腹水貯留 ascites

腹水貯留とその疫学

・腹水(Ascites)とは腹腔内に液体が貯留した状態を指す。

・通常は非代償性肝硬変、悪性腫瘍、心不全、腎疾患(ネフローゼ症候群など)、悪性腫瘍に伴って生じることが多い。

・新規に腹水が出現した患者では原則的に原因特定を行うこととなる。そのためには腹腔穿刺は重要な検査となる。穿刺に伴う重大な出血は穿刺機会の0.2~2.2%で発生するが、死亡に至ることは稀である。ある研究では4,729件の穿刺機会を分析し、死亡率は0.02%と報告された。

・ルーチンでの腹水に関する検査では血清腹水アルブミン勾配(SAAG: serum-ascites albumin gradient)、総蛋白数、細胞数、細胞分画を含める。そのほか状況によってコレステロール、細胞診、セルブロック、培養、LDH、ADA、TG、アミラーゼ、グルコース、BNPなども検査することとなる。SAAGは「血清アルブミン濃度−腹水中アルブミン濃度」で算出される。

・腹水は病因ごとに①門脈圧亢進性 ②非門脈圧亢進性 ③複合的病態(mixed ascites)に大別される。

・最近の研究では腸内細菌叢の乱れに起因する全身性炎症が門脈圧亢進性腹水の形成に寄与している可能性が示唆されている。

 <腹水貯留の病因>

初期評価

・初期評価として病歴聴取、身体診察、腹部超音波検査、血液検査、診断的腹腔穿刺が実施される。

・既往歴/併存疾患に慢性肝疾患、心疾患、悪性腫瘍、結核、リウマチ性疾患、膵炎などがあるかどうかを把握する。そのほか海外渡航歴もときに重要である。

・臍部を頂点とした腹部膨隆がみられ、Shifting dullnessが陽性であれば腹水が存在する可能性が大きく上がる。

・身体所見では慢性肝疾患を示唆する所見(例: 脾腫, くも状血管腫, 手掌紅斑, 腹壁静脈怒張)、心不全や収縮性心膜炎を示唆する所見(例: JVP上昇, 肺うっ血を示唆する副雑音, 心膜摩擦音)、悪性腫瘍や感染症を示唆する所見(例: 腫瘤の触知, リンパ節腫大)などを確認する。

腹水の評価

 <腹水の外観>

腹水の外観も重要な情報となる。非代償性肝硬変による腹水は通常、淡黄色透明である。

・腹水が混濁している場合は細菌感染、膵炎、消化管穿孔と関連していることがある。

血性腹水では悪性腫瘍、出血性膵炎、腸管虚血、異所性妊娠、卵巣出血などが示唆される。

乳糜腹水では通常、肝硬変、悪性腫瘍、感染症(寄生虫および結核)、外傷、炎症性疾患、心疾患、大量のTGの存在に関連することがある。

茶色の腹水では胆嚢破裂、胆管損傷に関連することがある。

 <SAAG>

・SAAGは1981年にHoefsらにより提唱された概念であり、「血清アルブミン濃度−腹水中アルブミン濃度」で算出される。

・SAAG≧1.1mg/dL(11g/L)であれば門脈圧亢進症が示唆され、その診断精度は97%とされている。

複合的病態による腹水貯留(mixed ascites)ではSAAG≧1.1mg/dLとなることが一般的である。

・肝硬変患者でもSAAG<1.1mg/dLとなることがあるが、その場合は予後不良と報告されている。肝硬変患者でSAAG<1.1mg/dLの場合は腹腔穿刺を再実施することを推奨する見立てもある。また、利尿薬投与、アルブミン投与などはSAAGの測定値に誤差を生じさせる可能性が指摘されている。

・SAAGの算出するためには原則として血液検体と腹水検体を同一日に採取する

 <腹水中総蛋白>

腹水中総蛋白≧25g/Lの場合は滲出性腹水と、<25g/Lの場合は漏出性腹水と分類される。

・なお、特発性細菌性腹膜炎(SBP)を伴う肝硬変による腹水のケースでは腹水中総蛋白が低値(<25g/L)となり、心原性腹水では腹水中総蛋白が高値(≧25g/L)となることが知られている。

 <腹水の細胞数/分画>

多核球分画、腹水培養は細菌性腹膜炎の診断に用いられる。

・細菌性腹膜炎は特発性細菌性腹膜炎(SBP)と二次性細菌性腹膜炎に分類される。

・SBPは腹水培養が陽性か陰性かに関わらず、腹水中好中球が250/mm3以上の場合に確定される。なお、SBP患者における腹水培養の感度は60%程度とされている。したがって、腹水中好中球>250/mm3のケースでは培養結果を待たずに経験的な抗菌薬投与が開始されるべきとされる。

