Storylines of family medicine Ⅶ:生涯にわたる家庭医療

家庭医療における妊産婦ケア

・妊産婦ケアを提供する家庭医は、患者中心の視点をもって診療を行う。

・妊婦およびその家族とのすべての関わりの中で、「関係性(relationship)」「交差性(intersectionality)」「変容(transformation)」という家庭医療の本質的な価値を実践している。

・これらの概念は、複数世代の家族に対する家庭医療において極めて重要である。周産期ケアにおいて、家庭医は約2年間にわたる密接な関わりのなかで、エンパワメント(empowerment)と成長を促し、家族の関与を調整し、共同意思決定を実践する

・その関係性は継続的かつ個人中心であり、患者が直面する困難やストレスに寄り添う姿勢を基本とする。

・医師は、妊娠や育児の過程で患者がどのように強さを発揮するのかを理解し、誰を信頼し、どのように意思決定を行い、どんな助言を受け入れるのかを見極めていく

・家庭医が妊産婦ケアに関わることで、患者および家族との信頼関係を世代を超えて築くことができる。

・患者の生活文脈に対する理解を深める質問を重ねることで、尊重の姿勢を示す。

・妊娠に至る経緯や家族の未来に対する願いを聴き取り、不安の多い周産期における案内役を果たす。

・家庭医療における妊産婦ケアにおいて、主導権は医療者や医療システムではなく、「妊婦とその周囲の家族的・社会的・文化的環境」にある。家庭医は病態に対処するだけでなく、全人的かつ患者中心の視点から妊婦を支援し、病気中心の近代的周産期医療の陥穽に陥ることを避ける。

・この包括的アプローチは、優れたアウトカムをもたらすとともに、患者と医師の双方に深い満足感をもたらす

小児患者を診ることによりもたらされる喜び

・家庭医は、子どもが成長し、変化し、発達し、成熟し、それぞれの潜在能力を発揮していく姿を間近で見守る特別な立場にある。子どもたちが人生の目標を達成できるよう、親や家族、地域社会の関係者と協力して取り組んでいる。

・子どもたちを支えるには、拡張された文脈的理解(extended contextual understanding)をもった統合的な医療アプローチが不可欠である祖父母、他の医療専門職、学校関係者、地域の支援者などと連携しながら、子ども一人ひとりの状況に寄り添う必要がある

・幼少期の介入は、生涯にわたる影響を及ぼす可能性がある。ある子どもは自然に育っていくが、他の子どもは身体的、社会的、環境的なさまざまな要因に阻まれ、潜在能力の育成に苦しむ。目標は「うまく育っていない子ども」を「育てられる状態に導くこと」であり、まずはその障壁を同定する必要がある。障壁には、発達、遺伝、急性・慢性疾患、文化、言語、社会経済的要因が含まれる。

・また、子どもは「大切にされている」と実感できることが望ましい。現代における最も深刻な病は、ハンセン病や結核ではなく、『自分が望まれていないと感じること』である。

・「聴く力」は極めて重要であるとくに医療的に複雑な課題がある場合や、文化背景が異なる家族を診る場合、丁寧に時間をかけて「考え、理解し、心をこめて聴く姿勢」が不可欠である。詩人にして医師のWilliam Carlos Williamsが往診について語ったように、「私はまず訪問者でありたい、次に助言者となり、最後に手助けできる者でありたい」。

「聴くこと」そのものに価値がある。私たちの人生は、子どもやその家族との関わりを通して、文化的背景や経験によって豊かになる。子どもたちが成長・変化していくように、私たちもまた彼らとの出会いを通して成長・変化する。

・「謙虚さ」「協働」「奉仕」の価値を体現する。これらは実践が難しい価値観であるが、小児診療において子どもたちが健やかに育つためには不可欠なものである。

家庭医は子どもだけでなく、親や祖父母を含む複数世代の家族を診ていることが多いため、子どもが直面する課題を深く理解し、より良い対応策を見出すことができる。

・私たちの使命は、特に最も脆弱な人々のニーズに応えることである。子どものケア、家族との協働、地域との連携、そして子どもたちが健やかに育つ姿を診察室で見ること――これこそが、家庭医療における大きな喜びである。

