転移と逆転移 transference/countertransference

転移の定義と機能

 <転移の基本的理解>

転移(transference)は、患者が治療者に対して示す反応や態度が、過去に重要な他者との関係で形成された感情や認知的パターンに影響される現象である。

・これは、患者が過去の経験に基づく感情を、現在の治療者に投影することで生じる。

フロイト(Sigmund Freud)により初めて理論化され、心理療法における中心的な概念として広く認識されている。

 <転移の発生メカニズム>

・転移は、以下のような心理的プロセスを通じて発生する。

  1. 患者は、治療者とのやり取りを通じて、無意識に過去の重要な他者との関係を再現しようとする。
  2. この再現は、患者の自己概念や他者に対する期待、感情反応を含む内的な表象に基づく。
  3. これらの内的表象が治療者との関係に反映されることで、転移が形成される。

 <転移の種類>

・転移にはさまざまな形態が存在し、患者の個別の経験や人格特性に応じて異なる表れ方をする。

・一般的な転移の種類には以下が含まれます。

  ・理想化転移:治療者を理想化し、過度に信頼する傾向。

  ・攻撃的転移:治療者に対する敵意や不信感が強く現れる場合。

  ・依存的転移:治療者に過度に依存し、自律性が低下するケース。

  ・性的転移:治療者に対して恋愛感情や性的欲求が生じる場合。

  ・逆境転移:過去のトラウマや虐待経験が反映される形で治療者に対する恐怖や不安が現れる場合。

 <転移の臨床的意義>

・転移は、患者の無意識の葛藤や未解決の心理的問題を明らかにするための重要な手がかりとなる。

・治療者は、転移の内容や形態を理解することで、患者の内的世界や対人関係の特徴をより深く理解することが可能となる。

・また、転移の適切な処理は、治療関係の深化治療目標の達成に寄与する。

 <転移の役割と治療的価値>

・転移は単なる治療の障害ではなく、治療者と患者の関係を通じて患者の人格変容を促すための重要な要素と見なされる。

・転移を通じて患者は、過去の未解決の感情や認知を再体験し、それを適切に処理する機会を得ることができる。

・これにより、患者は過去の関係パターンから解放され、新たな対人関係の可能性を模索することが可能となる。

逆転移の定義と機能

 <逆転移の基本的理解>

逆転移(countertransference)は、治療者が患者に対して示す感情反応や態度が、治療者自身の未解決の葛藤や過去の対人関係に基づく現象を指す。

・これは、患者の転移に対する反応として現れることが多く、治療者が自己の感情や認知を無意識に患者に投影する形で発生する。

 <逆転移の発生メカニズム>

・逆転移は以下のような要因により引き起こされる。

  ・治療者自身の未解決の心理的問題やトラウマ

  ・治療者のパーソナリティ特性価値観

  ・患者との関係における個人的な経験や感情的結びつき

  ・患者の転移反応に対する治療者の無意識的な反応

 <逆転移の種類>

・逆転移にはさまざまな形態があり、治療者の個別の特性や患者との関係に応じて異なる反応が見られる。

・一般的な逆転移の種類には以下が含まれる。

  ・理想化的逆転移:患者に対して過度の称賛や理想化の感情を抱く場合。

  ・保護的逆転移:患者に対して過保護な態度をとり、自律性を阻害するケース。

  ・攻撃的逆転移:患者に対する怒りや苛立ちが強く現れる場合。

  ・性的逆転移:患者に対して恋愛感情や性的欲求が生じる場合。

  ・距離を置く逆転移:患者に対する共感が欠如し、感情的な距離を保つケース。

  ・無力感の逆転移:患者の問題に対して無力感や失望を感じる場合。

 <逆転移の臨床的意義>

・逆転移は、治療者が患者の内的世界を理解するための重要な手がかりとなる。

・治療者が自己の逆転移反応に気づき、それを適切に処理することで、患者との関係がより深く、かつ効果的なものになる可能性がある

・また、逆転移は、治療者自身の心理的成長や自己理解を深める機会ともなり得る。

 <逆転移のマネジメントと克服>

・逆転移は、治療プロセスにおいてしばしば障害となることがあるが、適切に認識し、対処することで治療関係の強化や患者の治療効果の向上に貢献する。

