲におよぶ梗塞や多領域にわたる多発梗塞(両側性や前方+後方循環系)がよくみられる。出血性梗塞の頻度も比較的高い。
・tPA静注後の早期再開通が認められなかったケースではAFが併存する頻度が有意に低かったという報告もある。
脳塞栓症の誘因となる心疾患
・仮に心疾患を基礎疾患として有したとしても、それが脳塞栓症の原因なのかそうでないのかの判断はときに困難である。TOAST分類(Trial of Org 10172 in Acute Stroke Treatment)は評価者間一致率が低くいため、2005年にSSS-TOASTアルゴリズム(Stop Stroke Study-TOAST)が提唱された。こちらは一致率(κ=0.90)が非常に高く、脳卒中リスクを高・低・不明の3段階で分類する。なお、本アルゴリズムは年率2% or 1回限りの発症のリスクが閾値として用いられている。
原因不明の虚血性脳卒中
・虚血性脳卒中の最大25%は原因不明とされ、これらの多くは塞栓性病態によると考えられている。原因不明の虚血性脳卒中の患者から摘出された血栓は心原性脳塞栓症と同様にフィブリン含有量が大きいことが報告されている。
・AFは入院時に検出されなくとも、後に発見されるケースは多く、原因不明の虚血性脳卒中では心疾患を積極的に検索することが推奨される。ただし、AFが検出されたとしてもそれが虚血性脳卒中の原因とは限らない。
心房細動の検出とマネジメント
・AFはときに一過性で無症候性のものも多いため、検出が困難な場合もある。しかし、AF関連の心原性脳塞栓症をマネジメント、予防するうえでその検出は重要である。
・12誘導心電図検査は高い特異度を有するが、記録時間が短いため、感度が低く、AFの除外には利用できない。植込型ループレコーダなどのデバイスは感度と特異度がともに高いが、侵襲性があり、使用は限定される。Holter心電図はその中間的な選択肢として利用できる。
・植込型ループレコーダーは特に無症候性患者において有用である。Cryptogenic Stroke and Underlying Atrial Fibrillation Studyではループレコーダーにより6ヶ月以内で8.9%、12ヶ月以内で12.4%の新規AFが検出され、通常の心電図検査による1.4~2.0%という検出率を大きく上回ることが示された。
・24時間Holter心電図による検出率は約5%とされている。
・長期的かつ反復的な心電図モニタリングがAFの検出に優れることは確からしい。しかし、これらの方法により長期的転帰が改善するかどうかという点では今後の検証が求められる。
・左心耳は血栓形成されやすい主要な部位であり、出血リスクが高く、抗凝固療法が選択できない患者では外科的な左心耳閉鎖術(LAAC)が適応となることがある。
再発予防を目的としたNVAF患者に対するDOAC
・1950年代以降、ワルファリンは深部静脈血栓症(DVT)、心房細動(AF)、人工弁置換術後などにおける血栓塞栓症の予防役として標準的に使用されてきた。ワルファリンは安価である点が利点の一つであるが、治療域が狭く、頻回の血中モニタリングを要することもあったり、食物や薬剤との相互作用の影響があったりと難点を有する薬剤でもあった。
・その後、DOACが登場し、非弁膜症性心房細動(NVAF)患者における虚血性脳卒中の予防およびDVT治療において大きな転換をもたらした。
・DAOCにはトロンビン阻害薬(ダビガトラン)とⅩa因子阻害薬(リバーロキサバン, アピキサバン, エドキサバン)が含まれる。
・複数のRCTにより、これら4剤はワルファリンと同等以上に虚血性脳卒中や全身性塞栓症の予防に有効であることが示され、特に症候性脳内出血(ICH)の発症率が約50%低下することも示された。DOACは定期的なモニタリングや頻回な用量調節を必要とせず、より安全かつ有効とされる。
・NVAF患者の塞栓症予防においてはDOACを第一選択とすることが推奨されている。
AF患者における心原性脳塞栓症後のDOACの早期開始
・DOACはAF患者における虚血性脳卒中および全身性塞栓症のリスクを低下させるが、急性脳梗塞後のDOAC開始時期が再発リスクや脳出血発症リスクにどのように影響するのかは明確とはいえない。
・早期のDOAC開始は脳出血リスクを高める一方で、開始が遅れると虚血性脳卒中の再発リスクが増加する可能性があるというジレンマが存在する。ワルファリンは投与後早期にプロテインC、プロテインSの抑制による一過性の高凝固状態を生じることがあるため、初期の7日間では虚血性脳卒中の発症リスクがむしろ上昇する可能性が示唆されている。
