慢性静脈不全 CVI: chronic venous insufficiency

慢性静脈不全とその疫学

慢性静脈不全(以下CVI: chronic venous insufficiency)は慢性静脈疾患の一つで、無症候性の静脈瘤から色素沈着や浮腫、潰瘍をきたすまで様々な症状を伴う疾患である。

・CVIは遺伝的素因、環境要因(例: 長時間の立ち仕事, 重い荷物の持ち上げ)、下肢静脈の機能異常などの要因が複合的に影響して生じる。

・CVIの発症率は男女差が大きく、男性で56%、女性で73%という報告がある。

・CVIのリスク因子としては高齢、女性、肥満、妊娠、DVTの既往、長時間の立位などが挙げられる。

生理学/解剖学

・静脈は容量血管(capacitance vessels)であり、体内の全血液量の約2/3をストアしている。静脈系が循環系のサーバーとして機能することで循環系は成立している。

・立位では下肢の静脈圧は90mmHg程度に達することもある。

・静脈系は表在静脈と深部静脈とから成り、後者が静脈還流の90%以上を担っている。足部と腓腹部の筋収縮により血液は心臓、頭部へと流れるようになり、静脈内の弁により逆流を防いでいる。しかし、静脈弁の機能不全が生じると静脈逆流が生じ、下肢静脈における静水圧上昇を来し、長期的には静脈瘤、浮腫や色素沈着、潰瘍形成などの様々な症状につながる。

静脈性高血圧(venous hypertension)は構造的原因あるいは機能的原因、またはその両者が存在し得る。血管内の構造的異常としては弁逆流や静脈閉塞などが一般的である。

・深部静脈血栓症(DVT)後の静脈壁の瘢痕化/線維化は血栓後症候群(post-thrombotic syndrome)の原因となり、患者の20~50%で認められる。

解剖学的圧迫(例: May-Thurner症候群(左腸骨静脈が右腸骨動脈と腰椎とに挟まれる))や血管外の腫瘍による静脈閉塞などが原因となることもある。

・また下肢静脈に構造的異常がない場合であっても、中心静脈圧上昇によって静脈性高血圧を来し、機能的異常をきたすことがある。中心静脈圧をきたす疾患としては肥満症、体液過剰、肺高血圧症、閉塞性睡眠時無呼吸症候群などが挙げられる。肥満症では腹腔内圧が10~15mmHg(基準値: 5mmHg未満)となることもあり、この圧力上昇により静脈還流が阻害され、静脈性高血圧に至ることがある。閉塞性睡眠時無呼吸症候群による組織低酸素状態は血管収縮による肺高血圧症の形成を惹起し、また上気道の閉塞により胸腔内圧上昇を来し静脈性高血圧が生じる。

リンパ管系の機能不全も静脈系に大きく影響し得る。

アセスメント

・CVIの患者では静脈瘤、浮腫、皮膚色素沈着、静脈性下腿潰瘍などが認められることがある。

無症状のこともあれば、疼痛、掻痒、こむら返り(cramping)、重だるさ、腫脹などを呈することもある。

・臨床症状は1日の後半、長時間の立ち仕事、暑い気候、月経前などに悪化しやすい。また下肢挙上や、歩行などの運動により症状が軽減することがある。

・身体診察は重力や体重の影響を観察するためにも立位でも行うべきである。特に大腿から下腿を重点的に診察し、骨盤周囲、腹部まで観察を行うべきである。皮膚には色素沈着(ヘモジデリン沈着)、瘢痕(atrophie blanche)、足関節周囲や足部の血管拡張、皮膚の質感変化(lipodermatosclerosis)などがみられる。Stemmmer’s signはリンパ浮腫を示唆する所見として知られる。

薬剤性の浮腫の可能性についても注意することが重要。特にカルシウム拮抗薬(CCB)やガバペンチンなどによる浮腫は多く、しばしば薬剤性の浮腫に対して利尿薬が使用されることもある(処方カスケード)。

・CVIの評価にはCEAP分類が利用可能である。

・臨床検査では静脈還流と閉塞の有無、静脈のサイズ、解剖学的構造異常、血流パターンを評価するために、Duplex ultrasound(従来の超音波検査とドプラを併用)が重要である。ただし、静脈性高血圧を認識することはできないことに留意する。正常な静脈血流であれば、一方向性で、呼吸反応性を伴うはずである。

骨盤内の静脈系の評価は超音波検査では限界があり、造影CT撮像などの方がより適している場合がある。

治療

・CVIでは保存的加療を行うことが多い。可能な限り非侵襲的な方法で、静脈性高血圧を軽減することが重要である。

・保存的加療には主に4つのポイントがあり、①中心静脈圧を軽減すること ②圧迫療法(compression therapy) ③下肢挙上 ④腓腹部と足部の屈伸運動を含めた運動療法 が基本となる。

・画像所見の改善よりも、自覚症状の改善に重点を置いて治療を行うこととなる。超音波検査では静脈のサイズ、静脈還流の様子が捉えられるが、静脈性高血圧を直接的に評価できるわけではない。

・静脈瘤や静脈性下腿潰瘍が存在する場合、静脈性高血圧を誘発し得る。このような場合では静脈硬化療法血管内焼灼術などの外科的治療で症状軽減につながることもある。

・肥満症はCVIの病勢悪化のリスク因子となることが知られているため、肥満症の管理も重要。

・閉塞性睡眠時無呼吸症候群、右心不全などは中心静脈圧を高め、結果として下肢静脈の静脈性高血圧をきたす。有効性を直接的に示したエビデンスはないが、理論的にはこれらの中心静脈圧上昇をきたす疾患に対するケアも行うことで、より良好な転帰につながり得ると考えられる。

・利尿薬はあくまで体液量過剰のケースに限定して利用するべきである。またループ系利尿薬よりもサイアザイド系利尿薬やミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)の方が適している可能性がある。ループ系利尿薬では中心静脈圧の低下よりも、むしろ静脈コンプライアンスの増大による静脈拡張を来す可能性が示唆されている。

段階的圧迫療法(graduated compression therapy)はCVIによる症状(特に疼痛、不快感)を大幅に改善することがある。長期的な圧迫療法がCVIの治療や進行抑制に有効というエビデンスはないが、使用は推奨される。

・末梢動脈疾患(PAD)の患者でABI<0.80の患者では圧迫療法によって動脈閉塞の悪化などをきたす可能性があるため、注意が必要。

腓腹部と足部の筋肉を強化する運動や下肢挙上は静脈機能と血流改善において不可欠である。

補足:薬剤性浮腫の主な原因

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<参考文献>

・Fukaya E, Kolluri R. Nonsurgical Management of Chronic Venous Insufficiency. N Engl J Med. 2024 Dec 19;391(24):2350-2359. doi: 10.1056/NEJMcp2310224. PMID: 39693544.

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