低ナトリウム血症 hyponatremia
低ナトリウム血症/総論
・低ナトリウム血症(hyponatremia)は入院患者で最もよくみられる電解質異常である。
・低ナトリウム血症は死亡率、入院期間、入院費用、集中治療室滞在日数、再入院率の増加に関連している。
・健常者であれば多量の水分(1時間に1L近い量)を摂取しても通常は低ナトリウム血症に至らない。他方、腎の排泄限界を超えた水分摂取量があるケースや、腎疾患、利尿薬投与、タンパク質摂取不足、バソプレシンの分泌により希釈尿の排泄が障害されているケースで低ナトリウム血症が生じる。
・尿へ排泄される自由水の量は、尿量、Na、K濃度によって規定される。通常は「尿Na+尿K<血清Na」が成立している際に、自由水が尿へ排泄されることとなり、低Na血症は改善へ向かうことが推察できる。
・低ナトリウム血症は転倒、骨粗鬆症、大腿骨頸部骨折などのリスク因子となる。
低ナトリウム血症のリスクを有する患者
・マラソンやトライアスロンなどの持久走に参加する人の最大13%で低ナトリウム血症を発症すると言われている。これは水分喪失量を水分摂取量が上回ることがあるためとされている。
・統合失調症の入院患者では大量の水分摂取を行うことで低ナトリウム血症をきたすことがある(水中毒)。
・多量の水分摂取を行う一方で、タンパク質摂取量が少ない場合には低ナトリウム血症に至ることがある(beer potomania)。
・重症の慢性腎臓病を有する患者では自由水の尿としての排泄が滞るため、低ナトリウム血症になりやすい。
・利尿薬投与により低ナトリウム血症も生じやすい。特にサイアザイド系利尿薬が低ナトリウム血症の原因として多いとされている。薬剤性ではSSRI、SNRI、カルバマゼピンも原因となりやすく、これらの薬剤は希釈尿の形成を障害する機序があることが想定されている。なお、SSRI、SNRI、サイアザイド系利尿薬による低ナトリウム血症は投与1~2週間以内に生じることが多い。
・血症Na濃度が低い状態にあるにも関わらず、下垂体後葉でAVP(バソプレシン)分泌がなされると自由水の尿への排泄が障害され、低ナトリウム血症が助長される(SIAD)。なお、循環動態が不安定な場合にもAVP分泌は促進され、それゆえに細胞外脱水や心疾患、肝疾患、肺炎患者などでもAVP分泌がみられる。
体液量に応じた鑑別疾患/臨床症状
<Hypovolemia>
<腎外性喪失(extrarenal losses)>
・嘔吐
・下痢
・膵炎
・寝汗
・腸閉塞
<腎性喪失(renal losses)>
・浸透圧性利尿
・Cerebral salt wasting
・塩類喪失性腎症(salt-losing nephritis)
・利尿薬の使用(特にループ利尿薬)
・アジソン病(原発性副腎不全)
<Euvolemia>
・原発性多飲症(心因性多飲症)
・溶質排泄量の減少
・利尿薬の使用(特にサイアザイド系利尿薬)
・甲状腺機能低下症
・コルチゾール欠乏
・SIAD
<Hypervolemia>
・心不全
・肝硬変
・ネフローゼ症候群
・慢性腎臓病
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・低ナトリウム血症では無症状のこともあるが、中等症(悪心/嘔吐, 頭痛, 錯乱)あるいは重度(せん妄, 意識障害, 痙攣, 心肺停止)の症状をきたすこともある。
・特に慢性経過の軽度の低ナトリウム血症(125~135mEq/L)は軽微な症状に留まることが多い。
・SIADの詳細は別のページに記載する。
アセスメント
<低ナトリウム血症の診断アルゴリズム>
<Hypovolemic hyponatremiaの診断アルゴリズム>
<Euvolemic hyponatremieaの診断アルゴリズム>
<Hypervolemic hyponatremiaの診断アルゴリズム>
治療
・治療は低ナトリウム血症の臨床経過(急性or慢性)、重症度、原因により異なる。
・低ナトリウム血症の持続期間が48時間未満であることが明らかな場合には”急性”と、48時間以上か、あるいは持続期間が不明な場合には”慢性”とそれぞれ判断される。
