Storylines of family medicine Ⅰ:家庭医療の枠組み:歴史:価値:側面
目次
家庭医療-総合診療の専門性(Family medicine-The generalist specialty)
・50年以上前、家庭医療(family medicine)は、科学的根拠を備えた学術的専門領域としてその地位を確立した。家庭医療は、個人を家族、地域社会、社会全体の文脈の中で捉え、なおかつその根本にある「総合診療(generalist)」を堅持している。
・健康と癒やし/回復(healing)を目的とする場合、人間そのものに関する専門性は、人体に関する専門性よりも価値があることが多い。
・総合診療医は患者の近くにいて、病気の診療だけでなく、予防的ケアや人生の悩みにも耳を傾けていた。しかし第二次世界大戦後、このような総合診療医は急速に姿を消し、専門医はその代役を果たすには不十分だった。人々は依然として、パーソンセンタードケア(person-centered care)を必要としていた。
・このような背景から、1960年代に一般開業医たちは「家庭医療(family medicine)」という新たな専門領域を設計・実践し始めた。それは、地域社会の人々に対して個別化された医療を提供するためであった。
・この新しい専門領域の基盤には、生物医学(biomedical sciences)があった。しかし、そこには公衆衛生、行動科学、病院診療、システム理論、地域医療といった他分野の知見も統合されていた。
・家庭医療の価値をどのように定式化し、医学界や医学生に伝えるかという課題があった。
・家庭医療が他の専門領域と比較して容易であるとか、厳密性が劣るということは決してない。むしろ、家庭医療はより広範な問題に取り組む必要がある。そのため、家庭医たちは、家族・社会・構造的要因という文脈の中で患者を診る姿勢を築いてきた。
・家庭医療は、人間の身体の疾患だけでなく、人間そのものの悩みにも応えるという包括的な姿勢を特徴とする。家庭医は、かつての総合診療医がいた場所に今も存在し、個人・家族・地域社会すべてにわたる「全人的医療(whole-person, whole-family, whole-community medicine)」を提供している。人々が暮らし、育ち、学び、遊び、働き、年を重ねるその場において、医療を提供し続けているのである。
<推薦文献:>
・Hart JT. A new kind of doctor. J R Soc Med 1981;74:871–3.
・Willard WR. Rational responses to meeting the challenge of family practice. JAMA 1967;201:108–11.
・McWhinney I. General practice as an academic discipline: reflections after a visit to the United States. Lancet 1966;287:419–23.
家庭医療のこれからの50年
・家庭医療は1969年の創設以来、重要な貢献を果たしてきたが、今後も達成すべき課題は数多く残されている。
・アメリカにおける家庭医療の最初の50年は、著しい成長と成果の時代だった。8つの家庭医療関連組織による協働により、「実践モデル」「報酬体系」「技術革新」「人材育成」「教育」「研究」の分野で戦略的な整合が図られ、「トリプル・エイム(Triple Aim:保健医療システムの質向上、健康の向上、コスト抑制)」の実現を目指して取り組まれてきた。
・しかしながら、家庭医療という専門領域には、依然として成し遂げるべきことがある。キュリー夫人の言葉にあるように、「進歩の道は決して迅速でも容易でもない」。
以下は今後の家庭医療にとって重要なアジェンダである。
<医学校に対する説明責任の追及(Hold medical schools accountable)>
多額の公的資金が投入されているにもかかわらず、米国の医学校はプライマリケア医の供給を十分に果たしていない。入学方針の改革、早期からの地域密着型体験の提供、家庭医ロールモデルとの接触、学生の借金負担の軽減によって、家庭医療を魅力ある進路とすることができる。
<公衆衛生との連携(Partner with public health)>
家庭医療にとって、戦略的なパートナーは公衆衛生分野である。両者は共に、米国の平均寿命の低下、母子保健、臨床予防、健康リテラシー、患者の信頼、健康格差の是正に取り組んでいる。
<国家的な医療人材政策の構築(Create a national workforce policy)>
健全なプライマリケア体制を実現するためには、それを公共財と位置づけた制度的支援と資金投入が不可欠である。家庭医療や他の一次医療分野に対する資源配分を確実に行う必要がある。
<医療制度の進化への貢献(Contribute to the evolution of the healthcare system)>
アクセスしやすく、学際的で、人間中心の新しい医療モデルが、効果的かつ効率的なシステムとしてその価値を示している。今後は、以下の要素を持つ新たな実践モデルを育成すべきである。
・行動医療との統合
・遠隔医療(telehealth)の拡充
・量より質を重視する報酬制度
・医療の調整・連携の評価
・地域のニーズに応じた柔軟な対応
<名称、役割、範囲の明確化(Clarify our name, identity, role and scope)>
家庭医療に関するさまざまな啓発努力にもかかわらず、いまだに「家庭医とは誰か」「誰が一次医療を担うのか」「なぜプライマリケアが重要なのか」について混乱がある。
<家庭医療に由来する研究の価値の主張(Advocate for the value of research that originates from family medicine)>
多くの医療は地域や診療所などプライマリケアの場で行われているにもかかわらず、医学研究の多くは高度で生物医学的、機械論的、三次医療中心の視点から行われている。この流れを変えるためには、家庭医療をはじめとする一次医療分野が、国立衛生研究所(NIH)などの研究資金配分機関において優先されるべきである。
家庭医たちは、自らの専門領域の成果に誇りを抱いている。しかし、同時に、まだその潜在力を完全には発揮できていないという不満も抱いている。未来の家庭医たちは、これまでの成功の上に立ち、これからの課題に立ち向かうことで、明るい未来を築いていくべきである。
<推薦文献:>
・Gawande A. The heroism of incremental care. The New Yorker, 15 Jan 2017.
