高齢者の歩行障害 gait disorders
高齢者の歩行障害と転倒/疫学
・高齢者の歩行障害(gait disorders)は神経学的巣症状に由来する場合もあれば、神経性以外の原因に由来する場合もある。また複合的な原因が存在することが多い。
・その基本的な病態生理は主にベッドサイドでの身体診察によってなされる。
・米国では65歳以上の患者の30%が、80歳以上の患者の50%がそれぞれ毎年転倒を経験していると推定されている。
・歩行には複雑な認知機能が密に関連していて、注意、遂行機能、記憶、運動、知覚などのプロセスが統合されて成り立っている。
・120例の歩行障害の原因を分析した研究によると、感覚障害(18.3%)、脊髄症(16.3)、多発性梗塞(15.0)、原因不明(14.2)、パーキンソン病(11.7)、小脳変性症(6.7)、水頭症(6.7)、その他(5.0)、心因性(3.3)、中毒性/代謝性(2.5)と報告された。
・歩行障害がみられる高齢患者の約14%は、適切な身体診察、検査を経ても原因が不明のままとなることが知られている。
歩行の病態生理学
・正常な歩行は主に①リズミカルな歩行の開始と維持 ②バランス能力 ③環境への適応能力 の3つの要素から構成される。
・正常な歩行が達成されるには神経系の全てのレベルが維持されていることが必要である。
<脊髄レベル(Spinal cord level)>
・四肢の反復運動、交互運動、協調運動は脊髄におけるCentral pattern generators(CPGs)により可能となっている。
<脊髄より上位の運動中枢(Supraspinal locomotor centers)>
・脊髄CPGは脳幹および小脳からの運動指令の下行性入力により制御されている。
・脳幹には電気的or化学的な活性化により運動指令を送るニューロンが存在し、その領域を歩行誘発野(LMR: Locomotor region)と呼ぶ。そのほか視床下部、中脳、小脳、橋などにもLMRが存在する。
・小脳虫部は固有感覚、前庭感覚、視覚の求心性上方を統合する役割も有する。
・大脳基底核による出力は中脳LMRに接続される。
・前頭部の皮質からの出力は視床および橋を介して小脳へ接続する。前頭葉皮質による遂行機能は随意的な歩行、最適な歩行経路の選択、周囲環境への対応において重要な役割を有している。
分類
・歩行障害の原因の区別としてはまず運動面の問題と感覚面の問題とに大別される。
・運動面の問題としては関節炎などの非神経学的障害、ミオパチー、運動器による影響が想定される。状況によってはうまく適応し、歩行補助具を利用することで改善する場合もある。
・感覚面の問題としては前庭障害、神経障害、視覚障害などを考慮することとなる。
<筋力低下/脱力(Weakness)>
・筋力低下の分布を把握することが原因の特定に有用なケースがある。
・筋力低下は①上位運動ニューロン(UMN)の障害を反映しているケース ②脊髄前角細胞から神経筋接合部までの末梢神経の障害を反映しているケース ③筋肉自体の障害 に大別できる。
・筋力低下の分布はMMTによって評価する。ただし、筋肉は部位によって強さが異なり、軽度の筋力低下を正常と区別することはときに容易でない。
・UMNに由来する筋力低下では筋トーヌスの診察を行うと痙直が認められる。つまり、早く動かすと抵抗が生じ、ゆっくりと動かすと抵抗が軽くなる所見が得られ、これが典型的な錐体路障害の所見といえる。また筋力低下のパターンも重要で、UMN障害に由来する筋力低下では主に股関節屈曲、足関節背屈、膝関節屈曲で影響が生じやすいと言われている。
・下位運動ニューロン(LMN)障害による筋力低下では病変部位によって筋力低下のパターンが異なる。デルマトームを参考にしながら感覚障害の有無を確認したり、腱反射減弱を確認したりすることが重要となる。
・筋肉の障害に由来する筋力低下では通常、近位筋において筋力低下が生じる。特に頸部の屈筋と伸筋の筋力を確認するとよい。
・大腿四頭筋の筋力低下は大腿神経(L2-4)の問題をときに示唆する。立位をとる際に膝がぐらつく所見が認められることがある。
・腓骨神経障害でみられる下垂足が存在する場合、膝を高く持ち上げて、外側に振って大股で歩くような様子が確認できることがある。なお、このとき股関節屈曲は正常なはずである。
・反復運動によって筋力低下が確認される場合には重症筋無力症が想定される。
<求心路遮断(deafferentation)>
・感覚器からの入力によって運動出力が可能となるため、感覚器からの入力が侵されると歩行障害は生じる。
・特に重要な機能としては位置覚と固有深部感覚である。
・位置覚の障害は重度の糖尿病性神経障害などでみられることもあるが、通常は脊髄後索の問題を想定する。脊髄に関する精査で異常を指摘できない場合には後根神経節症が位置覚障害の原因となっている可能性を想定するべきである。
・大後頭孔より上位の病変は稀ながら位置覚の障害を惹起することがある。
・歩行は通常、”強く踏みつけるような”歩行となる。これは地面に足が触れた際の感覚刺激を最大限増幅させるためにそのような歩行様式となる。
・診察では位置覚の確認(例: 母趾の診察)のほか、Romberg徴候などを確認する。
