急性大動脈解離 acute aortic dissection
急性大動脈解離とその疫学
・発症率は地域によって差があるが、年間10万人あたり3~16人程度と推定されている。
・男性により多く発症し、おおむね2:1の男女比と推定される。
・急性大動脈解離は上行大動脈(58%)で最も多く生じ、壁内血腫(IMH: intramural hematoma)/偽腔閉塞型大動脈解離は下行大動脈でより多くみられる(76%)。
・発症のピークは60歳前後にある。
・Marfan症候群、Loeys-Dietz症候群、Ehlers-Danlos症候群といった遺伝性の大動脈疾患の早期診断は急性大動脈解離などの急性合併症を予防することにつながる場合があると考えられている。
・リスク因子としては高血圧症、大動脈中膜の異常(例: 大動脈二尖弁, リウマチ性疾患, 大動脈炎など)、低所得、キノロン系抗菌薬の使用、脂質異常症、睡眠時無呼吸症候群などが知られる。
・メタ解析ではキノロン系抗菌薬の使用は非使用者と比べて大動脈瘤、大動脈解離、大動脈瘤破裂のリスク増加と関連することが示された。また、睡眠時無呼吸症候群(SAS)は急性大動脈解離のリスクを約60%増加させることが示されている。
・大動脈径の拡大はA型大動脈解離との関連性が強い。しかし、大動脈径が正常あるいは重度でなくても急性大動脈解離は発症し得る。
ライフスタイルと薬物療法
・労作や感情的ストレスは急性大動脈解離発症の誘因となることが知られていて、可能な限りストレスが蓄積しないような生活を心がけることが推奨される。
・高血圧症を有する患者ではBP 140/90mmHg未満に維持するための降圧薬の使用が推奨されている。
・レトロスペクティブ研究ではβ遮断薬、ACE阻害薬、ARBの長期使用は大動脈解離の予防に有益であることが示唆されている。これらの薬剤は大動脈基部の直径拡大を遅らせる可能性を有する。
・正常血圧の患者に対する降圧薬の使用を支持する根拠はない。
診断
・迅速な診断と治療が急性大動脈解離の予後に影響する。特にA型大動脈解離では来院から手術までの時間が生存率に関係することが知られている。
・米国心臓協会(AHA)はADD-RS(aortic dissection detection risk score)を利用することも提案していて、身体所見、疼痛の性状、患者背景の3項目でスコアリングがなされる。
・しかし、急性大動脈解離では胸痛や背部痛以外に、非特異的な症状をきたすことも少なくなく、腹痛、失神、脳卒中、腸間膜虚血症、心筋梗塞、四肢虚血などをきたすことがあることの留意する必要がある。
・ADD-RS≧2点のケースではD-ダイマーの値によらず、造影CT撮像を行うことが推奨されている。また、経胸壁心エコー検査(TTE)では心嚢液貯留、大動脈弁閉鎖不全症、壁運動低下などの有無も確認することもあり、これらは特にA型大動脈解離で合併することがある。
・ADD-RS 0~1点の場合はTTE、胸部X線撮影なども参照するが、主にD-ダイマーの値も加味して判断することとなる。特にD-ダイマー≧500ng/mLの場合、TTE所見(大動脈弁閉鎖不全症/心嚢液貯留/胸水貯留/大動脈径>40mm)がみられる場合、胸部X線撮影で縦隔拡大がみられる場合では急性大動脈解離に関する精査を進めることが望ましい。なお、D-ダイマーは年齢とともに上昇する傾向にあり、閾値を「年齢×0.01μg/mL」とする方法も提唱されている。
・急性大動脈解離の確定診断は造影CT撮像によってなされる。またCT撮像は心嚢液貯留などの評価にも有用である。
画像検査と分類
・大動脈解離を疑った場合は原則として造影CT撮像を行う。
・造影CT撮像で診断ができた場合、解離の進展と範囲、Entryの同定、Malperfusion(臓器灌流障害)の有無についての評価を行う。
・大動脈解離は本来的な内腔(真腔/true lumen)と、新規に生じた壁内腔(偽腔/false lumen)から形成され、Flapにより隔てられる。Flapは内膜裂孔(tear)を有し、そこで真腔と偽腔とが交通する。真腔から偽腔へ血液流入が生じる箇所をEntryと呼び、真腔へ再流入する箇所をRe-entryと呼ぶ。
・偽腔に血流のある解離を”偽腔開存型”と、血流のない解離を”偽腔閉塞型”と各々区別される。そのほか「閉塞した偽腔における頭尾方向への広がりが15mm未満の造影域」である解離をULP(ulcer-like projection)型大動脈解離と呼ぶ。ULPに相当する箇所はPrimary entryに相当する箇所である可能性があり、その後の臨床経過のなかで偽腔開存型や偽腔閉塞型へ変わることがある。
・解離の範囲による分類法にはStanford分類とDeBakey分類とがある。
治療
・初期治療として最も重要なことは心拍数と血圧を最適化し、大動脈壁にかかるストレスを低減することである。
・原則として130/80mmHg未満を目標とした降圧管理が望まれる。β遮断薬によりHR 60~80bpm程度にすることを目指すが、β遮断薬を使用しにくいケースではカルシウム拮抗薬(例: ニカルジピン)を使用することもある。ニカルジピンでは反射性頻脈、頭痛を副作用として経験する場合がある。
・積極的な鎮痛も重要である。
・急性A型解離と診断された場合には緊急、準緊急手術を考慮する。偽腔閉塞型でない場合には緊急手術となり、偽腔閉塞型である場合には緊急手術/準緊急手術または保存的加療となる。
・急性B型解離と診断され、かつ合併症を有する場合には侵襲的治療の適応となる。一方で、合併症を有さない場合には保存的加療が検討される。
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<参考文献>
・Carrel T, Sundt TM 3rd, von Kodolitsch Y, Czerny M. Acute aortic dissection. Lancet. 2023 Mar 4;401(10378):773-788. doi: 10.1016/S0140-6736(22)01970-5. Epub 2023 Jan 11. PMID: 36640801.
・2020年改訂版大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン