Narrative based medicine(NBM)とは何か(part.1)

NBMの理論的背景と定義

・NBM(Narrative based medicine; ナラティブベースドメディシン)はしばしば単純に「患者の話を聴くこと」と説明されるが、実際にはそれ以上に高度なスキルを要するアプローチである。

・NBMは生物医学モデル(Biomedical model)の限界に対する反動のようにして生まれ、次のような複数の概念を統合して成立した。

  1. 医療人文学(歴史, 哲学, 倫理, 文学, 芸術, 文化研究)
  2. プライマリ・ケアおよび患者中心のケア
  3. BPSモデルおよび全人的医療
  4. 精神分析学およびMichael Balintの実績

・Rita Charonによると、NBMとは「病いの物語を認識し、受け止め、解釈し、心を動かされる力(Narrative competence)をもって実践される医療」である。

NBMの中心的概念

・NBMの根底には「人は物語を通して意味を見出す」という信念がある。

  1. 患者は症状や懸念、それが生じたコンテクスト、影響、受診理由などを語る
  2. 語られる物語は多様で、話者、言語、語り口、内容に患者の独自性が表出する
  3. 医師もまた、患者を理解し診断およびマネジメント方針を構築するなかで自身の物語を持ち込む

・NBMはこれらの物語が相互に作用しながら新たな意味を創出する場を提供する。

4つの隔たり(4 divides)

・医師と患者の間に隔たりが生じる原因として以下の4つが挙げられる。

  1. 死の問題との関係:病いは死の恐れを呼び起こす予期せぬ出来事であり、医師と患者では死や病いに対する視点が異なる
  2. 病いの文脈:医師は生物学的現象として病いを見るが、患者は生活全体の文脈で病いを捉える。
  3. 疾患原因の信念:患者は医学的知識を持たないため、病因に対する理解が医師と大きく異なることがある。
  4. 恥・罪・恐れ:患者は自身の病気を恥じたり、自己責任を感じたりし、医師は患者を責めたり、訴訟リスクを恐れる。

・これらの感情的な要素が放置されると、医師と患者の間に回復不能な断絶を生む可能性がある。

変化を促す会話の基礎となる7Cs

・Launerは、NBMにおける言語と対話の重要性に着目し、以下の7つの原則を「変化を促す会話(conversations inviting change)」の基盤として提示している:

  1. Conversation(会話)
  2. Curiosity(好奇心)
  3. Context(文脈)
  4. Complexity(複雑性)
  5. Challenge(挑戦)
  6. Caution(慎重さ)
  7. Care(配慮)

・これらにより医師-患者間で新たな物語(new story)が共創され、患者が変化に向かう可能性が広がる。

 <①Conversation>

・患者が自分の言葉で物語を語ることを許し、医師はその語りの中にあるつながりや違い、新たな選択肢や可能性を探る。

理解は、会話を通じて医師と患者の双方に生まれ、治療方針も押しつけるのではなく、合意によって形成される。

・これらの会話は自然に流れ、複数の診察をまたいで継続することもある。

・重要なのは、患者が「変化は可能である」と感じられるようにすること

 <②Curiosity(好奇心)>

・詮索ではなく、患者やその生活背景に対する純粋な関心を持つこと。

・また、医師自身の感情や反応についても省察する姿勢を含む。

 <③Context(文脈)>

・患者にも医師にも、それぞれのコンテクストがある。

・家族、仕事、地域、信仰、価値観、時間的制約、社会的期待などが含まれる。

「なぜ今、このタイミングでこの患者がこの問題を訴えてきたのか?」という問いを立てることが役に立つ。

 <④Complexity(複雑性)>

・物事は決して単純ではない。

ある変化は周囲に波及効果をもたらすため、相互のつながりと影響を理解することが求められる。

・原因と結果を単線的に捉えるのではなく、多元的な見方を養う。

 <⑤Challenge(挑戦)>

・患者にも自分自身にも、新たな視点や解釈、変化の可能性について考えるよう促すこと。

 <⑥Caution(慎重さ)>

・自身の限界を意識し、患者の準備状態や繊細な領域に対する感受性を持つこと。

 <⑦Care(配慮)>

判断を下すことなく、患者をありのまま受け入れる姿勢。

・医師が本当に患者を気にかけていない限り、治療的な関係性は築けない

NBMにおいて有用な質問例

《探索的な質問と促し》

・それについて教えてください

・もう少し詳しく教えてもらえますか?

・他に気になることはありますか?

・何か不安に感じていることはありますか?

・何が一番心配ですか?

・これは以前にもありましたか?

・その時期、他に何が起こっていましたか?

・あなたはこれについてどう考えていますか?

・他の人たちはどう思っていますか?

・その時、どのように感じましたか/反応しましたか?

・これはあなたにとってどのような意味を持ちますか?

・原因として何が考えられると思いますか?

・どのように説明しますか?

・どのように描写しますか?

《変化を促す質問と促し》

・他にどのような説明が考えられますか?

・他にどんな可能性がありますか?

・仮に…だったらどうなりますか?

・もし…が起きたらどうなりますか?

・魔法の杖があったら、何をしますか?

・状況を変えるには、何が必要でしょうか?

・状況が変わったとしたら、その時どうなりますか?

・何も変わらなかった場合、何が起きますか?

NBMの効用と今後の課題

・NBMの効果については、以下の利点が報告されている:

  1. 語ること・聴かれること自体が治癒的である
  2. 断絶を防ぎ、共感と理解を促進する
  3. 医師の自己省察力を高める
  4. 患者の満足や治療効果の向上に寄与する可能性がある

・一方で、科学的根拠はまだ乏しく、NBMの効果や技能の定義に関するさらなる研究が求められている。

言語の力

・言語には変化を促す力がある。

・患者の語りを引き出す会話は、同時に患者の中に新たな可能性を開く装置にもなる。

・変化は患者に押しつけるものではなく、選択肢を提示し、準備状況を見極め、共同構築的に変化の可能性を探ることが求められる。

・Charonは文学的テキストの読解力を、Launerは言語と対話の技術をNBMの中核に据えており、両者のアプローチは互いに補完し合う関係にある。

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<参考文献>

・Zaharias G. What is narrative-based medicine? Narrative-based medicine 1. Can Fam Physician. 2018 Mar;64(3):176-180. PMID: 29540381; PMCID: PMC5851389.

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