・上肢の感覚障害が存在する場合は通常、脊髄症などを鑑別に挙げる。
<前庭機能障害(vestibular dysfunction)>
・”めまい”は非特異的な症状であり、必ずしも前庭機能障害によるとは限らないが、一部の患者はたしかに前庭機能の問題で平衡障害をきたす。
・前庭機能障害による”めまい”の多くは発作的に生じる。24時間以上続く場合は急性前庭症候群(AVS; acute vestibular syndrome)と呼ばれ、まずは前庭神経炎と後方循環系の脳梗塞を疑うこととなる。
・前庭機能障害では前庭眼反射(脳幹反射の一部)が通常、健常的な反応が保たれるはずである。
・前庭機能障害で最も重視すべき所見は眼振である。通常は片側方向に固定された水平回旋性眼振が認められる。なお、方向交代性眼振や垂直性眼振は一般的に中枢性めまいを疑う所見である。
・歩行障害は時折よろめくような程度の場合もあれば、重度のふらつきまで様々である。患者は通常、患側へと偏倚するように歩き、歩幅は小さくなる。
・BPPVではDix-Hallpike法で症状が誘発され、そのままEpley法で治療に移行することもできる。
<小脳性運動失調(cerebellar ataxia)>
・失調性歩行や下肢の協調運動の問題はときに小脳や脳幹の小脳連絡部の機能不全を示唆する。
・前頭部の皮質からの出力は視床および橋を介して小脳へ接続するため、ときに両側の前頭葉機能障害は失調性歩行の原因となる。
・歩行では歩隔が拡大して(wide-based)、歩幅が短縮する(short step)。通常は直線的に歩行することはできず、特にターンでよろめきやすい。
・体幹失調が認められることもある。また、指鼻指試験や膝踵試験で異常所見がみられる。
・四肢の筋トーヌスを確認すると、緊張性の低下が認められることがある。
・会話をすると断綴性言語がときにみられる。
・小脳性運動失調をきたす原因は様々で、小脳梗塞の頻度も低くないが、ほかには甲状腺機能低下症、ビタミンE欠乏症、アルコール使用障害、腫瘍随伴症候群、繰り返す頭部外傷、脱髄性疾患、脳炎、小脳変性症などが挙げられる。
<錐体外路障害(extrapyramidal disorder)>
・錐体外路障害は主に無動、筋固縮、平衡障害などと特徴とする。
・歩行障害はパーキンソン病患者の12~18%で初期からみられる。
・歩行様式としては歩幅が著しく小さくなり、足は床からほとんど離れず、姿勢は前かがみとなる。腕も振れず、体幹が下肢よりも先行するのが特徴。急に方向を変えるように指示すると、小刻みに何度も足を動かして方向を変えるようになる。
・脳血管性パーキンソニズムでは上肢に所見が乏しく、下肢に所見が限局することもある。
・レビー小体型認知症(DLB)ではアルツハイマー型認知症(AD)よりも転倒が多く、転倒は必ずしもパーキンソニズムと関係しないことも知られている。パーキンソニズムが生じてから12ヶ月以内に認知症が生じた場合にはDLBが疑われる。
・前頭葉徴候を主症状とする前頭側頭型認知症(FD)ではときに失語症やパーキンソニズムを呈することもある。
・多系統萎縮症ではパーキンソニズム、自律神経障害、運動失調などの組合せが特徴となる。
・進行性核上性麻痺では初期の姿勢不安定性、垂直性核上性注視麻痺、L-dopa抵抗性パーキンソニズム、仮性球麻痺、軽度の認知症によって特徴づけられ、転倒は比較的初期からみられる。
・大脳皮質基底核変性症は臨床的に多様な疾患で、他の神経変性疾患と特徴が一部重複する。
<Higher-level gait disorder>
・脳室周囲白質は歩行において重要な役割を有していることが知られている。
・特発性正常圧水頭症やBinswanger病などが代表的である。
・正常圧水頭症では小刻み歩行、開脚歩行がみられ、ターンが不安定となることがある。
<心因性歩行障害(psychogenic gait disorder)>
・高齢者の歩行(cautious gait)では歩幅の減少、立脚時間の短縮、前傾姿勢、歩幅の減少などが認められる。
・転倒に対する恐怖が強いケースも多く、通常は直近の転倒歴と関連している。直近で転倒歴のある患者の約50%は転倒に関する恐怖心を強く抱いていると報告されている。その不安は恐怖症とよばれるほど深刻なものなこともあり、ときに患者は手をついて這うように移動することもある。
・心因性歩行障害の特徴には”astasia-abasia”が挙げられ、神経学的異常がないにも関わらず、立位や歩行ができなくなる状態を指す。
<非神経学的歩行障害(nonneurologic gait disorder)>
・非神経学的歩行障害の原因としては関節炎(関節痛)、滑液包炎、腱炎などの整形外科疾患、心不全などの心血管疾患、間欠性跛行をきたす疾患、視覚障害など様々なものが挙げられる。
――――――――――――――――――――――――――――
<参考文献>
・Ronthal M. Gait Disorders and Falls in the Elderly. Med Clin North Am. 2019 Mar;103(2):203-213. doi: 10.1016/j.mcna.2018.10.010. Epub 2018 Dec 20. PMID: 30704677.