Storylines of family medicine Ⅱ:基礎的な構成要素-コンテクスト:コミュニティ:健康
目次
コンテクスト-時間, 場所, 存在に根ざす家庭医療
・「文脈(context)」とは、「何かが存在し、または起こる状況であり、それを説明する手がかりとなるもの」である。
・人々のケアを行う上で複数の文脈が影響してくる。まず頭に浮かぶのは地理的な要素である。その後に、教育、家族、富、雇用といった要素が続く。私たちは皆、健康のアウトカムが社会階級と密接に関連していることを知っている。政治や政策も、文脈を考える際には重要な要素である。
・文脈とは、私たちが患者の人生を理解するための手がかりである。それを癒しの道へとつながる接点として活かすことが、私たち臨床医の責務である。文脈とは、単なるデータではない。それは、私たちの仕事の魂そのものである――「今・ここ(here and now)」の中で、愛情をもって、患者を深く知ることなのだ。
<文献>
・LaCombe MA. Contextual errors. Ann Intern Med 2010;153:126–7.
・Mathers N, Rowland S. General practice—a post-modern specialty? Br J Gen Pract 1997;47:177–9.
・Paes M, De Maeseneer J. What about the context in family medicine? Br J Gen Pract 2010;60:56–8.
コミュニティの再中心化
・健康をコミュニティ中心に捉える視点を持つことによって、医師は他者と協働しやすくなり、真に健康の中心にあるのはコミュニティであるという認識を持てるようになる。
・何世紀ものあいだ、人々は地球が宇宙の中心であると信じてきた。中心にあるということは、最も重要であるということを意味していた。この信念は知識の進展と社会の発展を妨げるものであったが、それでも人々は固執した。
・現代の私たちにはこの考えは馬鹿げているように思えるが、医療においてもこれと非常によく似たことを信じている。すなわち、病院や診療所、そして医師が「健康宇宙」の中心であるという考えである。「健康(health)」という言葉を聞くと、多くの人は白衣を着た医師や病院のイメージを思い浮かべる。そして、アメリカの健康関連支出の大半は臨床ケアに注がれている。だが驚くべきことに、臨床ケアが健康に及ぼす影響は全体の10〜15%程度に過ぎない。人々を健康にも病気にもする要因の大部分は、地域社会、つまり人々が「暮らし・働き・遊び・休む」場で起こっている。病院や診療所が果たす役割は重要であるが、それでもやはり、コミュニティこそが健康の宇宙の真の中心である。
・健康をコミュニティ中心に捉えることによって、医師の役割は再構築される。健康アウトカムを決定づける主役ではなく、医師は支援者として振る舞うことになる。彼らは糖尿病などの個別的問題だけでなく、劣悪な住環境といった地域の問題にも向き合い、支援することになる。医師は、地域の力を強めることに注力するようになる。医学的知識を他のパートナーの専門性と統合し、地域自身が主導する研究活動などの介入を強化する手助けを行う。これを実現するためには、その地域を最もよく知るパートナー、たとえばコミュニティヘルスワーカーや地域のオーガナイザーと協働することが不可欠である。
・では、医師、特に家庭医がこのような転換を実現するにはどうすればよいのか? それは、医師が臨床現場で研修を受けるのと同じように、コミュニティの中にどっぷりと浸かることによって可能となる。自らが診療する地域に住んでいる医師もいれば、近くで暮らしたり、遊んだり、礼拝に参加したりすることで関与している医師もいる。地域に住むスタッフや患者を含む住民の声に耳を傾け、医療情報だけでなく日々の生活の物語にも心を開くことによって学ぶこともできる。
・信頼できる行動を一貫してとり続けることに信頼を得ることが可能になる。すなわち、健康制度や地域社会における有害な政策や慣行を積極的に変えようとすること、謙虚さを誠実に表明すること、言葉に責任を持ち、約束したことを実行することなどがそれである。
・なぜ家庭医は、コミュニティ中心モデルを追求すべきなのだろうか? それは、自らを中心から引き離すことで、困難な状況の中で「不可能を成し遂げる」責務から解放され、本来得意とすることに専念できるようになるからである。長年の医学教育で身につけた「癒しの技法」は、完全ではないが不可欠なものである。だが、それを一人で担うのは非現実的であり、燃え尽きを招く。仲間と協働し、コミュニティを構成する人々の存在を中心に据えることで、連帯感、関与、そして共通の目標に向けた行動が生まれる。
<文献>
・Chavis D, Lee K. What is community anyway? Stanford Social Innovation Review. 2015年5月12日公開
・MacQueen KM, et al. What is community? Am J Public Health. 2001;91:1929–38.
