高血圧緊急症 hypertensive emergency
高血圧緊急症とその疫学
・高血圧クリーゼは収縮期血圧180mmHg異常もしくは拡張期血圧120mmHg以上と定義され、臓器障害の有無により、高血圧緊急症(臓器障害あり)と高血圧切迫症(臓器障害なし)とに分類される。通常、高血圧緊急症では血圧220/110mmHg以上で発症することが多い。
・高血圧緊急症は疾患というよりは症候群である。
・高血圧症は世界中で約13億人の影響を及ぼしている。そのうち、適切な管理を受けているのは20%に過ぎないという報告がある。
・高血圧緊急症のケースは僅かに男性に多い(52.5% vs 47.5%)。また、診断時の平均年齢は男性の方がより低い(55歳 vs 62歳)。
・高血圧緊急症のリスク因子としては心血管疾患の一般的なリスク因子が相当する。したがって、慢性腎臓病、冠動脈疾患、心不全、脳卒中、アルコール多飲、喫煙、糖尿病などが含まれる。また稀ながら褐色細胞腫などの疾患も関連することがある。
・血圧が急速に上昇した場合には血圧のベースライン値が低い患者では比較的低い血圧で高血圧緊急症を発症する場合がある。したがって、長期にわたって安定した血圧であったのか否かという情報もときに重要である。
・臓器障害は主に脳血管系、心血管系、眼科系、血液系、腎臓系で生じ、例えば脳出血、肺水腫を伴う急性心不全、急性腎障害、高血圧性脳症などが挙げられる。
病態生理
・高血圧緊急症の病態生理は十分に研究されていない。
・コントロール不良な高血圧症は長期的な血管内皮障害に関連する。
・根本的には自動調節能(autoregulatory mechanism)の障害と急激な全身血管抵抗の上昇が関与している。これにより微小循環障害(microcirculatory damage)、RAA系亢進、血管収縮などを生じ、血圧上昇の加速化に寄与する。
・慢性的にコントロール不良な高血圧が存在するケースでは治療による急激な血圧低下は脳血管障害を二次的に生じさせる可能性が示唆されている。これは時間経過とともに自動調節能障害がResetされ、急激な血圧低下に耐えられなくなってしまうことがあるためである。
アセスメント
・臓器障害の有無の評価と血液検査、画像検査を進めることが基本的である。
・血圧は再測定し、ストレスや疼痛に反応した一時的な高血圧でないことを確認することがまず重要である。
・既往歴として高血圧症、心血管障害、代謝内分泌疾患(例: 褐色細胞腫, 甲状腺機能異常
)、慢性腎臓病などの聴取が挙げられる。また、喫煙、飲酒歴のほか、服薬アドヒアランスも確認する。
・神経学的評価、眼科的評価も行われる。発作(seizures)や意識障害は高血圧性脳症の主な症状である。頭痛は高血圧緊急症の存在を示唆する症候とは必ずしもいえない(重度の高血圧症でも約25%で頭痛が認められる)。
・局所的な神経学的症状(focal sign)は脳出血や脳梗塞が示唆される。視野検査、視力検査、眼底検査もときに重要な評価方法である。眼底検査は特に高血圧性網膜症の重症度を決定する。
・胸痛(26%)、呼吸困難(29%)、動悸、間欠性跛行などの症状も高血圧緊急症ではしばしば認められる症状である。
・身体診察、画像検査などにより急性心不全、肺水腫が明らかとなることがある。また、発汗、動悸、発作的な頭痛、発作的な高血圧などは褐色細胞腫を示唆する症状なことがある。
・5つの症状(胸痛/呼吸困難/頭痛/視覚症状/その他の神経症状)のうち、1つも症状がない場合には陰性的中率99%というレトロスペクティブ研究もある。一方で、1つでも症状があるケースでは陽性的中率が低かった(23%)。
血液検査
・急性に生じた高血圧症で、かつ無症状の場合では臨床検査は最小限で済ませられる。
・しかし、有症状で、高血圧緊急症が懸念される患者では症状や病歴を加味し臓器障害の評価を行う必要がある。このときルーチンで、血液検査(Na, K, Cre, eGFR, 甲状腺関連項目, 血球系, 末梢血スメアなど)、心電図検査、胸部X線撮影、尿検査などを行うことも多い。
・急性腎障害および破砕赤血球の存在は高血圧緊急症のマーカーとなることがある。
・BNPあるいはNT-proBNP、高感度トロポニン(hs-Tn)は心不全、心筋傷害の評価に有用である。
・LDH高値は血栓性微小血管症(TMA)の合併を示唆するマーカーとなることがある。
・また、血漿レニン活性、アルドステロン、カテコラミンなどの二次性高血圧症の精査を行うことを推奨するエキスパートもいる。しかし、重度の高血圧症ではRAA系亢進、体液量減少、交感神経系活性化が生じることもあり、二次性高血圧症に関する検査結果の解釈が複雑になることもあり、救急外来の場では精査を行わず、患者の全身状態が安定した後に行うことが無難かもしれない。
画像検査
・高血圧緊急症が疑われる患者では症状や病歴から想定される臓器障害の箇所に合わせ、画像評価がなされる。多くのケースではX線撮影、CT撮像を組合せて行われる。
・頭部CT撮像は高血圧性脳症の診断には感度が不十分で、除外には有用でない。高血圧性脳症は依然として臨床診断であり、血管原性浮腫の画像所見の存在が必須ではない。ただし、頭部MRI撮像は血管原性浮腫の存在の特定に関して感度がより高く、不確実性を伴うケースでは撮像を検討できる。画像所見は主に後頭葉に生じやすく、血管原性浮腫はT2WIまたはFLAIRシーケンスにおいて高信号病変として認識できる。また高血圧性脳症患者の約65%で微小脳出血(microbleeding)が明らかとなる。
・心エコー検査は心不全の評価のみならず、急性大動脈解離の診断においても有用である。また、肺エコーでMultple B-lineが確認されれば、肺水腫の存在を正確に特定できる。