・Grumbach K, Bodenheimer T, Cohen D, et al. Revitalising the US primary care infrastructure. N Engl J Med 2021;385:1156–8.
・Stange KC. Holding on and letting go: a perspective from the Keystone IV Conference. J Am Board Fam Med 2016;29:S32-9.
家庭医療の普遍的な4つの真実
・家庭医療(family medicine)は、ケアのプロセスとして、以下に述べる4つの指針的真実を持っている。
・家庭医療は、一般診療(general practice)の流れをくむものとして出発した。医学がどんどん断片化されていくなかで、それが個別的な患者ケアや公共の健康にとって有害であるという認識から、この分野が発展した。
・こうした断片化への懸念はいまも続いており、家庭医療は、地域(農村、郊外、都市)に根ざした、強固なプライマリケアの礎を目指し、患者の医療的ニーズに応じるだけでなく、文化・階級・歴史などが人々の健康と幸福にどう影響するかを考慮しながら、発展を続けている。
・家庭医療は、他の多くの医療専門領域でも使われるようになったいくつものアプローチを導入してきた。たとえば、システム志向のケア(systems-oriented care)、患者中心・家族中心のケア(patient- and family-centred care)、地域志向の一次医療(community-oriented primary care)などである。
・これらのアプローチには、時代が変化しても揺るがない4つの真実が共通して根付いている。これらの真実は、今後どのような動的変化が家庭医療に訪れようとも、変わらずその根幹を成し続けると考えられる。
・以下がその4つの普遍の真実である:
<1.人生は困難である(Life is hard)>
家庭医療においてこの真実は、人はしばしば健康上の困難に直面し、それに適応し乗り越えるためにもがくという現実を意味している。彼らは、信頼できる案内役としての専門家、思慮深く賢明な助言者を必要とし、その存在によって、予防や苦痛の緩和、ケアの実感、早すぎる死の回避といった支援を受けることができる。
<2.小さなものが美しい(Small is beautiful)>
もとは経済学的な理念として提唱されたこの考え方は、家庭医療においては「普通の人々こそが医療の最終目標であり、病院や技術、あるいは権力・名声・利益(the 3Ps: power, prestige, profit)ではない」とする価値観を意味する。また、家庭医療の美しさは、そうした普通の人々に対する繊細な注意深さにある。それは、時間をかけて少しずつ積み上げられていくものであり、その集積は治癒力のある行為となる。
<3.愛こそすべて(Love is all you need (almost!))>
もちろん家庭医療は「医療(medicine)」であり、専門的知識、手技、臨床的判断を要する。しかしそれが継続性(continuity)、包括性(comprehensiveness)、連携(coordination)、アクセスの良さ(access)、責任性(accountability)という特性(ACCCA)とともに実践されるならば、それは「愛の行為」となる。他者を健康へと導くために一人の人間がもう一人の人間に寄り添う、そうした営みである。
<4.私たちは「家族」である(We are family)>
「家族(family)」は、現在の米国医療システムを支配する還元主義的バイオメディカルモデルでは見過ごされているすべてを象徴する比喩である。人は誰しも相互依存的な世界に生きており、孤立して存在することはできないという前提に立つ概念でもある。
これら4つの真実を家庭医療の中核的理念として適用することにより、家庭医たちは、医療の非人間化(depersonalisation)に抗し、人と人とのつながりと共感の力を回復させる実践を重ねてきた。そして今後も、これらの理念は、家庭医療の実践における灯台のような役割を果たし続けるだろう。
<推薦文献:>
・Loxterkamp D. Outside the lines: the added value of a generalist practitioner. Can Fam Physician 2019;65:869–72.
