NBMとジェネラリスト診療(part.2)
NBMと患者中心の医療(PCC)
・患者中心の医療(PCC; patient-centered care)は家庭医療における標準的診療モデルであり、以下の構成要素から成る。
- 疾患(disease)と病いの経験(illness experience)の探求
- 患者というwholenessをそのコンテクストごと理解すること
- 共通の理解と目標を見いだすこと(共通の理解基盤の構築)
- 患者と医師の関係性の向上
・さらにPCCはBPSモデル、健康増進(health promotion)、疾患予防、意思決定の共有(SDM)も含んでいる。
・Narrative-based medicine(NBM)は患者のナラティブに焦点を当てるとはいえ、PCCの原則を否定するものでなく、むしろ患者中心の医療の方法(PCCM)を補完するものである。
・ナラティブを通じて、患者、病い体験、その全体の理解が深まる。その理解自体がマネジメントの充実化につながり、新たな意味や物語を創出することに繋がる。
NBMの課題と批判
・NBMには懐疑的な視点もある。
・第一に、すべての診療がナラティブ的探求を必要とするわけではない。
・第二に、患者側・医師側のいずれからもNBMへの抵抗がありうる。たとえば、患者の中には「共感的な態度」よりも「生物医学モデルにおける技術の高い診療」を望む者もいるし、自分の内面を語ることに抵抗を感じる者もいる。
・また、医師の中には生物医学モデルやEBM(evidence-based medicine)を好む者もいる。
・加えて、NBMには「時間がかかりすぎる」「問題を次々と引き出してしまう」といった批判もある。とりわけ、時間制約のある診療場面においては、ナラティブと標準的診療(診療ガイドラインや制度上の要請)とのバランスがジレンマとなりやすい。
・しかし、研究によればNBMは必ずしも長時間を要するわけではない。理解を得るための時間は、「意味のある時間」であり、深層にある問題にこそ実際の課題が存在していることが多い。
・別の批判として、「NBMは患者の心理社会的ニーズに偏りすぎていて、生物医学的側面を軽視している」という指摘もある。たしかに、NBMに関する文献で引用される事例は、心理社会的な背景に焦点が当たるものが多く、物理的・医学的問題への応用が見えにくいことがある。しかしNBMの視点では、生物医学的要素も物語の一部とみなされるのであり、心理社会的な事柄だけが語るべき「物語」ではない。
・NBMの実践における重要な落とし穴の一つは、「自分の限界を認識せず、物語にのめり込んでしまうこと」である。物語は、現実の問題を抱えた実在の人間に属するものである。物語のための物語を追いかけることは、非常に危険であり、常に注意と配慮が必要である。
ナラティブスキルとコミュニケーション
・優れたコミュニケーションスキルは、診察の根幹である。
・ナラティブの第一歩は、患者が自分の言葉で自らの物語を語ることを許すことである。これには、患者への誠実な関心と傾聴の意思が不可欠である。物語は、患者とともに探求されるものであり、以下のような要素に注意を払うことが求められる。
- 患者の考え(ideas)、懸念(concerns)、期待(expectations)
- 感情、情緒、反応
- 言語的・非言語的な手がかり
- 患者の人生の中で物語がどのような位置を占めているのか
- 病い体験に対する新たな洞察の形成
- 患者を支援するための選択肢の検討
・これらは、Launerが提唱する「7つのC(7 Cs)」の中に含まれる基本的なスキルである。
・NBMのスキルを診察に組み込むための「定型的な方法」は存在しない。むしろ、それは医師のスタイルや能力に依存し、診療の文脈が物語をどこまで深く探求できるかを決定する。もちろん、救急など緊急性の高い場面では、まず生物医学的マネジメントが優先される。
NBMとTalking therapies
・NBMにおける専門的スキルは、Launerの7 Csの一部として提示されており、主に家族療法(family therapy)に由来するが、心理療法(psychotherapy)やカウンセリングといった他の会話療法とも共通している。
・これらのスキルには以下の3つがある:
<①中立性(Neutrality)>
中立性はきわめて実践的である。それは、特定の結果に執着するのではなく、目の前の課題に意識を集中させつつ、さまざまな立場や視点に対して開かれている姿勢を意味する。これは多くの家庭医がすでに馴染みのある「動機づけ面接(Motivational Interviewing)」の原則とも通じている。
