ウェルニッケ脳症 WE: Wernicke encephalopathy
ウェルニッケ脳症とその疫学
・ウェルニッケ脳症(以下WE: Wernicke encephalopathy)はチアミン欠乏(Vit.B1欠乏)により生じる急性または亜急性の神経疾患である。
・ビタミンは20世紀初頭に発見され、その数十年後にチアミン欠乏症の治療法が確立されたが、現代においても重大な神経疾患である。
・古典的な3徴としては意識障害、小脳性運動失調、眼球運動障害が知られる。
・剖検を元にした報告ではWEの有病率は0.4~2.8%の範囲にあり、アルコール使用障害の患者では非アルコール使用障害患者よりも有病率が高いようであった。
・WEを疑うケースでは血液検査でビタミンB1濃度を測定しつつ、チアミン補充を開始するべきである。
非アルコール性ウェルニッケ脳症を疑うケース
・非アルコール性WEの原因としては悪性腫瘍、消化管手術、妊娠悪阻による嘔吐などが挙げられる。
・そのほかの原因としては絶食、飢餓、低栄養、栄養バランスの不良な食事などが挙げられる。
・肥満施術をうけた患者ではWEのリスクが長期間続く。肥満手術に関連して発症するWEの94%は術後6ヶ月以内に発症していたという報告もある。術後6ヶ月は血中ビタミンB1濃度のモニタリングを行うことが推奨される。
・繰り返す嘔吐を呈する妊婦において神経学的徴候がみられた場合にはWEの可能性を想定する。
<非アルコール性WEの主な原因疾患>

臨床症状
・アルコール性WEと非アルコール性WEとでは臨床症状に違いがある。WE脳症の臨床症状/所見と剖検結果を比較した研究によると、表に示すような特徴が挙げられた。
・食事性の低栄養および嘔吐は特に非アルコール性WEで多くみられ(P<0.0001)、一方で眼症状および小脳徴候はアルコール性WEで多く見られる(P<0.0001)。また、古典的三徴はアルコール性WEで有意に多くみられる(P<0.005)。こういった臨床所見の差異が生じる理由は明らかとなっていない。
・チアミン欠乏はWEのほかに、末梢神経障害(dry beriberi)、脚気心/高拍出性心不全(wet beriberi)、腹痛や嘔吐といった消化器症状(gastrointestinal beriberi)、乳酸アシドーシス、昏睡、Marchiafava-Bignami症候群の原因となる。
・アルコール性WEの臨床診断には①低栄養 ②眼所見 ③小脳徴候 ④精神状態の変化or軽度記憶障害 の4つのうち2つ以上が必要である。なお、非アルコール性WEでも同様の基準を適用できる。
・マグネシウム欠乏はアルコール性WEにおける経過不良の一因となり得ることが知られている。
<アルコール性WEと非アルコール性WEの臨床的差異>

画像検査
・CT撮像はWEの診断に有用でない。原則としてMRI撮像が利用され、WEに特徴的な可逆性の細胞性浮腫を信号変化として捉えられる。
・WEではT2WIやFLAIR、DWIで高信号所見がみられる。陽性所見がみられる部位としては視床内側、視床下部、中脳水道周囲、乳頭体などが典型的である。病変は通常、左右対称性に認められる。
・なお、アルコール性WEよりも非アルコール性WEの方が非典型的な部位に信号変化が認められる割合が高いことが知られていて、特に小脳、小脳虫部、脳神経核、歯状核、赤核、尾状核、小脳脚、大脳皮質に所見が認められることがある。
・視床と乳頭体のGd造影増強効果はアルコール性WEとの関連性が強いとされている。
<アルコール性WEと非アルコール性WEで, MRI撮像で陽性所見が得られる割合>

治療
・WEに対するチアミン補充の治療効果を検証したRCTが1件存在する。107人のWE患者に対してチアミンを1日あたり5mg, 20mg, 50mg, 100mg, 200mgの用量でそれぞれ2日間投与し、神経心理学的検査の結果を治療3日目に評価し比較され、結果として200mgの用量が他の用量よりも優れていると結論付けられた。
・チアミンの血中半減期は96分間という報告もあり、1日1回投与でなく、2~3回投与にすることがより適切と考えられている(つまりチアミン200mgを1日3回投与となる)。
・多くの症例報告では非アルコール性WEに関しては100mgあるいは200mgのチアミンを静注することで軽快したと報告されている。一方で、アルコール性WEではそれでは治療反応性が不良なことが多いことが知られている。したがって、アルコール性WEでは、より高用量のチアミン投与が必要となることがあり、チアミン500mgを1日3回投与とすることが推奨されている。なお、アルコール性WEと非アルコール性WEで治療反応性が異なる理由は現時点で明らかとなっていない。
・チアミンは筋注投与する場合は必要なチアミン量がさらに増える可能性があり、原則として静注投与が望ましい。静注する際には生理食塩水あるいは5%ブドウ糖液100mLで希釈し、30分間で投与することが提案されている。
・チアミンの補充は原則として症状が消失するまで継続するべきである。
WEの予防
・マクロレベルでの予防戦略としては様々な食品にチアミンを添加させることでWEの発症予防につながる可能性がある。オーストラリアでの観察研究ではこの予防策によりWEの発症率が低下したことが示唆されている。
・アルコール飲料へのチアミン添加も提案されている。しかし、アルコール摂取を原因としたチアミン欠乏のメカニズムを考慮すると、アルコール飲料へのチアミン添加は有意味な戦略とは言い難い。
・アルコール摂取を原因としたチアミン欠乏は主に2つのメカニズムによって生じる。第一にアルコールそれ自体が腸管からのチアミン吸収を阻害すること。第二にアルコール代謝がされている間にはチアミンはリン酸化されず、ひいては組織への取り込みがなされず、遊離チアミンとして尿中へ排泄されることである。
・前述のように肥満手術後はWEの発症リスクが高まるため、術後にマルチビタミン製剤の投与が推奨されている。
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<参考文献>
・Galvin R, Bråthen G, Ivashynka A, Hillbom M, Tanasescu R, Leone MA; EFNS. EFNS guidelines for diagnosis, therapy and prevention of Wernicke encephalopathy. Eur J Neurol. 2010 Dec;17(12):1408-18. doi: 10.1111/j.1468-1331.2010.03153.x. PMID: 20642790.
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