糖尿病性神経障害 diabetic sensory and motor neuropathy
糖尿病性神経障害とその疫学
・糖尿病性神経障害はsmall fiber neuropathy、large fiber neuropathyの原因となり得る。また、自律神経系に影響を及ぼすこともある。
・典型的には慢性経過で長さ依存性(length-dependent)なポリニューロパチーをきたす。したがって、最初は足先に症状が現れ、経時的に近位側に向かって症状が進行する経過をたどる。古典的には膝周囲まで症状が広がった頃に手先の症状が出現するとされている。
・1型または2型糖尿病患者の少なくとも1/3、耐糖能異常患者の最大1/4で罹病していると報告されている。
・症状としては主に感覚障害が優位であり、陽性症状(疼痛, 灼熱感, 刺すような疼痛など)、陰性症状(感覚喪失, 脱力, “しびれ”など)に分類される。
・運動障害はそれほど一般的でなく、病状が進行していれば出現することがある。
・下肢の感覚低下は無痛性の糖尿病性足潰瘍を有していたり、末梢動脈疾患(PAD)を併発していたりするケースでは潰瘍が速やかに治療をなされず、結果として切断をせざるを得ないケースもある。なお、糖尿病患者における足病変の生涯発症リスクは15~25%とされている。
・また感覚喪失と固有感覚低下が併存すると、平衡感覚の問題や歩行障害が生じ、転倒やそれに伴う骨折、外傷性脳損傷(TBI)などにつながりやすい。
・なお、糖尿病性神経障害を合併している患者のなかには無症状の患者もいて、詳細な神経診察で認識されることもある。
・糖尿病性神経障害による疼痛は糖尿病患者の10~26%で生じ、QOL、睡眠、気分に影響を及ぼす可能性が指摘されている。
・Small fiber neuropathyで生じる、神経障害性疼痛は灼熱感のような感覚を惹起する。その感覚は表層が侵されるようなもので、特に夜間に悪化しやすく、アロディニアや異常感覚を伴うこともある。一方で、Large fiber neuropathyで生じる疼痛はより深部における感覚となりやすいことが知られている。
・疼痛の症状は特に血糖コントロールが不良な患者で多い傾向にあり、血糖値の変動が大きいほど疼痛が生じる頻度や重症度が高まりやすい。また、加齢、喫煙、肥満、高血圧症、脂質異常症、末梢動脈疾患も疼痛のリスクを高める。
アセスメントと診断
・不可逆的な神経障害を防ぐためにはなるべく早期に糖尿病性神経障害を認識することが重要である。
・血管および神経学的診察を中心とした詳細な病歴聴取、身体診察などによる評価をもとに臨床診断される。
・感覚系の全てが侵される可能性があるが、特に振動覚、触覚、位置覚が障害を受けやすいため、これらの診察は重要である。これらはAαfiberおよびβfiberの傷害により生じやすい。また疼痛や冷感/熱いという異常感覚も生じ得るが、これらはAδfiber、無髄のCfiberの傷害により生じる。
・128Hzの音叉で検出できるような振動覚低下は神経障害の初期における指標となる。
・1gのモノフィラメントを使用することで知覚の障害を検出可能である。なお、10gのモノフィラメントで異常感覚を有していれば潰瘍形成リスクが高いことが知られている。
・足の診察では末梢動脈疾患の可能性を評価するために、下肢動脈(足背動脈、後脛骨動脈)の触知確認を行い、潰瘍形成がないかどうかを視診する必要がある。
・深部腱反射は特にアキレス腱反射において減弱または消失していることがある。
・軽度の筋萎縮を伴うことはあるが、重度の筋力低下は稀である。したがって、筋力低下が目立つ場合には糖尿病以外の原因を優先的に考えるべきである。
・より重症な糖尿病性神経障害では手指にも症状が生じる。なお、感覚障害よりも運動障害の方が目立つケースや、非対称性に症状が生じているケース、急速に症状の進行がみられるケースなどでは糖尿病以外の原因を検索するべきである。
・神経障害の確定診断を行うためには他覚的所見(定量的感覚検査, 神経伝導速度測定, 自律神経機能検査など)が必要となるが、実際の臨床では必須ではなく、臨床診断がなされることも多い。
・他疾患の除外を行う観点で、甲状腺関連検査、葉酸およびビタミンB12、、血清蛋白電気泳動(CIDPではこの検査で異常所見を伴うことがある)を確認するべきである。なお、慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)は糖尿病患者に多い疾患である。
マネジメント
・糖尿病性神経障害による疼痛の管理においては病勢の進行を最小限に抑え、症状を緩和することが重要である。
・耐糖能異常患者で神経障害を有する患者を対象に、食事療法および運動療法は疼痛軽減につながることが示されている。また、神経障害の症状のない糖尿病患者を対象にしたRCTではトレッドミルによる運動療法群で神経障害発症リスクが有意に減少することが示された。ただし、これらの研究には糖尿病神経障害の患者は含まれていない。
・膝関節の伸展筋力、足関節の背屈筋力を高めることは歩行の安定性の改善に寄与し、Large fiber neuropathyの患者における転倒リスクを軽減させる可能性が想定されている。
・神経障害による症状の管理と転倒や足潰瘍の予防のために血糖コントロールが重要となる。1型糖尿病患者を対象にしたRCTでは厳格な血糖コントロール群は従来の血糖コントロール群に比して、神経障害発症リスクが78%減少したことが報告されている。しかし、2型糖尿病患者においても同様の結果となるかどうかは判然としない。なお、ACCORD trialでは厳格な血糖コントロールにより神経障害の症状はわずかに軽減したが、5年後における神経障害発症リスクの有意な減少は認められなかった。BARI 2D trialではインスリン分泌促進薬とインスリン製剤を無作為に割り付けた患者群では血糖コントロールは改善しやすく、4年後に神経障害の発症リスクが有意に低下した(ただし程度としてはわずか)。
