高齢者のポリファーマシーに対するdeprescribing
はじめに
・deprescribing(薬の中止)という概念は、単に薬をやめることにとどまらず、患者と医療専門職の間での動的な相互作用を包含する広い概念である。
・最近の質的研究では、患者がdeprescribingの目的や理由について明確に理解しておらず、有害事象の深刻さについての認識も乏しいことが示された。
・また、最近のメタアナリシスでは、医師がdeprescribingを提案した場合、87.6%の患者と74.8%の介護者がそれを受け入れる意思があると報告されている。
・そのため、処方医はdeprescribingに対する関心の存在と、患者や家族との会話を始める必要性を認識しておくことが重要である。
・とはいえ、deprescribingはあくまで患者と医療者の相互作用の中で行われるものであり、最終的な決定を下す権利は患者にある。したがって、日常診療におけるdeprescribingに対する患者の視点や、それを妨げたり促したりする要因を理解することは、実行可能で効果的な介入策を設計するうえで不可欠である。
・これまでの研究では、患者およびその介護者におけるdeprescribingの障壁や促進因子がいくつか示されている。その中でもWeirらは、薬物に対する態度、意思決定への関与の好み、deprescribingへの開放性に基づいて、患者を3つのタイプに分類している。この類型は患者の積極性の概念を含んでいるものの、主に医療者が主導するかたちでdeprescribingを受け入れる意思に焦点が当てられており、患者が自発的にそうした会話を始める姿勢にはあまり注目されていない。
・患者自身の積極性(proactiveness)に注目することは、患者中心の意思決定およびdeprescribingの実践を最適化する上で貴重な示唆をもたらす可能性がある。また、患者の積極性がどのようにして生まれるのかを理解することは、薬物治療のマネジメントを最適化するうえで重要である。しかし、こうした積極性を促す具体的な特徴や、deprescribingへのアプローチをその特徴に応じて調整すべきかどうかについては、ほとんど知られていない。こうしたギャップを埋めるため、本研究では高齢者における積極的なdeprescribingに関する経験と視点、ならびにそれに対する障壁と促進因子について質的に探究することを目的とした。
研究に関して
・2023年3月から2024年3月にかけて、神奈川県にあるプライマリ・ケアのグループ診療所または地域病院を受診した65歳以上の外来患者を対象に、質的研究を実施した。
・対象者は、定期的に5種類以上の薬剤を処方されている患者であり、診療に直接関与しない研究スタッフによって対面で募集された。
・半構造化インタビューに相当。
・主な質問項目は以下の3点である:(1)自身の健康問題および処方に対する考え、(2)deprescribing介入の経験と意思決定への関与の程度、(3)deprescribingの経験がその後の生活・健康・考え方にどのような影響を及ぼしたか。
・所要時間は概ね20〜30分であり、平均(標準偏差)は22.6分(11.0分)であった。録音内容は逐語的に書き起こされ、個人が特定されないように情報は削除された。
Results
・20名の患者に対して詳細なインタビューを実施した。
・女性は11名で、平均年齢は80.2歳(標準偏差6.2)であった。
・平均の定期薬剤数は7.9剤(標準偏差2.7)、Beers基準2023年版に基づく潜在的に不適切な薬剤(PIMs)の平均数は1.0剤(標準偏差0.8)であった。
・インタビューの結果、患者のdeprescribingに対する認識にはばらつきが見られた。
・患者の薬に対する考え方やdeprescribingへの態度に関して、3つの促進因子(enablers)と3つの障壁(barriers)が明らかになった。これらは、Weirらが提唱した分類に基づいて整理されている。
【カテゴリー1:薬に対する価値判断(Medication Valuation)】
・テーマ1-1:薬に対する否定的評価(促進因子):
ポリファーマシーの負担感、薬によるリスクの懸念、薬の効果に対する不信、過去にdeprescribingがうまくいった経験などが、deprescribingに前向きな姿勢を形成していた。
このテーマには以下の4つのサブテーマがあった:
・ポリファーマシーによる負担感
・薬剤が健康に害を及ぼす可能性への懸念
・薬効の実感が乏しいこと
・薬を減らした経験の成功
