Mindful practitioner

序論

自己省察(Reflection)自己認識(Self-awareness)は、医師が信念や価値観を検討し、強い感情に対処し、困難な意思決定を行い、人間関係の葛藤を解決するのに役立つ重要な要素である。

・多くの家庭医療レジデンシープログラムや一部の他のレジデンシー、医学部カリキュラムには、自己認識を促進するための組織的な活動が含まれている。

・模範的な医師は、患者と共にいること、問題解決、情報の収集と伝達、エビデンスに基づく意思決定、技術的スキルの実行、自身の価値観の定義など、診療のあらゆる側面において批判的な自己省察を行う能力を備えているように見える。

・この批判的自己省察の過程は、マインドフルネス(Mindfulness)の存在に依存している。

・マインドフルな実践者(Mindful Practitioner)は、日常の普通の活動においても、身体的および精神的なプロセスに対して偏見なく注意を払うことが求められる。

・この態度は、明確さと洞察を持って行動することを可能にする。

・ただし、mindful practiceは、臨床実践の経験的観察、教育研究、哲学、および認知科学によって裏付けられているものの、基本的には個人的かつ主観的なものである。

・mindful practiceは、個々の医師のパーソナルな成長と深く結びついており、その効果や価値は必ずしも客観的に測定できるものではない。

Professional knowledgeとSelf-awareness

・専門的な判断は、明示的知識(Explicit Knowledge)暗黙知(Tacit Knowledge)の両方に基づいている。

・Explicit Knowledgeは、患者の問題に対して客観的に定義されたルールやデータを適用する、意識的な意思決定の形式であり、定量化が容易で、モデル化や伝達が簡単であり、エビデンスに基づく診療ガイドラインへの変換が可能である。

・しかし、経験豊富な臨床医は、自身で意識していない、または明確に説明できない多くの知識、技能、価値観、および経験を診療に適用している。この知識は、別種のエビデンスとして扱われる場合もあり、臨床判断に強く影響を与える。

・日常生活における暗黙知の例として、自転車に乗る際の速度、方向、位置の判断が挙げられる。これらの判断は、何か異常が発生しない限り意識されることはほとんどない。

・同様に、経験豊富な神経内科医は、患者に会ってすぐにパーキンソン病を認識することができるが、これは通常の客観的および主観的データを処理する前に行われる。

・このような前注意処理(Preattentive Processing)は、脳が広範囲の知覚情報を瞬時にスキャンし、目立つ特徴を検出し、一部の情報を背景に置く過程である。臨床スキル、例えば耳鏡の挿入深度、分娩時の胎児の頭部操作、うつ病の診断に十分な情報が患者から提供されていることの認識なども、暗黙知と前注意処理に基づいている。

・一方で、実践における明示的な要素は正式に教えられるが、暗黙的な要素は通常、観察や実践を通じて学ばれることが多い。

・多くの場合、優れた臨床医は、自分が何をしているのかを他人よりも明確に説明することが難しく、また自身の推論過程における偏見に気づかないこともある。

副次的な認識(Subsidiary Awareness)とは、処理されていない経験や暗黙知の流れを意識的にアクセス可能にする過程を指す。

・Anaïs Ninの言葉を借りれば、「私たちは物事をありのままに見るのではなく、自分が何であるかによって見る」。

・EBMは、医療判断を分析するための構造を提供するが、専門的な臨床判断における暗黙の過程を十分に説明するものではない。

・データは、その完全性や正確性に関わらず、臨床医によって意味づけされ、臨床実践に適用される。

・専門家は、文脈、コスト、利便性、患者の価値観といった複雑な要素も考慮に入れる。医師自身の感情、偏見、先入観、リスク回避傾向、不確実性への耐性、患者に対する個人的な知識もまた、臨床判断に影響を与える。

・臨床判断は、科学であると同時にArt(芸術)でもある。

・暗黙知の概念に対して居心地の悪さを感じる者でさえ、専門的な能力の全ての側面を明示することが不可能であることを認識している。

・エビデンスに基づく意思決定モデルは非常に強力なツールであるが、特に複雑な状況では常に適用されるわけではない。モデルの構築に必要な情報が不完全または矛盾していることも多く、患者の個性などの重要な暗黙知は、事前に定義されたカテゴリーには適合しない場合がある。

Mindful practice

・マインドフルネスは、省察的実践(Reflective Practice)の論理的な延長であり、日常の経験全体、すなわち行動、思考、感覚、イメージ、解釈、感情などに対して注意を向けることを意味する。

