プライマリケアにおける癌の診断に関するGPの直感の役割の理解

はじめに

・プライマリケア(primary care)において、臨床医の「直感(gut feeling)」は、臨床判断における一要素として認識されている。臨床的推論に関する文献では、「gut feeling」という用語は、「直観(intuition)」「疑念(suspicion)」「本能(instinct)」と同義的に用いられており、明確な概念定義が困難である。

・Stolperによる定義では、gut feelingは「特定の兆候がないにもかかわらず、GPが悪い転帰の可能性を危惧して感じる不安な感覚」とされ、「何かがおかしい」という感覚として表現される。また彼は、確定診断がない状態でも、「すべてが整合している」と感じられる「安心感(sense of reassurance)」もgut feelingに含めている。このような枠組みは、GPが診察中に臨床的印象を形成し、それに基づいて診断戦略を立てるというプロセスを認識している。

・しかしながら、gut feelingは一部の人々からは、過度に主観的で偏見に陥りやすいものと見なされ、場合によっては「虚栄」や「被害妄想」の産物とされ、患者に害を及ぼす可能性があると批判されることもある。

・「認知の二重過程理論(dual theory of cognition)」によれば、迅速な思考(システム1)はヒューリスティックス、パターン認識、直感などを含み、遅い思考(システム2)は意識的で分析的あるいはアルゴリズム的な意思決定アプローチを表すとされてきた。しかし、この二分法は現在では誤った二項対立とみなされるようになっており、「認知的連続体理論(cognitive continuum theory)」では、両者が程度の差はあれ併用されていることを前提とする中間的な立場を提供している。

・gut feelingは、無意識的なシステム1プロセスとして概念化されており、ガイドラインへの統合は困難である。このため、分析的手法を重視する西洋医学文化、特にエビデンスに基づくガイドラインとは相容れない側面がある。とはいえ、遅い分析的アプローチ(システム2)が必ずしも診断精度を向上させるとは限らないというエビデンスも存在する。

・GPによるgut feelingは、ガイドラインに記載された症状の組み合わせよりも、がんを予測する力が高いと報告されている。また、GPの直感の基盤をより深く理解することで、がん検査への適切な患者選別が促進される可能性がある。とりわけ、特異的でない症状を呈するがんに関しては、エビデンスやガイダンスが不足しているため、gut feelingの有用性は一次診療において特に高いと考えられる。

癌に対し、gut feelingを惹起する要因

・gut feelingは、GPの知識と経験を背景とした、患者からの複数の言語的・非言語的手がかりの迅速な「総合評価(summing up)」として説明されていた。Johansenら(2012年)は次のように述べている:「gut feelingとは、あなたのすべての知識、すべての経験、すべての研修や読書の蓄積、これまで診てきた患者とのやり取り、そしてその患者や地域についての人間的理解などの総体です。」

・GPが患者のことをよく知っている場合、非言語的な手がかり(例えば外見の変化、診察頻度の変化、話し方や座り方の変化など)を認識しやすい傾向があった。Bankhead(2005)の研究では次のように語られている:「患者をよく知っていれば、ドアをくぐってきた瞬間の様子に劇的な変化があるとわかります。体重減少や顔色、ただの貧血ではないような“マグノリア色”など。直感的なものです…とにかく、患者をよく知っていなければなりません。」

・ただし1件の研究では、GPが患者についてよく知っていると、かえってgut feelingに頼る傾向が弱まるとも報告されていた。

・小児の場合は、機嫌の悪さ、無気力、興味喪失といった非言語的手がかりが観察された。これらもまた、Stolperの定義に合致する。

・最も多くみられる手がかりは症状であり、特に「意図しない体重減少」「症状の持続」「複数の症状の併存」がgut feelingを誘発する要因として挙げられた。一方で、患者に明確な症状がある場合、GPはgut feelingをあまり重視しない傾向も見られた。

臨床経験によってパターン認識が鍛えられ、gut feelingの正確さが高まるとの報告もあった。Robinsonによれば:「直感は見かけほど“曖昧なもの”ではありません。たくさんの症例やシナリオを繰り返し経験したことで、意識的にも無意識的にも蓄積されたものに基づいています。」

・ある研究では、15年以上の経験をもつGPがgut feelingに基づいて紹介した患者の43%が3か月以内にがんと診断されたのに対し、15年未満のGPではその割合が26%だったGPの年齢が1歳上がるごとに、gut feelingの陽性的中率(PPV)は3%増加した。さらに、自己評価で共感性が高いとするGPほどgut feelingを多く報告する傾向があった。一方で、経験の浅いGPがgut feelingに過信すると誤った判断につながる可能性も指摘されていた。

gut feelingによって促されるアクション

・gut feelingは、患者の語る物語を再考したり、症状に対する最も可能性の高い診断以外の可能性を検討したり、追加の検査や専門医への紹介を行ったりするためのきっかけとなった。