・また、血圧および脂質関連項目のマネジメント、生活様式の修正などを含む多面的な介入は特に自律神経障害の発症リスクを有意に低減することが示されている。
・なお、血糖値の急激な改善(1ヶ月あたりHbA1c 1ポイント以上の低下)は激しい疼痛を伴う神経炎を併発する可能性が知られているが、通常この神経炎は6ヶ月以内に軽快する。
薬物療法
・それぞれの薬物療法は効果と副作用をモニタリングしながら、2~4週間ごとに慎重に用量調節する必要がある。
・単剤治療を最大用量で投与しても満足のいく緩和効果が得られない場合には同一分類内の他剤に変更したり、新しい分類の薬剤に変更したり、第二の薬剤を併用したりすることが検討される。
・1人の患者の疼痛を50%減少させるのに必要な治療数をNNTと暫時的に定めるとそれぞれの薬剤についてのNNTは以下のとおりである。
<抗てんかん薬>
・プレガバリン(リリカ®):7.7(6.5~9.4)
・ガバペンチン(ガバペン®):6.3(5.0~8.3)
・トピラマート(トピナ®):No estimate
<抗うつ薬>
・デュロキセチン(サインバルタ®):6.4(5.2~8.4)
・ベンラファキシン(イフェクサー®):4.5
・アミトリプチリン(トリプタノール®):3.6(2.1~4.4)
・ノルトリプチリン(ノリトレン®):No estimate
<オピオイド>
・タペンタドール(タペンタ®):10.2(5.3~18.5)
・トラマドール(ワントラム®):4.7(3.6~6.7)
<その他>
・カプサイシン軟膏:10.0(7.4~19)
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<抗けいれん薬>
・ガバペンチン、プレガバリンはα2δ2電位依存性カルシウムチャネルモデュレーターであり、糖尿病性神経障害由来の疼痛に頻用される。これらの薬剤は直接的な作用のほかに、睡眠作用により疼痛を緩和する。
・トピラマートは疼痛の程度を減弱させ、睡眠も改善することが示されている。
・プレガバリン、ガバペンチンは体重増加を起こしやすいが、トピラマートは体重減少を起こしやすい傾向にある。
<三環系抗うつ薬(TCA)>
・三環系抗うつ薬は抗うつ作用とは無関係な機序により神経障害性疼痛を大きく緩和させる可能性がある。
・しかし、特に高齢者では口渇、便秘、尿閉などの抗コリン作用による症状が出現することがあるため、注意する必要がある。
・三環系抗うつ薬は心疾患が明らかになっている場合やその疑いが強い場合では使用を慎重にするべきである。事前に心電図検査を行い、QT延長や不整脈の有無を確認しておくことが良いかもしれない。
<SNRI>
・SNRIに相当するベンラファキシン、デュロキセチンは神経障害性疼痛の緩和に有効であることが示されている。デュロキセチンはQOL改善にも有効であることが知られている。
・これらの薬剤は三環系抗うつ薬の仕様に伴う抗コリン作用などの副作用を伴わない点で優れる。
<オピオイド>
・オピオイドはポリニューロパチーを呈する神経障害性疼痛の治療に有効な可能性がある。
・しかし、薬物乱用などのリスクを伴うため、オピオイドは通常、他の薬物療法が無効であったケースの一部に限定して使用されるべきである。
・トラマドールはノルアドレナリンとセロトニンの再取り込みを阻害し、効果的な鎮痛をもたらす。徐放性タペンタドールも同様の作用を有する。
・ある研究ではガバペンチンと徐放性モルヒネの併用はいずれか一方の単剤での治療よりも用量を低く抑えながら優れた鎮痛効果を発揮することが示された。ただし、便秘、鎮静、口渇などの副作用の増加を伴う。
併存疾患に応じた薬物の選択
・治療法を選択するには睡眠障害、うつ病、不安症などの併存疾患を考慮するべきである。
・睡眠を断片的にしてしまう傾向にあるデュロキセチンよりは、睡眠の質を改善させることも示されているプレガバリンやガバペンチンの方が睡眠障害を有する患者にはより適している可能性がある。
・うつ病を有する患者ではSNRIあるいは三環系抗うつ薬の使用が望ましい可能性がある。
・不安症を有する患者ではプレガバリン、ガバペンチンあるいはSNRIが有効な選択肢として挙げられるが、ガバペンチンとプレガバリンは体重増加を惹起しやすいことに留意する。特に高齢者などでは体重増加により急性心不全を惹起することもあるため、注意を要する。
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<参考文献>
・Callaghan BC, Cheng HT, Stables CL, Smith AL, Feldman EL. Diabetic neuropathy: clinical manifestations and current treatments. Lancet Neurol. 2012 Jun;11(6):521-34. doi: 10.1016/S1474-4422(12)70065-0. Epub 2012 May 16. PMID: 22608666; PMCID: PMC4254767.
・Vinik AI. CLINICAL PRACTICE. Diabetic Sensory and Motor Neuropathy. N Engl J Med. 2016 Apr 14;374(15):1455-64. doi: 10.1056/NEJMcp1503948. Erratum in: N Engl J Med. 2016 May 5;374(18):1797. doi: 10.1056/NEJMx160009. Erratum in: N Engl J Med. 2016 Oct 6;375(14):1402. doi: 10.1056/NEJMx160032. PMID: 27074068.