・急性の低ナトリウム血症に関連しやすいのは水中毒、心因性多飲症などである。
・急性の低ナトリウム血症では血漿浸透圧低下により細胞外液が脳細胞へ浸潤し、脳浮腫をきたし、脳ヘルニアのリスクとなる。急性低ナトリウム血症の患者では緊急的な血清ナトリウム値の正常化が求められる。
・一方で、慢性の低ナトリウム血症では低ナトリウム血症を急速に補正した場合に脳傷害(ODS:浸透圧性脱髄症候群)をきたしやすくなる。
・低ナトリウム血症の重症度2013年の米国のExpert panelからの勧告では軽症(mild/130~135mEq/L)、中等症(moderate/120~129mEq/L)、重症(severe/~120mEq/L)に分けられる。
・急性低ナトリウム血症、あるいは重度の症状(意識障害, 繰り返す嘔吐, 痙攣)を有する慢性低ナトリウム血症では血清ナトリウム値を5mEq/L上昇させることで脳浮腫を改善させることができる。
・一方で、慢性低ナトリウム血症の患者では24時間以内に10mEq/L以上、また48時間以内に18mEq/L以上上昇させないようにすることが重要である。これは治療目標値ではなく、あくまで超過してはならない限界値として認識されるべきである。浸透圧性脱髄症候群(ODS)のリスクが高い慢性低ナトリウム血症の患者で推奨される補正速度は1日あたり4~6mEq/Lである。
・Euvolemic Hypovolemiaでの初期治療では水制限(例: 800mL/日未満)と、SIADをきたす薬剤の中止とが挙げられる。SIAD患者では総体内ナトリウム量は減少しているため、塩分制限を行うべきでない。
・通常、「尿Na+尿K>1/2×血清Na」の状態では水制限のみでは効果がないはずである。
・低ナトリウム血症の原因が除去されると(例: 輸液による細胞外脱水の改善/原因薬剤の中止/コルチゾール補充/低酸素状態の改善/ストレス状態からの脱却など)、バソプレシンの分泌が抑制され、希釈尿が排泄され、血清ナトリウム値が想定よりも急速に上昇する場合がある。
<症状/重症度ごとの低ナトリウム血症の治療法>
<無症候性の慢性低ナトリウム血症の治療法>
<低ナトリウム血症の薬物治療・非薬物治療>
入院適応
・症候性の低ナトリウム血症のケース(例: 錯乱, 頭痛, 嘔吐, 痙攣)
・急性低ナトリウム血症のケース
・血清ナトリウム値<125mEq/Lのケース
・ODSのリスク因子を有するケース
浸透圧性脱髄症候群の症状とリスク因子
・慢性低ナトリウム血症が急速に補正されると、浸透圧性脱髄症候群(ODS: osmotic demyelination syndrome)を発症することがある。
・ODSでは通常、補正後2~6日目のタイミングで神経症状(構音障害, 嚥下障害, 対麻痺, 四肢麻痺, 錯乱, 昏睡)が出現する。
・ODS発症のリスク因子としては、初期の血清ナトリウム値<105mEq/L、低カリウム血症の併存、アルコール使用症、低栄養、進行した肝疾患の既往などが挙げられる。また、血清ナトリウム値が24時間以内に10mEq/L以上、48時間以内に18mEq/L以上上昇したケースでもODSを発症しやすい。
・もしも想定よりも血清ナトリウム値の改善スピードが早く、ODSを発症するリスクが高いと思われるケースではデスモプレシンの投与を推奨するエキスパートもいる。
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<参考文献>
・Sterns RH. Disorders of plasma sodium--causes, consequences, and correction. N Engl J Med. 2015 Jan 1;372(1):55-65. doi: 10.1056/NEJMra1404489. PMID: 25551526.
・Henry DA. In The Clinic: Hyponatremia. Ann Intern Med. 2015 Aug 4;163(3):ITC1-19. doi: 10.7326/AITC201508040. PMID: 26237763.