・Wheat S. Community: the heart of family medicine. Fam Med 2021;53:528–31.
地域志向のプライマリケア(COPC)
・地域志向のプライマリ・ケア(Community-Oriented Primary Care, COPC)の基本理念は、プライマリ・ケアが「コミュニティに根ざし、コミュニティのために設計され、コミュニティとの協働により提供されるべきである」というものである。
・あるプライマリ・ケア診療所が、自院の患者の多くが糖尿病を十分にコントロールできていないことに気づき、COPCの取り組みを開始した。まず医師たちは、診療所がどの地域を対象としているかを特定し、関係者との関係構築に取り組んだ。地域住民との対話の中で、多くの人々が食料を購入する余裕がないことが判明した。そこで地元のフードバンクと提携し、健康的な食料を備えた食料配布センターを診療所内に開設し、管理栄養士による支援も行った。その1年後には、食料不安の割合が減少し、糖尿病のコントロール指標も改善した。
・これは、典型的なCOPCの事例である。COPCは1940年代に開発されたもので、特定の地域コミュニティの健康ニーズを評価し、それに基づいて継続的にプライマリ・ケアを提供する枠組みである。この実践は、公衆衛生とプライマリ・ケアを統合することによって実現される。
・COPCの理念が適切に実行されると、予防、疾病管理、地理的視点、疫学、地域オーガナイジング、健康教育が一体となる。これらを達成するために、COPCチームは多職種から構成される。たとえば、医師、看護師、地域の利害関係者、地域組織のリーダー、公衆衛生の専門家などが含まれる。
・COPCは、社会的・経済的・環境的課題に対応する可能性を秘めているため、多くの地域健康センターではその枠組みを活用して人々の健康改善に取り組んでいる。また、このモデルの中には「地域住民との関与(community engagement)」が組み込まれており、プロジェクトの持続性と効果の拡大に不可欠な要素となっている。
以下の4つのステップを通じて、COPCは地域住民の関与を促進し、理想的なアプローチを提供する:
<1.関心のあるコミュニティを定義する>
一定の地理的範囲に暮らす人々に対して責任を持つことで、診療所を受診する人だけでなく、地域全体に医療を届けることが可能となる。あるアプローチとして「地理的レトロフィッティング(geographical retrofitting)」がある。これは、診療所に登録している患者の住所をマッピングし、最も多く分布している地域を選定し、その地域に対して以下のステップを適用するものである。
<2. 健康課題を特定する>
次に、地域データの分析やキーパーソンとの面談を通じて、地域に影響を及ぼしている健康課題を特定する。課題が明らかになったら、COPCチームはそれらの優先順位を決定し、どの課題から着手するかを選択する。
<3.介入策を開発・実施する>
既存の文献を調査して他地域で有効だった介入策を特定し、それを地域の文脈に合わせて調整するために地域住民の意見を反映する。
<4.継続的な評価を行う>
医師が薬剤の副作用や有効性を評価するのと同様に、COPCチームはプロジェクトの成果を評価する。評価を進める中で、より差し迫った課題が見つかることもあり、うまくいっている要素の確認や、機能していない部分の微調整も可能となる。
・COPCは、出来高払い制度(fee-for-service)との整合性に苦しむこともあったが、医療制度の変化により再評価されつつある。
・社会全体としても、健康格差を拡大させるのではなく縮小させるようなモデルが求められており、家庭医の間でも健康の根本原因に取り組みたいという関心が高まっている。
<文献>
・Geiger HJ. Community-oriented primary care: the legacy of Sidney Kark. Am J Public Health. 1993;83:946–7.
・Mullan F, Epstein L. Community-oriented primary care: new relevance in a changing world. Am J Public Health. 2002;92:1748–55.
・Liaw W, Rankin J, Bazemore A, Ventres W. Teaching population health: community-oriented primary care revisited. Acad Med. 2017;92:419.