・具体的な対処法としては以下が含まれる。

  ・自己認識の強化:治療者が自己の感情や認知に対する洞察を深めること。

  ・スーパービジョンの活用:他の専門家との相談やフィードバックを通じて、逆転移の影響を理解すること。

  ・自己省察と感情の整理:治療セッション後に自らの反応を振り返り、感情の由来を明確にすること。

  ・個人的な心理療法:治療者自身が未解決の葛藤を処理するために、個人的な心理療法を受けること。

転移と逆転移における治療的意義と応用

 <転移の治療的意義>

・転移は単なる治療の障害として捉えられることがあるが、実際には治療プロセスにおいて極めて重要な役割を果たす。

・転移を適切に理解し、扱うことは以下のような治療的利益をもたらす。

  ・患者の無意識的な葛藤や未解決の問題を明らかにする手がかりとなる。

  ・患者が自己理解を深め、対人関係のパターンを修正する契機を提供する

  ・治療者と患者の関係を通じて、新たな対人関係のモデルを提供する

  ・過去の否定的な経験を再体験し、それを統合的に処理する機会を提供する

 <逆転移の治療的意義>

・逆転移もまた、治療の障害であると同時に、治療者が患者の内的世界を理解するための重要な情報源である。

・適切な逆転移の認識と管理は、以下のような治療的利益をもたらす。

  ・患者の対人関係の特徴や未解決の葛藤に関する理解を深める。

  ・治療者自身の感情反応を通じて、患者の影響力や対人スタイルを明らかにする。

  ・患者との治療関係を改善し、治療の効果を高める。

  ・治療者自身の専門的成長や自己理解を促進する。

 <転移と逆転移のマネジメント>

転移と逆転移の適切な理解と管理は、以下のような具体的な治療技法に応用される。

①認知的再構成(Cognitive restructuring):

・患者が治療者に対して抱く非合理的な信念や感情を認識し、それらを修正することが求められる。

・ここには、患者が治療者に投影する感情の起源を探り、それを現実的な視点で再評価するプロセスが含まれる。

②ガイド付き発見(Guided discovery):

・患者の転移反応を理解するために、治療者が患者に対して質問を投げかけ、その反応を探索する技法である。

・これにより、患者が自己の感情や認知に気づく機会が提供される。

③役割演技(Role-playing):

・治療者と患者が過去の関係パターンを再現し、その感情や認知の背後にある意味を明らかにする方法。

・これは、治療者が自己の逆転移反応に気づくためにも有効である。

④イメージング(Imagery):

・患者が治療者に対して示す感情や反応を視覚化することで、より深い洞察を得ることが可能となる。

・これにより、患者の内的世界に対する理解が深まる。

 

転移と逆転移の限界とリスク

転移と逆転移は治療において強力な道具となり得るが、その誤用や過剰な強調は以下のようなリスクを伴う。

・患者の依存性を強める可能性

・治療者と患者の境界の曖昧化

・感情的負担による治療者のバーンアウト

・治療関係の破綻やセラピーの早期終了

これらのリスクを避けるためには、治療者が自己の感情反応に対する洞察を深め、専門的なスーパービジョンや自己反省を通じて自己理解を高めることが重要。

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<参考文献>

・Prasko J, Ociskova M, Vanek J, Burkauskas J, Slepecky M, Bite I, Krone I, Sollar T, Juskiene A. Managing Transference and Countertransference in Cognitive Behavioral Supervision: Theoretical Framework and Clinical Application. Psychol Res Behav Manag. 2022 Aug 11;15:2129-2155. doi: 10.2147/PRBM.S369294. PMID: 35990755; PMCID: PMC9384966.

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