 <腹水中コレステロール>

・過去の研究では腹水コレステロール濃度は鑑別診断に有用でないとされていた。

・しかし、その後の多施設研究では腹水コレステロール濃度は門脈圧亢進症と非門脈圧亢進症とを区別する指標に利用でき、特に高値の場合(≧45mg/dL)で非門脈圧亢進症が示唆されることが報告された。

 <腹水細胞診と腫瘍マーカー>

・癌性腹膜炎(腹膜癌症)は腹水貯留症例の約10%を占め、特に胃がん(25.4%)、大腸がん(8.5%)、膵がん(6.6%)、肝胆道系腫瘍(7.0%)、婦人科腫瘍(13.1%)、原発不明癌(34.7%)、その他の癌(4.7%)と関連することが報告されている。

・悪性腹水と良性腹水との鑑別には腹水細胞診腫瘍マーカーが利用できる。悪性腹水の検出における細胞診の感度は報告によって差が大きく、50~96.7%とされている。なお、セルブロックを利用するとさらに感度が高まることが知られている。

・腫瘍マーカーとしては主にCEA、CA15-3、CA19-9、AFP、CA125などが利用される。腫瘍マーカーは悪性腹水の検出に関して特異度は高いが、感度が低い特性を有する。

・細胞診と腫瘍マーカーを併用することで診断率は向上する。

 <腹水LDH>

・腹水中のLDHは特に悪性腹水の診断マーカーとして用いられる。

・悪性腹水(439.1±169.1U/L)では良性腹水(261.2±135.7U/L)よりも腹水LDHが有意に高いことが知られている。ただし、腹水中のLDH高値は結核性腹膜炎、二次性細菌性腹膜炎、膵性腹水でもみられる。また、LDH低値は肝細胞癌を伴う肝硬変患者でもみられると報告された。

・腹水中のLDHアイソザイムは鑑別においては有用性に限界があると報告されている。

 <腹水中ADAと抗酸菌培養>

・腹水中のADAは結核性腹膜炎のマーカーとして知られる。

・結核性腹膜炎に関して、腹水中ADA≧40IU/Lであることは感度100%、特異度96.0%と報告されている。

・結核性腹膜炎の診断に関して、腹水の抗酸菌培養の感度は約50%とされている。

 <腹水中グルコース>

・健常者では腹水中グルコース濃度は血中グルコース濃度とほぼ同等とされている。

・腹水中のグルコースは細菌、白血球、癌細胞により消費される。したがって、結核性腹膜炎、特発性細菌性腹膜炎、二次性細菌性腹膜炎、悪性腹水では腹水中グルコースが低値となる。

 <腹水中アミラーゼ>

・膵炎の発症によって腹水貯留が生じることがあり、膵性腹水と呼ばれる。特に仮性嚢胞の破裂、膵管破壊に関連している。

・膵性腹水では膵液中アミラーゼが通常1,000U/L以上となり、血清アミラーゼ値の6倍以上となることが多い。

・ただし、ほかにも悪性腫瘍、胃潰瘍、消化管穿孔、腸閉塞、胆道疾患、急性胆嚢炎でも腹水中アミラーゼは高値となり得る。

 <腹水中トリグリセリド>

・乳糜腹水はトリグリセリドを豊富に含むリンパ液が腹腔内に漏出することで生じる。

腹水中トリグリセリドが200mg/dL以上であれば乳糜腹水と判断できる。

・乳糜腹水は通常、リンパ管損傷/破裂、リンパ管閉塞による管腔内圧上昇により生じる。

・乳糜腹水の原因としては外傷性、先天性、感染性、腫瘍性、術後、肝硬変性などと多岐にわたる。

 <腹水の細菌培養>

・腹水の細菌培養を行う場合には血液培養ボトルを利用することで感度がより高まることが知られている。

・抗菌薬が先行投与されている場合、腹水中の細菌培養の検出率や多核球数に影響をきたす。したがって、原則として抗菌薬投与前に腹水検体を採取する。

新規の腹水貯留に対する診断フロー

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<参考文献>

・Du L, Wei N, Maiwall R, Song Y. Differential diagnosis of ascites: etiologies, ascitic fluid analysis, diagnostic algorithm. Clin Chem Lab Med. 2023 Dec 20;62(7):1266-1276. doi: 10.1515/cclm-2023-1112. PMID: 38112289.

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