・各国のガイドラインにおける抗凝固療法の再開時期のタイミングは統一されていないが、ヨーロッパのガイドラインではNIHSSスコアに応じて、軽症(NIHSS<8)、中等症(8-15)、重症(>15)のそれぞれに対して3日、6日、12日後に開始することが推奨されている(1-3-6-12 day ruleと呼ばれる)。
・一方で、日本の2つの多施設観察研究を統合した解析ではTIA後1日、軽症脳卒中後2日、中等症で3日、重症で4日以内にDOACを開始しても出血性合併症を増加させることなく、虚血性脳卒中の再発リスクを低下させたという結果が得られている。この結果はヨーロッパの6つのレジストリの外部検証によっても再現されている。
・またTIMING trialやELAN tiralなどのRCTでは早期(4日以内)とそれよりも遅れた開始(5~10日)の開始で有意差はなく、特に出血性合併症の発生も少なかったと報告されている。ただし、両trialの対象患者のNIHSS中央値は4~5で、比較的軽症例が中心であったことには注意が必要かもしれない。
AF患者が脳出血を発症した後の抗凝固療法の再開
・AF患者が脳出血を発症した場合の抗凝固療法を再開するべきかどうかについては判断が非常に難しい。RCTの多くは脳出血の既往のある患者を除外しているため、エビデンスが限定的である。
・米国心臓協会/脳卒中協会(AHA/ASA)のガイドラインではNVAF患者においては発症7~8週間後の抗凝固療法再開が提案されている(Class Ⅱb)。ヨーロッパ(EHRA)では発症4週間以降の再開を推奨しているが、いずれにせよエビデンスの質が低いままである。
・日本の前向き観察研究では68%の患者で抗凝固療法が再開され、中央値7日後の再開でも安全であったとされている。また、再開時にはワルファリンからDOACへの切替え、あるいはDOAC同士での切替えが行われた。最近のメタ解析では抗凝固療法再開によって脳卒中または心血管死のリスクが低下したと報告されていて、今後のRCTや観察研究により知見がさらに深まることが期待される。
AFに対するカテーテルアブレーションの有効性
・AF患者において、薬物治療またはカテーテルアブレーションにより洞調律を達成/維持することは脳卒中やその他の心血管イベントの発症リスク低下と関連する。特にAFが発作性の段階で治療を行うことで、脳卒中リスクを低下させる可能性があることは日本のFushimi AF レジストリ研究で示唆されている。
・AF患者において洞調律を維持することは心血管死、脳卒中、心不全、急性冠症候群による入院を含む複合アウトカムの発症率の有意な低下と関連していて、初期のリズムコントロールによる治療効果の81%が1年後の洞調律維持によって説明されるという結果も示されている。この結果は可能な限り早期のリズムコントロールの達成の重要性を示唆しているかもしれない。
・しかし、RCTではカテーテルアブレーションが脳卒中発症リスクを有意に減少させることを示せていない。その理由としてTrialの統計的検出力不足や対象患者における脳卒中発症率がそもそも低かったことなどが挙げられている。たとえばCABANA trialでは主要複合エンドポイント(死亡, 重度脳卒中, 重篤な出血, 心停止)の発症率はアブレーション群で8%、薬物治療群で9.2%と有意差がなかったが、心血管疾患による入院または死亡の複合アウトカムに関しては有意に低下していた(HR 0.83(P=0.002))。
心房病変
・高血圧症、糖尿病、肥満、閉塞性睡眠時無呼吸などの複数の脳卒中リスク因子は左房の拡張と伸展を惹起し、最終的には線維化、瘢痕形成、機能障害に至る。
・このような構造的および機能的異常がAFの存在しない状況で認められる場合、心房病変(Atrial cardiopathy)と呼ばれる。心房病変はAFの前駆病変であるとともに、左房血栓形成および脳塞栓症の独立したリスク因子である可能性が想定されている。
・現時点では心房病変の診断基準は未確立であるが、臨床的には以下のようなバイオマーカーによって評価される。
- 心エコーでの左房拡大
- 心電図V1誘導におけるP波終末電位の増大
- 血中NT-proBNPの上昇
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<参考文献>
・Kato Y, Tsutsui K, Nakano S, Hayashi T, Suda S. Cardioembolic Stroke: Past Advancements, Current Challenges, and Future Directions. Int J Mol Sci. 2024 May 26;25(11):5777. doi: 10.3390/ijms25115777. PMID: 38891965; PMCID: PMC11171744.