・テーマ1-2:薬に対する肯定的評価(障壁):
現状に満足している患者は薬を減らすことに消極的であり、多病を抱える苦悩があっても、薬の服用を健康維持の手段として捉えていた。
また、処方が医療専門職の監督下で行われていることが安心材料となっていた。
このテーマには以下の2つのサブテーマがあった:
・医師への信頼を通じた現状の受容
・薬に対する高い期待
【カテゴリー2:意思決定への関与の嗜好(Decision-Making Preference)】
・テーマ2-1:能動的な意思決定関与の嗜好(促進因子):
一部の患者は、自身の健康状態や治療選択についての理解を深めることに積極的であり、自らdeprescribingの話題を持ち出すこともあった。
彼らは生活習慣の改善を含め、自分の健康を主体的に管理しようとする動機を持っていた。
このテーマには以下の2つのサブテーマがあった:
・薬に関する患者中心の意思決定を望む姿勢
・生活習慣の修正を通じた健康管理への動機
・テーマ2-2:受動的関与と自己能力の欠如認識(障壁):
より多くの患者は受動的な姿勢をとっており、複数の薬を服用していても、意思決定は医師に委ねることを望んでいた。
中には、処方は医師の仕事であり、自分が減薬を求めるのは不適切だと考える患者もいた。
このテーマには以下の3つのサブテーマがあった:
・意思決定を医師に委ねたいという嗜好
・医師に意見を伝えることへの遠慮
・deprescribingを自ら主張する能力の欠如という認識
【カテゴリー3:deprescribingへの開放性(Openness to Deprescribing)】
・テーマ3-1:医師への信頼に基づく提案への開放性(促進因子):
医師への信頼は、薬物に関する信念の形成に大きな影響を与えていた。
医師が提案した場合には、deprescribingを受け入れる姿勢を示す患者もいた。
ただし、これは逆に障壁にもなりうる。すなわち、医師が現在の処方を継続すれば、患者がdeprescribingに関心を持つことは少ない。
このテーマには以下の2つのサブテーマがあった:
・医師への信頼
・医師が提案した場合のdeprescribingへの開放性
・テーマ3-2:変化への恐れや現状満足による慎重姿勢(障壁):
現状に満足していたり、薬をやめることで症状が悪化することを懸念したりする患者は、医師からのdeprescribingの提案にも消極的であった。
このテーマには以下の2つのサブテーマがあった:
・現在の薬剤を変更することへの恐れ
・現状維持への満足
Typology(類型化)
・インタビューから得られた主要なテーマに基づき、患者の「薬に対する価値判断(medication valuation)」、「意思決定への関与の嗜好(decision-making preference)」、「deprescribingへの開放性(openness to deprescribing)」という3つの視点から患者の類型を構築した。
・その結果、WeirらおよびCrutzenらの類型に部分的に基づいた、以下の5つのタイプが同定された:
- 無関心型(indifferent):3名(15%)
- 満足・リスク回避型(satisfied and risk-averse):2名(10%)
- 順応型(compliant):6名(30%)
- 恐怖・受動型(fearful but passive):4名(20%)
- 積極型(proactive):5名(25%)
・これらの5つのタイプは、促進因子と障壁を統合して構築されたものである。既存のWeirらおよびCrutzenらの分類を部分的に踏襲しているが、「積極型(proactive)」を独自に取り入れている点が本研究の新規性である。
・「積極型」に分類された全ての患者は、薬に対して否定的な評価を持っており、deprescribingに対して開放的であったことが共通していた。このことは、薬に対する否定的な価値判断が、deprescribingにおける患者の積極性を引き出す重要な引き金である可能性を示唆している。
・最も頻度が高かったのは「順応型」であり、このタイプの患者は薬に対して肯定的な認識を持っていたが、医師から提案された場合にはdeprescribingを受け入れる意志を持っていた。
・なお、患者数が少数であるため有意な比較は行えないが、1人あたりの処方薬の平均数(標準偏差)は以下のようであった:
・順応型:9.8剤(3.7)
・無関心型:9.0剤(2.6)
・満足・リスク回避型:5.5剤(0.7)
・積極型:6.4剤(1.1)
Discussion
・多くの薬を服用している高齢患者において、deprescribingに対する認識や態度は非常に多様であった。多くの患者は、医療専門職がきっかけを与えてdeprescribingに関する会話を始めた経験を語っていたが、一部の患者は、自ら進んで医師とその話題について話し合おうとする積極的な姿勢を示していた。つまり、患者によって関与の度合いや主体性には明確な違いがあった。
・一部の患者は、自身の健康状態や治療選択肢を理解しようとし、修正可能な要因(例:生活習慣の改善)に自ら働きかけようとしていた。こうした積極的な態度は、薬剤の負担感や潜在的リスク、過去のdeprescribing成功体験などに支えられており、医師への信頼が意思決定において大きな影響を与えていた。
・一方、より多くの患者は意思決定を医師に委ねる姿勢を示しており、処方への満足感や医師への信頼、または治療選択に対する自己能力の欠如認識が、その背景にあった。これらの患者は、薬に対して肯定的な価値を見出していたり、薬を中止することによる症状の悪化を懸念したりしていた。
【他の研究との関連(Findings in Context)】
・先行研究では、薬に対する価値観と患者の積極性には関連がある可能性が示されている。本研究でも、積極型に分類されたすべての患者が薬に対して否定的な認識を持っていた。さらなる検証が必要ではあるが、薬剤の価値判断が、deprescribingに関する意思決定の際の積極性に重要な影響を及ぼしている可能性がある。
・また、意思決定をする能力が欠如しているという自己認識は、deprescribingの既知の障壁の1つである。高齢で複数の併存疾患を抱える患者の中には、薬の服用を自己健康管理の一部と捉え、非現実的な期待を抱いているケースもある。そのような場合、モチベーショナル・インタビュー/動機づけ面接(motivational interviewing)のような共同的なコミュニケーション技法が、患者の自己効力感を高め、情報に基づいた意思決定を支える手段として有効である可能性がある。実際、モチベーショナル・インタビューは行動変容を促進する手法としてエビデンスが蓄積されており、本研究で観察されたようなdeprescribingに消極的な患者にも適応が期待される。
・一部の患者では、薬に対する肯定的な認識や、現状への満足感が見られた。これは、医師への信頼や処方計画への安心感と結びついていた。このような状況は、Antonovskyが提唱したサリュトジェネシス(salutogenesis/健康生成論)の枠組みにおける「首尾一貫感覚(sense of coherence)」や「健康資源」という概念に関連して理解できる。すなわち、日常的なルーチンにおける服薬行動が「自己の安定」に寄与している場合、画一的なdeprescribingは高齢者のwell-beingを損なうリスクがある。
・本研究はまた、医療専門職がdeprescribingの会話を開始することの重要性を改めて示した。薬に肯定的な患者や、医師に対してdeprescribingを持ち出すことに消極的な患者であっても、医師から提案された場合には中止を受け入れる傾向がある。このように、たとえ患者が現状に満足しているように見えても、医師がdeprescribingの話題を提起する意義は大きい。
・WeirらおよびCrutzenらによる従来の類型と比較して、本研究の類型は「積極性(proactiveness)」に明確に焦点を当てている点が特徴的である。従来の分類は、医療者からの提案に対する「受け入れ意志」に重きを置いていたが、本研究では、患者が自らdeprescribingを提案するような能動性を評価軸に加えている。例えば、積極型の患者は、shared decision making(共同意思決定)を通じて自らの薬物選択に対するコントロールを重視する支援モデルが適している一方、満足・リスク回避型や順応型の患者には、医師主導の会話によるアプローチがより適していると考えられる。今後は、こうした積極性の形成過程をより深く理解し、それを促進するための介入法の開発が求められる。
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<参考文献>
・Kenya Ie, et al. Proactive Deprescribing Among Older Adults With Polypharmacy: Barriers and Enablers, The Annals of Family Medicine May 2025, 23 (3) 207-213.