脳底動脈閉塞症 BAO: basilar artery occlusion

脳底動脈閉塞症とその疫学

・椎骨動脈と脳底動脈は後方循環系の血液供給に関わっている。後方循環系の動脈閉塞は脳卒中全体の原因の約20%を占める。

・脳底動脈閉塞症(以下BAO: basilar artery occlusion)は脳卒中全体の約1%を占める。

・BAOの年間発症率は人口10万人あたり約1人と推定されている。

・通常は高齢者で発症するが、若年者や小児での発症例の報告例もある。

解剖

・後方循環系には椎骨動脈(VA)、脳底動脈(BA)、後下小脳動脈(PICA)、前下小脳動脈(AICA)、後大脳動脈(PCA)などが含まれる。

・左右の椎骨動脈は脊椎を通りつつ、頭蓋内に入る。頭蓋内に入った後は前脊髄動脈(ASA)、後脊髄動脈(PSA)、後下小脳動脈(PICA)を分岐する。

・左右の椎骨動脈は合流し脳底動脈となる。脳底動脈は尾側から順に迷路動脈(LA)、前下小脳動脈(AICA)、橋動脈(PA)、上小脳動脈(SCA)を分岐し、最終的に後大脳動脈(PCA)、そして後交通動脈(Pcom)に至る。

・中脳は主に上小脳動脈(SCA)および後大脳動脈(PCA)から血液供給を受けている。なお、後交通動脈を経由して、前方循環系から血液も供給されることもある

・後方循環系には豊富な側副血行路があるため、脳底動脈における血流障害の症状は多岐にわたる。

病態生理

・BAO発症の一般的な原因としてはアテローム性動脈硬化、心臓や大動脈由来の塞栓性病態が挙げられる。なかでも前者が一般的である。ある研究では患者の26~36%でアテローム性動脈硬化由来で、30~35%で塞栓症由来6~8%でその他の原因(椎骨動脈解離を含む)が認められ、22~35%では原因が特定できなかったと報告されている。

・特に非高齢者での発症例では椎骨動脈解離を原因とした血栓症あるいは塞栓症が原因となっている割合が高いとされている。

・BAOの稀な原因として、巨細胞性動脈炎、感染性動脈炎、その他の病型の動脈炎、頸部外傷、凝固異常、片頭痛、血管内治療後の合併症、動脈瘤、髄膜炎などが挙げられる。

・以前の研究では神経梅毒に起因するBAOの報告が多かった時期があったが、現在では稀な原因である。

・アテローム性動脈硬化性に起因するBAOでは緩徐に血管狭小化が進行するため、循環系が適応して側副血行路が発達することで、虚血領域も臨床症状も比較的小さいことが多い。一方で、突発完成の塞栓性病態ではより広範囲の虚血と重度の巣症状を伴うことがある。

臨床症状と関連する解剖学的部位

・脳底動脈頭側の閉塞では中脳および視床の両側性の梗塞をきたし、意識障害、四肢麻痺、動眼神経麻痺を伴う。後交通動脈(Pcom)を介した側副血行の量に応じて、後大脳動脈(PCA)の支配領域が侵されることもあれば侵されずに済むこともある。

視床障害は通常両側性に生じるが、血管解剖は個々で異なることもあり、片側性の障害に留まることもある。視床が侵されると錯乱が生じ、記憶障害が生じることもある。

・後大脳動脈(PCA)領域が侵される場合には半盲が生じることがある。

橋における広汎な障害ではLocked-in症候群(閉じ込められ症候群)が生じることがある。橋は水平注視を担うため、水平方向の外眼筋麻痺が生じる。垂直性眼球運動は保たれ、開閉眼と垂直性眼球運動により意思疎通ができることがある。表情を動かしたり、発語したりすることができないため、意識障害と誤認されることがある。

臨床症状/臨床経過

 <前駆症状>

・BAO患者の最大2/3で前駆症状として一過性脳虚血発作(TIA)、軽度の脳卒中、その他の症状を経験することが知られていて、これらは塞栓性病態でなく、アテローム性動脈硬化性病態でよりみられやすい。

・その他の症状としては、めまい、頭痛が一般的である。そのほか、意識障害、あくび、複視、視野欠損、片麻痺、半身感覚障害、平衡障害、構音障害、嚥下障害、顔面神経麻痺、耳鳴、難聴、立ちくらみ、けいれん発作、制御不能な笑い(Fou rire prodromique)などが知られる。

 <発症後の臨床経過>

・BAOの臨床経過は「前駆症状を伴わずに、突然発症するケース」、「前駆症状を伴いつつ、突然発症するケース」、「比較的緩徐に進行するケース」に大別可能である。

塞栓性病態をでBAOが発症する場合は前駆症状を伴わないまま突然発症することが多い。一方で、アテローム性動脈硬化性にBAOが発症する場合には前駆症状を伴ったり、進行性に臨床症状が増悪する経過が多い。

・FerbertらによるBAO患者を分析した研究によると、20人の患者はが突然発症をきたし、11人の患者は前駆症状を伴いつつ、突然発症する経過をたどり、54人の患者で徐々に症状が進行する経過を認めたと報告されている。

予後

・CT撮像やMRI撮像、抗血栓療法がまだ一般的でなかった時代においてはBAO患者の死亡率は85%程度であった。

・画像検査や抗血栓療法の導入がされてからは生存率が改善した。しかし、それでも抗血栓療法を行った場合でも死亡率は40%生存できても自立して生活できるのは20%程度と予後不良な疾患であることに変わりはない。