・マインドフルネスは、「理論、態度、抽象概念から、経験そのものの状況に心を戻す」ことを促し、「無意識の枠にとらわれず、自身の偏見、意見、投影、期待に陥らない」ようにする。また、「無意識の拘束具」から自分自身を解放する手助けをする。

・マインドフルネスは、日常的で明白なもの、そして現在の瞬間に注意を払うことを意味する。ヨハン・セバスチャン・バッハは、「メロディーを見つけることが問題ではなく、朝起きてベッドから出るときにそれらを踏まないことが問題だ」と述べたとされている。この発言は、日常生活に埋もれがちな気づきの重要性を示している。

・マインドフルネスは、宗教的・哲学的伝統に由来する実践であるが、その根底にある哲学は基本的に実践的であり、行動、認知、記憶、感情が相互に依存するという考えに基づいている。

・これらの結びつきは、神経科学研究における比較的新しい発見である。西洋の心の理解は、歴史的に精神活動と身体の行動を分離してきたが、東洋や西洋の現象学的伝統においては、認知、感情、記憶、行動が密接に結びついていると考えられている。

・mindful practiceの目標は、自身の精神プロセスに対する意識を高め、より注意深く聴き、柔軟に対応し、偏見や判断を認識することで、思いやりのある行動を取ることである。そのことが最終的にHealer(癒やす人)としての効果を発揮する。

・mindful practiceは、「未完成感」の感覚を伴い、未知への好奇心や他者の苦しみについての不完全な理解を認識する謙虚さを育む

・マインドフルネスは、マルチタスキングの対極に位置するものであり、技術的、認知的、感情的、精神的な側面の間に境界を設けない医師としての資質である。

・mindful practitionerは、観察者として自身を観察しながら、観察対象も同時に観察する能力を持つ。

・これは音楽家にとっては一般的なスキルであり、演奏しながら同時に聴き、技術的な挑戦、感情的な表現、音楽の全体的な理論構造を意識する必要がある。

・しかし、もし音楽家が各指の動きを個別に制御しながら、同時に和音の構造やリズム、沈黙を分析しようとすれば、演奏は不可能になる。

・したがって、音楽への焦点は、技術や分析に対する副次的な認識(subsidiary awareness)を伴っている。これは、予期しない事態や困難な状況において特に重要である。

医学教育におけるマインドフルネス

・マインドフルネスは、あらゆる医療実践の側面に適用でき、暗黙知や明示的知識のいずれの領域にも関係する。

・医師の内面的な自己認識(Intrapersonal Self-awareness)は、自身の強み、限界、専門的満足感の源泉に対する意識を促し、盲点を避けるのに役立つ。

・例えば、親がアルコール依存症であった医師が患者とのアルコールに関する話題を避ける場合、この種の自己認識が重要である

・また、医師になろうとする動機深く根付いた価値観を明確にすることもできる。

対人関係の自己認識(Interpersonal Self-awareness)、すなわち社会的知性(Social Intelligence)は、他者から見た自分自身の姿を理解し、同僚、患者、学生との満足のいく対人関係を築くのに役立つ。

・メタプロセッシングの認識は、認知、記憶、感情処理の間に必要なつながりを理解するために必要である。

・学習ニーズに対する自己認識は、無意識の無能領域を認識し、学習目標を達成するための手段を発展させる助けとなる。倫理的自己認識(Ethical Self-awareness)は、医療現場での価値観がどのように影響を与えているかを瞬時に把握する能力であり、技術的自己認識(Technical Self-awareness)は、身体診察、手術、コンピュータ操作、コミュニケーションなどの手技における自己修正に必要である。

・自己省察は、多くの場合、エラー、困難な状況、あるいは予期しない結果などの批判的な出来事を契機に促されることが多い。

・しかし、時には外的な出来事ではなく、アイデアの成熟が省察を引き起こすこともある。

・これらの出来事の多くは、最も創造的な思考者でなければ気づかれない場合がある。ペニシリン、放射線、ベンゼン環の発見は偶然ではなく、従来は異常とみなされていた事象(汚染された培地)が有用なデータ(有用な薬剤)に変わった結果である。

マインドフルネスは、より広範な知覚資源を活用することを可能にする。

先入観のない「初心者の心」(Beginner’s Mind)を維持することが、新たな診断や治療の可能性を発見する助けとなる。

・例えば、新しい医師に診てもらう患者の場合、診断や治療の新たな可能性が見いだされることがある。

・一方で、熟練した専門家は、過去の経験に基づいて観察を限定しがちである。

・Langerは、マインドフルネスを「could be(〜かもしれない)」の状態と定義し、不確実性を回避するのではなく、それを歓迎する態度としている。難しい患者は興味深い患者となり、解決困難な問題は新たな研究の道を開く可能性がある

