腱板損傷 rotator-cuff disorder
腱板断裂とその疫学
・肩痛の一般的な原因の一つに腱板損傷(rotator-cuff disorder)が知られている。
・腱板(rotator-cuff)は前方から肩甲下筋、棘上筋、棘下筋、小円筋と並ぶ。肩甲下筋は内旋、棘上筋は外転、棘下筋および小円筋は外旋に関わっている。
・腱板損傷には腱板腱症(rotator-cuff tendinopathy)、部分断裂(partial-thickness tears)、完全断裂(full-thickness tears)、腱板断裂性関節症(rotator-cuff tear arthropathy)と様々な病型が含まれる。
・腱板断裂(rotator-cuff tears)の病因の多くは変性疾患で、40歳以降で年齢とともに増加する。腱板断裂は時間経過とともに拡大する可能性があるが、症状の程度と画像検査での断裂の程度との間に相関性は認められていない。
・腱板断裂は重大な外傷(例: 自動車事故, 暴力, 転落)によって生じるケースもあれば、非外傷性で徐々に進行して生じるケースもある(degenerative rotator-cuff tear)。
・腱板断裂のリスク因子としては、男性、喫煙歴、重労働歴、血管リスクとなる疾患(例: 高血圧, 糖尿病, 肥満症など)、腱板断裂の家族歴が挙げられる。なお、特定の対立遺伝子が腱板断裂のリスクを高めることが知られ、遺伝的要因の関与も示唆されている。
・腱板断裂は通常、利き手側に生じやすい。
・鑑別疾患は複数存在するが、プライマリ・ケアの現場では肩関節周囲炎(凍結肩)、石灰沈着性腱板炎などに遭遇する頻度が高く、これらの疾患との鑑別を要する。
臨床症状/臨床経過
・非外傷性or退行性腱板断裂(degenerative rotator-cuff tear)の患者では一般的に肩の外側において疼痛を自覚し、徐々に疼痛が強まっていく。なお、症状に乏しいケースも存在する。ちなみに、頸椎症でも肩痛は生じるが、頚椎由来の疼痛では僧帽筋の付近に疼痛が自覚されやすく、部位が異なることが重要である。
・疼痛は夜間に悪化しやすく、睡眠障害につながることもある。
・腱板断裂では通常、疼痛により肩関節の自動運動が不可能であるが、他動運動が可能である。なお、肩関節周囲炎では疼痛により自動運動も他動運動も困難となる点で異なる。
・外傷歴があれば、疑いやすい。しかし、受傷機転が不明瞭なことも多いため、外傷歴がないことをもって否定することはできない。
身体診察
・Painful arc testは上肢をおろした状態から水平に頭部まで挙上してもらう診察法で、60~120度で疼痛によって挙上困難となり、120~180度で疼痛が消失すれば陽性と判定される。挙上筋断裂で陽性となり得るが、感度は十分とはいえず、また他の肩関節疾患でも陽性となり得る点に留意する。
・そのほか腱板断裂ではEmpty can test、Lift off test,外旋筋力テストでMMT低下がみられるかどうかを確認することとなる。
・そのほか視診で肩甲骨周囲の筋萎縮、肩甲骨の動きの評価/左右差の有無なども評価する。
画像検査
・単純X線撮影(正面/斜位/軸位(scapular Y))では腱板断裂の診断をすることはできない。しかし、腱板断裂では上腕骨大結節の骨硬化所見、肩峰-上腕骨頭距離の狭小などが認められることもある。またX線撮影では肩関節脱臼や変形性関節症などの鑑別も行われる。
・超音波検査やMRI撮像で腱板断裂を診断でき、断裂部位とその程度、腱の退縮、筋萎縮などを評価できる。超音波検査は検者の技量による影響を受けるが、MRI撮像と同等の診断学的特性を有することが知られている。
・MRI撮像および超音波検査は部分断裂のケースでは診断精度が低くなることに留意する。
・超音波検査では腱板が凹んでみえることが特徴である(peribursal fatの陥凹)。
治療
・保存的加療(理学療法など)が通常は初期治療として選択される。保存的加療で軽快しない一部の腱板断裂のケースにおいて手術が検討される。保存的加療でのフォローアップは3ヶ月程度はみてもよいかもしれない。
・理学療法の内容などの治療内容は症例ごとに異なるため、可能であれば専門医へ紹介することを検討する。
・心理社会的要因やうつ病は腱板断裂患者における肩痛および機能低下と関連しやすいと報告されている。
・マッサージ療法、鍼治療、電磁波療法などの有効性を裏付けるデータは不足している。
<理学療法>
・理学療法では肩甲周囲筋の筋力改善、姿勢矯正などを図る。
・観察研究では理学療法を受けた患者の80%以上で6~12ヶ月間の追跡調査で疼痛軽減と機能改善に至ったと報告された。
・保存的加療を受けた患者の良好な転帰には既婚者であること、大卒であること、有症状期間が短いこと、日常業務で重労働に従事していないこと、アルコール摂取が週1~2回程度に留まること、部分断裂であることなどが関係していたと報告されている。
<薬物治療>
・NSAIDs外用は疼痛緩和に有効であり、経口製剤よりも安全性が高い。
・NSAIDs内服も腱板損傷による疼痛をわずかであるが軽減することが示されている。ただし、腎障害、消化管出血などのリスクに注意が必要である。消化管出血リスクが高い患者ではPPI併用やCOX-2選択阻害薬(セレコキシブ)の使用を検討する。
・オピオイドの使用は一般的に推奨されていない。
・アセトアミノフェンは腱板損傷に限定した有効性に関する研究は乏しいが、有益性はほとんど示されていない。
・ガバペンチン、デュロキセチン、プレガバリンなどの薬剤については有効性に関するエビデンスが不足している。
・グルココルチコイド注射はプラセボ薬に比して、腱板損傷患者の症状緩和に有効であることが報告されている。
<手術>
・腱板断裂患者の多くに対して初期段階から手術を勧奨することは少ない。しかし、保存的加療で症状が改善しないケースでは手術が検討される。
・手術適応に関してコンセンサスが得られていない。しかし、観察研究によると、発症年齢が低いこと(例: 65歳未満)、断裂がより小さいこと(例: 1.5~2.0cm未満)などのケースにおいて、手術は機能改善と疼痛軽減につながりやすいことが示唆されている。
・手術は関節鏡下で実施されることが多い。
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<参考文献>
・Jain NB, Khazzam MS. Degenerative Rotator-Cuff Disorders. N Engl J Med. 2024 Nov 28;391(21):2027-2034. doi: 10.1056/NEJMcp1909797. PMID: 39602631.