思春期のケア

・思春期診療の核心は「関係性の構築」である。

・家庭医療は、医療制度の中でいわば「カウンターカルチャー(対抗文化)」の立場を取っている。家庭医は、包括性(comprehensiveness)と総合性(generalism)に重点を置き、「個人全体」と「家族全体」に焦点をあてて、患者が今置かれている状況の中で診療を行う。私たちは患者の生涯を通じて診療を提供するが、それ以上に、世代を超えて家族の発達的な成長に関与していく。

家族はさまざまな移行期(transitions)を経験する。そのなかで、私たちの診療もまた世代間にわたるものでなければならない。思春期はそのような発達段階のひとつである。この時期には、複数の世代間で「ルール」や「期待」との再交渉が必要になる。思春期の本人はより多くの自立を求めるが、保護者側にはその成長を支え、見守る責任がある。

・思春期の方々とつながるには、私たち家庭医が多様なスキルを総動員しなければならない。

・社会が若者に抱く偏見を乗り越え、「彼らは元気だから医療を必要としない」といった先入観を捨てること。

・「関係性に基づくすべてのスキル」を駆使すること。ポジティブ・ユース・ディベロップメント(Positive Youth Development:積極的青少年育成)とは、予防と健康増進のために使われるエビデンスに基づいた介入であり、私たち医師が「今ここ」に意識を集中し、感情的に結びつき、患者の世界観と共鳴することを指す。これこそが、思春期診療の核心である。

・思春期の発達が文脈的な要因にいかに影響を受けるかを理解する「構造的コンピテンシー(structural competency)」を高めること。加えて、思春期の脳は柔軟で情熱的である一方、ストレスやトラウマに対して脆弱であることを理解する。

・思春期の多様な発達段階を把握し、信頼関係を構築するために丁寧な対話を積み重ねること。

・「共有された存在(shared presence)」を創出すること。聴き、肯定し、強みに目を向ける。そしてそれを繰り返すこと。思春期の最も重要な課題のひとつは、「自己同一性(アイデンティティ)」を確立することにある。人種、宗教、ジェンダー、性、政治的志向など、多様な次元がある。家庭医の役割は、「答えを与えること」ではなく「肯定すること」である。

彼らが「なろうとしている姿」を支え、個としての成長を尊重すること。

親密な対話が自然と生まれる「安全な空間(safe spaces)」を創出すること。これにより、思春期の若者たちは自分らしさを学び、自己の権利を尊重し、偏見に基づくいじめに立ち向かうための批判的意識を育むことができる。

・このように思春期の若者と共にいるとき、彼らの表情を観察し、沈黙の意味を読み取り、ときには深く掘り下げ、ときには静かに見守り、彼らの安心を最優先にしながら信頼関係を築くことで、「アチューンメント(attunement:同調)」が生まれる。これは、敬意、共感、存在感、そして人生の困難に対して強みをもって立ち向かう姿勢に基づいた、深い結びつきである。

・そしてもうひとつ、関係性に基づくこのアプローチによって得られるものがある。それは「代理的レジリエンス(vicarious resilience)」――すなわち、彼らの成長に寄り添うことで私たち自身も癒されるという恩恵である。これは現代において、かけがえのない価値である。

生涯にわたる生殖医療

・生殖医療の課題に対応することは、患者が包括的なケアを受ける道を拓くだけでなく、家庭医としての私たちの力量を高めることにもつながる。

生殖医療は、家庭医療における包括的なケアを構成する重要な要素であり、患者にとって繊細で脆弱な問題への支援を通じて、医師との関係性を深める機会を提供する

・この分野に携わることには明確な利点がある。たとえば、以下のような問題に対応できる:

  ・乳房の異常

  ・子宮頸部細胞診の異常所見

  ・骨盤底機能障害

  ・不正性器出血

  ・外陰部の皮膚変化

・さらに避妊法の選択肢を提供できる。

・生殖医療を通じて培われる対話力やカウンセリング能力も非常に重要である。たとえば、避妊や妊娠の選択肢に関するカウンセリングは、非判断的な態度で共同意思決定を行うための訓練の場となる。長期にわたる信頼関係の中でこそ、性の健康(sexual health)に関する率直な話し合いが可能となる。

高齢者のケア

・高齢者のケアには、患者や家族のニーズ・希望・老化という現実をふまえつつ、プライマリ・ケアにおける5つの基本的価値を適切にバランスをとる必要がある。

家庭医療と老年医学に共通する5つの中核的価値は以下の通りである:

  1. 予防医療(Preventive care)
  2. 包括的医療(Comprehensive care)
  3. 医療の連携/調整(Coordination of care)
  4. コミュニケーションと対人スキル(Communication and interpersonal skills)
  5. 患者中心/家族志向のケア(Patient-centred / Family-oriented care)

・以下は参考文献に提示されていた事例である。『ある83歳の男性が、娘に付き添われて来院した。2か月ほど前から歩行や日常生活動作が困難になったという。1週間前に別の医師を受診したところ、「認知症」と診断されたが、画像検査や詳細な認知機能評価は行われていなかった。この男性は怒りっぽく、激しい興奮を示すため、娘は介護に限界を感じていた。そこで私のもとへセカンドオピニオンを求めて来院した。詳細な病歴聴取と身体診察(神経認知評価も含む)を実施し、「脳卒中後の症状である可能性が高く、血管性認知症の疑いがある」と説明した。私は以下のように対応した:

・転倒予防のために理学療法を紹介

・娘に対して介護者ストレスについて説明し、感情の正当性を肯定

・在宅ケア支援のための地域資源を紹介

・家族の協力とレスパイトケアの利用を提案

・男性に対してSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)を処方し、CTを予約

後日、CT結果を確認したところ、小脳と内包に陳旧性梗塞が認められた。私は脳卒中の二次予防のために薬物療法を開始し、生活習慣の改善について助言した。その後、娘からは「父の興奮が大きく改善し、以前より安定して過ごせている」と報告があった。彼女は、私が話を丁寧に聞き、診断と支援を提供してくれたことに深い感謝を述べてくれた。』

・高齢者ケアでは、これらの「基本的価値」を「どう実践するか」が重要である。

  ・予防医療は、疾患の予防だけでなく、「機能の維持」や「障害の予防」を目指す

  ・包括的医療では、医療だけでなく、社会的・精神的問題にも対応する

  ・医療連携は、専門診療所、病院、施設を横断した連携が求められる(特に移行期)

  ・患者の話をよく聴くこと、家族の存在を重視することがアウトカムに影響する

  ・患者中心のケアでは、文化的背景や社会的要因を考慮し、共有意思決定を重視する

・高齢者のケアには、身体的問題、家族的課題、文化的背景といった実際的要素だけでなく、人生の期待、不安、受容といった実存的な要素との調和が求められる。

・老年医学の中核価値を理解し、思いやりと知恵をもって適用することが重要である。

死にゆく人と共にあること

・家庭医は生涯を通じて人を診る「全人的医療」を実践する存在である――すなわち、人の始まりから終わりまで寄り添う。

・死にゆく人をケアすることは、家庭医療の自然でかつ意義深い一部である。

・家庭医にとって、プライマリ・パリアティブケア/Primary palliative care(初期段階から死までを包括する緩和ケア)は、基本的な能力であり、主にプライマリケア医と看護師による緩和ケアの提供を意味する用語として使われている。

Primary palliative careには以下の実践を含む:

  ・患者の語りに耳を傾けること

  ・医療情報と人生の物語を統合すること

  ・時間の流れとともに変化する患者中心のケア目標をともに立てること

  ・疾患そのものによる症状や治療による副作用を薬物・非薬物(鍼、タッチケアなど)双方で緩和すること

  ・事前ケア計画(代理人指定や蘇生処置指示書の作成)を支援すること

・家庭医は、以下のようなかたちで、死にゆく人のニーズに対応できる:

  ・在宅訪問

  ・ホスピスケアの主治医としての役割

  ・患者と家族との密なコミュニケーション

・身体・心理・社会・霊性を含む「バイオサイコソーシャルスピリチュアル(biopsychosocial spiritual)」なアプローチは、終末期医療において非常に有効である。また、専門職チームの協働も重要である。

グリーフ(悲嘆)や喪失に対するケアも欠かせない。ホスピス、家庭医療チーム、地域支援の仕組みは、この点でとても有益である。

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<参考文献>

・Ventres WB, Stone LA, Barnard KC, Shields SG, Nelson MJ, Svetaz MV, Keegan CM, Heidelbaugh JJ, Beck PB, Marchand L. Storylines of family medicine VII: family medicine across the lifespan. Fam Med Community Health. 2024 Apr 12;12(Suppl 3):e002794. doi: 10.1136/fmch-2024-002794. PMID: 38609090; PMCID: PMC11029373.

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