健康の意味
・健康とは、私たち一人ひとりが行う大きな、あるいは小さな行動にかかっている。
・WHO憲章の前文は、「健康とは、単に疾病や虚弱のない状態ではなく、身体的、精神的および社会的に完全に良好な状態である」と始まる。1946年にこの文書が発表されたとき、人々は第二次世界大戦の惨禍をまだ深く記憶しており、それを乗り越えようとする希望のメッセージとして、この定義は掲げられた。
・21世紀となった今もなお、私たちは依然として類似した問題に直面している。核による破滅の危機、政治的な武力紛争、そして気候変動による地球規模の破壊は、人類の存在を根底から脅かしている。だが、そうした現実の中にあっても、よりよい世界――より健康な世界を望む希望は消えていない。
・多くの家庭医が、このWHOの健康の定義に特別な親近感を持っている。なぜなら家庭医療では、常に「全体性(wholeness)」を意識しているからである。個人、家族、地域社会という「全体の健康」を考えることが、家庭医の本質である。ゆえに、私たちは人間のみならず、地球上のすべての種、そして私たちが生きる環境全体についても「健康」を考えざるを得ないのである。
・マクロの視点で見れば、健康とは「人類が地球と健全な関係性を築いている」状態を意味する。人類という種が、自らの健康を支える生態系を維持し、破壊者ではなく「自然の一部」として存在することが重要である。祖先からの知恵は、私たちがこのつながりを時間や世代を超えて保ってきたことを教えてくれる。それは、私たちの歴史を受け継ぎ、未来の種をまく営みである。
・ミクロの視点で見れば、健康とは「私たちが他者や自分自身と健全な関係を保つ」ことを意味する。人間関係を保ち、育てていくことが、健康を促進する基盤となる。人とのつながりを断ち切るのではなく、相互依存的な絆を築いていくことが必要である。
・私たち家庭医が患者を「健康」へと導こうとするとき、それは診察室の外にある要因にも目を向けることを意味する。それはすなわち、以下のようなものを含む:
・健康の社会的・政治的決定要因
・所得、富、資源の不平等
・歴史的に抑圧されてきた人々に引き継がれる世代間トラウマ
・これらすべてが、WHOのいう「完全な健康」に対する脅威となっている。
・私たち家庭医は、健康的な変革を推し進める担い手となり得る存在である。健康をどう定義するかは、私たち一人ひとりの行動にかかっている。
・私たちはどこで診療するのか――社会的、経済的、地理的に周縁化された場所をあえて選んでいるか?
・私たちは誰に奉仕するのか――最も困難な状況にある人々の声に耳を傾けているか?
・私たちはどのようにケアを行うのか――患者の背景に関係なく、彼らと「協働して」健康へと一歩近づこうとしているか?
・私たちは、戦争や地球の破滅、巨大な格差に黙って従うこともできるし、平和と自然との調和、平等を目指して闘うこともできる。
・たとえば、患者の希望する名前と代名詞を尊重し、物語に耳を傾け、彼らの現実を評価と計画に反映させること。それによって、私たちは「健康」をどう捉えるかを少しずつ変えることができる。
・また、自分自身の職業的背景や無意識の偏見が診療にどう影響しているかを内省できるのであれば、私たちはさらに一歩進んで、その「学んでしまった思考と行動」を解きほぐす努力ができるはずである。そして、私たち一人ひとりの意図が、より健全な組織を生み出し、最終的には――小さな一歩の積み重ねによって――より健全な世界を作ることにつながる。
<文献>
・Odom SK et al. Pilinahā: an indigenous framework for health. Curr Dev Nutr 2019;3:32–8.
・Schroeder SA. We can do better—improving the health of the American people. N Engl J Med 2007;357:1221–8.
・Yamada S et al. A biopsychosocial approach to finding common ground in the clinical encounter. Acad Med 2000;75:643–8.
