がん悪液質 cancer cachexia

がん悪液質とその疫学

悪液質(cachexia)は”進行性の機能喪失に至る骨格筋の減少に特徴づけられる症候群”とされている。あくまで骨格筋量減少に特徴づけられる症候群であり、脂肪組織の減少の有無は関係しない概念である。

・悪液質は癌のほかに、慢性心不全、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、慢性腎不全、慢性関節リウマチ、重度熱傷などの慢性疾患を背景に、低栄養と骨格筋量減少を特徴づける症候群である。

・進行がんでは骨格筋の減少量はがん細胞の増加に相関する。

・がん悪液質は全身性浮腫を生じ、化学療法の効果を減弱させ、予後にも影響を及ぼす。

・一般的にがん患者の半数以上が中等度~重度の食欲不振を自覚している。また、がん患者の30~80%で体重減少を伴う。なお、がん患者の食欲不振の原因としてはほかに悪心、がん、疼痛、不安、抑うつなどが挙げられる。

・がん悪液質(cancer cachexia)は進行がん患者の約80%にみられ、がん関連死の約30%を占める。

飢餓性低栄養(starvation undernutrition)では生命維持に重要な骨格筋量は当初保たれ、脂肪組織の減少が先行する。しかし、がん悪液質では想起から骨格筋量の減少がみられる点が異なる。

定義と分類

 <定義>

  1. 過去6ヶ月にわたって, 5%以上の体重減少
  2. BMIが20未満で2%を超える体重減少
  3. 四肢筋量がサルコペニアと同等で2%を超える体重減少

 (※男性:<7.26kg/m2, 女性:<5.45kg/m2)

 <分類>

  <Precachexia>

 ・体重減少はみられるが5%以下で回復可能

  <Cachexia>

 ・悪液質の定義は満たすが不可逆的とはいえない。

  経口摂取の減少や全身性炎症が存在する。

  <Refractory cachexia>

 ・がんが進行した結果として生じる不可逆的な状態。

  PS 3以下に低下し、予想される予後は3ヶ月以内。

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欧州緩和ケア共同研究(EPCRC)は上記のように悪液質をPrecahexia、Cachexia,Refractory cachexiaに分類している。

病態生理

・悪液質の病態生理は明確には解明されていないが、徐々に明らかになりつつある部分もある。

・現時点では腫瘍から放出されるタンパク分解因子(PIF: proteolysis-inducing factor)の関連性が示唆されている。またがん細胞による炎症性サイトカインにより、様々な代謝異常、食欲不振をきたしていることが知られている。がんが進行すると不可逆的な栄養障害に発展する。

非薬物治療

・食欲不振による体重減少が目立つPrecachexiaの状態では注意深い経過観察を行いつつ、予防的な栄養療法を行うことが推奨されている。

・栄養の投与経路としてはがん患者においても可能な限り腸管を利用した栄養投与(経口栄養 or 経腸栄養)がより優先される。また経腸栄養はあくまで補助的な手段として考える。

・ESPENガイドラインでは例えば経口摂取が困難な頭頚部がんの患者などでは経鼻胃管や胃瘻からの経管栄養が推奨されている。もちろん全例で行うということはなく、あくまで予後や患者の嗜好/価値観、家族の思いなどを総合的に捉えたうえでの合意形成が求められる。

・投与エネルギー量については代謝障害が軽度な状態にあるならば一般的に推奨される正常なエネルギー量が設定される。しかし、病期が進行し、代謝障害が重度になった場合にはエネルギー量を減少することが推奨される。がん患者の安静時エネルギー消費量(REE)は、がんの種類や進行の程度により異なる。

・ESPENガイドラインでは炎症反応が大きい患者ではREEが増大する。また、一般的にがん患者の1日総エネルギー消費量(TEE)は身体活動低下により減少する。TEE減少は体重変化として捉えることができる。TEEは25kcal/kg/dayとして算出することが推奨される。がん治療を終了する際には積極的な栄養投与を控えるべきとされている。

Refractory cachexiaとは栄養療法に反応しない段階と定義されている。がん終末期では代謝障害が高度なものになり、投与栄養量を減少させることが適切と考えられている。この状態で積極的な栄養投与を行ったとしても、その栄養は適切に利用されることはなく、かえって過剰な代謝負荷となってしまう。

・がん終末期には前述のように様々な代謝異常が生じているため、過剰な輸液負荷によって浮腫、胸水/腹水貯留、気道分泌物の増加をきたすことが多い。終末期の輸液については患者やその家族の意向も加味しながら、慎重に決定することが重要である。リスクを最小限に抑えながら、慎重に経過観察を行うことが求められる。

・がん患者は様々な要因により身体活動が低下し、骨格筋量が減少しやすくなる。体内のタンパク質を適切なレベルに維持するには筋肉の同化を促すような刺激が必要であり、ウォーキングなどの軽い運動を勧めることはときに重要である。ただし、進行した悪液質の状態では運動療法の効果は検証されておらず、むしろ易疲労感などが目立ち、負担になる可能性もあり、慎重に検討する必要がある。

・消化管運動促進薬(例: ドンペリドン/メトクロプラミド/モサプリド)はがん患者の食欲不振、蠕動運動促進に有効な場合がある。メトクロプラミドはドンペリドンと異なり、血液脳関門を通過するため、錐体外路症状の副作用の懸念が生じる。

薬物治療

アナモレリン(エドルミズ®)は胃から視床下部に作用し食欲亢進を促すグレリンという名のホルモンと同様の働きをする。2024年12月時点で本邦では非小細胞肺がん、胃がん、大腸がん、膵がんで保険適応を有している。アナモレリンは血中濃度半減期が約9時間と長い。なお、副作用としては刺激伝導系の抑制、高血糖、肝機能障害などが知られる。

エイコサペンタエン酸製剤(EPA製剤)は抗炎症作用のほか、PIF産生抑制、骨格筋異化抑制、QOL改善効果が悪液質患者において報告されている。日本でもがん患者の治療で使用されることがある。

・分枝鎖アミノ酸はタンパク質合成を促進する効果が想定される。L-カルニチンはCoQ10と併用することで脂肪酸代謝を促進し、食欲不振の改善に寄与すると報告されている。ただし、十分なエビデンスとはいえない。

・副腎皮質ステロイド(例: ベタメタゾン)は食欲不振の治療としてプロゲステロン製剤(ヒスロン®H)と併用で投与されることもある。ステロイド治療は体重とQOLの維持に有効であることが示されている。ただし、長期使用などにより副作用が高率に出現し、また浮腫などの副作用も目立ちやすいこともあるため、その適応は終末期に限定されると考えられている。またプロゲステロン製剤は血栓症の副作用もあり、少なくともルーチンでの使用は控えたほうがよいと思われる。ステロイドを使用する際には漸増法(投与例: ベタメタゾン0.5mg 1錠 朝→有効性に乏しければ1mg, 1.5mg, 2mgと効果がある時点まで増量)と漸減法(投与例: ベタメタゾン 0.5mg 6~8錠 2~3日間(月2回程度まで))とがある。

・NSAIDsの使用は悪液質に関する代謝異常や栄養状態を改善することに寄与しない。むしろ進行した悪液質においては有害事象が惹起されやすいことが知られているため、不必要な投与は避ける。

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<参考文献>

・Watanabe H, Oshima T. The Latest Treatments for Cancer Cachexia: An Overview. Anticancer Res. 2023 Feb;43(2):511-521. doi: 10.21873/anticanres.16188. PMID: 36697073.

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