家庭医によるメンタルヘルスケア
AAFPによるメンタルヘルスケアに関する行動提唱
・AAFP(米国家庭医療学会)は家庭医によるメンタルヘルスケアに関して以下のレベル別で行動提唱をしている。
<①医師レベル(Physician level)>
・最新の精神保健に関する知識を維持すること(例:最新のスクリーニング推奨、行動健康とプライマリ・ケアの統合モデル、トラウマインフォームドケア、遠隔医療・遠隔精神医療に関する理解)
・健康格差や社会的決定要因など、リスクの高い集団における精神健康に影響する要因を理解すること
・必要に応じて、ケアの連携、遠隔医療、サービスの併設、その他の行動健康統合モデルを通じて、精神保健専門職と協働すること
<②診療レベル(Practice level)>
・精神/行動健康をプライマリ・ケアモデルの中核として取り入れる診療環境を構築・維持すること(例:精神的ウェルネスの維持に関するスティグマの排除)
・新たな、あるいは推奨される治療法の開発・導入を支援し、より多くの患者が適切な治療とフォローアップを受けられるようにすること(例:遠隔医療などの新技術の利用)
<③地域/リーダーシップレベル(Community/Leadership level)>
・医療圏内において、精神保健専門職(例:精神科医、認知行動療法士)との連携体制を築き、リソースの統合と家庭医の専門外のニーズへの対応体制を整備すること
・地域における精神的・身体的ウェルネスを支える非医療系組織・プログラムと連携し、医療サービスと社会サービスとの協働の機会を創出すること
<④教育/政策提言レベル(Educational/Advocacy level)>
・精神保健をカリキュラムの中核とする卒後教育や研修の継続的推進を提唱すること
・以下を含む報酬制度改革を提唱すること:
・家庭医が提供する精神・行動健康サービスに対して適切な報酬が支払われること
・行動健康のプライマリ・ケアへの統合を支援すること
家庭医の役割
・家庭医は、幅広い身体的および精神的健康問題を扱う、継続的かつ包括的なケアの提供者であると定義されている。
・家庭医は、急性疾患・慢性疾患の管理だけでなく、予防医療、健康増進、リスクの高い患者に対する早期介入も担っている。これらの役割の中で、精神・行動健康に関する問題は頻繁に診療の対象となる。
・家庭医の重要な機能の一つは、診療室での早期発見とスクリーニングである。家庭医は、患者の身体的訴えや慢性疾患の管理の過程で、併存する精神疾患の兆候を見逃さず評価することが求められる。
・多くの患者は、精神的苦痛や行動上の問題について、家庭医を最初の相談先とすることが多く、したがって家庭医は早期の気づきと介入のための重要なアクセス点となる。
・さらに家庭医は、継続的で信頼に基づいた関係を通じて、患者の行動変容を支援する独自の立場にある。
・うつ病、不安症、睡眠障害、物質使用障害(SUD: substance use disorders)などの診療では、時間をかけた信頼関係が、症状の理解、治療の選択肢の共有、再発予防のためのフォローアップにおいて大きな役割を果たす。
・また、家庭医はその包括的な視点から、身体疾患と精神疾患が互いに影響を及ぼし合うことを理解している。たとえば、うつ病は糖尿病や心疾患など慢性疾患の管理を困難にし、その一方で慢性疾患の苦痛がうつ病の増悪因子となることがある。このような複雑な関係性を理解したうえでの診療は、患者の全体的な健康の改善に不可欠である。
・家庭医の臨床的役割に加え、家族、地域社会、教育機関、職場など、多様な社会的文脈における精神・行動健康の課題に対しても対応できる立場にある。家庭医は、これらのコンテクストを把握し、患者に必要な支援リソースへのつなぎ役としても機能する。
・最後に、家庭医は、専門的な精神保健ケアへの橋渡し役も担う。すべての精神疾患がプライマリ・ケアで完結するわけではなく、家庭医はその限界を認識したうえで、専門医への適切な紹介を行う判断力が求められる。また、紹介後の連携を通じて、全人的な診療の一貫性を保つことが重要である。
メンタルヘルスケア/行動的健康とプライマリ・ケアの統合
・メンタルヘルスケア/行動健康(mental and behavioral health)をプライマリ・ケアに統合することは、家庭医の診療にとって極めて重要である。
・精神疾患は高い罹患率と健康転帰への深刻な影響を持つ一方で、多くの患者にとって精神保健専門職にアクセスすることは困難である。このような背景において、プライマリ・ケアにおける統合的な精神・行動健康アプローチは、ケアの質、患者満足度、そして医療の効率性を向上させる手段として注目されている。
・統合ケアの実現には以下のような要素が重要である。
・共通の電子カルテ(EHR)や情報共有基盤の整備
・診療報酬制度の整備(例:チーム医療への包括的報酬モデルの導入)
・行動健康専門職の人材確保とトレーニング
・プライマリ・ケア医と行動健康専門職の間の相互理解と協働スキルの向上
・患者中心のケアを基軸とした継続的な評価と改善体制
・また、精神・行動健康ケアの統合は、健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health)にも配慮したケアの提供を促進する。
・家庭医は患者の住環境、教育、雇用、家族構成、差別経験といった要因を総合的に把握し、それを踏まえて個別化された精神保健支援を実施する立場にある。