・McWhinney IR. The importance of being different. Br J Gen Pract 1996;46:433–6.
・McWhinney IR. Primary care: core values. Core values in a changing world. BMJ 1998;316:1807–9.
・Stephens GG. Family medicine as counterculture. Fam Med 1989;21:103–9.
名称が意味するもの
・「名前(name)」とは、人や物を他と区別するための語や句である。家庭医(family doctors)は、医療システムにおける最初の接点として、継続的かつ連携的なケアを提供しながら、患者とともに病と健康の複雑な旅路を歩む熟練した医師である。
・当初、「家庭医療(family medicine)」という言葉は、家庭医の業務についての教育および研究活動を指していた。しかし現在では、学術・臨床の両面において、その専門領域全体を意味する用語として用いられている。
・家庭医療は、総合内科(general internal medicine)および総合小児科(general pediatrics)と並ぶプライマリケア専門領域のひとつである。家庭医は、これらの領域の専門職と連携して活動しており、ファミリーナースプラクティショナー(family nurse practitioners)や医師助手(physician assistants)とも共に働く。
・私たちは「総合診療医(generalists)」である。総合診療の原則には、以下の「7つのC」が含まれる:
・初期接点(first contact)
・継続性(continuity)
・包括性(comprehensiveness)
・連携(coordination)
・地域との関わり(community engagement)
・患者中心性(patient-centredness)
・複雑性(complexity)
・そして私たちは、8つ目の要素として「文脈(context)」を加える。これらの原則の総体こそが、家庭医や他の総合診療医が、専門医とは異なる独自の視点から患者の問題にアプローチすることを可能にしている。
<推薦文献:>
・Bazemore A, Grunert T. Sailing the 7C’s: Starfield revisited as a foundation of family medicine residency redesign. Fam Med 2021;53:506–15.
・Beasley JW, Roberts RG, Goroll AH. Promoting trust and morale by changing how the word provider is used: encouraging specificity and transparency. JAMA 2021;325:2343–4.
・Ventres W, Sorsby S. Estimating entrance into primary care: time for a change? Acad Med 2022;97:1731.
家庭医療の核心
・家庭医(family physicians)は、語るべき強力な物語(story)を持っている。たとえその声が政治的文脈や文化的力、あるいは実践者自身の慎み深さによって抑えられていたとしても、その物語を語ることは、国家や世界の健康にとってきわめて重要である。
・家庭医は、かつての一般診療医(general practitioners)の継承者である。その系譜は、文字に記録される以前の時代のシャーマンや先住民の治療者にまでさかのぼる。新大陸に移住したヨーロッパの開拓者たちは、医療・外科・薬剤師的技能をすべて兼ね備えた総合診療医として活動しなければならなかった。アメリカでは植民地時代から、総合診療医は医療の重要な担い手であり続けてきた。彼らの現代的な後継者である家庭医もまた、時代とともに社会や科学の変化に適応しながら、地域社会に貢献している。
・家庭医療は、健康を増進し、かつ費用を節約するという、極めてまれな領域のひとつである。家庭医が地域に存在することで、平均寿命が延び、逆に専門診療の集中度が高い地域では死亡率が上昇することもある。
<推薦文献:>
・DeVoe JE, Nordin T, Kelly K, et al. Having and being a personal physician: vision of the Pisacano Scholars. J Am Board Fam Med 2011;24:463–8.
・Ferrer RL, Hambidge SJ, Maly RC. The essential role of generalists in healthcare systems. Ann Intern Med 2005;142:691–9.
・Starfield B, Shi L, Macinko J. Contribution of primary care to health systems and health. Milbank Q 2005;83:457–502.
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<参考文献>
・Ventres WB, Stone LA, Rowland KT, Streiffer RH, Macechko MD, Roulier JA, Borkan JM, Green LA. Storylines of family medicine I: framing family medicine - history, values and perspectives. Fam Med Community Health. 2024 Apr 12;12(Suppl 3):e002788. doi: 10.1136/fmch-2024-002788. PMID: 38609088; PMCID: PMC11029363.