<②循環的質問(Circular questioning)>
これは、患者の語りの流れに沿って展開する技術である。患者の語りの中からキーワードやフレーズを拾い、それを繰り返したり変化させたりしながら質問を続ける。このプロセスにより、「質問―応答―質問」という循環構造が生まれ、物語が自然と進行していく。ここには、優れた聴取能力、暗黙の手がかりを察知する能力、物語に従いながらも方向を見失わない力が必要とされる。
<③仮説化(Hypothesizing)>
診察中、医師は患者に関する一定の仮説を心の中に抱くことがある。しかし、それが患者の現実と一致しているとは限らない。仮説化とは、「あなたはこれをどのように説明しますか?」「もしこうだったら?」「こういうことが起きたらどうなりますか?」といった質問を用いて、患者とのすり合わせを行うことである。仮説化と循環性を組み合わせることで、患者が変化の可能性を現実的に考える手助けができる。
NBMと医師の自己理解
・ドナルド・ショーン(Donald A. Schön)やその他の著者たちは、診療を振り返る「省察(reflection)」の力が、診療技術を高めるうえで極めて有効であると述べている。彼らは、自己・患者・相互作用それぞれを対象とした省察が重要であると提唱している。
・バリント法(Balint method)もまた、以下を促進する:
- 患者の感情や反応に対する内省
- 患者が経験していることに対する仮説的理解
- 医師自身の感情や役割に対する気づき
・ナラティブにおいても、これらの省察的スキル(reflective skills)は極めて重要である。Charonは特に省察の重要性を強調しており、Launerにとっては、経験を重ねることで省察的能力が自然に洗練されていくものとされる。
・さらに、医師自身の「病気」や「脆弱性の経験」を振り返ることも、重要な省察の一形態である。こうした自己への参照に基づいた省察を再帰性(reflexivity)と呼ぶ。再帰性は、他者への共感的理解を深め、自己の感情や経験に対する理解を高めることで、セルフケアやレジリエンスの確立にもつながる。
・Launerは、次のように述べている:
「ナラティブの考え方は、患者だけでなく、同僚に対しても、自身の物語を問い直し、再評価し、変化させる力を与える。」
・省察的スキルとして、他に実践中の振り返り(Reflection in action)と実践後の振り返り(Reflection on action)がある。
NBMと臨床実践
・現在の「消費者主義的医療(consumer medicine)」の時代において、医師はしばしば「思いやりがない」「患者の関心に応えていない」といった批判を受けている。
・病院中心の医療の台頭、医療技術の進歩、政府や保険者の健康管理への介入、そしてEBMの影響などが、患者の物語の重要性を損なってきた。
・家庭医は、かつてよりも複雑な患者の診療に直面することが多くなっている。患者は情報に通じ、かつ以前より高い期待を抱いて診察に臨む。
・多疾患併存(Multimorbidity)の患者はますます増えており、それにより以下のような問題が生じている:
- ケアの分断
- PCC(患者中心の医療)の実践が困難になる
- 意思決定の共有が難しくなる
- EBMが多疾患併存患者にうまく機能しない
・PCCは、多疾患併存の診療において適した診療モデルであるが、NBMもまた同様に適している。
・ナラティブ・スキルは、PCCを強化するものである。なぜなら、NBMは病い体験(illness experience)と、患者にとって何が重要であるかに焦点を当てるからである。そしてこの探求は、患者自身だけでなく、家族や介護者の視点にも及ぶ。
・さらに、ナラティブ・スキルはEBMを妨げるものではない。むしろ、EBMは医師が診療場面に持ち込む「物語の一部」として捉えることができ、NBMとEBMは補完的な関係にあると主張されている。
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<参考文献>
NBMとジェネラリスト診療 part.2・Zaharias G. Narrative-based medicine and the general practice consultation: Narrative-based medicine 2. Can Fam Physician. 2018 Apr;64(4):286-290. PMID: 29650604; PMCID: PMC5897070.