・本章の結論として、精神・行動健康ケアの統合は、家庭医が従来から実践してきた包括的・全人的医療の延長線上に位置する取り組みであり、今後のプライマリ・ケア改革の中心的戦略であると明言されている。
・統合ケアのレベルは様々に存在する。以下に示すのは、精神・行動健康ケアをプライマリ・ケアに統合するための主なモデルである。
<①協働ケアモデル(Collaborative care model)>
・このモデルは、プライマリ・ケア医、行動健康専門職(例:心理士、社会福祉士)、精神科医の三者がチームを構成し、計画的かつ測定可能な方法でケアを提供するものである。
・エビデンスに基づいたこのモデルは、特にうつ病や不安症において、治療効果とコスト効果の両面で高い成果を挙げている。
<②併設モデル(Co-located model)>
・行動健康専門職がプライマリ・ケアの診療所内または近接した場所に配置され、患者を即時に紹介できる体制である。
・これはアクセスの向上や継続的ケアに利点があるが、臨床的および情報の統合レベルが必ずしも高いわけではない。
<③包括的統合モデル(Fully integrated model)>
・プライマリ・ケアと行動健康ケアが完全に統合された診療体制である。
・チームは共通の診療方針、記録システム、目標、責任を共有しており、患者にとっては一貫したケアが提供される。
・このモデルは、全人的・継続的・協調的ケアを提供するという家庭医療の理念と最も親和性の高い形態である。
リスクの高い集団への対応
・精神・行動健康ケアへのアクセスには大きな不均衡が存在しており、特定の集団ではとくにその傾向が顕著である。
・リスクの高い人々は、精神疾患の有病率が高いだけでなく、診断の遅れ、治療の中断、健康アウトカムの悪化など、多層的な困難に直面している。
・家庭医は、こうした不均衡の是正において重要な役割を果たす立場にある。
・以下は、特に配慮を要するリスク集団の例である。
<①LGBTQ+コミュニティ>
・差別、スティグマ、家族や社会からの疎外経験が、うつ病、自殺念慮、不安障害のリスクを高める
・トランスジェンダーを含む個人は、特に自殺企図率が高く、かつ適切な医療アクセスが不足している
・家庭医は、安全で受容的な診療環境を提供し、個人の性的指向・性自認を尊重したケアを行う必要がある
<②低所得層およびホームレスの人々>
・経済的不安定さ、居住の不安定さ、慢性的ストレスが精神健康に悪影響を与える
・医療へのアクセスが制限され、継続的なケアや投薬の中断が起こりやすい
・家庭医は、医療だけでなく福祉・地域資源との連携を通じた包括的支援を行う立場にある
<③高齢者>
・認知機能低下、社会的孤立、慢性疾患の合併など、複合的要因による精神的脆弱性がある
・高齢者はうつ病を身体症状として訴えることが多く、見逃されるリスクがある
・家庭医は長期的な関係性を通じて、精神疾患の兆候を早期に把握できる
<④小児/青少年>
・精神疾患の初発は青年期に多くみられ、学業や家庭環境のストレスと密接に関連する
・家庭医は、親や学校との連携を通じて予防・早期介入を実施する重要な役割を担う
家庭医は、これらのリスク集団に対して、公平な医療アクセスの実現に向けた「ゲートウェイ」としての役割を果たす。そのためには、文化的に適切でトラウマインフォームドな(trauma-informed)ケアの提供、地域社会との連携、非医療的ニーズ(住居、食料、交通など)への対応も含めた包括的アプローチが求められる。
ケアにおける障壁
・精神・行動健康ケアにおけるアクセスの障壁は特に深刻な問題であり、家庭医によるケア提供にも大きな影響を及ぼし得る。こうした障壁には、地理的、制度的、経済的、文化的な要因が複合的に関与する。
<①地理的障壁>
・多くの地域、特に農村部や医療資源が乏しい地域では、精神保健専門職が不足している。
・これにより、患者が必要な専門ケアを受けられず、家庭医がより多くの精神疾患管理を担う状況が生じている。
・遠隔医療(telehealth)はこの格差を緩和する可能性を持っているが、技術インフラや患者側の利用能力の問題が残っている。
<②保険制度上の障壁>
・精神・行動健康サービスに対する医療保険の適用範囲は不均一であり、多くのプランで制限や自己負担が大きいことが、受療率を下げている。
・また、精神健康サービスの診療報酬は身体診療と比して低く、家庭医がケアを提供するインセンティブや時間的余裕を確保することが困難である。
・精神保健ケアの診療時間の長さと報酬が見合っていない、などの指摘がある。
<③統合の阻害要因>
・精神・行動健康と身体医療の統合には、制度的障壁も多く存在します。
・例えば;
・電子カルテ(EHR)システムが別々で、情報共有が困難
・診療報酬体系が、チームベースのケアや協働診療に対応していない
<④スティグマと文化的障壁>
・精神疾患に対するスティグマや、精神医療に対する文化的・宗教的な忌避感は、特にマイノリティや移民コミュニティにおいてケアへのアクセスを阻害する。
・加えて、言語の壁や文化的非適合が、適切なケアを受けるうえでの障害となることもある。
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<参考文献>
・AAFP: Mental Health Care Services by Family Physicians(Position Paper).