急性陰嚢症/陰嚢痛 acute testicular pain
急性陰嚢症とその疫学
・急激に睾丸痛(精巣痛)をきたす疾患群を急性陰嚢症(acute testicular pain)と呼ぶ。
・精巣捻転、精巣上体炎、精巣付属器捻転(精巣垂や精巣上体垂の捻転)が急性陰嚢症の約85%を占める。
<精巣捻転>
・25歳未満の男性の約4,000人に1人の割合で発症し、左側に後発する。
・新生児期と思春期(12~18歳ぐらい)で好発する。ただし、あらゆる年齢で発症し得る。
・精巣捻転では精索の捻転により精巣への血流が遮断されて発症し、誘因なく生じ得る。
<精巣上体炎>
・精巣上体炎は精巣上体および精巣の炎症であり、通常は尿の逆流、性感染症による二次的感染の結果として生じる。
・炎症が精巣上体に限局すれば精巣上体炎と、精巣のみに限局していれば精巣炎とそれぞれ呼ばれる。
・小児で発症する場合は原因が不明なことが多く、基礎疾患を特定できるケースは約25%に留まる。
・一方で、思春期以降の男性で発症する場合には通常、性感染症が原因で発症し、通常は性交渉が先行しているはずである。
・また尿路の解剖学的あるいは機能的構造異常や、尿路に関する検査/処置(カテーテル挿入、膀胱鏡検査など)により発症することもある。
<精巣上体垂捻転>
・精巣上体垂は精巣上極に位置し、精巣付属器とも呼ばれる。
・誘因なく、捻転が生じることがある。
・思春期前の男児で好発する。
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・あまり一般的でない急性陰嚢症の原因としては急性特発性陰嚢浮腫、精巣癌、精索静脈瘤、陰嚢水腫、精巣の外傷、関連痛が挙げられる。
<急性特発性陰嚢浮腫>
・急性特発性陰嚢浮腫は精巣および精巣上体が正常であるにも関わらず、陰嚢の皮膚が浮腫状に変わるものである。通常、Self-limitedな経過をたどる。
・片側性に発症し、典型的には10歳未満の小児で発症する。
・超音波検査では陰嚢壁の著明な肥厚と正常な精巣が確認される。
・原因は明らかでないが、アレルギー性機序が想定されている。
<精巣癌>
・精巣癌は通常、緩徐に増大する無痛性の腫瘤として認識される。
・疼痛をきたすことは典型的でないが、精巣癌患者の約20%で初発症状として疼痛が生じることが知られている。また、精巣上体炎に類似した病像を呈することがある。
<精索静脈瘤>
・精索静脈瘤は精巣静脈の弁が機能不全を来すことで生じる。
・思春期で認められやすい。10歳未満の小児で認められることは稀である。
・左側に好発する(80~90%)。
・疼痛、腫脹、不妊症の原因となることがある。
<精巣水腫>
・精巣水腫は精索静脈瘤の結果として生じることがある。
<精巣の外傷>
・精巣への直接的な打撲、馬乗りになった際の損傷などが典型的である。
・精巣の白膜が断裂し、血腫が形成されていることがあり、精査が必要である。
<関連痛>
・鼠径ヘルニア、結節性多発性動脈炎、尿路結石、虫垂炎などで精巣に関連痛をきたすことがある。
臨床経過/臨床症状
・アセスメントにおいて重要な情報は年齢、発症様式、症状の持続期間、疼痛/圧痛の位置、排尿困難/頻尿、性交渉歴、発熱の有無、尿路の機能的/解剖的構造異常の有無、尿路の処置歴である。
・特に年齢は急性陰嚢症の鑑別を行ううえで重要な情報となる。表に示すとおり、新生児期および思春期においては精巣捻転の頻度が高いが、精巣付属器捻転(精巣上体垂捻転)は思春期前の年齢(9~11歳ぐらい)で頻度が高い。ただし、年齢のみではいずれの疾患も除外はできないことに留意する。
・疼痛は精巣捻転では突発的(sudden onset)に生じて、悪心や嘔吐を伴うことが多い。一方で、精巣上体炎や精巣付属器捻転では数日間の急性経過で徐々に疼痛が増強することが多い。
・排尿困難や排尿時痛、頻尿などの膀胱刺激症状は精巣上体炎を示唆している可能性がある。陰茎からの分泌物は認められないこともある。
・流行性耳下腺炎(ムンプス)に合併する精巣炎がある。この場合、耳下腺腫脹が生じてから、7~10日後に片側性の精巣腫大が認められることが典型的である。ムンプスに罹患した男性の約20~30%で精巣炎を合併するという報告もある。
<主な疾患の特徴>
<急性陰嚢症の頻度>
病歴/身体所見
・精巣の位置(高位)/大きさ/左右差、精巣上極のBlue dot signの有無、挙睾筋反射の有無、圧痛範囲と最強点の同定、陰嚢挙上による疼痛の変化、鼡径ヘルニアなどの他疾患の除外を念頭におき診察する。