・複数のケースシリーズで、脳底動脈遠位部の閉塞症(top of the basilar syndrome)は近位部での閉塞症のケースと比べると機能予後は比較的良好と報告されているが、それでも巣症状が残存することが多い。ただし、この機能予後の違いは一貫して報告されているわけではなく、差がないと結論づける報告もある。

・多くの患者で発症3ヶ月時点でも症状は固定せず、改善の余地があるとされている。特に3ヶ月時点でのmRSスコアが低い患者でその傾向がより強い。

・また、ごく稀であるが、Locked-in症候群の患者でも長期間のリハビリテーションにより自立に至ることもあり、リハビリテーションは重要である。

鑑別診断

・主な鑑別疾患としてはクモ膜下出血(SAH)、てんかん、低血糖、代謝性疾患、中毒、低酸素脳症、髄膜炎/脳炎、ビッカースタッフ脳幹脳炎、ボツリヌス症、筋無力症クリーゼ、脳底型片頭痛などが挙げられる。

・特にBAO発症時に生じる頭痛はくも膜下出血に類似した病像を呈することがある。

画像検査

・頭部CT撮像/CTA、MRI撮像/MRAはBAOの診断に有用である。

・頭部CT撮像では脳底動脈におけるHyperdense signが認められることもあり、BAO患者の約2/3で認められ、また特異度の高い所見である。

・単純CT撮像では後方循環系の脳梗塞に関して感度が低く、低吸収域がはっきりしないとしても安易に脳梗塞を除外しないことが重要である。

・頭部MRI撮像で脳梗塞を示唆する細胞性浮腫をDWIで指摘できる。FLAIRは最終的な梗塞領域の判断において優れている。

・椎骨動脈解離が疑われる場合はMRAに、BPASを追加するとよいかもしれない。

マネジメント

 <抗凝固療法or抗血小板療法>

・アスピリンはヘパリンよりも出血性合併症が少ない。しかし、BAO患者を対象とした抗血栓薬とプラセボ薬に比較研究は行われていない(行われ難い)。

・抗血栓薬による治療を受けたBAO患者のシリーズ研究では20~59%の患者で良好な転帰(mRS 0~3)が得られた。しかし、死亡率は依然として40%程度と予後不良であった。生存者のうち、65%はmRS 4~5の状態で固定された。良好な転帰(mRS 0~3)となったのは全患者のうち約20%であった。

 <経静脈的血栓溶解療法(rt-PA)>

・アルテプラーゼ(アクチバシン®)静注は脳卒中発症4.5時間以内の患者で有効性が示されていて、保険適応を有している。

・軽症脳卒中患者、重度脳卒中患者はrt-PA療法の有益性を得られない可能性がある。

 <機械的血栓回収療法(血管内治療)>

・"①発症前のmRS 0~2 ②NIHSS≧10 ③Posterior circulation-ASPECTS(PC-ASPECTS)≧6 の場合" に発症時または最終健常確認時刻から24時間以内に機械的血栓回収療法を開始することは妥当と記されている(推奨度B/エビデンスレベル中)。

・29人のBAO患者を対象とした、3件のパイロットスタディでは再開通率は90%以上であった。結果として29人中9人(31%)が死亡し、13人(45%)が自立に至った(mRS 0~2)。10人は静脈内血栓溶解療法を最大用量で投与され、血栓溶解療法が奏功しない場合に機械的血栓回収療法が行われた。

・2023年のメタ解析では過去の4つのtrial(BASICS trial/BEST trial/BAOCHE trial/ATTENTION trial)を対象にBAOに対する機械的血栓回収療法と従来的な薬物治療との治療成績について報告している。結果として機械的血栓回収療法は従来の薬物治療に比して、発症90日時点での転帰を有意に改善させ(mRS 0~3)、全死亡率も低下させることが示された。ただし、症候性頭蓋内出血(sICH)は有意に増加させることも示された。ただし、ATTENTION trialでは80歳以上で発症前mRS≧1あるいはPC-ASPECTS<8の患者が除外されていて、BAOCHE trialでは80歳以上の患者が除外されているため、前述の有効性はこのような患者でも同様に認められるかどうかは不明瞭であることに留意する必要がある。また通常は症候性頭蓋内出血のリスクも高まると考えられる。

<4つのRCTを対象にした, 有効性と安全性に関するメタ解析>

Figure 1

ブリッジング療法

・アルテプラーゼなどの静注薬剤を使用した後に、機械的血栓回収療法を併用する方法をブリッジング療法(Bridging therapy)と呼ぶ。

・ブリッジング療法としてアルテプラーゼ(0.9mg/kg)静注を行った後に機械的血栓回収療法を実施したケースに関するTrialでは良好な転帰(mRS 0~3)に至ったのは50%、死亡率は31%と報告された。

・従来的な治療法とブリッジング療法との有効性の比較をした研究は乏しい。

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<参考文献>

・Mattle HP, Arnold M, Lindsberg PJ, Schonewille WJ, Schroth G. Basilar artery occlusion. Lancet Neurol. 2011 Nov;10(11):1002-14. doi: 10.1016/S1474-4422(11)70229-0. PMID: 22014435.

・Xu J, Chen X, Chen S, Cao W, Zhao H, Ni W, Zhang Y, Gao C, Gu Y, Cheng X, Dong Y, Dong Q. Endovascular treatment for basilar artery occlusion: a meta-analysis. Stroke Vasc Neurol. 2023 Feb;8(1):1-3. doi: 10.1136/svn-2022-001740. Epub 2022 Aug 5. PMID: 36219568; PMCID: PMC9985799.

・脳卒中治療ガイドライン2021(改定2023) 閲覧日:2025/01/26

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