トラウマインフォームドケア(TIC)

序論

・トラウマの影響を受けた子どもや家族はその影響を周囲から理解されず、しばしば誤解や叱責といった対応がなされてしまう。暴言などの衝動的にみえる粗暴行動に対しては周囲は「またあの人か」というふうに反応し、個人の特性や問題行動に起因させてしまいがちである。

・しかし、実際にはいわゆる”問題行動”の背景や根底には過去の逆境体験やトラウマ、喪失による慢性的な過覚醒がある。なぜそのような行動が生じているのかを”見える化”する視点が重要である。

・トラウマインフォームドケア(TIC)の視点で家族や患者を捉え直すことを基本とする。

「乱暴な子ども」は「乱暴をされてきた子ども」かもしれず、不安や恐怖による過覚醒の状態であると考えられる。ともすれば、対応として叱責は不適切で、落ち着きを取り戻せるような対応が優先となる。

・「気持ちを話せない人」は感情麻痺や過剰適応の可能性もあり、自分の気持ちに気がつけられるようになることから支援が始まる。たとえば褒めたりかまったりするとふてくされるような子どもがいれば、それは他者不信感や自己否定感、喪失への恐怖を理解した関わりをすることができる。

・トラウマを体験した人は自分自身におきた変化や影響に気がつけていないことが多い。トラウマに関する心理教育を受けることなく、叱責や制限のみで対応されてきた場合、「自分自身が悪い」と思い込んでいることもある(いわゆる"非機能的な認知")。そうした自責感や自己否定感がトラウマからの回復を妨げる要因となる。

・トラウマの影響を考える際にはまずどんな出来事(event)を体験したのかを理解しなければならない。本人もトラウマの存在を否認することがある。理解のためには”3つのE“が参考になる。

  1. Events; どんな出来事があったのか
  2. Experienced; どんなふうに体験したのか
  3. Effects; どんな影響が起きているのか

・幼少期の体験(小児の逆境的体験(ACEs; Adverse Childhood Experiences))に関する研究によると、18歳までの虐待や家族の機能不全といった出来事を多く経験するほど、成人期以降の心身の疾患や社会適応状態を悪化させ、暴力の連鎖や寿命縮小に繋がり得ることが実証されている。ACEs研究はTICアプローチの根拠となっている。

・トラウマを体験した後は無自覚にトラウマと類似した行動を繰り返すことがある(“トラウマ関係の再演”)。被害時にできなかったことをリベンジとして他の場面で振る舞ってしまうことがあり、ここでは支援者も巻き込まれることがある。ここで支援者として思わず叱責などの対処をしてしまうと、非機能的認知(「人は信用ならない」「自分は駄目だ」など)がさらに強化されてしまう。再演を防ぐ接し方が重要である。

トラウマインフォームドケア(TIC)

・人生のいかなる時点においても、親密なパートナーからの暴力、性的暴力、虐待、制度的な人種差別、テロ行為、戦争、自然災害などのトラウマ(心的外傷)に曝露されることは、身体的・精神的健康に深刻かつ長期的な影響を及ぼし得る。

・トラウマインフォームド・ケア(Trauma-Informed Care, TIC)とは、トラウマが健康に与える影響を認識し、それに配慮した全人的アプローチを提供する医療実践である。

・このケアモデルは、患者中心(patient-centered)であることを本質的な特徴とし、長期的なケアの継続性を促進する。

・また、医療現場におけるTICに基づいた職場ポリシーの整備は、家庭医(family physicians)やケアチームのメンバーの幸福感や職務満足度の向上にもつながると期待されている。

TICの原則

以下の4つが主な原則であり、”4R”と称される。

トラウマの広範な影響の理解(Realizing)

  患者や一般集団におけるトラウマの広範な影響を理解すること。

トラウマの徴候/症状の認識(Recognizing)

  患者およびその家族におけるトラウマの徴候や症状、

  さらに家庭医および医療チームのメンバーにおけるトラウマの徴候や症状を認識すること。

ケアへの統合的対応(Responding)

  トラウマに関する知識を政策、手続き、診療実践に統合することにより、

  その影響に祖組織的に対応すること。

再トラウマ化の回避(Resisting retraumatization)

  トラウマに敏感で、かつ患者中心の医療を実践するために、

  再トラウマ化を引き起こすような要因を回避するようなシステムや実践を積極的に構築すること。

TICの実践における留意点

・トラウマインフォームド・ケアの実践には、患者が自身のトラウマ歴を詳細に開示する必要はない。

・なお、TICは「トラウマ記憶を掘り起こす」ような侵襲性を伴うものではない。あくまで一般的なトラウマに関する情報を提供し、対象者をトラウマを用いて理解しようとするものである。

・家庭医は、たとえトラウマ歴が明らかでない患者に対しても、すべての診療においてTICの原則を「ユニバーサル・プリコーション(普遍的予防策)」として適用する姿勢が求められる

トラウマに関する一般的な心理教育

自分の状態に意識を向けるきっかけを提供するような関わり方を実践する。たとえば「心の怪我を体験すると、こういうふうになることが多い。あなたはどうですか?」などといった質問である。

・「そういう反応が起きてしまうのは無理もない」という風にトラウマ反応の一般化(normalization)を利用することもある。「自分だけがおかしい」という自責感やスティグマを軽減させられるような取り組み方をする。

・感情に対して共感的な受け止め方も重要である。ここでは「怒っているんですね」というふうな感情だけに焦点を当てた共感でなく、「『バカにされた』と思ったら、腹が立つのも当然ですね」という風に感情を引き起こす原因となった”認知”を扱うような反応を試みる。そういった非機能的な認知(「バカにされた」、「私は駄目だ」、「人は信用ならない」など)こそがトラウマの影響である。

・怒りなどへの対処法としてはリラクゼーションなどの基本的な対処(コーピング)を教えて、支援者とともに練習をしていく。はじめは難しくても、繰り返し生活の中で練習することが重要。

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<参考文献>

・AAFP: Trauma-Informed Care(Position Paper).

・厚生労働省, 第Ⅰ部 トラウマインフォームドケアを学ぶ.

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000593579.pdf

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