Healingの意味; Sufferingの超越
序論
・医学は伝統的に「ヒーリング(healing)」の専門職とされており、現代医学はその科学的アプローチを通じてその正当性を主張している。
・科学と医学の結びつきにより、医師は病気の経過に積極的に介入し、治癒(curing)を達成し、疾患を予防し、ときに治癒させられるように変わった。
・しかし、こうした成功の結果として、医師は生物医学的科学者として訓練され、疾患の診断、治療、予防に集中するようになった。その過程で、「治癒(cure)」が医学の主要な目的となり、医師の役割も「患者を癒す者(healer of the sick)」から「病気を治す者(curer of disease)」へと変化していった。
・ホリスティックなヒーリングは、医療の関心から薄れ、医学文献においてもほとんど議論されることがなくなった。
・しかし、他の学問分野においては、ホリスティックなヒーリングへの関心が引き続き存在している。例えば、人類学におけるヒーリングの探求は、苦痛に対する積極的な対応を含み、診断と治療、科学的および非宗教的医療、非科学的および宗教的な医療、西洋医学と非西洋医学など、ヒーリングに関連するカテゴリを区別している。心理学においては、ヒーリングは個人が宇宙における自らの位置を再構築するプロセスとされ、「より完全で複雑な全体性(wholeness)」への進化に寄与する過程と定義されている。これらの定義は、社会的組織、役割、意味、および個人の成長に焦点を当てている。
・看護学の文献も過去25年間にわたり、ヒーリングと看護師の癒し手としての役割に対する関心を高めてきた。
・ヒーリングは「自己の身体・心・霊性の各側面を深い内なる理解に基づいて統合し、バランスを回復する過程」と定義されており、この概念は患者の擁護者としての看護師の伝統的な役割と関連している。
・一方、医学におけるヒーリングの混乱は、その意味についてのコンセンサスが欠如していることに表れている。科学は操作的な定義(operational definition)を重視するが、医学はヒーリングの操作的定義を提供せず、そのメカニズムについても、疾患治療に関連する狭義の生理学的プロセス以外の説明を行っていない。
・参考文献に挙げた文献によると、Healingに関して3つの主要なテーマが存在することが示唆された。
①Wholeness(全体性)
・ヒーリング(Healing)は個人が全体性(wholeness)を取り戻す、または獲得する過程とみなされている。
・キューブラー=ロスは「もし再び全体性を取り戻すことができれば、それが癒しである(If you become whole again, you’re healed)」と述べた。
・しかし、カッセルはこの定義には「全体(whole)」や「再び(again)」という言葉が何を意味するのかが欠けていると指摘している。彼は、「再び全体になる(to be whole again)ということは、自己、身体、文化、重要な他者との関係性の中で存在することを意味する」と述べた。
・つまり、個人として全体であるということは、他者との関係の中で全体であることでもある。ここで全体性が身体的、感情的、知的、社会的、霊的な側面を含む人間の経験で構成されていると考えている。
・全体性に関連するサブテーマとして、「変容(Transformation)」「喪失・孤立(Loss and Isolation)」「苦しみ(Suffering)」が挙げられた。
・カッセルは、「病気は自己であることのほとんどの概念を否定する」と述べ、ソーンダーズは「以前のようにできないことがあると、つながりが絶たれる」と指摘している。ハ
・マーシュラグは「人間の経験は孤立的なものではない」と述べ、病気は自己認識における変容を引き起こし、喪失や孤立によって全体性の認識が妨げられると述べている
・つまり、病を経験する人々は、これまで知っていた自分自身ではない存在になってしまうため、苦しみ(suffering)を感じるのである。
・ソーンダーズは「たとえ良くならなくても、苦しんでいても、人は全体性を見出すことができる」と述べた。
・シーゲルは「身体的に病んでいても癒されることができる」と述べ、ハマーシュラグも「治癒されなくても健康はあり得る」と考えている。
・カッセルは「誰かを完全に癒すことは可能であり、それが身体の病に変化をもたらすかどうかには確信がない」と述べており、ヒーリングは病気や障害、あるいは死から独立したものであると結論づけている。
②Narrative(物語性)
・ヒーリングを「物語」として考える者もいて、それは患者の人生の中で経験される現象であると考えられている。
・イヌイは、ヒーリングの定義において、医師が「脆弱性と疾患を特定し、それを取り除くことで健康を保証する」生物医学的専門家という考え方に対して反論している。
・彼は、ヒーリングが「実在する人々が他の実在する人々とのつながりの中で経験するもの」であり、単なる生物学的修復を超えたものであると述べている。
・シーゲルは、ヒーリングを「ある種の人生の再解釈(reinterpretation)」と捉え、「人生の物語を再構築すること」と考えている。
・このテーマに関連するサブテーマとして「個人的なつながり(Personal connection)」と「継続性(Continuity)」が挙げられる。
・物語としてのヒーリングは、他者とのつながりの中で全体性を経験することと深く関係している。
・ソーンダーズは、ある患者が「病気が患者同士、患者と家族、患者とスタッフを結びつける」と述べたことを回想している。ハマーシュラグも「ヒーラーは、人々がお互いに、そして周囲の全てとつながる手助けをする存在である」と述べている。
