薬剤性Fanconi症候群 Drug-induced Fanconi syndrome
薬剤性Fanconi症候群とその疫学
・一部の薬剤は腎毒性を有する。近位尿細管(PT: proximal tubule)は糸球体の後にある尿細管のはじめの部分で、多くの薬剤が近位尿細管を通り排出されるため、腎における最も一般的な毒性作用箇所とされている。
・正常な近位尿細管機能が損なわれると、この部分で再吸収されるはずの物質、特にアミノ酸、リン酸塩、重炭酸塩、グルコース、尿酸が尿中に排出され、Fanconi症候群の臨床的特徴が顕在化しやすくなる。また、近位尿細管ではNa、K、Cl、Mg、Caの再吸収も行っているが、遠位尿細管での代償性の取り込みによって補われることがある。
・遺伝性疾患ではミトコンドリア異常症、チロシン血症、Wilson病、ガラクトース血症、Dent病など様々な疾患がFanconi症候群の原因となることが知られているが、後天性Fanconi症候群の主な原因は薬剤性である。
・近位尿細管障害と関連する薬剤としては、主に抗がん剤(例: イホスファミド)、抗ウイルス薬(例: アデホビル, シドホビル, テノホビル, ジダノシン)、アミノグリコシド系抗菌薬(例: GM, AMK)が知られる。そのほかでは抗てんかん薬(例: VPA)、抗寄生虫薬、乾癬治療薬(例: フマル酸ジメチル)、鉄キレート剤、白金製剤(例: シスプラチン, カルボプラチン)、アスピリン、テトラサイクリン系抗菌薬、チロシンキナーゼ阻害薬(例: イマチニブ)、重金属(例: Cd, Hg, Pb)、生薬(アルストロキ酸)などが挙げられる。なお、器質的疾患ではSjögren症候群、骨髄腫などが関係することがある。
・通常、近位尿細管における薬剤毒性は用量依存性に生じる。
近位尿細管の機能
・成人では1日180Lの体液が腎臓でろ過され、そのうち約98%は排泄前に再吸収され、その役割の多くを担うのが近位尿細管である。
・近位尿細管における殆どの溶質の輸送はNa輸送と関連する。アルブミンよりも分子量が小さいタンパク質は糸球体でろ過された後、受容体を介したエンドサイトーシスによって近位尿細管で再吸収される。近位尿細管ではミトコンドリアが密集していて、溶質の輸送に重要なATPを産生するために好気性代謝を行っている。
臨床的特徴
・Fanconi症候群の臨床的特徴は近位尿細管で再吸収されるはずの溶質の尿中への喪失に起因する。
・リン酸塩が不足すると骨軟化症を来し、骨痛、骨折、近位筋の筋力低下などを呈する可能性が高まる。また、症状を呈する頃には患者は骨疾患が既に進行していることが多い。
・遠位尿細管における、尿を酸性化するメカニズムが保たれている限りは代謝性アシドーシスは軽度に留まり、血清重炭酸塩は15mmol/L以上に維持されることが多い。
・遠位尿細管における代償性の再吸収促進が生じることがあるため、成人ではHypovolemiaに至るような体液量減少が生じることは一般的でないが、一部の患者では多尿を訴えることがある。
・Fanconi症候群ではアミノ酸尿、有機酸尿、蛋白尿、低リン血症、正常血糖性糖尿、代謝性アシドーシス、低尿酸血症、低カリウム血症、高カルシウム尿症、多尿などがみられることがある。
・なお、慢性腎臓病診療で注目されるeGFRや血清Cre値は主に糸球体機能を反映していて、近位尿細管機能のマーカーとしては使用しがたい点に留意する必要がある。実際、eGFR低下を伴わない近位尿細管障害は存在する。
診断
・近位尿細管への毒性を発揮する薬剤への曝露と、その後の近位尿細管障害の発生という時間的関係性に基づいて薬剤性Fanconi症候群は想起される。
・被疑薬の投与中止後に近位尿細管機能が改善すれば、確定診断となる。
・尿中β2ミクログロブリン(β2MG)、尿中低分子量タンパク質(LMWPs)は近位尿細管機能障害の最も感度の高いマーカーで、重症度も定量的に評価可能。尿中アルブミン排泄量との比較によって、尿蛋白が尿細管性あるいは糸球体性に生じているのかを分類するのに役立つことがある。尿蛋白/Cre比はFanconi症候群の患者では通常上昇している。
・尿細管リン再吸収率(%TRP: %tubular reabsorption of phosphate)は尿細管におけるリンの再吸収能の指標となり、Fanconi症候群では重要な参考所見となり得る。
・代謝性アシドーシスは通常軽度に留まるが、遠位尿細管における尿酸性化メカニズムが障害されている場合には中等度以上となる。
・骨軟化症に至っているケースでは血清ALP高値となる。ただし、他の疾患でも生じることがある検査異常であり、特異性は低い。
治療
・腎毒性が生じた場合には直ちに被疑薬を中止することがなにより重要。
・もしも代替薬がなく、中止によって重大な転帰が生じ得る状況であれば、総合的判断のもと用量を減らしたうえでの使用を継続することもあり得る。
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<参考文献>
・Hall AM, Bass P, Unwin RJ. Drug-induced renal Fanconi syndrome. QJM. 2014 Apr;107(4):261-9. doi: 10.1093/qjmed/hct258. Epub 2013 Dec 24. PMID: 24368854.