・あるノルウェーの前向きコホート研究では、GPがgut feelingを抱いた場合、89.5%の患者が何らかの検査を受けていたのに対し、gut feelingがなかった場合は30.6%にとどまっていた。また、デンマークのある調査研究では、gut feelingの存在が紹介の頻度を高め(有病率比 2.56、95%信頼区間[CI]2.22〜2.96)、追跡受診の可能性も高めることが示された(有病率比 1.15、95%CI 1.05〜1.26)。

紹介を行わない場合でも、GPは「経過観察(watchful waiting)」や「安全策(safety netting)」を通じてgut feelingに対応し、症状が改善しない場合には再受診を促していた。

癌の診断におけるgut feelingの診断的価値

・gut feelingの診断的価値について検討したすべての研究が、一定の有用性を示していた。

・ある前向きコホート研究では、gut feelingが記録された場合、新たながん診断のオッズ比(OR)は2.11(95%CI 1.15〜3.89)、再発がんの場合は8.89(95%CI 1.49〜53.02)であった。

・デンマークの研究では、gut feelingのPPV(陽性的中率)は初診から2か月以内で9.8(95%CI 6.4〜14.1)、6か月以内では16.4(95%CI 12.1〜21.5)であった。また、がんが後に診断された場合、GPが当初がんを疑っていた可能性は、そうでなかった場合の6倍にのぼった。

・4つの研究(Holtedahl、Hjertholm、Ingeman、Scheel)において、GPがgut feelingを記録した場合のがん診断のオッズ比を統合したメタアナリシスでは、gut feelingが記録されていない場合に比べてがんと診断される確率は4倍高かった(OR 4.24、95%CI 2.26〜7.94)。異質性(heterogeneity)は高く(I²=87%)なっていたが、Ingemanらの研究を除外すると異質性は消失し(I²=0%)、オッズ比はさらに上昇した(OR 5.43、95%CI 4.15〜7.09)。

Disucussion

・gut feelingはエビデンスに基づく医療を補完するものとみなされており、いくつかの臨床ガイドラインやがん精査への紹介基準にも組み込まれていた。実際には、gut feelingを専門医への紹介に活用することにはばらつきがあり、経験によっても対応が異なっていた。

・本研究には以下の限界も存在する。まず、包括的な検索にもかかわらず、該当するデータソースは16件にとどまった。また、文献の多くはgut feelingの経験・定義・発生状況を記述するにとどまり、客観的な指標は存在しなかった。gut feelingの定義を標準化しようとする試みはあったものの、研究間で用語や概念の一貫性が乏しかった。メタアナリシスにおいては、高い異質性が見られたため、ランダム効果モデルを採用したが、外れ値と考えられる研究を除くことで異質性は解消された。この外れ値の研究は「gut feeling」という語を直接使用していたが、他の研究では「suspicion」や「intuition」といった表現が使われており、概念の一貫性の欠如が示唆された。また、対象文献はすべてヨーロッパの研究に限定されていた。これは欧州にCogita Network(http://www.gutfeelings.eu)などの専門研究グループが存在することに起因すると考えられるが、gut feelingがヨーロッパ外のプライマリケアでどう捉えられているのかは不明であり、今回の知見がヨーロッパ以外の地域に一般化できるかには疑問が残る。

・さらに、研究参加者の年齢・性別・経験年数には偏りがあり、gut feelingの発現・使用・精度に影響する可能性がある。特に、経験豊富な高年齢GPが過剰に含まれていた場合、gut feelingの信頼性が高く見積もられる可能性がある。

・本レビューのメタアナリシスで得られたオッズ比(OR 4.24, 95% CI 2.26–7.94)は、gut feelingが重篤な疾患の指標となる可能性を支持している。ちなみに、がん症状のケースコントロール研究で報告されているオッズ比の幅は、肺がんで2.7〜86、膵がんで1.4〜15、大腸がんで2.1〜20、多発性骨髄腫で1.3〜11.4であり、個々の症状と同程度の予測力をgut feelingが持つ可能性がある。

・教育においては、Stolperらの研究のみが、gut feelingをGP研修医に教える可能性を探っている。そこでは、患者の呈示や自分自身の反応に注意を向けさせ、診断推論を内省することがgut feelingの教育につながるとされていた。gut feelingの適切な活用を支援する教育方法や、その有効性を検証する研究が求められる。

・gut feelingの起源は長らく議論されてきたが、本レビューが示すとおり、その探求はまだ途上にある。gut feelingは、ガイドラインには記載されていないがんの臨床的特徴を拾い上げる可能性があるため、それらの引き金となる要素を予測因子として詳細に検討すべきである。

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<参考文献>

・Smith CF, Drew S, Ziebland S, Nicholson BD. Understanding the role of GPs' gut feelings in diagnosing cancer in primary care: a systematic review and meta-analysis of existing evidence. Br J Gen Pract. 2020 Aug 27;70(698):e612-e621. doi: 10.3399/bjgp20X712301. PMID: 32839162; PMCID: PMC7449376.

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