・精巣捻転では挙睾筋反射(L1/2神経根)が殆どのケースで欠如する。一方で、精巣上体炎や精巣付属器捻転の患者では反射が認められる。挙睾筋反射は陰嚢を観察しつつ、大腿内側を軽くつまんだり、撫でたりすることで誘発され、健常者では同側の精巣が挙上する。
・陰嚢挙上によって精巣上体炎では疼痛が緩和される(Prehn’s sign)。しかし、精巣捻転では緩和されない。ただし、この徴候は小児では必ずしも確認が容易でない。
・精巣付属器捻転では精巣上極に小さい青い斑点(Blue dot sign)が認められることがあり、診断的な所見ともいわれる。しかし、スカンジナビアの研究ではこの徴候は患者のわずか10%でしか認められなかったと報告されている。
・精巣上体炎では精巣の後外側を触診した際に強い圧痛が認められ、同部位は硬結と熱感が認められることが多い。
臨床検査
・急性陰嚢症のケースは否定ができるまで精巣捻転を疑って、精査する。
・主に血液検査、尿検査/尿培養、超音波検査の実施が検討される。
・尿検査は精巣上体炎をはじめとした尿路感染症の可能性の評価を目的に実施される。ただし、精巣上体炎は尿検査で異常がみられなくても否定ができないことに留意するべきである。
・ドプラ超音波検査は有用で、感度は63~100%、特異度は97~100%と報告されている。ただし、検者の技術に影響を受け、思春期以前の男児では落ち着いて検査を受けられないなどで評価が難しいケースも一部存在する。また、発症初期の精巣捻転や、間欠的な精巣捻転では偽陽性、つまり動脈血流が確認されることもあり注意が必要である。実際、208人の精巣捻転患者を対象にした多施設研究では24%の患者で精巣血流が正常と評価されたと報告されている。あくまで身体所見や病歴などと合わせて総合的に評価することが重要である。
・性感染症としての精巣上体炎が疑われる場合には尿塗抹/培養を提出する。塗抹ではグラム陰性双球菌(淋菌)が認められるかを確認する。クラミジア(C.trachomatis)は細胞内寄生菌であるため、Gram染色で確認はできず、核酸増幅検査が望ましい。淋菌に関しても核酸増幅検査は有用である。
治療
<精巣捻転>
・前述のように精巣捻転は超音波検査で必ずしも否定できないため、臨床診断が原則である。疑われる場合には緊急的な外科手術が検討される。なお、患者の40%で対側にも精巣捻転が生じることが知られているため、対側の精巣固定術も行われることが一般的である。
・精巣機能を温存できるかどうかは症状の持続期間と強い相関性があることが知られている。捻転による疼痛出現時から4時間以内に発見されれば温存率が95%と高いが、10時間を超えると45~60%にまで低下し、それ以降はさらに低下することが知られている。
<精巣上体炎>
・前述のとおり、性感染症として発症することも多いため、抗菌薬治療では淋菌(N.gonorrhoeae)、クラミジア(C.trachomatis)をカバーするべきである。そのほか、大腸菌などのGNR、腸球菌などもカバーすることを検討する。その後、培養結果に応じてde escalationを行う。
・淋菌に対してはCTRXなどが、C.trachomatisに対してはAZMやDOXYなどが選択されることがある。
・精巣上体炎を発症した後は性行為を控えるべきであり、パートナーも必要に応じて治療を受けるべきである。
・思春期以前の男児に発症する精巣上体炎は特発性であることが多く、尿検査で膿尿や細菌尿がみられないことも多く、抗菌薬治療が必要ないことも多い。症状は通常、自然軽快するため、支持療法がなされる。
<精巣付属器の捻転>
・捻転が認められる場合には十分な鎮痛を行ったうえで保存的加療が行われる。
・診断に不確実性を伴う場合には外科的治療を検討する場合がある。精巣捻転とは異なり、対側の手術は不要である。
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<参考文献>
・Jefferies MT, Cox AC, Gupta A, Proctor A. The management of acute testicular pain in children and adolescents. BMJ. 2015 Apr 2;350:h1563. doi: 10.1136/bmj.h1563. PMID: 25838433.