重度の高血圧症のマネジメント(非高血圧緊急症)
・臓器障害を伴わない、急性の重度の高血圧症(acute severe hypertension)は外来管理できることが多い。
・長期的な心血管疾患のリスクが高いが、短期的なリスクは高いとは報告されていない。
・救急外来で高血圧症を認識した場合にそれが高血圧緊急症かどうか不明確な場合には経過観察を行うことも検討される。外来で認識された高血圧症の138人の患者を安静またはテルミサルタンによる治療に無作為に割り付けた臨床試験では2時間後の血圧低下幅に有意差がなかった(32.2mmHg vs 32.8mmHg)。また、マインドフルネス、ゆっくりとした呼吸も有効とされる。なお、観察研究では抗不安薬も血圧を下げることに有効であることが示唆されている。
・観察研究では高血圧緊急症に相当しない、急性重度の高血圧症患者に対して、降圧薬の静注を行うことなどは急性腎障害などの有害な影響をもたらし得ることが指摘されていて、通常推奨されない。現実的には内服の降圧薬を処方して、外来受診につなげることが多いかもしれない。
高血圧緊急症のマネジメント
・臓器障害が認められる場合には即時的な治療が推奨される。
・治療には、初期の降圧療法、その後の患者の全身状態の慎重なモニタリング、正常血圧に向けての段階的な降圧が含まれる。
・初期の降圧療法では急速な降圧は避けつつ、徐々に降圧を図る必要がある。通常は静注製剤を利用する。
<高血圧性脳症>
・高血圧性脳症は患者の自動調節能の限界を超える著明な高血圧に伴う神経症状などにより定義される。症状としては意識障害、痙攣、頭痛、無気力、視覚症状なども含まれる。
・自動調節能を超える血圧は220/110mmHg以上程度であることが多い。ただし、若年成人や慢性的な高血圧症の既往がないケースではより低い血圧で高血圧性脳症に至ることもあるため、注意が必要である。
・高血圧性網膜症、微小血管障害性溶血性貧血を合併することがある。
・通常は臨床診断がなされる。しかし、前述のように不確実性を伴う場合には頭部MRI撮像を検討する。MRI撮像では可逆性後頭葉白質脳症(PRES)でみられる画像所見と同様のものが認められる。
・治療としては脳の自動調節能を回復させるために、直ちに降圧を図ることとなる。治療開始後1時間以内に初期の平均動脈圧(MAP)の低下幅を20~25%以内に留めることが推奨されている。通常、ニカルジピン静注が使用されることが多い。
・初期の降圧が得られた後は目標とするMAPを2~6時間維持し、その血圧に耐えられることを確認すべきである。その後は48時間かけて160/110mmHgまで徐々に降圧を図ることも検討される。
<大動脈解離>
・急性大動脈解離ではsBP 120mmHg未満まで低下させ、HR 60bpm未満に維持することが推奨されている。海外のガイドラインではカルシウム拮抗薬とβ遮断薬の併用が推奨されている。実際的には用量調節のしやすさからニカルジピンを選択することも多いかもしれない。
<脳出血およびクモ膜下出血(SAH)>
・海外のガイドラインでは脳出血およびクモ膜下出血ではsBP 130mmHg未満に速やかに低下させることが推奨されている。米国のガイドラインでは目標値をsBP 140mmHgとしているが、患者のsBPが220mmHgを超える場合はより高い血圧を目標値とするという風な但し書きもある。これは前述のように脳の自動調節能が障害されていることを危惧しての記載である。
<脳梗塞>
・高血圧緊急症と脳梗塞の初期管理においては再灌流療法(rt-PA静注, 血栓除去療法)の実施の有無により目標血圧値が変わる。
・再灌流療法を受けないケースでは血圧220/120mmHgを超えない限り、直ちに降圧療法を行う必要はなく、数日間で徐々に降圧を図ることが適切とされる。一方で、再灌流療法、特にrt-PA静注が選択される場合には「rt-PA静注療法適正治療指針」に記載のあるように、sBP 185mmHg以上、dBP 110mmHg以上ではrt-PA投与の禁忌となるため、降圧を図る必要がある。
・降圧薬としてはニカルジピン静注が使用され、AHAでは再灌流療法実施後、最初の24時間における血圧目標値を180/105mmHg未満とするよう推奨している。
<心不全/急性心筋梗塞>
・急性心筋梗塞やBP 180/110mmHg超の状態での心原性肺水腫などが主に想定される。
・重度の高血圧症を伴う状態では後負荷増大による心筋の酸素需要増大が生じ、心筋梗塞に至ったり、静水圧上昇により心原性肺水腫に至ったりする場合がある。
・肺水腫や心筋梗塞が認められるケースでは降圧療法が必要である。初期の平均動脈圧の降圧幅は15~25%以内に留め、症状緩和に努めることが多い。通常はニトログリセリン静注が適した薬剤であり、胸痛と平均動脈圧の程度に合わせて用量調節を図れる。ニトログリセリンでは静脈拡張作用を有し、また前負荷/後負荷の軽減が図れる。また、β遮断薬は頻脈と心筋酸素需要を減少させることができる。
・また肺水腫に関してはループ利尿薬が併用されることもある。
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<参考文献>
・Miller JB, Hrabec D, Krishnamoorthy V, Kinni H, Brook RD. Evaluation and management of hypertensive emergency. BMJ. 2024 Jul 26;386:e077205. doi: 10.1136/bmj-2023-077205. PMID: 39059997.