疾患, 病い, シックネス(disease, illness, and sickness)
・医師と患者が日々の診療の中で、「疾病(disease)」「病い(illness)」「病気/シックネス(sickness)」という概念をどのように表現し合っているのかを理解することは、高品質で全人的、かつ患者中心・家族中心のケアを提供するうえで大いに役立つ。
・医師は伝統的に、以下の項目を引き出すために患者へ問診を行うよう教育されている:主訴、現病歴、既往歴、家族歴、社会歴、およびシステムレビュー。これらと身体診察の所見を組み合わせて、臨床仮説を立て、診断と治療方針を導き出す。
・しかし、患者中心の医療を提供する際には、このアプローチを超えて、患者自身が自身の状態をどう理解しているかに注意を向けること、そして家族、職場、社会、コミュニティといった文脈を意識することが重要となる。そのようにして初めて、「疾病(disease)」「病い(illness)」「シックネス(sickness)」という概念を区別して捉える力が養われる。
・「疾病(disease)」とは、「個体内の生物学的・心理生理学的プロセスの機能不全または適応障害」である。
・一方、「病い(illness)」は「疾病や不快に対する個人的・対人的・文化的反応」、つまり「人間が経験する病の実感」である。
・患者の健康行動や病いの振る舞い(illness behavior)は、しばしば素朴な病いのモデル(lay models of illness)によって形づくられている。そしてこれらは、疾病と病いとの関係にも影響する。
・例えば、以下のような関係性がある:
・疾病はあるが病いのない状態(例:無症候性の高血圧、高脂血症、子宮頸部異形成)
・病いはあるが疾病のない状態(例:「心配性の健康な人」、器質的な原因のない身体症状、心因性疼痛)
・疾病と病いが共存する状態(例:医師は喘息と診断するが、患者は運動による息切れと思っている;医師は狭心症と考える胸痛を、患者は筋肉痛だと思っている)
・このように、医師と患者が疾病や病いをどう理解するかが一致している場合もあれば、そうでない場合もある。
・「シックネス(sickness)」とは、「その人の健康状態や病いが、社会規範や制度によってどのように定義され、どのように社会的役割が変化するか」に関わるものである。
・治療的関係の中核的な課題の一つは、医師と患者のあいだに「共有された信頼(shared trust)」を築くことである。そのためには、患者が自らの病いについてどのように捉えているか(つまり、病いの説明モデル)を聞き出すことが求められる。患者は、症状の原因に対する独自の信念や不安、恐れを持っており、それを明らかにすることは、診療の真の目的を明らかにするうえで役立つ。
・疾病と病いの理解が食い違うと、患者の体験が損なわれ、満足度が低下し、治療方針への非遵守が起こりやすくなる。また、医師側も診療に対する満足感を失う可能性がある。
・医師が相互の敬意、共感、思いやりを示すことで、診療における目標や期待に対する「共有された理解(shared understanding)」を築くことができる。たとえ部分的であっても共通の基盤を見いだす努力は、医療アウトカムの向上と、医師・患者双方の満足度の向上につながる。
<文献>
・Kleinman A, Eisenberg L, Good B. Culture, illness, and care: clinical lessons from anthropologic and cross-cultural research. Ann Intern Med 1978;88:251–8.
・Helman CG. Disease vs illness in general practice. J R Coll Gen Pract 1981;31:548–52.
・Martin CM. Chronic disease and illness care: adding principles of family medicine to address ongoing health system redesign. Can Fam Physician 2007;53:2086–91.
BPSモデル
・生物心理社会モデル(biopsychosocial model)は、システム理論に由来する概念枠組みであり、医師が患者ケアおよび治療方針の意思決定において「全人的視点(whole-person perspective)」を統合するための道筋を示すものである。
・システム理論とは、「全体は部分の総和を超えるものである」という考え方である。この「部分」とは自然のものも人工のものも含まれ、たとえば環境条件、歴史的出来事、個々の人間やその信念などがある。これらの要素は独立して存在しながらも、互いに影響しあいながら統一された存在の網(web)を構成しており、その網は他のどの部分の変化によっても条件付けられ、適応され得る。
・生物心理社会モデルは、このシステム理論を医学に応用したものであり、医師が疾患の発生や経過を理解する上での重要な視座を与える。また、患者がどのように「病い」に適応しているかを理解する手がかりともなる。これにより、疾患の発生と経過を人間存在の複雑性の中で捉えることができるようになる。
・このモデルが提唱するのは、「人間の病理は身体の生理的障害のみに起因するのではなく、極微の粒子から地球規模の生態系に至るまで、広範な相互関係の中で生じる」という理解である。すなわち、こうした多様な因子が、患者の主訴の発生、機能、帰結に何らかの影響を与えている。生物心理社会モデルは、病気の発症と回復のプロセスを、生物医学的要素だけでなく、心理的・社会的・環境的要素を含めて広く捉えようとする。
・このモデルが最初に紹介された際には、「従来の生物医学モデルでは説明のつかない症状を呈する患者」に焦点が当てられていた。たとえば、心理的・社会的要因が症状の出現に影響を与えているケースなどである。生物心理社会モデルは、そのような患者に対して診断と治療を文脈化する「ヒューリスティックな道具」として機能した。
・しかし、1970年代後半に医学文献に登場してからまもなく、家庭医たちはこのモデルをすべての患者に適用できる原理として受け入れた。これは、家庭医療の診療現場では、明確に定義されていない、鑑別困難な問題を抱えて受診する患者が多いためである。
・また、家庭医療の歴史的背景とも一致していた。すなわち、生物医学における過度の細分化に対する対抗文化としての性格、家族システム理論への関心、多世代にわたる家族ダイナミクスが健康と病気に及ぼす影響への着目、などである。
・このような背景のもと、生物心理社会モデルは、後に「患者中心ケア(patient-centred care)」「関係中心ケア(relationship-centred care)」「共同意思決定(shared decision-making)」などの概念へと発展していった。これらは、医師の診断的推論や臨床判断、治療上の好みだけでなく、「医師と患者のあいだにある比喩的な空間」にも重きを置くようになったのである。
・さらにこのモデルは、「文化」「スピリチュアリティ」「環境」「社会的決定要因(たとえば貧困、地理的孤立、人種差別)」など、医療の質を左右する多様な要素をも含むように広がっていった。
・当初は主に家庭医やジェネラリストに支持されていたこのモデルであるが、やがて他の専門領域にも浸透し、あらゆる臨床医にとっての「患者ケアの再考の枠組み」となった。それは診療の焦点のみならず、医師が患者とどのように向き合い、関係を築くかという点にも影響を与えた。
<文献>
・Brody H. The systems view of man: implications for medicine, science, and ethics. Perspect Biol Med 1973;17:71–92.