・イヌイは、ヒーリングは「実在する人間が他の実在する人間と結びつく」場面で起こるとし、カッセルも「全体であるということは、常に他者との関係において全体であることだ」と主張している。人生の物語は他者とのつながりの中で形成される社会的構築物であり、人々は他者との関係を通じて自らの物語を形作る。
<Continuity(継続性)>
・継続的なケアは、このようなつながりを支える重要な要素である。スティーブンスは、「継続的なケアを通じて、特別な関係が形成される患者が存在し、そのような状況下でヒーリングがより起こりやすい」と述べている。
・ソーンダーズも、「単なる専門職としてではなく、一人の人間として患者と向き合わなければ、患者も医師も何かを見失うことになる」と強調している。
・イヌイは、継続的な関係が「非常に効率的なショートカット」を可能にし、強い関係を築くことができると述べている。
<Personal connection(個人的なつながり)>
・つながりを形成する過程には、脆弱性の共有が含まれており、これが安全な環境を作り出し、個人的なつながりを強化する。
・イヌイは「医学は高度に対人関係に依存しており、人々は健康を維持する過程で互いにリスクを取り合う」と述べている。
・シーゲルも「医師が脆弱であり、開かれているとき、患者もそうなる。なぜなら、その環境が安全であることを感じ取るからだ」と述べている。
・カッセルは「患者が自分の物語を語るまでは、その物語を再構築することはできない」と述べ、イヌイは「個人的なつながりは人々の孤独感を和らげる」と指摘している。
・ヒーリングの物語は、個人的なつながりと継続的なケアによって支えられる親密な医師-患者関係の中で形成される。
③Spirituality(霊性)
・ヒーリングを「霊性(spirituality)」として定義する者もいる。
・スティーブンスはスピリチュアリティを「意志、感情、意味、親密な人間関係など、肉体の物質的な側面を超えた存在」と捉え、ハマーシュラグは「心・体・霊の調和(harmony between the mind, body, and spirit)」と定義している。
・ハマーシュラグは、スピリチュアリティとは「私たちを前進させる不可思議な質」であると述べている。
・スピリチュアリティとはヒーリングにとって重要な要素であるとされている。
・スピリチュアリティに関連するサブテーマとしては、「意味(meaning)」「和解(reconciliation)」「超越(transcendence)」が挙げられる。
<Meaning(意味)>
・ヒーリングを経験する患者は、自らの苦しみの中に意味を見出そうとする。
・シーゲルは「なぜ自分がここにいるのかを学ぶこと」と述べ、ソーンダーズはスピリチュアリティを「人間であることを探求する過程」と定義している。
・カッセルも「ほとんどの病の物語では、病がその人に人生の重要な意味を目覚めさせたとされている。つまり、病に直面する以前はその意味を理解していなかったと考えざるを得ない」と述べている。
・ハマーシュラグも「ヒーリングとは、何が自分に起こったのかというよりも、それにどのように向き合うかに関係している」と述べている。
<Reconciliation(和解)>
・病の経験の中で意味を見出すことは、患者がその苦しみと和解することを助け、苦しみを超越する道筋を提供する。
・ソーンダーズはこの過程を「物事が収まるべき場所に収まる(things fall into place)」と表現し、死を迎える患者が「静かにそれを受け入れる」様子を観察している。
・イヌイは「伝統的な文化において、ヒーラーは単なる修理人ではなく、人々が苦しみを乗り越え、それに意味を見出すのを助ける存在である」と述べている。
<Transcendence(超越)>
・キューブラー=ロスは、苦しみ(Suffering)がスピリチュアリティの発展に寄与することを強調し、「苦しみが多ければ多いほど、スピリチュアリティな次元が早く開き、成熟する」と述べている。
・スティーブンスも「真の和解には何らかの苦しみが伴う」と述べ、ソーンダーズも「驚くべきことに、多くの人々が家族の問題や対立を和解させ、現在の状況を受け入れることができる」と述べている。
・スピリチュアリティな成長は苦しみの産物であり、それが和解を促進し、苦しみの超越を可能にする。
総括
・この研究の結果、ヒーリングは以下のように定義された。
・身体的、精神的、感情的、社会的、スピリチュアリティな側面を含む人間の全体性(wholeness)を取り戻す過程
・他者との個人的なつながりと継続的な関係を通じて形成される人生の物語(narrative)
・苦しみを意味づけし、それを超越する霊的な経験(spirituality)
・病は人間の全体性を脅かし、患者を孤立させ、苦しみ(suffering)を引き起こす。
・苦しみは脅威の除去と自己の再統合によって軽減されるが、完全に取り除くことは困難である。
・むしろ、苦しみはその意味を見出すことで超越される。
・こうして再構築された全体性は、他者との個人的な関係によって強化され、患者は新たな自己認識を得ることができる。
・ヒーリングは、苦しみの超越として個人的に経験されるものであり、その中心的なストーリーラインは「苦しみの超越」というテーマで統一される。
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<参考文献>
・Egnew TR. The meaning of healing: transcending suffering. Ann Fam Med. 2005 May-Jun;3(3):255-62. doi: 10.1370/afm.313. PMID: 15928230; PMCID: PMC1466870.