マインドフルネスの障壁

マインドレスネス(Mindlessness)は、プロフェッショナリズムからの逸脱を引き起こす主要な要因の一つであり、特に感情的に困難な状況、不確実な状況、または問題解決の圧力下で頻繁に発生する。

・例えば、多くの医学生や研修医、そしておそらくは実践中の医師も、実際には観察されていない所見を報告したり、エラーを訂正する努力を怠ることがある。このような行動は、効率を重視したり、指導者に対する迎合、恥ずかしさ、圧倒される感覚などが原因で、専門的知識や価値観から逸脱することにつながる。

・さらに、講義等で得た知識(例:倫理学の講義)を、緊張感のある臨床環境で適切に適用できない場合もある。このような逸脱は、多くの場合、困難な問題からの回避、合理化、外在化、あるいは露骨な否認に関与し、患者に対する感情を健全に処理する代わりに、不健康な対応を引き起こすことがある。

Mindful practiceのレベル

・医師の専門的な発展を支援するために、以下の5つのマインドフルネスのレベルが提案される。

・これらは、それぞれ一つ前のレベルを包含する。

レベル0:否認(Denial and Externalization)>

マインドレスな実践(mindless practice)の極端な形として、実践者は問題を「外部のもの」として捉え、責任や省察を回避する傾向がある。

・Mindful practitionerとしてはPresence(今、ここにあることの認識)、Critical curiosity(批判的好奇心)、Biginner’s mind(初心者の心)が重要。

・この場合、状況や患者について、証拠に反する方法で説明することがある。

レベル1:模倣(Imitation: Behavioral Modeling)>

このレベルの実践者は、必ずしも省察を伴わないが、状況に対する一定の責任を取り、外部の行動基準に従って問題を解決する。

・例えば、患者への性的魅力を感じた場合に、「患者との性的関係は不適切である」というルールを機械的に適用するが、医師がそのような行動に陥りやすい要因については理解しようとしない場合がこれに該当する。

レベル2:好奇心(Curiosity: Cognitive Understanding)>

このレベルでは、明示的な認知モデルに基づいて医師の行動が形成されると仮定され、情報の伝達が主要な変化の要因とされる。

・ただし、個人的な知識、暗黙知、感情は無視されることが多い。

レベル3:感情と態度への好奇心(Curiosity: Emotions and Attitudes)>

ここでは、感情や個人的な知識が抑制されたり、良し悪しとしてラベリングされたりすることなく探求される。

・感情や個人的な知識を含むことで、患者ケアを改善するための追加のツールが提供される。

レベル4:洞察(Insight)>

このレベルは、問題の本質の理解、問題解決の方法の理解、および実践者とその知識との相互関係の理解という3つの側面から構成される。

・洞察は、外部の問題の修正に加えて、内面的なプロセスの校正を可能にする。

レベル5:一般化と内在化(Generalization, Incorporation, and Presence)>

洞察を活用して、将来の類似の課題を克服し、新しい行動や態度を取り入れ、思いやりを表現し、現在の瞬間に集中する能力を持つ実践者がこのレベルに達する。

結論

・マインドフルネスを教えることやその重要性について書くことには、根本的なパラドックスが存在する。

・教師や指導者の役割は、学習者の中にマインドフルな状態を引き起こすことであり、そのため教師や指導者は知識の伝達者ではなく、あくまでガイドであるべきである。

・ある例として、C型肝炎の治療が末期の肝硬変を防ぐことができたかもしれないと考える患者との面談を控えた研修医のケースがある。患者は以前の治療に対して怒りを抱いており、その面談に臨む研修医は罪悪感や防御的な感情に直面していた。この状況で、指導医の役割は複雑であった。指導医は研修医が自身の罪悪感や防御反応を認識し、それが患者との効果的なコミュニケーションを妨げないよう支援する必要があった。また、肝移植のリスクと利益を評価し、患者の終末期ケアに対する希望についても検討するよう促した。

・この指導過程は、研修医が各患者との面談前にどのように心理的に準備をしているか(「センタリング(Centering)」プロセス)を明確にし、それをより効果的に活用するための支援を含んでいた。

・多くの実践者にとって、これは通常、暗黙的なものであり、明確に意識されていない。

・このようにして、指導医は研修医が自己観察を行う手助けをし、無意識の無能状態から批判的な反省に移行させ、客観的なエビデンスと個人的な知識の両方に基づいて患者と共に満足のいく決定に至ることを可能にした。

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<参考文献>

・Epstein RM. Mindful practice. JAMA. 1999 Sep 1;282(9):833-9. doi: 10.1001/jama.282.9.833. PMID: 10478689.

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