・Engel GL. The need for a new medical model: a challenge for biomedicine. Science 1977;196:129–36.
・Sturmberg JP, Martin CM, Katerndahl DA. Systems and complexity thinking in the general practice literature: an integrative, historical narrative review. Ann Fam Med 2014;12:66–74.
BPSアプローチ
・生物心理社会モデル(BPSモデル)は、患者の「病い」の呈示に影響するさまざまな要因を検討するための枠組みを提供する。だが、家庭医が実際の診療でこのモデルをどのように用いるかは、「人間性を重視する医療」の理解と統合への意欲にかかっている。
・生物心理社会アプローチ(BPSアプローチ)は、システム理論に基づいて、患者の病いの経験や臨床的な症状に影響する多様な要因を包括的に捉えようとするものである。もともとは、感情的反応と身体症状の相互作用に注意を向けることに主眼が置かれていたが、次第にさまざまな診断領域や臨床場面に適用されるようになった。
・また、このモデルは「患者中心ケア(patient-centred care)」や「関係中心ケア(relationship-centred care)」といった他の全人的アプローチとも共鳴し、相互に補完し合ってきた。
・モデルの成熟に伴い、診療の場において患者が持ち込む情報と同様に、医師自身がその場に持ち込む個人的・職業的経験もまた重要であることが明らかとなった。
・たとえば・・・・
・医師が暮らし、働く物理的環境
・健康と病気に関する医師自身の感情的・認知的理解
・家族、地域社会、専門職としてのつながり
・スピリチュアルな信条
・医師の置かれた環境的状況
・これらの要因は、医師が「患者の人生の現実」に目・耳・心・頭を開き、診療室の中での出来事を超えて理解を深めるかどうかに影響する。医師自身が「開かれていること」「脆弱であること」を受け入れる姿勢が重要である。
・このような理解は、生物心理社会モデルを「双方向的(bidirectional)な診療アプローチ」へと変容させる。すなわち、診療中に有機的に立ち現れてくる洞察を重視するという意味であり、それは日々の臨床経験の中でも、キャリア全体を通じた熟慮によっても育まれていく。
・このように、生物心理社会モデルは固定的なものではなく、むしろ柔軟で開かれた姿勢が求められる。
・医師は患者からの情報にだけ注目するのではなく、以下のような問いを自らに向けることが大切である:
・自分はどのようなレンズを通して患者の主訴を理解しているか?
そのレンズは、自分の認知的・感情的応答にどう影響しているか?
・自分の言語的・非言語的なコミュニケーションは、患者との信頼関係、安心感、治療効果の形成を促進しているか?それとも妨げているか?
・このアプローチを使って、自分が学んできた「医学文化」と、患者の「日々の生活」「希望」「夢」との橋渡しはできているか?
・自分は感情的知性(emotional intelligence)、適応的専門性(adaptive expertise)、臨床的勇気(clinical courage)を治療の道具として活用できているか?
・このアプローチを通じて、自分の職業的な意識と仕事への満足感をどのように育てられるか?
・これらの問いに真摯に向き合ってきた賢明な医師――その多くは家庭医である――の中には、生物心理社会モデルという言葉すら知らなかった者もいる。だが、そうした医師たちは、常に「親切さ」「思いやり」「癒し」をもって診療に臨んできた。
・名称はどうあれ、私たちは医師に対し、とりわけジェネラリストたちに対し、「心(heart)」「頭(head)」「手(hands)」を用いて、患者の健康を支えるとともに、自らの診療に喜びを見出すことを呼びかけたい。
<文献>
・Borrell-Carrió F, Suchman AL, Epstein RM. The biopsychosocial model 25 years later: principles, practice, and scientific inquiry. Ann Fam Med 2004;2:576–82.
・Novack DH et al. Calibrating the physician: personal awareness and effective patient care. JAMA 1997;278:502–9.
・Ventres WB, Frankel RM. Personalizing the biopsychosocial approach: “add-ons” and “add-ins” in generalist practice. Front Psychiatry 2021;12:716486.
社会医学としての家庭医療
・家庭医療という専門分野は、社会医学(social medicine)の基本理念を体現している――すなわち、家庭医は健康なときも病めるときも、常に患者と地域社会に寄り添う存在である。
・私たちは何世紀にもわたって、社会的条件が病気の発症に関与していることを理解してきた。この考え方と、それを学問として扱う「社会医学」という分野は、19世紀ドイツの医師ルドルフ・ヴィルヒョウ(Rudolf Virchow)の先駆的な業績に端を発する。ヴィルヒョウは、社会的状況と疾病との関係について観察と統計データに基づいて記述しただけでなく、社会改革を訴える政治的活動家でもあった。
・現在、議論となっているのは「社会医学」と「従来の公衆衛生」との違いである。従来の公衆衛生は、例えば数値的な罹患率などをもとに健康問題を分析的に捉える。一方、社会医学は、社会を構成する個々人を超えて「構造としての社会(social structure)」そのものに注目する。そこでは、健康と病気の間のギャップは「連続体」であり、単純な二分法では捉えられない動的で多次元的なプロセスとして捉えられる。
・社会医学には、次の3つの基本原則がある:
- 社会的および経済的条件は、健康・疾病・医学の実践に深く影響する。
- 人々の健康は、社会的な関心事である。
- 社会は、個人と社会の両側面から健康を促進する責任を負っている。
・米国において、家庭医療は当初から「対抗文化的運動(countercultural movement)」として出発した。
・それは、医療を再び地域へと戻し、医療への障壁を取り除こうとする試みだった。その根底にあるのは、「関係性の構築」という理念であり、家族単位での継続的かつ包括的な医療を通じて、これを実現しようとしてきた。
・しかし、家庭医療の発展は、医療制度におけるいくつかの否定的な傾向とも並行してきた。たとえば、医療の消費化(consumerism)、費用の高騰、大病院の拡張、高度化された医療構造の発達などである。こうした革新は、個々の患者には恩恵をもたらす一方で、多くの人々にとってはアクセスや受容性に制限がある。さらに、医療の志向性が三次医療へと偏ることで、社会的な格差が拡大しているという現実もある。
・このような流れに対して、家庭医療は修正的な役割を果たしている。家庭医は、医療制度・患者・地域社会の接点に立ち、社会的・政治的な健康決定要因に影響を与える政策を提唱し、患者との長期的な関係性を通じて「健康を育む関係」を築こうとしている。
・もちろん、家庭医療が現在の医療制度におけるすべての問題の万能薬というわけではない。しかし、最良の形で実践されるとき、家庭医療はまさに「社会医学」の本質そのものを体現するのである。
<文献>
・Anderson MR, Smith L, Sidel VW. What is social medicine? Monthly Review, 2005年1月1日
・Karnik A, Tschannerl A, Anderson MR. What is a social medicine doctor? Soc Med 2015;9:56–62.
・Porter D. How did social medicine evolve and where is it heading? PLOS Med 2006;3:e399.
――――――――――――――――――――――――――――
<参考文献>
・Ventres WB, Stone LA, Shah R, Carter T, Gusoff GM, Liaw W, Nguyen BM, Rachelson JV, Scott MA, Schiff-Elfalan TL, Yamada S, Like RC, Zoppi K, Catinella AP, Frankel RM, Prasad S. Storylines of family medicine II: foundational building blocks-context, community and health. Fam Med Community Health. 2024 Apr 12;12(Suppl 3):e002789. doi: 10.1136/fmch-2024-002789. PMID: 38609084; PMCID: PMC11029393.